17 『思いがけぬ決意』
真夜中。
殆どの人が寝静まった頃にクレアは外から聞こえてくる怪しげな物音に目を覚ました。
もう深夜であると共に隣の部屋では父が、その向こうでは母が寝ている。
そんな中で外から聞こえた物音。
この辺りは野生動物が多く出るため、物音自体は珍しくもなんともない。
しかし、聞いたことも無いような奇妙な音であり、とても耳がキーンとするような、そんな甲高い音であった。
「もう、何の音?」
もぞもぞと布団どけて、クレアは真っ暗な部屋の扉を開けて、玄関まで歩いた。
暗闇は最初、何も見えないがだんだん慣れてくると周囲にあるものがよく見えるようになる。
慣れた手つきで玄関の鍵を開け、クレアは物音がする方へと向かった。
「……なんか薄暗くて気味が悪い」
クレアの手には行く先を照らすたった一つのランプ。
それ以外は闇、日の出ている時とはまるで別世界のように感じられる。
足元にある小枝をパキリと踏み潰すだけで、身体が震えるように強張る。
後ろを振り返ると家なんか見えないくらいのところまで来ていた。畑と草木とただ真っ直ぐに続いている道があるだけ……。
しかし、音の源があと少しのところであるためか、クレアは好奇心と恐怖心を同時に抱いた。
手が震えるのも、心臓の鼓動が速くなるのも、感覚が研ぎ澄まされるのも全てが好奇心と恐怖心、この両方を同時に抱いたからこそであった。
未知ほどに警戒すべきものはない。
過去に本で読んだ言葉である。
今まで、その言葉の意味を完全に理解することはなかったのだが、この期に及んでようやく理解することとなった。
そして、恐る恐る音のする方へと顔を見せようとしたその時、パキリと後ろで小枝を踏み潰す音がした。
「ひっ……」
「しっ、静かに……」
叫ぼうとしたクレアの方は塞がれ、もごもごとした無意味な音と成り下がった。
クレアの口を手で覆い、音のする方を慎重に確認するその横顔。
お父さん?
それは父であるウェアスであった。
「全く……いよいよこんな近くまで侵食してきやがって」
「お父さん、どういうこと?」
ある程度状況を察し、あまり声を出さないようにした方がいいと判断したクレアは掠れるくらいの声でそう訊ねる。
「あれを見ろ」
「あれは……角、あの二人は竜人ってこと?」
目の前には何やら怪しげにうろついているツノが生えている二人の少年と女性。
禍々しいほどに鋭いツノは魔法を使うたびに薄紫色に発光している。
「いや、竜人のツノは魔力に反応してあんな色にはならない。ああゆう反応をするツノを持っているのは……魔人以外にありえない」
「魔人!?」
「ああ、最近は森の奥くらいで動いているくらいは知っていたが、まさかこんな近くまで活動範囲を広げているなんて……いよいよ本格的な対策が必要になってきそうだな」
「ちょ、ちょっと待って」
歯ぎしりをしながら、魔人と思われる二人のことをじっと睨みつけるウェアスに対して、話を遮ったクレアは目で説明するように訴えかけた。
「えっと、そういやクレアは知らなかったよな。数年くらい前からあいつらはこの土地に姿を見せていたんだよ。
まあ、気がついたのは俺とプラリネとティーナ嬢ちゃんくらいだったが……」
「ティーナちゃんも気付いてたの?」
「そうだな。あの子は賢いからな」
ウェアスの言葉にうんうんと頷き、クレアは最大限に納得した。
「でも、私とアクアちゃんは知らなかったんだ」
「簡単に気づくもんでもないからな。別に気にしなくてもいい」
「そうだね……うん」
私は知らなかった。
魔人が近くにいたという事実に……お父さんとお母さんとティーナちゃん以外の人達も知らなかったと思う。
でも、今は私も……
「お父さん」
「なんだ?」
「あの魔人は何をしているの?」
クレアが聞くとウェアスは再び魔人の方に視線を落とした。
「以前、魔人と竜人、そしてその他で大戦争を起こしたことはあの本で読んだんだよな」
「……絶界の暴力」
「ぐっ、その話題に触れないでくれ……。で、その後なんだが、竜人は多種族と和解したのに対して、魔人はそうならなかったんだ」
「つまりどういうこと?」
クレアも薄々感づいていた。和解できなかったらどのようなことをするかぐらい。
しかし、確信を得るために敢えてウェアスに結論の提示を仰いだ。
「やつらは再び戦争を起こそうとしている」
「……っ、そうなんだね」
「あんまり驚かないんだな。てっきり大声でも出すかと思ったぞ」
「大声出したらバレるじゃん」
もっともらしいクレアの意見にウェアスも「まあ、そうか」と首を振った。
「……さて、本題だが、やつらはこの付近にゲートを設置しようとしている」
「ゲート……空間と空間を繋げる古典魔法だよね」
「魔人が住んでいる大陸と俺たち人間が住んでいる大陸は大海によって離別されているからな。ゲートがあれば色々と都合がいい」
ゲートは昔からある魔法で、発動までの準備が大変な分、かなり便利なものが多い。
戦闘向きな魔法は少なくはあるが、未だに世界でも使われているため、古典魔法の存在は周知の事実である。
魔人の行なっている怪しい動きと時折聞こえてくる音はその準備に必要なものなのだろう。
しかし、そのことが分かっていながら何故ウェアスはここから様子だけを窺っているのか……クレアは疑問に思った。
「お父さん、なんで止めに入らないの?」
「ああ、あの魔人どもはかなり強いし、一人だと制圧できるか不安なんだよな……それに」
ウェアスは不安そうな顔であるクレアににこりと優しい親らしい笑いを見せた。
「ゲートが完成して、やつらが居なくなったのを確認したらちゃんと壊してるから安心しろ」
「ふっ、お父さん。元英雄なのに意外とせこいんだね」
格好をつけたつもりでいたウェアスはクレアの辛辣な言葉に残念そうな反応を見せた。
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