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 気が付くと、俺は剣の刃を首に当てられていた。

 見えている部分だけで50センチメートルを超えているあろうその刃は、首の横筋にピッタリとくっついている。

 それは、風邪をひいたときに首に冷却シートを貼ったときのような冷たさだったが、その感触はお世辞にも心地良いとは言えなかった。


「動くな」


 後ろから若い女の声がしたが、姿は見えない。

 声の方に向くこともできず、ただ言われるがままにじっとしているしかなかった。

 剣を自分の首に当てているのはこの女なのだろう、俺は直感的に思った。


 天井からぶら下げてあるランプの炎の揺れが、後ろから突き出された剣ごしに映って見えている。

 それは、少しでも動こうものならお前の首を容赦なく斬る、という意思を刃自体が持っているようだった。


 すぐ目の前にはどす黒い壁があるだけで、なぜだか辺りがひどく生臭い。

 そして妙にジメジメしていて蒸し暑い。

 そういえば、こんな臭いを以前嗅いだことがあった。


 夏になると俺の実家付近の田んぼではカエルが大量に発生していた。

 これは田舎ではよくあることだったが、車が行き来する道路も通るので、タイヤに()き潰された大小のカエルたちが薄くなった状態で道路にへばり付く。

 そのカエルの死体は強い日差しに晒され、やがて土にまみれたビニール袋の切れ端と見分けがつかない程に干からびる。

 そこへ雨が降ると、()き潰されたカエルたちは水を吸収して、死体がその姿を現し始める。

 そのカエルの死臭は、生暖かい湿気と土埃にまみれて俺の鼻の中を通り抜けていく。

 この場所は、あの吐き気を(もよお)す臭いに少し似ていた。


「目の前の壁に両手をついて下さい」


 後ろには複数人いるようで、今度は老いた男の声だった。

 言葉使い自体は丁寧(ていねい)だったが、これはただの声ではない。

 低い声、かすれ気味の声、乾いた声、そのどれもが近いようで違う気がする。

 風が葉を揺らす音、川のせせらぎの音、炎が木の枝を焼く音。

 聞こえてはいるけど、無理矢理耳には入ってはこない。

 聞いた者を安心させてしまう、物理的な温かささえ感じてしまう不思議な声だった。

 その揺らぎのある声に何の反感もなく無条件に従ってしまい、俺はそっと目の前の岩に両手をついた。

 

 手にはヌルリとした生温かい感覚があった。

 炎に照らされて壁にどす黒く輝いて見えていたそれは、血のようだった。

 驚いて声を出しそうになったが、まだ首筋に当てられている剣が視界に入り、思いとどまった。

 不意に手を引いたり音を出したりすれば、命はないだろう。


「動くと斬る」


 実際には誰も何も言っていなかったが、剣はそう言っていた。

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