ハロー委員長に脛への強打、まさかはまさかですか?
「佐藤君? おーい」
「…………」
「佐藤君、佐藤君ったら」
おい、呼ばれているぞ佐藤。はやく返事してやれよ佐藤。
「あれ? 死んでる?」
佐藤に何があった!?
てっあれ? 佐藤? 佐藤って俺の事?
あ、どうも、佐藤圭です。この物語の主人公やってます。
とまあ、いまさら自己紹介をするグタグタ具合を見せる物語をどうぞよろしく。
勘の良い人なら、もしかしてこの物語は主人公の名前が出てこないタイプではないかと予想していたかもしれないが、残念はずれです。
大事なのでもう一度名乗っておきましょう。どうも
「佐藤圭君?」
はい、佐藤圭ですよ。先に呼ばれてしまった。佐藤なんて日本で一番人口の多い苗字、もしかしたら自分じゃない可能性を考えたが、流石に同じ名前はそうはいない。
というか、まだ日常編だろうか? まあ、知らない間にテレポートとか、漂流教室よろしくどこかへ教室ごと異世界に飛ばされていなければ、ここは学校であり、俺の日常であるという事だろう。
本編に早く入るためにこの部分はカットするべきだろうか? それが出来ないから日常編を語っていたんだっけ? 語らなければいいだけの気がするが。じゃあ、早送りスイッチと称して寝ていた意味は何だと言われれば、特に意味はないと言うしかない。
俺のモノローグに大した意味はないし、中身もない。真面目に聞くだけ損である。
「佐藤君!」
はいはい、どうも。
まさか、一日に三回も女子に起こされるとは、もしかして俺はモテモテなのだろうか。
すぐ起きますよっと。
じゃ仕方ない、また俺の日常編を語ろうか、面倒くさい人は本編まで読み飛ばせばいい、何なら読むのを辞めてもらってもいい。
そもそも、誰かに読ませる物じゃない。俺が勝手に語っているだけだ。誰に向かってでもない。ただの自己満足。
「んー」
と突っ伏していた頭をあげて背を伸ばす。結構寝ていたのだろう、体中がポキポキ音を鳴らしている。
「あ、おはよう佐藤君」
机を挟んで挨拶してくるのは、委員長である。丸眼鏡の奥にたれ目を覗かせ、柔和な笑顔を向けてくる。ふんわりとしたボブカットはゆったりとした委員長の雰囲気にとても似合っている。委員長らしく真面目なのか制服も全然着崩す事もしていない。怒ってばかりいた橘ひかりとは大違いである。
しかし、起きた俺に向けた笑顔は笑う門に来る福を全部持って行きそうな満面の笑みである。
眩しい……光になる……
「ハロー委員長」
朝起きた時カーテンを開けて太陽に挨拶している気分である。太陽に挨拶なんてした事ないけど。
「ハローじゃないわ佐藤君。大変なの! 周りを見て」
周り?
「――誰も……いない?」
人がいない、橘ひかりも当然いない、その他のモブキャラ達もいない。どこを見ても俺と委員長しかいない。
「これは……?」
嫌な予感がする。
「落ち着いて聞いて佐藤君、貴方が寝ている間に世界は私と貴方だけになってしまったのよ」
「ほ、本当かよ……」
嫌な予感が的中してしまったらしい。どうやら寝ている間に日常編から本編に突入してしまったらしい。しかも、かなりのバッドエンドならぬバッドスタートに思える。いきなり世界の終焉スタートって、ん? もう詰んでね?
物語の最初からクライマックスである。
すまん橘ひかり、お前との約束守れなかった……
「魔族が暴れたかもしくは……」
大体の予想は付く。本編に入ったなら説明しておかなければ行けない。俺が今置かれている状況を。
一週間前に俺は――
「ぷっ……あはははは!!」
「ん?」
委員長が大笑いしている。現実に耐え切れずに気が触れてしまったか、可哀想に……というか何故委員長だけは無事なのだろう? まさか委員長も……?
「ふふっ、佐藤君。意外とノリがいいんだね。もしかして昔中二病だったくち?」
『ノリがいい』『中二病』これらの言葉から状況を分析しようか…………
「あぁ、嘘か」
分析するまでもない。未だ日常編の最中だという事だ。なんだ驚かせやがって。
「あ、あれ? まさか本気で信じてた?」
「いやいや、委員長。そんなの信じるの寝起きのバカか高二になのに中二病の人間だけだよ」
「佐藤君はどっち? もしかしてどっちも?」
「おいおい、真面目で優しい委員長がそんな事を言うなんて残念だよ。俺は暗に自分はどっちでもないと言う事を伝えているって言うのに」
「あはは、ごめんごめん。拗ねないで。冗談だから」
こっちは冗談ですまない話だったのだが。楽しそうで何よりだが。
「で、何で誰もいないの?」
日常編の出来事なのだから、大事ではないだろうが。
「放課後だもん。皆帰っちゃったよ」
「え? あれ?」
そういえば教室内が夕焼け小焼けである。うん、吹奏楽部のアヒルの鳴き声のような音も聞こえる。我ながら寝過ぎだ。
「なるほど、ね。で、委員長は俺に何の用なの?」
「え! 私?」
そんな驚く質問だったか? 皆帰ったのにわざわざ残って俺を起こしたのは何か用があったからだと思ったのだが。
「あーそうね、ちょっと先生に頼まれた仕事があったのよ。終わっても佐藤君がいつまでも寝てるから、帰る前に起こしてあげようと思っただけよ」
「そりゃ、色んな意味でご苦労様で」
「委員長なので」
大変な仕事である。こんな爪弾き者とも相手しないといけないなんて。脱帽、脱帽。
「そっか、起こしてくれてありがとう」
「どういたしまして」
それじゃあ、帰ろうか。俺は早く本編を語らないといけないのだった。日常からの脱却。……って、んー?
「えーと、委員長? 何でまだいるの?」
つい毒のある言い方になってしまった。傷つけたかも。
委員長は俺が帰る準備をしている間も何故かずっと目の前で待っている。俺を起こしたし、仕事は終わったはずじゃないのか
「んー委員長なので?」
自信がなさそうだし答えになっていないきがする。勝手に予想するしかないが生徒全員が帰るのを見届ける必要があるとかそんなところか――それはもう委員長というより先生の仕事だろう。だから疑問系なのだろう。
本当に真面目というか、今時珍しい徹底した委員長ぶりである。
「そ、じゃあ帰るわ」
いつまでも委員長を待たせるのは悪い。
さっさと、教室の後ろのドアを開けて廊下に出る。
漢字の口の形をした校舎は教室のドアを開けた先の廊下の窓からは中庭が見える。
そこには一人で、名前も出てこないラッパのような楽器を吹いている少女がいた。さっきから
聞こえているアヒルの鳴き声は彼女が出しているようだ。
はっきり言って下手なのできっと一年生だろう。一人でも練習している所が健気である。青春だ。きっと、今頃、橘ひかりも陸上部で走っているのだろう。好きな沢田とやらと一緒に。
部活に属さず、かといって委員長の用に学校の仕事もない俺はこれから真直ぐ家に帰るだけだ。
まあ、それも青春だろう、若き十代、何をしても青春。
家に帰ればまた青春と呼ぶには日常からかけ離れた、本編がやってくるのだが。それも大人になれば青春だったなと思える日が来るのだろうか? そもそも俺は大人になる事が出来るのかも怪しい立場だが。
くどくど日常編だなんだと語ってきたが、俺にとって結局本編までの茶番に過ぎず、滑稽、滑稽、コケッコー。
馬鹿にする鶏の鳴き声が聞こえてきそうで、アホーとカラスが頭に鳥の糞を落としてくれそうな程に滑稽。そこまで滑稽ならもはや愉快ともいえるのだが、この町のカラス共は残念ながらカアーと鳴く。少なくとも俺にはアホーと鳴いているようには聞こえない。
さておき。
今、俺が身を置いている状況は日常を満喫する余裕はないようで、そもそも、日常が満喫する物に成り下がっている時点で一般人から大きく掛け離れている。
俺に取ってのこの学校生活は唯一残された日常であり。非常識な輩がいる自宅は非日常である。
玄関に着くと下駄箱に入った靴を手にとって投げ捨てるように地面に放った。片方の靴が横を向いて倒れる。
今日の限られた日常が終わりに近づいている。帰れば本編。延ばしに延ばした日常の語りも幕を引く時なのだが――ん? んんん?
「えーと委員長? 何で着いて来てるの?」
俺も語りたい事が山ほどあるだけに本編に突入したいのはやまやまなのだが、玄関までずっと俺をベッタリマークして離れない存在がいる。誰でしょう? ってすでに答え言ってるな。委員長です。
小首を傾げたその委員長は
「え? 別に佐藤君に付いて来た訳じゃないよ?」
あー勘違いでしたか……
――うわああああああああああ!!!!
叫びだしたい! 何これ!? 赤っ恥だ! いやもう、この場で舌噛み切って自害するレベル。何がベッタリマークして離れないだ。離れないのは童貞の被害妄想だけだ。
「へ、へぇ? 何かごめんね?」
平静を装って見るが声が裏返っている。クールキャラの装いまで剥がれかねない。今すぐ走り出して逃げてもいいだろうか?
「あはは、嘘、嘘」
「おい、言っていい嘘と悪い嘘がある事って知ってるか?」
世界が滅びたなんて可愛い物だ。
「正しき委員長として言います。いい嘘なんてありません」
「なら即刻俺に謝れ!」
今のところお前に正しい所はない。
「つまり――土下座しろと?」
「や、そこまで求めてない……」
そんなシチュエーションはいらない。
「そう……優しいのね」
「お前の謝り方は土下座が主流なの?」
まず土下座って、世紀末かよ。
「あはは、ごめん、ごめん」
「で、何? 何で付いて来てるの?」
言葉通り余計な恥をかかされたが話を戻す。
「委員長なので」
「便利な言葉だなそれ」
どこぞの塾長みたい。
「えっと? つまり。どういう事?」
集団下校……は、まあないか。友達がいない俺に先生からかまってくれと頼まれたか? 中学までの話だと思っていたが。
「一緒に帰ろってことよ」
いや、何で一緒に帰る事が委員長の仕事になるのかを聞いていたのだが。集団下校で正解という事だろうか。
「あれ? 嫌だった?」
「別に? 俺が進む道がたまたま委員長と同じだっただけだろ?」
素直になれない孤独の戦士のツンデレ台詞みたいになってしまった。要素が孤独って所しかあってないじゃないか。
「そう、よかった」
よかったらしい――お互い靴を履き終えて、自転車通学の俺は自分の自転車を取りに駐輪場に向かう。当然委員長もそこに付いて来ている。
「というか、委員長の帰り道、俺と同じ方向だっけ?」
自転車の鍵を外して、タイヤを転がす。狭い駐輪場なので横には並ばず委員長は後について来ている。
「ううん、家は近所よ? 今日は少し用事があるのよ」
「へえ」
そういう事。つまり、目的の場所までの時間潰しなのか……
「委員長の仕事関係ないじゃん……」
「?」
何の嘘だよ全く……まあ、集団下校って、むしろ俺みたいな男子と一緒にいる方が世間から見たら逆に危ないように見えるだろう。自分を卑下しているという訳じゃない。「お嬢さん、僕は怪しい人じゃないよ?」と言う方が明らかに怪しいだろ?
――駐輪場を抜けると委員長はすぐに横に並ぶ、一緒に帰ろうと言われている手前、自転車に乗る訳にもいかず、左から委員長、自転車、俺という順番に平行して進む。ポイントはきっちり車道側を歩いている事だ。ママチャリにこの重要ポジションは譲らない。
「ねえ、佐藤君?」
「ん?」
「間に自転車があると話ずらいから、よかったら置く所を反対にして貰っていいかな?」
早々に重要ポジションの終了が告げられた。
ふむ、まあママチャリの正式名がシティサイクルといった、ロードバイクにも負けないネームのカッコよさを誇る事を考えれば譲ることもやぶさかではない。ついでに一番カッコいい名前はクロスバイク。
自転車を中心に時計回りに半周し場所を変えると、距離が近くなった委員長の肩に軽くぶつかった。
「あ、わるいってぇ!?」
ぶつからないように少し離れたために、時点車に寄り過ぎペダルが脛に直撃した。
「だ、大丈夫!?」
「い、いや、平気、平気」
蹲って薄すら涙が滲む顔で言っても説得力は皆無だが。まあ、男は強がって見栄はってなんぼだ。脛への強打がなんぼのもんじゃい!
「ご、ごめん委員長、驚かせて」
痛みに堪えながら立ち上がり、心配をかけた委員長に謝り、委員長にも自転車にも当たらない距離を取る。
「あ! 佐藤君、車が通ると危ないからもう少しこっち寄って」
軽く引っ張られ取った距離を戻される。肩を密着とまではいかないが、少し寄ればぶつかるくらいの距離である。わざわざ寄せたという事は、委員長にとって肩がぶつかる程度なんでもないと言う事なのだろう。迷惑でないなら、俺がそこまで意識する必要もなさそうだ。
勘違いはしない。委員長は真面目なので本当に俺を心配して言ってくれているという事はもちろんわかっている。ここで、『え? もしかして……俺の事を?』と思うのは委員長に失礼と言うものだ。
「ねえ、佐藤君」
「ん?」
あれ? また自転車とポジションチェンジをして欲しいとかだろうか? やっぱり肩がぶつかるのは気になっただろうか?
「橘さんの事――好きなの?」
「へ!?」
「だって今日言ってたでしょ? 橘さんが好きだって、冗談みたいに流されていたけど本当に佐藤君は橘さんが好きなんじゃないの?」
……んー? いやいや、いや。まさかね。まさか。
「いや、あれは冗談だよ? いつも似たような事を言い合ってるだろ? それに――」
っと、思わず口が滑る所だった。橘ひかりには好きな人がいる事はアイツのためにも黙るべきだろう。
「でも、毎日のように橘さんの席に座ってるの会話のきっかけを作るためじゃないの?」
「俺には好きな子を苛めたくなる心理は理解できないからそれはない。あの席が一番、ジムノペティに合うってだけだよ」
「あーいつも言っているやつだね。うん、私もあの曲好きだけど……」
「お、好みが合うな。まあ、俺は別に橘ひかりに恋愛感情はないよ」
むこうさんは友情すら感じてない様子だし。
「そうなんだ! よかった!」
また、満面の笑みである。よかったって……本当に、ホントの、まさかなのか?
「じゃあ、私はこの辺で行くね! ごめんね、付き合わせて」
「あーいや、気にすんな」
バイバイ! と委員長は手を振って鼻歌交じりに上機嫌で道を右に折れていった。
「俺も次の道、右だったんだけどな……」
別れた後にすぐ再開する事ほど恥ずかしいこともそうはないだろう。自転車を一度止めてポケットの中から携帯を取り出し、巻き付いているイヤホンを解いて耳につける。
流すのはいつもの曲。
教室でオレンジ色に輝いていた太陽は時間の流れに添ってきちんと沈み始め、真っ赤な色に空を染めている。うん、この景色は――合う、
ボーっと空を眺めて三分と少し。
曲が一周したのを聞いて右耳のイヤホンを外し、スタンドを蹴り上げる。
そろそろ行った頃だろうと、予想をたて自転車を漕ぐ。
徐々に加速し一定の速さをキープする。
いつもの帰り道に変わらぬ光景。しかし、俺はその帰り道、ずっと委員長の事が気になって仕方がなくなっていたのであった。




