3 『最強のラブラブ夫婦』
私が家に帰宅して、一時間が経過した……
午後六時、お父さんがそろそろ帰ってくるはず。
キッチンからはお母さんが作った料理の美味しそうな香りが漂ってくる。
今日はシチューか……お父さんの大好物なんだよね。
お父さんはお母さんが作るシチューが大好物である。
なんでか知らないけど、シチューを食べるといつも以上に機嫌が良くなる。
お父さんはかなり人相の悪そうな顔つきをしているが、その悪人ヅラも多少改善されるくらいにお母さん特製シチューは偉大なのである。
「クレア、そろそろご飯できるからお皿とスプーンをお願い」
「はーい」
お母さんの言う通りにスプーンをテーブルに配膳、それから取り皿を並べていく。
うん、我ながらいつもより綺麗に並べられた気がする。
「いつもありがとうね」
優しい声音がキッチンから聞こえてくる。
お母さんが毎回言ってくれる言葉だ。
「これくらい当然だよ。お母さんもいつもご飯作ってくれてありがとう」
「えへへ、照れるなぁ」
微笑ましいやりとり。
カチャカチャと食器を流す音と共に自然とお母さんの鼻歌が聞こえてきそうな感じだ。
楽しい雰囲気に包まれて、家の中はいっそう明るくなる。
そして、家族団欒のもう一人であるお父さんも漸く帰ってきたようだ。
玄関先で扉の開く音がした。
「お父さん、帰ってきたね」
「ええ、そうね。玄関までお出迎えしてあげて」
「うん、わかった」
返事をし、すぐさま私は歩き出す。
トテトテと居間を抜け、廊下を小走りして玄関まで向かう。
お父さんが帰ってきたときは決まってこのようにお出迎えをするのだが、今日は別の意味でも早くお父さんに会いたかった。
玄関に着くと丁度靴を脱いでいるお父さんの姿があった。
「おかえり、お父さん」
「ああ、クレア。ただいま」
ボサボサな黒髪に若干の吊り目が強面だが、これが私のお父さん……名前はウェアスだ。
「お父さん。私、お父さんに聞きたいことがあるんだ」
「ん、何が聞きたいんだ?
あっ、雨降らせる魔法の使い方とかは教えないからな。雨降らせすぎても農作物は育たない。というか枯れる」
「いや、別にそういう農業に関係のある魔法には興味ないんだけど……」
「えらく直球だな……」
私の低い声にに大げさに反応するお父さん。
傷ついているふりをしている。……のだろう。
……いや、本当に傷ついてたらどうしよ?
面倒くさい。……いや、本当に面倒くさい。
しかし、ウェアスは別に傷ついていなかった。
すぐに立て直したと思ったらキリリとした顔つきになり、クレアのことをジッと見つめて優しげに頭を撫で始めた。
「まあ、お前が真剣な顔してんだから、真面目な話なんだろ。夕食の後にゆっくり話そうな」
「うん」
一見おちゃらけた雰囲気が目立つお父さんであるが、こういうシリアスな一面……いわゆるギャップにお母さんは惚れたのだろうか?
何はともあれ、私はお父さんの横に並んで居間に戻った。
これでも一応、私の自慢のお父さんだ。
===
「いやぁ、やっぱプラリネのシチューは世界一だな。美味しくなる魔法とか付与してたり?」
「特別な魔法の付与はしてないけど、貴方への愛が付与されているわ」
「なるほど、やっぱりな! それがこの美味しさを引き出している一番の秘訣なのかもな」
「ええ、勿論よ!」
……えー、なんとコメントしたらいいものだろうか。
現在の状況を軽く説明すると、夕食のシチューを家族三人で食べ、そのシチューをべた褒めしたお父さんとお父さんに褒められて顔を真っ赤にしたお母さんがイチャイチャしている……という状況。
「プラリネ……愛してる」
「私もよ」
両親のラブラブっぷりを見せられる娘は一体どんな反応をすればいいのだろうか。
一応言っておくが、お父さんとお母さんは共に30歳。
夫婦歴14年。
衰えることのない夫婦愛、この二人に倦怠期という言葉は存在しないのか。
そんなことを考え、クレアはいつ話題を振ってやろうかと機会を窺う。
「お父さん、お母さん……くっつきすぎ」
クレアがやんわりとウェアスとプラリネに注意をするが、どこ吹く風状態。二人ともぽかんとしている。
だめだ……この二人。
残念ながらクレアの言いたいことは伝わらないらしい。
「夫婦なんだから、普通じゃないかしら?
あっ、クレアもしかしてお父さんに構ってもらえなくて嫉妬してるの!?」
「こんなにいい嫁と娘がいる俺は幸せだなぁ」
ポカン状態から復活した二人は私も巻き込んで惚気始めた。私の話全然聞いてないし……。
さて、どうしたものか。そろそろ私は砂糖を吐くのか?
二人に分かるように大きく咳払いして、クレアは注意を集めようとする。
クレアが瞬間的に考えたなんでもない平凡な作戦であったが、効果覿面のようだ。二人ともこっちに顔を向けた。
「お父さん、お母さん。これから大事な話をします。その恋人繋ぎの手をちゃんと離してから聞いてください」
「お、おう……」
「ああ、あの話ね」
渋々と言った感じに恋人繋ぎを解消したウェアスとプラリネ。
夕食後に話を聞くと約束した手前、イチャイチャよりもこっちが最優先とやっと理解したようだ。
プラリネは少し前に話したのでクレアが言いたいことを理解しているらしい。
「じゃあまず、お父さん」
「ん、なんだ?」
「初めに聞きたいことがあります」
「ああ」
「お父さんは昔、『絶界の暴力』……とかって呼ばれてたりした?」
「……」
おっと図星のようです。
クレアはウェアスの顔色を確認し、すぐさま次の質問へと移る。
「……じゃあ次ね」
「待って、なんで今の流したの!? お父さん何も答えてないよね?」
どうやら私が今の話をさらりと流したことに物凄い不信感を持ったようだ。
でもね、お父さん……私が察した時点で質問の答えは出たようなものです。
「ま、いいから次の質問」
「いや、なんか悟った目してるし! 何? プラリネ、どういうこと?」
ここでお父さん、お母さんに助け舟を求める。
さて、ここでお母さんはどう出るか?
プラリネはウェアスに助けを求められた後に少し考えた素振りを見せた。そう……素振りを見せたのだ。
「うーん……取り敢えず洗い物してくるわね!」
「ちょっ、答えになってない!」
お母さん……。
天然……じゃなくて今のは確信的な犯行だなぁ……。
お父さん涙目になりそうだし。
こうして、ウェアスのプラリネに助けてもらうという作戦は失敗。クレアの質問に一人で答えることを強制的に選択させられたのだ。
「お父さん、もういい?」
「……はい」
どうやらお父さんはしらばっくれるのも諦めたようだ。
完全に目が死んでる。
元々お父さんに隠し事とかは出来なさそうだし、顔を見れば一発で分かるのだ。
クレアはそのことを察し、ここぞとばかりに確信をつく一言を口にした。
「お父さん、魔法師だったんだよね?」
「はい、魔法師でした……」
素直に口に出すウェアス。
プラリネはこれが分かっていたかのように横目でこちらの様子を窺っていた。
「……なんで農家になってるの?
魔法師なら都で裕福な暮らしとか出来たんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどな。……色々、あったんだよ」
「色々? 具体的には?」
クレアがこの話題についてもっと踏み込もうとした時、プラリネが私の肩に手を置いてきた。
「クレア、これ以上は……」
「え?」
お父さんの方を見ると、歯を噛み締め、なんだか悔しそう……な顔をしていた。
相当な後悔が感じられるその姿に私は普段の声が出せないくらいに喉が締め付けられた。
「お、お父さん?」
「クレア、お父さんはね……最初は魔法師として成功しようと小さい頃から努力していたの。
でも、魔法大戦……あの時、とある出来事からお父さんはそれを諦めたのよ。でも、それが悪かったとはお母さんは思わないわ。
お父さんは……まだ未練があるみたいだけど」
それ以上はお母さんも口を噤んでしまった。
苦笑いしながら誤魔化しているが、かなり大きな出来事があったのだろう。
「そうなんだ……も、もうこの話はいいや。それよりさ、お父さん、明日アクアちゃんと熊狩りに行きたい」
つい空気に耐えられなくなったクレアはとっさに話を晒すことを選択した。
しかしながら、意外にも「熊狩り」という、この何気ない一言が思わぬ形で良い方向に運命を左右する。
しかし、クレアはそのことを知る由もなかった。
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