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オニシュート日記    作者: てん
1/7

わたしとスーパーイっちゃってる義父の1年戦争。

          1 


                                              『キヒイエエーェェーーーッ!』


『ツェイヤアーアァァーーーッ!』

 

 道路の真ん中を猫がゆうゆうと横切っていく。

都会ではないがド田舎というわけでもない。昼間は高齢者しかいないんじゃなかろうかという、静かな昼下がりの住宅地に響きわたる・・・奇声。

それは我が家の隣から聞こえてくる。正確に言うと、駐車場をはさんで隣にあるうちの実家からの、身の毛もよだつ叫声。

二階のベランダで洗濯物を取り込んでいたわたしは、ダダダッと階段を駆け下り、開いていた玄関のドアをピシャン!と閉め鍵をかける。続いてすぐそばのキッチンに飛び込むと窓という窓を閉めてカーテンも引く。それでもなお「ダンッ!ダンッ!」という床を踏み鳴らす音と、「タアアッ!タアアッ!」という掛け声が、いやでも耳に入ってくる。

建設現場のコンクリートを割るドリル音より耳に痛い。火花を散らして金属を切断するカッター音より耐えられない。心臓がドクドクドクと嫌な速さで波打って、知らないうちに首の後ろにつうーっと汗が流れる。

「もう!いいかげんにして!」

叫びたいのをこらえて部屋の真ん中で、窓を睨んで、奇声が止むのをじっと待っている。


・・・なんで?どうして?いつからこうなった?

・・・そんなの決まってる 


・・・そう、すべては一年前の・・・うちの夫の・・・あの一言から始まったんですよ!





 四月、小学校の新学期が始まってすぐの頃だった。夜遅く宮崎にいる夫の母からかかってきた電話は

「おとうさんがはしごから落ちて大怪我した!」

その翌日、とりあえず彼だけ急いで宮崎に帰ることになった。ここ福岡市内から宮崎市まで高速を使って5時間。病院の義父は手術も終わり青白い顔で、ベッドに横たわっていたそうだ。

「道場の天井の工事に、自分ではしごに上がっててっぺんから落ちたんよ、こう、腰あたりからドーンっと」

背骨と骨盤を数カ所折る大怪我。

「それでもおとうさん、えらいよー。立ち上がれないから道場の入り口までこう、腕だけで這っていったんだって。そんでちょうど夕刊配達に来た人にね、助けて~って言ったんだって。え?あたし?あたしはそん時用事でちょうど出掛けてておらんかったとよ」 


夫の実家は地元では有名な剣道場だった。剣道が好きで好きで、剣道を子どもたちに教えたくて会社を早期退職して建てた自宅兼道場の家。義父はそこの師範。

昔は百人を超す練習生がいて、子どもたちの元気な声がご近所中に響いていたそうだ。しかし最近はめっきり入門する生徒が減り、在籍していた子どもたちは巣立って行き、ここ数年は三、四人の生徒しか集まらなくなっていた。

そして八十才を迎えた義父はとうとう剣道場を閉める決断をした。

かつて山口百恵ちゃんがそうしたように、うちの義父も道場に膝をついて・・・おごそかにその愛してやまない竹刀を床へと置いたのだった。(想像)百恵ちゃんがその後きっぱり芸能界から身を引いたように、うちの義父もきれいさっぱり剣道を教えることから足を洗って、その後、どうしたかというと・・・。


道場の壁に穴を開け、床に五寸釘を打ち込んで柱を立て、天井にあった照明をとっぱらって、梁を渡し・・・。一言でいうと道場をなんと賃貸アパートに改築し始めたのだ、それもDIYで。

この義父、昔からなんでも自分でやるのが好きな人で、特に何かを作り出す仕事が大好きで。まあ、自分の家を自分で建てちゃう人だっているにはいる。絶対無理、とは言えないけれどそれはそれで綿密な計画や図面や、資金だって必要なわけで。

「おとうさん!よりにもよってなんでアパート?お金はどうすると?」

という義母のしごくまともな意見には

「大丈夫、大丈夫。ワシの計算では一部屋あたり三十万くらいでできるっちゃが。三部屋で百万くらいか、そんなもんでできるんじゃから。そんくらいは貯金あるじゃろう?できるできる」

と全く聞く耳もたず。

さすがに一人きりでは大変だということで、地元のシルバー人材センターから派遣されてきた一回り若い?助っ人と二人で、嬉々として毎日、この新しい生きがいともいうべき仕事に没頭していた。その矢先の事故だった。


夫はそれから土曜日の朝こっちを出て日曜の夜に帰ってくるという強行軍でたびたび実家に帰っていた。

「おとうさん、ずうっと熱がひかんとよ。大丈夫やろうか・・・」

「おとうさんがおらんけえ、荷物持ってあがれんとよ」

「ずっと中腰でおったら腰、やってしもうて」

かかってくる義母からの電話に

「・・・うん、わかった。じゃあ、明日帰るから」と、言葉少なく、でも必ずYESの返事をするうちの夫。


・・・いざという時頼りになる「息子」なんだなあ。お母さん大好きだもんねえ


九州男児っぽくない、いつもソフトな人あたりが売りのうちの夫。外見を例えるなら、そうねえ・・・ちょっとぽっちゃりめの山田孝之?あ、言いすぎです、スイマセン。

そんなうちの夫は福岡市内の流通関係の会社のシステムエンジニアをしている。残業だってあるし、家へ持って帰っての仕事もある。義父の容態は安定はしているが入院は長引きそうだった。


・・・年が年だからなあ。なかなか思うようによくならないんだよねえ


小学四年生の上の子の「こいのぼり運動会」が終わった直後の五月の連休にみんなで義父のお見舞いに行くことにした。宮崎市内中心部に近い総合病院。夫は実家に取りに行くものがあるとかで私と子どもたちだけ先に車から降りた。初めての病院にきょろきょろしながら三階に上がり

「あ、あったあった、ここ」

【大成 寛 おおなり ひろし】 のネームプレートがかかった病室を見つけて入ろうとしたその瞬間、

「だから!あんたにはワシのからだにもう指一本触れさせんと言っとる!」

いきなり聞こえてきた大声にびっくりして飛び上がる京香と奈々香。


・・・ひえ~、いきなり・・・なんだ何だ?


そろーっと引き戸をスライドさせて中をのぞき込むと・・・。

頭だけ起こしてベッドに横になった義父が、足元付近に立っている白衣を着た看護士さんらしき男の人と睨み合っている。漂う緊張感。これがマンガだったらバチバチーンと火花が散っている。

二人部屋のようだが、プレートには義父の名前しかなく、他の入院患者さんはいないようだ。義母が横で成りゆきをうかがっている。

「また、そんなことを・・・。ちゃんとリハビリを受けるよう東先生から指示が出てるんですよ!」

「東先生の言うことを聞かんとは誰も言っとりゃせん!」

「じゃ、なんで受けないんですか」

「だからもう、あんたは腕も悪いけど耳も悪いんかの?あんたらにやってもらわんでもいいと言っとるんです」

「じゃ、誰にならやってもらうんですか」

「ちゃんとした医者にならやってもらってもかまわんが」

「東先生はリハビリはされませんよ!まったく、もう、あ、奥様ですよね」

「はいー」と義母。

「ご本人がこう言ってますのでこれ以上はできません。よろしいですか?」

「はあ・・このひと、リハビリせんで治りますか?」

「僕には分かりかねますね。ではリハビリは本人の意思で希望しない、ということで」

「だれも希望せんとは言っとらんが!ウソを言うなウソを!」

「では失礼します!」

くるっときびすを返して出て行くその後姿にわたしも軽く会釈をした。

「あ・・・お義母さんすみませんこんな時に来まして・・」

「あら、奈緒ちゃん、来てくれたの、ありがとねー。京香ちゃんと奈々香ちゃんもね」

二人はおっかなびっくりわたしの後ろから出てきた。

「ほら、二人ともおじいちゃんに挨拶しましょう。お義父さん、遅くなってすみません。奈緒子です。具合はどうですか?」

こんにちはー、こんにちはー、とちらちら義父の顔を見ながら挨拶するふたり。義父は明らかに虫の居所が悪いらしく、眉間に深―く皺を寄せてこちらを見ようとしない。


・・・あ、耳、遠いんだった。それとも・・・悪い時に来ちゃったかな?


「あー、奈緒ちゃん、気にせんといてね。おとうさん、みんな来てくれてるのに、何ね、その顔は?」

「ママ!」

と、義父の地鳴りのような大声が病室に響く。


・・・ママって・・・そのかわいらしい呼び方とは全くそぐわないんですけど


「ママはなんでよ!あの理学療法士にもっとちゃんとワシの言っとることを言うといてくれんの?あん人はダメなの!別のもっとちゃんとした人もおろうがね!」

「おりませんよ!この前の人と今日の人しかおらんのにどうする気?奈緒ちゃん、この前もね、おとうさん、リハビリしに来てくれた先生の顔けとばしてしもうて騒ぎになったんよ」

「えっ?」とわたし。

「あれはたまたま当たってしもうただけって何回も言うとるが!」

「それがね、もうひと月もちゃんと歩いてなくて足首が固まるといけないからってリハビリの先生がね、おとうさんの足首を持ってこう、回してくれてたのよ。それをおとうさんったら『痛―い!』って言ってけとばしたんだって」

「けったりなんかせんて!・・・ワシが『痛い、痛い』って言うてるのに何が『大丈夫ですよ~』だ?ワシはよほどのことじゃない限り痛いなんて言わん男なんよ。ママも分かっとるやろ?あのほら、竹刀の先のささくれがグッサリ足に刺さった時も、合宿の時、カレーで腕を火傷した時も、ワシはぐっとこらえて痛いの「い」の字も言わんかった。そういう男よ!」

「はいはい、そんな男が足首をくるくる回されてカッっときてドンってしたんでしょ?」

「しとらんて!もう!」

「歩けんようになっても知らんですよ。こんななんよー奈緒ちゃん。あ、一茂は今、家におとうさんの着替え取りに行ってもらってるから」

「はい、あのわたしにも何か用事言いつけてください。何でも言って下さい」とわたしが言うと、

「くださいねー」と奈々香。わたしの左手を握ってぶらぶらさせながらにこっと顔を覗き込んできた。わたしがぱちっとウィンクすると、パチパチっと両目をしばたかせて返してきた。京香は少し離れて窓から外を眺めている。三階から見える景色はのどかだ。ここは市内中心部に近い街中なのに緑が多くて鳥のさえずりがひっきりなしに聞こえている。


・・・やっぱり宮崎はいなかだなあ


外を眺めるだけでのんびりしてしまう。人の心を弛める空気が漂っている町だ。


「あら?どちらさん?ママ!それ誰よ?」

窓から外を見ていたわたしに突如投げかけられる大声。

「また、おとうさん、声大きいって。ここ病院!」

「誰ね!」

「あ、お義父さん、奈緒子です福岡の・・・」

「え、だれ?」

「おとうさん、一茂のお嫁さんよ、奈緒ちゃん!」

「え、あー!奈緒ちゃんか。そうか、そうか。わざわざ来てくれたの?悪いねえ」

義父は先ほどの厳しい表情はどこへやら、にこにこと目を細めてうなずいた。ちょっとほっとするわたし。

「京香と奈々香も一緒に来ました。すみません、もっと早くこっちに来たかったんですが」

わたしはできるだけ大きな声で義父に近づいて話しかけた。

「ん、いやあ、いいとよ。一番大変な時には来んで、落ち着いた頃に来ても、なーんもすることはありゃせんもん。ゆっくり遊んで行ったらいいとよ」

・・・チクっときましたよ、トゲが


「ねー、京ちゃん、奈々ちゃん、なんか飲み物買いに行かんね?奈緒ちゃんもほら一緒に。おとうさん、ちょっと売店まで行ってくる。なんか欲しいものある?」

「・・・ないー」

「そ、じゃ」

義母はわたしたちを連れて部屋を出てエレベーターに向かった。エレべーターを待ちながらすまなそうに、

「奈緒ちゃんごめんねー。さっきのおとうさんのイヤミ。あれ、奈緒ちゃんだけじゃない、みんなに言うのよ。おとといは野村さんがわざわざ来てくれたのにおんなじこと言って・・・。もう恥ずかしいやら申し訳ないやらで」

「はあ・・・いえ、ほんとにすみません。来るのが遅れて・・・」

「ううん、いや、一茂が来てたもの、奈緒ちゃんが来てくれてたのとおんなじことよ。全く男は分かってないんよねえ。奈緒ちゃんまで来たら子どももみーんな引き連れて大移動になるやんねえ。そんな大勢で来られたらおとうさんもしんどかったはずよ。だからちょっとよくなった頃来てねって、私が言ったのに・・・」

売店の横には小さなカフェスペースがあり、そこのカウンターで飲み物やデザートが注文できるらしい。

「お義母さん、何にします?」

「んー、私は要らないわ、さっきジュース飲んだばっかりやから」

「あ、お母さん、あたしはこれ!イチゴスムージー、アイスクリームのせ!」

「へえ、そんなのもあるの?おいしそう」

「ななはバナナバヘ、うん?バナナナへ。え?バナナナフェ?」

「ぶっ!バナナパフェでしょー、ななはもうー。言えてないし」と京香。

ふふふ、と思わず笑ってしまう。

「ふふふ、なーなちゃん、かわいいねえ。はい、これで買ってきて」と千円札を出す義母。

「あ、いえ、お義母さん、わたしが出しますから・・・」

「いいって、いいって。でね、それがねえ、奈緒ちゃん!」

はいはい、と身を乗り出すわたし。

「もー、ほんっとおとうさんが大変なんよ」


・・・はあ、さっきのでちょっと分かりました


「最初は個室だったからよかったんやけど、ちょっとしたら六人部屋に移されたんよ。あたりまえよねえ。そしたらその日から・・・」

義母は顔の前で人差し指と人差し指を交差させてバッテンを作った。

「同室の人となんかちっさいことで口論になって。あの大声でしょ?他の人が『うるさくて体が休まらない』ってナースコール押して、看護師さんが来てね。おとうさんに『大成さん、ここは病室ですからもうちょっと声のボリューム、抑えましょうかねー。休まれている方もいますからねー』って。そしたらおとうさん、その言い方が気に食わなかったみたいで、『あんたはワシよりずーっと年下のくせに、まるで物の分かってない子どもに言い含めるみたいな言い方をした。ワシは他人に子ども扱いされるような、バカにされるようなそんな覚えはない。もうあんたには何もしてもらいたくないし、許すつもりもない。』なんて勝手にケンカふっかけちゃってね。ま、体は痛いし思うようにならないことばっかりで、誰かに当たりたかったのよ。まあ、ナースの方が大人で、まだハタチくらいのかわいいナースさんなんだけどね。さらっとその時はスルーしてくれたんだけど、おとうさん、それを無視されたと思い込んじゃって・・・」 

義母は、ふーっとためいきをついて、

「そのナースさん、その病室の患者さんの、なんていうのアイドル?っていうか人気者っていうか、みんなに好かれてたんよ。でも、おとうさんたら、わざわざ婦長さんにね、その時のことを言いつけたんよ、ネチネチと。ほんとにしょうもない」

「・・・で、で?」わたしも興味津々で。

「そのかわいいナースさん、担当の部屋変わってしもうて。もうその日からおとうさん、他の五人から総スカンよ。そのうちイヤガラセが始まってね」 

「え?イヤガラセですか?」

「そうよ。みんな基本、ヒマやろ?おとうさんはあんまり身動きできんし。私がいない時にね、ゴミをわざわざおとうさんのゴミ箱に捨てるんよ。飲みかけのコーヒーの缶やら、バナナの皮やら、すーぐ一杯になって溢れてたり」

「ええー?」

「ベッドを仕切るカーテンあるやろ?あれをきーっちり一日中閉めきりにされるんよ。私が行ったら開けるんやけど、次行ったらまた閉まってる。おとうさんじゃあ手が届かんのに」

「へええ・・・」

「おとうさんの枕元にラジオあるやろ。あれ聴くのを唯一の楽しみにしてるのに、コンセント、抜かれてるんよ。そのたんびに『おーい、晴子ぉー、なんか聞こえんー』って」

「はああ・・・」

「極めつけにねえ、おとうさんのシビン、あれにね、他の誰かがオシッコしてベッドの下へ置かれてるんよ、いやもう、まいったわ。それ捨てるの、私だからね」

「ひえええ・・・」

「も、私の方がまいってね。お願いして部屋を変えてもろうたんよ」

「それは・・・、お義母さん、大変でしたね」

わたしは心からそう言った。

「その部屋はね、おとうさん以外みんな若い人でね、バイクで転んで骨折ったりとか、スポーツでアキレス切ったりした人ばっかりやった」

「ちょっと雰囲気変わりましたね、よかったですね」

「それが~、全然よくないわ!」

「え?そうなんですか?」

義母はさらにさらに深いためいきをついて、

「もう、あの人ほんとに性格的に問題があるというしか言えん・・・ほら、剣道を長いこと子どもらに教えてきたでしょ。先生癖が抜けないというか、でしゃばりというか・・・。その同室の若い子らに指導をはじめたんよ」

「指導・・・ですか?」

パフェやスムージーを食べ終えた京香と奈々香も、聞いてないような顔をしてさっきから耳がダンボになっている。

「朝起きたらね、あのおっきな声で朗々と『おはようございます!』って言うの。ほら今の子って挨拶とかちょこんとしたりするでしょう?そうしたら『なんだきみは!朝の挨拶でその日一日が決まるんだぞ!』みたいなことを言ったり。朝から説教されるなんて、される方は気分悪いよねえ。でもあんひとだけは気分爽快なんやから困ったもんよ。で、友達とかがお見舞いに来てくれて賑やかに話したりしとるんを横から聞いててね、みんな今風な言葉遣いよ、それに口出ししていくんよ。いくら『おとうさん、やめんね!』って言っても、正してやるのが大人の義務、みたいなこと言って。で、この前、そのバイクで転んだっていう彼のカノジョさんがお見舞いに来ててね。なんとそれが高校生よ、セーラー服着てたわ」

「それでそれで?」身を乗り出す私。

「いやあ、おるんやねえ、テレビでしか見たことないような、制服やのに化粧してるんよ。スカートも太もも丸見えくらい短いのはいててね。おとうさん、目、悪いのに目ざといとこはあるからねえ。いきなり『きみ、きみはどこの生徒だ?』って話し掛けだしてねえ。相手はキョトンよ。私が小声で『やめんね!それこそ失礼よ』って言ったのに、余計大きな声になって、『君はそれでも高校生か?そんな真っ赤な口して・・・その格好もだらしない!そんななりじゃどこ行ってもみんなに相手にされんぞ!』だって」

「・・・ああ、なんかまずそうですね」

「そうよおー。その彼、片足ギプスで上に吊り上げられてたから、おとうさん、なんか気が大きくなってたんかねえ。まずいよねえ。その彼がグッとおとうさんを睨んだのが分かったんよ。眉毛が薄くて怖かったわ~。あの、あのゲイノウジンの・・・そう!竹内力みたいに白目むいて睨んでるの!」

「そ、それで?」

「そのカノジョさんが『はあ?なにこの人、キモ』とか、たしかそう言うたわ。そしたらおとうさん、『その口の聞き方、まるでスケバンや』って」

「すけばんってなに?」と奈々香。

「そ、そ、それで?」

「そしたらその彼、吊ってた足、ガッっと外してダンって床におりておとうさんのところにググっと迫ってきたんよ」

「ひゃー!そ、それで?」

「おとうさんのパジャマの襟んとこ、こう、ぐぐっと持って、『え?もういっぺん言ってみろ、ジジイ、ああ?』って凄んで。おとうさん、急に真っ青よ、あの人、体は大きいししっかりしてるけど、実は気はちっちゃいしね。やっぱりかなわんよ若い人には。そんで見る見るぶるぶる震えだしてねえ、いつもより2オクターブ高い声で、

『だーれーかーたーすーけーてー!、こーろーさーれーるーー!』って」

「ぶっ!!」思わず吹き出してしまった。

義母も笑うしかないらしく、二人でひとしきり笑ってしまった。だって、目に見えるんですもん、その時の光景が。京香と奈々香にも笑いが伝染して、みんなでもう涙が出るくらい笑ってしまった。ここ病院なのに。

ヒーヒー言って笑ったあと、

「いやほんと、笑い話みたいやろ?でも大声で叫んだもんだからいっぱい人が集まって来てしもうて。その彼にも悪いことしたわ、元はといえばうちのおとうさんが原因やのに、なんか警備の人まで来て事情聞かれてたし。そんでねえ、はあ・・・おとうさんがあんまり揉め事起こすもんだから、もうこの病院出て行かされるとこやったのよ。そこをなんとか一人部屋に入るってことでおらしてもらって・・・。でもうちにそんなお金ないでしょ、これからまだどんだけ入院せんといかんかわからんのに・・・」

「それは・・・たしかに大変ですね」


・・・個室料金っていくらするんだろう?あとでsirⅰにきいてみよう


「ちょうど今は二人部屋が空いてて、そこにおらしてもらってるの。個室よりは安いから。でも誰か入ることになったら出んといかんし、その時個室が空いてなかったら、おとうさんどうしようかね・・・」

「おとうさんの怪我、まだだいぶかかりそうですか?」

「うん、もうちょっとはかかりそうやね。骨盤がバキバキやったらしいし」


・・・バキバキ・・・


「・・・おとうさんね、落ち方がもうちょっとでも悪かったら死んでたって」

義母は京香と奈々香の顔を見てにこっと笑って、

「だから、今生きててくれるのはオマケよ。おかしについてるオマケ。もう元は取ってるからあとはさあ、オマケやと思って明るく楽しく生きて行きたいわけよ。ねーななちゃん」

「ぶぶっ、オマケだって~おじいちゃんオマケ~」

「そうだよ~、オマケだよ~。はははは」

義母が笑ってくれるので、わたしも気が楽になった。眉間に皺をよせて、じとっと話されたら、わたしはより悪い方へ、悲惨な方へと想像をめぐらせてしまうタチだ、きっと暗く考え込んでしまうと思う。

「あー、すっきりしたー。さて、そろそろ戻ろうかね、オマケくんのとこへ」

義母はそう言って京香と奈々香の手を取って歩き出した。


わたしは後ろをついていきながら、今後のことに思いを巡らせていた。



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