23 『英雄の記憶』
望んでいた訳ではなかった。
自分には多大な力が宿っている。
人である前に私は英雄となった……でも、それは辛く苦しい日々の始まりで、特別いいものでもなかった。
ひたすらに戦い、大切に育てた幻獣を矢面に立たせて、親交を深めた多くの仲間を戦場に送り込み、多くを失い悲しみに暮れ、それでも戦うことを強要される。
後ろを振り返られば後悔と懺悔の念に駆られ、精神が押しつぶされそうになる。
空っぽの無機質に過ぎていく日々は心までも掠れさせて、だんだんと感覚が麻痺していくと自分でも分かる。
私はそのうち本当の笑顔で笑えなくなった。
大切なものが目の前で消滅していくのに、何も感じない。いつものこと。そう、いつものことだ。
奪われることに慣れてしまった。
それは末期的な症状で、そんな自分が心底大嫌いになった。
でも、どうしようもない。
私は変わってしまった。人形のように感情を表せなくなった。
そのうち、周りの評判は冷たい英雄……と、そう称されるようになった。
私だって、こんな自分を望んでいない!
でも、どうにもならないじゃない!
何も感じないのだから!
誰か……私に、心を……。
私を救い出して。
そんな、灰色の時を過ごしていた矢先の出来事。
『そんな顔をするな! 俺は絶対に……』
私は彼と出会った。
『お前を幸せにしてみせる! だから、苦しい時でも、笑えよ。プラリネ!』
彼から貰ったその言葉が私の心を強く刺激して、空虚な空間に鮮やかな何かが流れ込むような感覚を覚えた。
彼との出会いは私に人生において大きな転換点となった。
ウェアス……。
『たく、ちゃんと笑えるじゃねぇか。いつもそうしてれば、可愛げあるし、とっつきやすいのにな』
ウェアス、ウェアス……私は……。
貴方に多くを救われた。
無愛想に振舞っていた私に、変わることのない態度で接してくれたただ一人の男性。
強い信念を持ち、私に心というものを思い出させてくれた彼……。
『ウェアス……ありがとう。私はもう大丈夫!』
『なら、さっさとこんなクソみたいな戦争終わらせて、ゆったりした余生でも過ごそうぜ。こんな血に濡れた戦場にお前は似合わない』
ありがとう、ウェアス……いいえ、貴方。
彼がいれば、私は常に幸せである。
他に何を失おうとも、彼だけは失わせない。
かつて英雄と呼ばれたプラリネの記憶。
それは苦しみの中に灯された一筋の光に満たされるような、そんなものであった。
===
「……変な夢」
クレアは開口一番にそう呟いた。
いつもの天井、いつもの朝、いつもの空気感。
髪の毛はボサボサの寝癖だらけで、口には一本だけ銀色である自身の髪の毛を咥えていた。
全てが常に過ごしてきた日常でなんら変わりないこの感覚。でも、どこか違う。
そう、あの夢。
悲しくも、最後に報われる夢。
でも、夢にしては酷く現実的なもので、そこから出た結論として……。
これは……記憶だ。
瞬時にそう感じたのはクレアの直感から来る根拠のない確信からであった。違和感に敏感に反応したクレアは、先の夢でのことを鮮明に思い出す。
夢に出てきた男性……その男性の名前はウェアス……顔もそっくり、ということは、つまりそういうことだ。
お母さんの記憶。
圧倒的な力を持つ自分自身に悩み苦しんでいた。そんな感じに思えてならない。
クレアは自身の力に悩まされたりということは少ない。
たまに自身の魔法が強すぎることをアクアやティーナにネタとして弄られたりすることもあるが、特段悩みのタネとなったことは現状としては覚えがない。
私は、恵まれているってこと……なのかな。
すっかり冴えてしまった目のままに再び布団の中に潜って閉じてみても意味がない。そんな気分になれないのだ。
起きるには少し早い気もするが、クレアは時間に余裕を持たせるという意味でも、足早に居間へと向かった。
「おはよう、母さん」
「あら、クレア。もしかして楽しみで早起きしちゃった?」
「そんなところ」
「ふふっ、ついに今日だものね」
居間には既に起きていたプラリネが窓の外を眺めながら温かそうなお茶を頬張っていた。
本日はついに魔法学園に向けて出発する日である。
入学試験は明日、馬車で魔法学園の方へと向かい夜には到着する予定だ。
ウェアスは恐らくまだ寝ている。
昨日、馬体の調子を確認したり、車輪の点検やその他諸々の用意を行なっていたために、かなり夜遅くまで起きていたからだ。
「父さんは寝てるよね」
「昨日は頑張っていたものね。なんたって、自慢のクレアが魔法学園に行くのだもの」
「試験するだけで、入学する訳じゃないのにね」
クレアとプラリネはウェアスを起こさない程度の声量で笑った。
「でも、クレアなら大丈夫よ。きっと合格だわ」
「母さんまで……ありがとう」
優しげなプラリネの雰囲気に飲まれ、素直にお礼を言う。
ふと、朝の夢が込み上げてくるような気分になる。
「あのね、母さん」
「どうしたの?」
「えっと、今日ね。夢を見たんだ」
「そうなの。どんな夢なの」
興味津々に体をこちらに向けてくるプラリネは無垢な声色で訊ねてくる。
その様子を少し静観したクレアは意を決したように言葉を発した。
「不思議な夢なの。誰かの記憶みたいな……」
「記憶?」
「うん、その人はとっても苦しんでいた。自分の強すぎる力に悩んで、その力によって定められた運命に翻弄されていたって感じだった」
クレアの説明を聞くうちにみるみるプラリネの表情は固まったように動かなくなった。
間違いない。そうクレアは感じる。
「でもね。その人は大切な人と出会うんだ」
「大切な、人……」
「そう、その人の名前は……ウェアス。これってさ、母さんの記憶なんじゃない」
結論を急いだクレアは単刀直入にそう繰り出した。
当然ながら、プラリネは惚けたように顔を晒し、困ったような声で語りかけるように言った。
「ふふっ、そんなことがある訳ないでしょ。人の記憶が夢に出るなんて聞いたことないわよ」
「そ、そうだよね。……はは、変な夢」
しかし、クレアはしっかりと見ていた。
母であるプラリネの表情が曇っていたところを……。
「でも、そうね。お父さんとの出会いは私にとって、重要なことだった。それは当たっているわね」
過去について語ろうとしない。
そんなプラリネはウェアスに感謝しているからだろう。そう惚気るような会話をクレアに聞かせた。
「母さんは父さんが大好きだもんね」
「ふふっ、相思相愛よ!」
「人前では控えてよね……」
そんな危惧をプラリネに伝えながら、クレアは何事もなかったかのように洗面所へと向かおうとした。
「どこ行くの?」
「顔洗ってくる。まだ、眠いし」
「そう……夢のこと。忘れちゃいなさいね」
「……!? うん。そうする」
背後から聞こえてきたその一言で、暗にそれが真実であるとプラリネが告げてるような気がした。
このことについても、あまり話をしないようにしよう。そうクレアは心に留めた。
洗面所に着いたクレアはボサボサの寝癖が目立つ髪をとかす。
銀色の髪はを丁寧にほぐし、いつも通りの髪型へと大変身した。
鏡に映る自分の顔をまじまじと見つめ、紫紺の瞳と睨めっこ。そして、一言気持ちを切り替えるように呟いた。
「よし……今日も元気にいくぞ」




