エピローグ、『完』
というわけでエピローグ。
「ただいま」
一週間前まで一人暮らしだった家に帰宅を告げる。
「お帰りなさいませ圭君。御飯にします? お風呂にします?」
「それとも、わ、た、し? って可愛らしく言ってくれないんですか? 氷華さん」
室内でもスーツ姿を一切着崩さずに出迎えてくれたのは泉氷華であった。もう気付いているかもしれないが、昨日の襲撃で死んだと言うのは嘘だ。襲撃も嘘である。
「私は安くないですよ? それとも私をヒロインに選んでくれるのですか?」
「あなたじゃ俺のヒロインになるのは無理ですよ。身の程を知ってください」
特別じゃない。この世界において。あなたは。
「おや、今日はやけに厳しいですね。 女性にでも振られましたか?」
「おかげ様でね」
「本当に振られていたましたか、昨日の今日なのに?」
「昨日の今日じゃないですよ」
会った時から、ずっと、俺の特別。
「――それに白々しいですよ。俺に隠している事がありますよね? 氷華さん」
「さあ、何の話でしょうか?」
ふふふ、と珍しく表情を崩し妖艶な笑みがこぼれる。
「ま、玄関ではなんです、リビングでお茶でも飲みながらお話しをしましょう。エインちゃんも貴方を待っていますよ」
そう言って心底楽しそうに、心底意地の悪そうに、リビングに招きいれる。
我が家なのに招かれると言うのも新鮮だが、言われるがまま招かれるのだった。
氷華さんが言っていたように、エインは俺を待っていたようで、リビングに入った途端に吸い寄せられたかのようにくっついて来た。今日もイヤホンでジムノペテイ(いつもの)を聴いているようだ。
キッチン込みで20畳ある部屋の真ん中に絨毯が敷いてあり、その上には卓袱台が一つだけ置いてある。氷華さんが来る前までの俺の唯一の居住空間だ。それ以外の場所はゴミ箱としか見ていなかった。
今は綺麗なモノで、ゴミ一つない、どころか、絨毯と卓袱台以外には何もなかった。捨てられたのではなく、家具と呼べるモノは小学生の頃からこの部屋には元々その二つしかなかなかった。
キッチンは現在、氷華さんが利用するため、沢山の道具が持ち込まれており、リビングよりも物で溢れ返っている。今も氷華さんはそのキッチンでコーヒーを入れている。
一つだけある卓袱台の前に座り、自分の付けていたイヤホンを外す。横でくっついているエイン膝の上に乗せ、勝手に右耳のイヤホンを取って自分の耳に付ける。特に意味はない。
そして曲が二週半くらい流れた頃に
「どうぞ」
と、氷華さんは三人分のコーヒーとお茶菓子を持って来てくれた。
「どうも」
お礼も言わずに置かれたお菓子にまず手を出すのが決まってエインであり、今回も氷華さんが卓袱台に置いてすぐに手を伸ばした。身を乗り出して取りに行ったせいで、イヤホンが引っ張られて取れる。
どの道。今から話をするため、外れたイヤホンはお菓子の包装を開けているエインの耳に戻す。そして、エインのコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れる。この子は甘党であった。
「それで何が分かったのです――圭君?」
氷華さんは俺の対面に座り、少しだけコーヒーを口に含むとそう問い掛けてきた。
「委員長は貴方たち組織の人間ですよね?」
俺は含みも持たずに答える。
「ふむ、どうしてそう思ったのです?」
玄関で見せたはっきりした笑みは浮かべていないが、どこか楽しそうにしている様子だ。
「別にミステリー小説でも、高校生名探偵でもないので、これといった推理は特にありませんよ。俺が普通に日常を過ごしていたら分かります、いえ――特別にかもしれませんが」
「特別に……ですか?」
「俺にとっては、やっぱり普通に――ですけど。昨日も言った事です。俺は人類に嫌われているんですよ」
生まれた時から何の意味もなく。嫌われていた。親にすら見離された失敗作。
「人類なら俺に気軽には話し掛けない。気楽に笑えない。気さくにお話はできない。人類が俺の事を――嫌いだから」
「昨日のあれは本気……というか本当だったのですか……? 確かに貴方の学校生活は友達がいないとは聞いていましたが……いやでも、橘ひかりさんとはお話していましたよね?」
それがきっと彼女たちの勘違いを生んだのだろう。
「アイツ、橘ひかりは特別なんですよ。俺が会った人間で『唯一』面と向かって会話できる人。俺の日常世界でアイツだけが物語の登場人物なんです。それ以外はモブで彼女だけがヒロインに成れたんですよ」
特別な『成功作』だけが『失敗作』と話せた。
「つまり、委員長さんが圭君に話し掛けたので普通の人間ではないって思ったって事ですね」
「……ちょっと違います」
「?」
「俺に話し掛けるような奴は人間ではなく、貴方たちみたいな人間擬きやエインみたいな魔族、そんな歪んだ存在だけです」
――例外は橘ひかりだけ。
「……なぜ、そう言い切れるのですか? 橘ひかりさんの他に圭君と話す人物がいてもいいのでは?」
「……そうですね、確かに少し言い過ぎました」
確かに初めから委員長を疑っていた訳では実はない。ただ、委員長は委員長でそれ以上にもそれ以下にもならない、特別にならなかった。
「――でも結局それが今の事実なんですよね」
結局は委員長も組織の歪んだ存在の一員であり、人間擬きであった。
「人類に嫌われる性質なんて聞いた事ないですね……その性質が貴方とエインちゃんを繋いだと考えるのがやっぱり自然なのでしょうか……」
俺の話を聞くと氷華さんは何やらブツブツと一人で呟いている。
「というか、何で俺の日常に関与して来たんですか? 俺の日常に手は出さないって約束でしたよね?」
エインと出会った日に氷華さんと約束をしたはずだったのだが。
「手を出すつもりはありませんでしたよ。圭君の性質が予想外だったんですよ。委員長として近づいて監視する――くらいのつもりでしたが、まさか人類に嫌われているせいでバレると思いませんでしたよ」
え? 俺のせい?
「圭君がよければ学校で委員長さんと仲良くしてくれるのが私たちとしては助かるのですが……それが嫌と仰るなら委員長さんは学校を辞めさせますが」
「いえ、学校はもう辞めるので必要ありません」
と言うと、氷華さんは少し驚いたような顔で目をパチパチさせた。
「昨日まで、あんなに日常に固執していたのにどうしたのです?」
「固執する物が無くなったから辞めるんですよ。というか、委員長を送り込んだのは、俺が何に固執しているか探るためだったんじゃないですか?」
氷華さんは日常というモノに酷く否定的であった、幻だのまやかしだの。日常に手を出さないと約束はしたが俺が学校に行く事に対して否定的だったように思う。
まあ、聞いても誤魔化されるとは思うが。
「はい、その通りです」
「いい返事だあ……」
まっすぐ過ぎて怒る気にならない。
「まあ、今の話を聞けば貴方が誰に固執しているかは分かりましたけど」
誰にって……もう、俺が固執しているのが人間って事がバレている。
「そりゃ、そうですよ。俺の日常編のCAST欄のヒロインは一人だけですからね」
「あれだけ委員長さんを好きだと言っていたのに、最低の男ですね貴方は」
「考えていたんですよ。何が狙いなのか。昨日、委員長と帰る途中に委員長が俺に橘ひかりの事が好きなのかって聞いてきて、俺が『好きじゃない』って答えたら彼女は『よかった』って言ったんですよ」
「圭君はその反応を見て自分に脈があるんじゃないかって、意識して惚れたんじゃなかったのです?」
「わざと、そういう風に見せていたんですよ」
「どうしてです?」
「俺が固執しているのが橘ひかりだと分かったら、貴方たちが何をするか分からなかった。委員長のよかったは、橘ひかりに手を出さずに済んでよかったって意味じゃないかと思ったんですよ。だから橘ひかりから目を背けさせた」
橘ひかりはただの親友で、好きではない、と。
「しかも、氷華さんは心を読めるので、モノローグが適当になりましたよ。嘘八百もいい所でした」
学校でも、委員長も心が読めないとは限らなかったために嘘とでっち上げのモノローグを語る必要があった、
「ちゃんと約束は守っていますよ。圭君の心の中も頭の中も覗いてません。一応、パートナーなのに信じて貰えないとは悲しい事です」
「出会い頭に銃を向けられた事を俺は忘れませんからね」
向けたどころか上司の命令で殺されそうにもなった。エインが助けてくれたが。
そのエインは現在俺の膝の上でお菓子のカスをボロボロと零している。
「まあ、信頼はこれからゆっくり気付いて行きましょう――圭君が橘ひかりさんを守ろうとして嘘や演技をしていたのは分かりました。確かに貴方の言うとおりです。私たちは貴方自身に危害は加えませんが、それ以外は別です。圭君が危惧していた可能性はあります」
「…………」
「ですが――それではなぜ圭君は学校をお辞めになられるのですか? 私たちを誤魔化しきれずに橘ひかりさんの身に危険が及ぶと判断したという事なのでしょうか?」
「まあ、結果的にはそういう事です」
「何か含んだ言い方ですね」
言われて少しおかしく思いながらも、コーヒーカップの残り中身を全て煽った。
「実は今日の放課後までは橘ひかりに固執している事を貴方達にほのめかす程度にバラしていくつもりでした」
「へえ、それはどうしてです?」
興味深そうにする氷華さん。聞き上手な人である。
「貴方たちに橘ひかりを狙わせるためにですよ」
「? それは、守ろうとしていた貴方の行動と矛盾していませんか?」
「守る目的は変わってないです。ただ彼女を貴方たちの標的にする事で巻き込みたかったんですよ――」
橘ひかりを、大親友を、特別を、成功作を、ヒロインを、巻き込みたかった、
「この本編に。歪んだこの世界に」
日常から引きずり込むように、道ずれにしてやりたかった。
「貴方たちが彼女を襲う所を俺が止める。そうすれば晴れて彼女は本編のヒロインです。俺と同じ世界を体験して、同じ景色を見ることが出来る。日常編だけでなく本編で一緒にいたかったんですよ」
俺の世界のたった一人のキャストを、別の世界でも一緒に。
「なるほど、中々気持ちが悪いですね」
「ば、バッサリ言いますね……まあ理解してますよ。気味が悪いし気持ちが悪い。粘着質なストーカーみたいだって」
最悪な事くらい分かっている。
「でも分かりませんね。圭君は結局それをせずに学校をお辞めになるのですよね? ふむ、圭君が望むなら今からでも私が一つ橘ひかりさんを襲って来てさしあげますが」
「望まないので、襲うのを辞めてください」
ふむ、じゃねえよ。
「よろしいですか……残念です」
「残念がるのはオカシイですよね?」
襲える事を期待していたのかよ。
「それで――どうして圭君は実行しなかったんです?」
「説明が酷く遠回りになった気がしますけど、今日、会ったアイツが詰まらなかったんですよ。しかも――とっても」
「詰まらない――ですか?」
「はい。劇的を嫌い、異端を避けて、究極を望まず、刺激を欲っしない、普通に焦がれた詰まらない女子だったんですよ。アイツは。しかも一丁前に好きな男子を見つけて、真面目な恋をしているんですよ。ホントに詰まらん。あれじゃ本編のヒロインは務らねえなって思っただけですよ」
「……ですか」
「ですよ」
ふむ、と言ってコーヒーを手にした氷華さんは音を立てずに静かに一口飲んだ。
「まあ、詰まらないだの、務まらないだの言ってますが……つまり圭君――失恋したって事ですよね?」
「恥ずかしながらそう言う事だよ!!」
なんで人がボカして言っているのに、ハッキリ言っちゃうかなこの人?
「そうですよ! 好きでしたよ! それこそ強引にでもヒロインにしようと思うくらいに――でも」
目の前のこの人に言っても何の意味も無いが言葉がとまらない。
「好きな子の前にアイツは大親友で――恩人なんです。そんなアイツが普通がいいって言ったのなら手助けはしてやれなくても、邪魔だけはしちゃいけない事ぐらいは分かる。だからとってもとっても詰まんねえけど、アイツが――普通に幸せになればいいなと思ったんですよ」
呆れ諦めた。
「まあ、分かりました。圭君が平凡な日常を過ごさなくていいと言うなら私たちにとっても都合がいいです。すぐにでも退学届けを提出しますが、よろしいですね?」
俺の心の叫びなんぞ、どうでもいいと言わんばかりに事務的な話を始められる。
「……はい」
「――了解です。では、そのように」
話がこれで終わりだと、氷華さんは立ち上がりコーヒーカップをカチャカチャと片づけ始める。口がつけられていないエインのカップとお茶菓子だけを残してキッチンに行ってしまった。
相変わらず膝や床にカスをボロボロと零しながらお菓子を頬張っている。次のお菓子を取ろうと手を伸ばすので、届く距離にお菓子が入った籠を引き寄せ、ついでに、飴を一つ取って口に入れる。
イチゴ味、甘酸っぱい。
腰から手をまわし、エインを抱きかかえると、一度こっちに振り向いたがすぐに、またお菓子を食べ始める。
「よかったな。晴れてお前がメインヒロインだぜ?」
話しかけても当然答えは返ってこない。そもそも、そんなあまり物みたいなヒロインだと言われて嬉しい訳が無いだろうが。
片方のイヤホンを借りて自分に付ける。
ジムノペティが鳴り響く。
さて、そろそろエピローグも終わりの時、本編を初めねばなるまい。
ジムノペティに狂った特別な男の物語を語ろう。
まずは一週間前の回想から始めようか。
それから、今日までの、あんな事やこんな事の非日常を語ろう。
そして、これから起こる壮大な未来を語っていこう。
そしてもちろん本編では――この日常編は全てカットである。
語られない日常編 『完』
読んで頂きありがとうございます! というか全部読んでくれた人は結局いるのでしょうか?
本当に本編がある訳ではないので終わりです。
本編で語るはずの魔族などの設定は別作品の『最強魔族の殺し方』を参考にしています。
思ったより気持ち悪い雰囲気を出せなかったですね。反省します。




