27 『無自覚な災厄となるクレア』
決意を表明した三人の掛け声が周辺に響いた時、それを聞いたウェアスは今だとばかりに呼びかけた。
「おーい、そろそろ出るぞ」
三人はピクリと肩を震わせ、そのまま馬車の方へと手を繋ぎながら向かい、乗り込んだ。
「父さん、みんな乗ったよ」
「そうか、忘れ物は?」
「三人を代表して大丈夫だよ! ……えっ、大丈夫だよね?」
クレアはかなり大きめな声で自信満々に言った後、アクアティーナにちらりと視線を向けて、本当に大丈夫かを確認するようにしていた。
えらくたくましいと思った二人は、その変わりっぷりを見て倒れるように盛大に肩を落とした。
「さっきまでの自信はどこに行ったのよ!?」
「まあ、クレアだし……いい意味でも悪い意味でも期待を裏切らないところが、らしいわね。取り敢えず、私もアクアも忘れ物はないわ」
特に忘れたものもないと確認したウェアスは満足したように馬車をゆっくりと動かし始めた。
車輪が動く音がやがて速くなり、多少の揺れも加わった。
「あー、緊張してきたー!」
クレアは今の状態を再確認して、入学試験に対して不安を漏らす。
「まだ到着まで結構長いよ」
「そうなんだよね……」
ほぼ半日を使って移動をするため、想像以上にその旅路は長い。
魔法学園に入学した際は自宅から通学というのは無理そうで、おそらく学園の寮に入ることとなる。
「学園入ったら、家にはあまり帰ってこれないよね」
アクアは故郷の景色を眺めながら、誰に聞かせるでもなくた小さな声で呟く。
その声は、馬を操っているウェアスには聞こえなかったものの、近くにいた二人にはちゃんと聞こえていた。
「そうかもね。長期休暇以外は帰ってからなさそう」
ティーナもその言葉に頷き、吐息を吐いた。
ティーナは特にそのようなことに関しては、寂しいとかはあまりない。しかし、やはり新天地ということもあるのか、不安があるのはアクア同様であった。
落ち着いた馬車の空間で、クレアは一人のびのびと手を伸ばして、伸びをした。
「でもさ、こういうのってワクワクするっていうのもあるよね?」
「「それ分かるかも」」
そんなしんみりした空気はすぐに終わりを告げて、明るめの感じにシフトチェンジを遂げた。
クレアは考えているのかいないのか、自然と周りを明るくしている。
二人は陰ながらクレアの存在を有難いと感じ、何を血迷ったのか、アクアが荒野に向けて特大魔法を吹っ飛ばした。
「えいっ!」
無詠唱で放たれた水魔法は、巨大な球体となり、空高く舞い上がる。やがてその水の塊は形を失い弾け飛んだ。
「ちょっと、何してるの」
笑いながら訊ねるクレアにアクアは笑顔で答えた。
「魔法の練習だよ!」
「魔法の練習……そうね、アクアらしいかも」
空を見上げると、弾けた水がミストのように空気中に散り、太陽に照らされたそれはキラキラと輝き、幻想的な光景を見せつけた。
「わぁ〜、綺麗だね」
「どやぁ! どう? こういうのって盛り上がるでしょ」
「確かに、とても綺麗」
三人ともその光景に見惚れて、感動したように瞳をキラキラさせて、はしゃいでいた。
「じゃあ、今度は私が行くよ!」
アクアに続いてクレアはそう元気よく手を挙げて、ものすごい集中した顔をした後に空に向かって得意の火魔法を放った。
「おりゃぁ!」
しかし、張り切りすぎたクレアの火魔法は度を過ぎており、空中で大爆発を起こした。
「ひっ、ちょっとクレア、やりすぎだって!」
そんなアクアの声色はかなり怯えたもので顔も青ざめていた。
「やばいよ……なんか落ちてくるし」
ティーナの冷静な考察の通り、クレアの放った魔法が大爆発を起こした後にまるで流星群の如く火の塊が周囲にとめどなく降り注いだ。
「ウェアスさーん! 回避、回避〜!」
「おっ、中々楽しそうなことしてるな!」
「どう見てもピンチでしょうが!」
ウェアスは空を見上げ、その火の玉をうまく避けながら笑い、そんな狂気的考えをしているウェアスに青々とした顔でアクアは声を荒げるのだった。
「あはは、楽しいね二人とも」
「私は全然楽しくないよー!!」
壊れたように爆笑のクレア、恐怖でまともに考えることができないアクア。
唯一、その空の光景をしっかり見つめていたのはティーナだ。
「ハリケーン」
無詠唱で適当に撃った二人とは違い、しっかりと詠唱したティーナの魔法は大きな風の渦となり、落ちてくる火の塊を次々と吸収して、肥大化した。
風と火が合されると、どうなるか……。
答え、高威力の危ない物体へと変貌する。
「ちょっとぉ! ティーナ何やってんの!? それは火が落ちてくるより不味いって。死ぬから、死ぬからぁ!!」
「落ち着いてって」
アクアはかなり慌てていたが、それを一蹴してティーナはゆっくりと発動した魔法に手をかざした。
すると、ゆっくりとではあるが、次第にそれは小さくなり、最後には跡形もなく消滅した。
吸収したクレアの魔法もついでに消し、馬車への被弾はゼロという形に収まったのだ。
「おお、ティーナ凄い」
「凄いじゃないでしょ。アクアちゃんすっかり怯えてるじゃない」
「いやぁ、面目ない」
無自覚なのか、片目を閉じて舌を出すクレア。
茶目っ気をたっぷりとアピールするものの、アクアの心境がそれで変化するはずもなく、
「クレアの馬鹿!」
暫くの間、ご立腹であった。




