26 『三人揃っていざ出発』
朝方の寒々しい空気感を一手に受けながら、二人の少女は、少し体を動かしながらその場に留まっていた。
「クレアまだかな?」
「ウェアスさんも来ているのに、遅いよね」
眠そうに欠伸をして、そのまま目を瞑るアクアとしきりに辺りを見回してクレアを探すティーナは互いにクレアの登場を待っていた。
馬車はもう準備されていて、ウェアスも馬に跨り待機している。
出発予定時刻まで残り15分といったところだろう。
「もー、早くしないと出る時間になっちゃうよ」
「アクア、落ち着いて」
「これが落ち着いていられる?」
「そのうち来るって」
もどかしさを隠しきれないアクアは「ぷっくりと頬を膨らませて赤面のまま起こっていますアピールをする。
誰に向けてかは、言わなくてもクレアだと分かる。
長い髪を手でたなびかせ、落ち着いた面持ちのティーナとはまるで対照的である。
「クレアのことだから、きっとご飯食べ過ぎでお腹壊してトイレに篭ってるんだよ」
「なにその偏見……いや、前例はあるけどさ」
その可能性は否めない。とティーナは考えていたが、流石にないだろうと首を振り、そのうち来ると予想した。
ティーナは少し確認することがあると、ウェアスの方へと歩く。
その結果、その場にはポツンとアクアだけが残された。
「もー! クレア遅いよー!!」
ドタドタと足踏みをして、首元くらいまでで短く切りそろえられた青髪はリズミカルに揺れる。
そして、すぐさまかくりと肩を落として、アクアは疲れたように膝に手を乗せた。
明らかに疲れるようなことをしたから当然ではあるが、それ以前にクレアに対する大きなため息の方がよっぽどであった。
「ティーナ嬢ちゃん、アクア嬢ちゃんはご乱心みたいだが、大丈夫か?」
「毎度のことですよ」
「それもそうか……」
馬車の方では、荷物を詰め終わり、手持ち無沙汰のウェアスがその様子を眺めながらお茶を啜っていた。
「ところで、一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「あ? 別にいいけど、なんだ?」
アクアの悲嘆な声を聞きながら、ティーナはウェアスにぐいっと顔を近づけた。
「ウェアスさん、その……もしかして」
「もしかして、なんだ?」
睨みつけるようにティーナの視線はまっすぐと真っ黒な瞳に吸い込まれる。
しかし、肝心の話は続かず、沈黙がその場を支配することとなった。
「ティーナ嬢ちゃん?」
沈黙に耐えられなくなったウェアスは、怪訝そうに聞き返すが、ティーナは近づけた顔を離して、アクアの方に視線を向けた。
「いえ……やっぱりなんでもないです。よくよく考えると今聞くことじゃありませんでした」
「そうなのか?」
「はい、そうなのです」
「ふっ、そうなのですって」
ティーナの反応を面白そうに思い、ウェアスは吹き出した。
一通り気も済んだのか、「それでは」と一瞬ウェアスに目線を戻したティーナはまた元いたアクアの立つ隣へと足を進めた。
「ティーナ、お帰り」
「ただいま。クレアは?」
「それがまだ全然! 気配すら感じないし、一体どこで油売ってるんだろ?」
苛立つアクアは毎度のこと。
「まあまあ、そのうち来るよ」
「そうやって、何度私がなだめられたことか……」
懐かしそうにそう語るアクアだが……。
「えっと……何度、というより。いつもなんだけどね」
呆れたようにアクアの頭に手を置きながら、ティーナは遠くを見つめた。
「なんかティーナって、お姉さんみたいだよね」
「そう? そんな感じは無いと思うんだけど」
「三女は当然クレアだよね!」
「あ、それは分からなくもないけど、自由奔放な長女説も捨てきれない感じあるよね」
そんな話題で盛り上がる二人の前に漸くお待ちかねの人物が走ってやってきた。
赤のワンピースと銀色の髪が印象的なクレアだ。
「二人とも、ごめーん!」
「もー、遅いよ!」
「何かあったの?」
はぁはぁと肩で息をしながら来たクレアは額の汗を拭って、息を整えた。
「ちょっと道中、色々あってね。すぐに終わると思ったんだけど、ごめんごめん」
「いや、濁してる部分が凄く気になるんだけど」
「いやいや、大したことじゃないから。ちょーっとだけ、魔法を全力で使わないといけない状況になっちゃっただけだから」
「いや、そんな匂わせはいいから!」
ほんわかした顔のクレアに聞き入るようにして、ティーナが声を荒げた。
「おお、ティーナがツッコミしてる。いつも私の役目だけど、こうやって見ると新鮮だ」
「アクア、したくてしたわけじゃないからね」
分かってるよと、同情の視線を向けながら、被害を拡大している張本人、クレアに目を向ける。
「え、二人とも。なんでそんな目でこっち見てるの?」
向けられる二人の視線には、少なからず怒りが込められている。
「自覚がないのがタチ悪いわね」
「そう、それ! クレアは知らず知らずのうちに色々とやらかしてるんだよ」
あまりにも酷いとクレアは逆ギレ。
「なっ、私がいつ悪いことしたのよ!」
「「毎回」」
「酷い……」
クレア、即撃沈。
息のあったハモリを見せた二人は、クレアの自由な性格によく振り回されている。
それだけにこういう時の団結力は固いのである。
「ふんだ! そういうことばっかり言ってるからお嫁にいけないんだぞ!」
涙目(本気ではない)のクレアはまるで幼い子供が怒ったように腕を組んだ。
「そ、それは関係ないでしょ! 私は立派にお嫁に行けるもん!」
「いや、アクアはその話に乗らなくていいから……お嫁に行く前に魔法学園に行くんだからね」
そのティーナの的確な発言におもわず、アクアとクレアは笑いを堪えきれずに吹き出した。
「「確かに」」
三人が恒例で行なっているそのようなやりとりは、もう慣れたものだ。
ウェアスもその様子を静かに見守り、そろそろ出る頃だと時間を確認した。
「じゃあ、クレアも来たことだし、約束通りにアレ、やろっか!」
「うん!」
「ええ、そうしましょう」
アクアの仕切りで、三人は目配せをし、手を一箇所に重ねて肩を組んだ。
「クレア、掛け声」
「……よし、行くよ。絶対に合格するぞー!!」
その言葉の次に続く言葉を三人は声を合わせて高らかと叫んだ。
「「「おーーー!!」」」
天高く掲げたその手には三人の決意と自信が込められているようであった。




