29 『王国到着』
「よーし、到着」
辺りは暗く、既に夜の街と化していた。
馬車が動きを止めたのはクレアの故郷であるアルマ村とはかけ離れた場所。
大都市として知られているミラ王国の第四自治区であった。
ちなみにクレア達が次の日に試験を受ける魔法学園は第四自治区のすぐ隣、第五自治区に創立されている。
明日はそこまでここから約15分かけて馬車で向かう。
しかし、今日はもう時間も遅く、時計はすでに21時を回っていた。
馬車はこの場所に留めておくとしても、荷台で寝泊まりするというのは寒すぎる。
ということで、ウェアスは手頃な宿をあらかじめ予約していた。
馬車の荷台ではクレアとアクアがぐっすりと眠っている。
アクアが毛布を被り、クレアはティーナの膝枕の上で気持ち良さそうな顔だ。そんなクレアの髪をゆっくりと撫でているのは、まさに聖女のような美しい表情を浮かべたティーナである。
「ティーナ嬢ちゃん、なんか悪いな」
「いえ、二人は行きでかなりはしゃいでいたので疲れたんだと思います。ウェアスさんこそ、長い間お疲れ様です」
しっかりと意識のあるティーナはウェアスに対して労いの言葉をかけた。
ティーナの言葉を聞き、嬉しく思ったウェアスは少し顔を赤くして照れていた。
そのまま、少しだけ時が止まったように言葉を交わさなかった二人。しかし、暗い夜に虫が鳴く声が延々と響くというのにもどかしさを感じたウェアスが話題を眠っている二人に戻した。
「さて、それはいいとして。この二人をどうするのか」
「起こしてもいいですけど、寝かしておいた方がいいですよね」
二人してその寝顔を見ると、なんとも幸せそうである。
「随分と幸せそうな寝顔だしな。悪いが、ティーナ嬢ちゃんは荷物を持ってくれないか。二人は俺が宿まで担いでいく」
ウェアスの言葉に瞬時に反応したティーナは膝の上で眠っているクレアの頭をウェアスに預けて、テキパキと動き、荷台の隅にまとめてあった宿泊用の荷物を全て担いだ。
「準備できました」
「それじゃ、ちょっと歩くが我慢してくれ」
「はい」
クレアとアクアを両肩に乗せて前を歩くウェアスに足取りを合わせてティーナがついていく形となった。
一見すれば、15の娘二人を担いでいる大人に後ろからもう一人ついていくという光景なので、あまり周りからの印象は良くないものだ。
しかし、夜ということもあり、すれ違う人は少なく、ウェアスとティーナは特に視線を気にすることはなかった。
だからだろう。
ふと、ティーナがウェアスの背中を見ながら、口を開いた。
「ウェアスさん」
「なんだ?」
「村の方は……その、大丈夫そうですか?」
その問いは確信をついており、つまり、魔人の動きがどうなっているかということをウェアスに訊ねているものだった。
「どうした、急に」
「私の家の周りには、かなりうろついていたので……」
背後から聞こえてくる声を頼りにウェアスはティーナの表情を察しようとするが、口調がそのままいつも通りなので、結局どのような顔をしているのかは窺えなかった。
「うろついてるって、魔人がか?」
「多分、近くにゲートを繋げられたんだと思います」
「ご両親には言ってきたか?」
「いえ、家族は長い間、家を留守にしているので、私だけです。なので、その辺の心配はないのですが……」
そう言い含め、ティーナは足を止めた。
「……異常に数が多いんです」
「数が……多い?」
足音が聞こえなくなったことで、ウェアスも足を止め、首だけティーナの方へと向ける。
「はい、おそらく全体の確認は出来ませんでしたが、数百は来ていそうな気がします」
「そうか……」
その数を聞いたウェアスは自身を落ち着けるように瞠目した。
数百もいるということは、ゲートを繋げるのが目的ではない。それならば、数人いれば十分だからである。
それなのに、そんなに人員を送り込んでいるということは、つまりこちらの大陸に拠点を作ろうとしているということだ。
最近、魔人の動きが活発になっているとウェアスは感じていた。
それがティーナの一言により全て繋がった。
「やつらが動いているということは、近く戦争が起こるかもしれないということです」
「そうだな。よりいっそう警戒すべきという訳か……」
「単体ならそこまで強くもないんですけどね」
深刻な話の最中、ティーナの何気ない一言がウェアスの注意を引くこととなった。
「えっ、単体なら強くないって……もしかして、戦ったりした?」
その疑問になんの躊躇もなく、ティーナは自身の長い髪をくるくる巻きながら、
「はい、戦いましたよ」
そう言った。
「ちょっ、た、戦ったのか!?」
「ええ。……というか週に一度は数十単位で駆除してましたが?」
何事もなかったかのように、日常のようにそう言ってのけるティーナはウェアスには一瞬にしてたくまし見えた。
それもそのはず、魔人というのは、肉体が屈強な奴が多い。そして、魔法も例外なく全員が使えるというとんでも種族なのだ。
それを週に数十単位で葬っているというのは、異例のことで、それだけでティーナの力は相当なものだと知らしめることができる。
それだけできれば、魔法学園になどに入らなくても、軍隊で即戦力になりうるくらいの能力を保持しているのだ。
よって、ウェアスが驚くのは、当たり前であった。
「そうか……そこまで、なのか」
ティーナでさえ、この実力。では、ティーナを超えるクレアはどの程度の力を持っているのか……ウェアスはこの時、三人の実力を相当甘く見ていたと認識した。




