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25 『杞憂と約束』

 時間は過ぎる……。

 いつもよりも早く過ぎて行くと感じるのは、緊張しているからだろうか。

 クレアがそう感じる要員としては魔法学園が大きく関係している。


 時間としては、プラリネとクレアが夢についての話題で少し話した後のことである。

 すでにウェアスも朝食を済ませて、そのまま馬車の方へと消えていた。

 

「母さん、着ていく服は何がいいと思う?」


 眉間にしわを寄せて、助けを乞うように母であるプラリネに声を掛けるクレア。

 服を選ぶのに苦労しているのは、人目を気にしているからである。


「クレアが好きな服にすればいいじゃない」


「でもでも、なんか不安なの!」


「うーん……この赤いワンピースとかは?」


「派手すぎない? この田舎者、調子に乗るなよ。……って言われたらどうしよう」


 いつもは能天気なのに今日に限っては態度が弱いクレア。

 不安からなのか、しきりに髪の結目を気にしたり、足元をしきりに見つめている様子は、なかなか見られないレアな光景だ。


「大丈夫よ。クレアは可愛いんだから、自身を持ちなさい」


「でも、でも……」


「もし、何か言われたら私が出向いて教育してあげるから」


「それは控えて、シャレにならなそうだから」


 プラリネの不穏な言葉に咄嗟に反応したクレアはいつも通りの口調で止めるようにそう言った。


「あらそう?」


「うん、大丈夫だから大人しくしててね」


 危ない危ない……母さんが出向くって、それは流石に不味いでしょうに。


 かいてもいない汗を拭うような仕草を取ったのは、クレアがそれだけ焦っていたからである。

 その証拠に今は魔法学園に行く緊張よりも、プラリネが暴れたりするのを危惧している恐れの方が大きい。


「困ったことがあったら、私かお父さんに相談するのよ」


「分かってるよ」


「そう、なら服選びを再開しましょうか」


 危機回避、というよりもまだ見ぬ学生たちの身を案じた彼女はホッと胸を撫で下ろす。

 プラリネが怒ることもあるだろうが、何より英雄と呼ばれていたのだ。きっと人が集まってくるに違いない。

 そうなれば、色々と厄介ごとも舞い込んでくるのが世の常、そうならないためにも、ここでしっかりと釘を刺しておくのは必要事項であった。


「やっぱりこれにする」


 クレアは結局、プラリネに勧められた赤いワンピースを着ることに決めた。


「可愛い! すっごく似合ってるわ」


「そう?」


 等身大の鏡に自身の姿を写すと、この上ないくらいに上品な仕上がりになっているのが、自らの目でも確認できた。


「確かに、いい感じ」


「ええ、なんたって、私が選んだワンピースですもの。クレアに似合うに決まっているわ」


 ドヤ顔で決めポーズを取るプラリネに緊張感がほぐれたクレアは瞬時に笑顔になり、抱きつくように腕を腰に回した。


「母さん、私頑張るからね」


「ふふっ、どうしたの急に」


 プラリネは、なだめるようにそのサラサラな髪を滑らせるように撫でる。


「ちょっと、ね。こうしたかったの」


「私はクレアのことをずっと応援してる。だから、クレアも頑張ってちょうだい」


「もちろん。入学試験が終わったら、もう一度帰ってくるから、その時にもう一回こうして?」


 甘えるような声は、正しく娘が母親に縋るように出すものであった。


「ええ、帰りを待っているわ」


 プラリネから優しい声色でその一言を聞くと、クレアは元気そうに「よし!」と自分を奮い立たせるようにその手から離れた。


「じゃあ、外で二人が待ってるから行くね」


 二人とは当然、アクアとティーナ。

 プラリネもそれを理解しているので、「二人によろしくね」と言い、クレアに手を振りながら見送った。


「いってらっしゃい……」


 プラリネはプラリネで、やるべきことがあるため、今日は見送りに行けない。そのため、ここでの挨拶が本日、二人の間で交わされた最後の言葉となった。


 プラリネとの会話を終え、すっかり気持ちを整えたクレアは安定した足取りで、二人の待つ、待ち合わせの場所へと向かうのだった。



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