選別 7
顔面から床にぶつかったと思ったが、何故か不思議と痛みはない。
目を開けると、顔には何やら黒い布が触れているのに気付いた。
こんな布を敷いてあったのか定かではないが、床にただの布が敷いてあるにしては妙に柔らかい気がする。
それに、何故かこの部屋に充満している生臭さに混ざって、焼き立てのクッキーのような甘い香りが少しだけする。
俺は起き上がろうと右手を布に押し付けると、水風船のように柔らかく、グニャリとした感触が伝わってきた。
「うう……」
転んだあの女の声が微かに聞こえてくる。
随分近くで聞こえる。
耳を澄まして声を辿ると、それは俺の真下であることに気付いた。
なんと、俺はこの女をクッションにして覆いかぶさっていた。
フードが既に外れていて、目元が露になっている。
申し訳ないことをした。
そう思いつつも、俺はその顔に目が移ってしまった。
肌が白く、薄暗いはずなのに小さな毛穴の1つ1つがよく見える。
そして眉間に深く皴を寄せて「ううん」とうめきながら何か言おうとしている。
ここがどんな世界なのかまだ分からないし、聞きたいことも沢山あるが、俺はこの女を只々見続けてしまった。
「ヴェーラ、大丈夫ですか!」
男のその一言で、女はハッとして目を覚ました。
そして首だけをガバッっと起こすと、マスク越しに吐息が肌で感じ取れるくらいの至近距離で、俺と目が合ってしまった。
何が起こったのか、というような戸惑った表情をしていて、部屋を視線だけで見回しているようだ。
その視線は、次第に俺の体にゆっくりと移動していった。
無意識にその視線の先を追ってみると、それは俺の右手で視点を合わせて止まった。
なんと、俺が起き上がろうと踏ん張ったその右手は、ゆったりとしたローブの上からでも分かる膨らみの1つを鷲掴みにしていた。
「ご、ごめんなさ――」
急いで謝りかけたが、その瞬間真下から俺の顔面に拳が飛んできて、パチンという肉を叩く高い音が響いた。
意識はハッキリしてるが、気が付くと俺は血だまりの上に倒れていた。
「コ、コイツ……どうやら死体処理場に連れて行って欲しいようだな」
「余計な心配でしたね、大丈夫そうで何よりです。でもヴェーラ、死体処理場はダメですよ」