選別 8
何とか上半身を起こそうとすると、何度かヴェーラと呼ばれていた女は既に立ち上がっていて、剣先を俺に向けながら睨んでいた。
軽蔑、憎悪、憤怒、生理的嫌悪、それらの負の感情が1つの顔に集合しているようだった。
「大人しくしていれば何もしません」
老いた男はそう言ってこっちを向くと、顔が少しだけ見えた。
見た目は親戚の祖父さんと同じくらいの歳で、70代前半といったところだろうか。
女と同じく肌は白く、目を凝らすと顔にいくつかシミも見える。
いかにも人の良さそうな、目じりとおでこの皴が印象的な人だが、放つ言葉は力強くなっていた。
「ゴホン! さて、私達には、ユート……でしたね。あなたにここが何処なのかを伝える義務があります」
ここに来てからずっと知りたかったことがようやく聞ける、と思った。
死んだら何故ここにいたのか。
この部屋は何なのか。
この世界は何なのか。
そして、首を切っても生きていたのは何故か。
ヴェーラは相変わらず這いつくばった俺を睨み続けている。
事故とはいえ、初対面の人の胸を体を密着させた状態で鷲掴みにしたら、ここが何処でどんな状況だろうと怒るのも無理はない。
怒りに任せて斬りかかってこないだけマシだと思おう。
ヴェーラは睨みを効かせたままチラリと男に目を配り、次の言葉を促したような気がした。
「まず、ここは転生者選別室です。全く別の世界、別の次元で死んだ者をこちらの世界で甦らせるので、我々はあなたのような者を『転生者』と呼んでいます。ちなみにここの隣には同じような選別室がもう1つあります。その転生者は専門の召喚士によってこの世界に召喚されてきますが、召喚士は何者を召喚できるか選ぶことはできませんので、危険な者や有害な者が召喚された場合――」
あまりにも急な話で理解が追いつきそうになかった。
召喚士? 俺はそいつに呼び出されてここに来てるのか?
「――規約にのっとって、それらの者を選別するのが私達の役目です。答えられることに限りはありますが、何か質問はありますか?」
「……あの、何のために俺は召喚されたんですか? それに、首を切っても生きているのはどういうことですか?」
俺は大胆にも思っていることをそのまま質問してみた。
普通に考えると、あまりに馬鹿馬鹿しく、頭がおかしくなったのかと疑われるような質問だ。
だが男は笑いもせず、呆れもせず、どう答えていいのかを考え、言葉を選んでいる様子だった。
「何のために召喚されたのか。大方労働力としてでしょうが、それはが私が決めたことではないので詳しいことは分かりません」
男が話している横のヴェーラに何となく目を移すと、こちらを睨んでいた表情は壁の方に向きを変えていた。
妙に思いつめた顔をしているようだ。
壁に何かあるのか……?
「それと首を切っても死ななかった理由は、恐らくあなたの能力と関係しています。前の世界で死ぬ間際に『こうでありたい』と強く願うことで、転生者はその願いに準ずる力を授かって召喚されてきます」
男の説明を聞いてはいるが、ヴェーラが向いている壁の奥から嫌な気配がして集中できなかった。
何故か変な胸騒ぎがする。
空気がどことなく張り詰めていて、重い。
「あなたの能力はこれから担当の者に詳しく検査してもらいますが、私が見たところ、恐らくその能力は――」
そのときヴェーラは何の前触れもなく、壁に向かって剣を構えた。
それと同時に壁が、ドンッ、という大きな音を立てたかと思うと、ガラガラと崩れ始める。
いったい何が起こったのか。
男が言っていた隣の選別室であろう部屋が丸見えになっている。
そして宙に舞う瓦礫の埃と一緒に、中から1人の男がゆっくりとこちらの部屋に入ってきた。
「下がれ、転生者だ」
ヴェーラはそう言うと、俺の前に素早く移動した。