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18 『血の気の多い娘と手の早い妻』

「ところでお父さん」


 娘から出たせこい発言に頭を悩ませつつも、言葉を拾ったウェアスは傷心している顔で気返事を返した。


「なんだい……」


「今ここには私とお父さんがいます」


「ああ、二人だな」


「で、相手の人数も二人」


「ああ、そうだ……ちょ、待てお前まさか……」


 ウェアスの頭によぎる嫌な予感。

 この自由奔放な娘なら絶対に言い出しそうなこと。

 そして、次の瞬間、クレアは口を開いた。


「二人で行けば倒せるんじゃない!?」


「はぁ……」


「へ? な、なんでため息?」


 クレアは自信満々であっただけにウェアスの反応が不思議で仕方ないようである。


「あのなぁ……そういう問題じゃないんだよ。魔人には極力関わらない方がいい」


「でも、こんな家の近くで怪しいことされたら、私すごい嫌なんだけど……」


「それに関しては同意する……がしかし、それとこれとは話が別。お前は確かに強いが、経験がまだ足りない」


 能力と経験は比例する、ということにはならない。

 ウェアスは自身の実体験からそう導き出し、クレアに伝えた。

 力が強いから、頭がいいから、そんな分かりやすいものだけで自身の実力を推し量ることなどできない。

 実戦をして、それを確かなものとしなければ……クレアの考えはとても危ういものであると暗に警告したのだ。


「経験……あ、そういうこと」


 その瞬間、クレアの中で不思議であったことが全て繋がった。


「ああ、分かった分かった。お父さんが魔法学園に行かせたかったのは、私に経験を積ませるためなんじゃないの?」


「……いや、まあ」


「あー、アクアちゃんやティーナちゃんも私同様に行かせたいのは私たちを強くしてああいう魔人に対抗できるようにするため」


「おい、クレア?」


 ウェアスが話を一旦切ろうとするがクレアは止まらない。


「なら、今の私のすべきことは……」


 さっきまでの幼い顔つきは既にクレアにはなく、代わりに明確な意思が溢れ出るくらいに瞳にこもっていた。


「これからさらに特訓して、もっともっと強くなること」


「……っ!? ああ、まあ……そういうことだ。可愛い娘を魔人に関わらせたくはないが、今さらそんなことも言っていられなくなった。お前には魔人に対抗できるだけの力をつけて欲しい……分かるな?」


「うん、そうだよね。……私、強くなるよ。それで、魔法学園に行くよ」


 魔法学園に行くことをそこまで意識していなかったクレアが初めて本腰を入れようと気持ちを入れ替えた瞬間であった。

 そんな話をしている間に魔人は姿を消し、物音も消え、辺りは静寂が包み込む暗闇へと変わっていた。


「……いいか、俺の役目はお前が15になって魔法学園に行くまでの間。あの魔人がお前たちに手を出さないように上手くやることだ」


「うん」


「お前たちはあと3年間で出来る限り強くなれ。そして魔法学園に行って……俺とプラリネの代わりを務めろ!」


 親から子にその意思は託された。

 かつて自分がそうであったように、娘であるクレアに対してもウェアスはそうであってほしいと願った。

 そして、その意思はクレアにもよく伝わった。


「分かった。私、お父さんやお母さんと同じ。英雄になる!」


 その後二人は静かにその場を後にして、家へと帰った。

 変な形ではあるが、クレアはやる気を出し、ウェアスも魔人という隠し事を失ったことからかなり心が軽くなった。



===



 翌日。

 あること大切なことを忘れていたウェアスは早朝に飛び起きた。


「……んんっ、ゲート……壊してくるの忘れてんじゃねぇか」


 急ぎ、身支度。外へ出る外へ出る簡単な準備をして昨日の場所まで小走りで向かう。

 しかし、ウェアスが息を切らせながらその場所に到着した頃には既にゲートは消失していた。


「おいおい、なんでいるんだよ」


 代わりにウェアスにとって最も愛おしく思う、純白サラサラな髪を持った女性がそこにはいた。


「あら、貴方。今日は随分と早いのね。ひょっとして、朝のジョギング?」


「俺は朝にジョギングしたことないだろ……」


「そうだったかしら?」


「そうだよプラリネ。お前も昨日のことに気付いていたんだな」


 愛する夫ににこりと微笑みながらプラリネは少し真面目な声色を出した。


「ええ、家族に害を与えうる存在に私が気付かないことなんてないもの。そうでしょ?」


「その通りだな」


 ウェアスは改めて、プラリネの凄さを実感した。


「あっ、ちなみに魔人が二人いたから、そっちも……ね。可愛がってあげたわよ」


「お、おう……ありがとう? ほ、ほどほどにな」


「ふふっ、さあ帰りましょう」


 プラリネは「可愛がってあげた」と言っただけで、詳しいことは口にしなかったが、長年寄り添った妻のことである。

 ウェアスは大体のことを把握していた。


 まあ……ご愁傷様としか、言えねぇな。



 そんなことを思いながら、ウェアスは改めてプラリネの凶力さを実感した……。


 


 

 

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