4話 俺、5歳になる
あれから、数年後。
俺は5歳となる日になった。
「こんちゃん~」
外から、ハルの声が聞こえてきた。
ハルは7歳になって、ますます磨きがかかってきた。
金髪碧眼の美少女になっていて、いつも長い髪を束ねている。
「ハル」
俺は、その声を聞くと本を読む手を止めて、ハルが来るであろう窓を開けた。
するとひょいっと水色のドレスを器用に捲し上げて入ってくる。
ちなみに、ここは二階である。
空間魔法を駆使して、彼女は入ってきたのだ。
「やっほ、こんちゃん」
風を器用に操り、ドレスの皺を伸ばして、貴族らしく立つハル。
さきほどのお転婆なことはないようにふるまってくる。
「ハル~、お前女なんだから気を付けろよ」
「だって、屋敷にお邪魔するのに、礼したり挨拶したり、待つのがめんどくさいもの」
ルーズなハルにとって、貴族という囲いは苦手のようだ。
「……飛んできたけどドレスの下は?」
まさか、何も履いていない、とかはないよな。
「え?ズボン、はいてるけど?」
ほら、なんて言いつつ、ドレスの下を捲ろうとした。
履いてて、良かった。
って!
「お、おい!?」
俺は慌てて、ドレスを捲ろうとする手を止めさせた。
「ズボンだからいいでしょ」
さも不思議なことがない、という風にハルは言う。
貴族は、肌を見せることは良しとしていない。
はしたない、下品だと言われるのだ。
だが、日本から見ればこっちの貴族たちの衣装は
少々古い部類に入ってしまう。
けれど……。
「ズボンでもダメ!」
いつもズボンをはいていた彼女にとって、苦痛だと思う。
が、ここはいつ貴族を尊いとする人たちの巣窟なのだ。
ましてや、お嬢様がそんな格好していたら、たちまちに説教行になるだろう。
「はぁ、貴族って本当にめんどくさい。早く勘当されて、冒険家とかになって。
早く焼鳥屋になって好きなだけ、好きなだけ!お酒を飲みたい!」
勘当されるかは分からないが、自由になりたいと思っているようだ。
というか、酒好きのこいつはよく頑張っている、本当に。
「でもさ。お酒って、造れるんか?」
この世界の酒がどんなのかは知らないが、酒は美味しいのか?
ビールみたいなものはあるのか?
できれば、日本酒とかがあれば嬉しいんだが。
あ、焼酎でも可だ。
「フフフフ!よく聞いてくれた!
あたしの料理スキルに、造酒スキルが出来たんだよねー!」
にやっと笑ったハルは、なんというか自慢げだ。
「お前、最強」
でも、俺はその言葉に賛美を送る。
俺だって、日本の酒を飲みたい。久しぶりに飲みたいのだ。
「でしょう?」
これで、酒も確保できた。これで、宴はばっちりだな。
「で、こんちゃん。早速本題に移るんだけど、今日は誕生日でしょう?」
「あ、うん。そうだよ」
「んで、生まれたときくらいに言ったと思うけど。勇者の卵や賢者の卵、っていうスキルは5歳までほおっておいていいっていったよね」
「え、あ、そうだったけ?」
そんなこと、話していたかな?
よく覚えてない……。
「……やっぱ、こんちゃんはこんちゃんだ」
はぁっとため息をつきながら、ハルは苦笑いをした。
「まぁ、置いといてよかったスキルを隠すよ。めんどくさいから!」
彼女も2歳の段階で聖女のスキルを持っていた。
が、5歳の誕生日に「料理のスキルだけね」などと言われていた気がする。
彼女のスキルは今現在、隠されていない状態でこうだ。
ポルン・メイドビー(7歳)
前世名: 井村 遥(山川 遥)
『人族』『貴族の長女』(『転生者』『8888兆8888億8888万8888人目の死者』『隠されし者』)
レベル:1(+94)
魔法:3(計測不能(全属性))
体力:10(20)
精神力:12(80)
スキル
(『鑑定』『空間魔法』『テレパシーフォン』『再生』)
ユニークスキル
(『運』)
『料理人(および造酒職人)』
(『吸収複製』『マジックボックス』『全表示』『魔王』『全スキル使用可能』『フラグ察知能力』『フラグ折り』『全智全能』『聖女』)
なんか、巨大ななにかに変貌していた。
「ねぇ、ハルってなにを目指しているの?」
その問いに、ちょっとだけハルは考えていった。
「んー、世界一強い焼鳥屋さん?」
「焼鳥屋抜きでも、世界一だよ。これじゃ」
つか、魔王ってスキルなんだね。
ツッコミもしたくなくなるレベルだわ。
多分、一番敵に回したくない人物になれたと思うよ。
おめでと、ハル……。
まだ、レベルが1で俺はとても安心をしているよ。
コルベットン・レッスロート(5歳)
前世名: 紺田 慧
『人族』『貴族の長男』『転生者』『77兆7777億7777万7777人目の死者』
レベル:1(+27)
魔法:計測不能(多分全属性)
体力:18
精神力:60
スキル
『鑑定』『テレパシーフォン』『空間魔法』『加速』
ユニークスキル
『錬金』『マジックボックス』『武器製造』『アプリ生成』『保護』『勇者の卵』『賢者の卵』『分身』『物質転移』『創造魔法』
「俺も人のこと、言えなかったわ」
でも、俺も人のこと言えないくらい、増えたよね。
これは、やはり転生者の特典があるのだろうか?
「だから、隠さないとだめなのよ。このユニークスキルだったら、世界だって破滅できちゃうんだよ」
ハルより、マシだと思っていたのに、スキルは意外と最強だった。
「うわー、いやだ」
魔物認定されるのだけは、嫌だな。
「それに、もしこんちゃんが勇者になったら。あたしと対立しちゃうね」
黒のマントを広げる聖女の魔王とか、なにそれ怖い。
「それが一番ヤダ!」
焼鳥屋でほのぼのしたい。酒、飲みたい。
「ふふふ、こてんぱんにしてあげる」
こてんぱん、じゃなくて、ぶち殺されちゃうよ。
……俺が。
「絶対、負ける」
うん、必ずね。
「ふふふふ」
負けが確定な試合なんて、絶対逃げるな。
「それを阻止したいなら、気張りなさい」
そうだ、何も敵になろうとしてるわけじゃないんだ。
ハルは、それを阻止するための方法を今からするんだ。
「やり方は?」
「鑑定スキルにある選別よ」
やり方はいたって簡単。
ステータスから、自分が隠したい項目をチェックしていくだけ。
鑑定レベルがマックスであれば、マックスじゃない限り誰にも見られないよ☆
「だから、鑑定をずっとしろって言ってたんだね」
錬金と保護くらいはいいだろう、ということでそれ以外はチェックを入れる。
「まぁ、一生涯している人でも7くらいとは言ってたからね。勇者と賢者の卵で、経験値倍以上だったし、マックスになれたでしょ?」
ハルは瞳を点滅させつつ、鑑定の目を開いていた。
「え、うん」
「うん、さすがこんちゃん。なら良かったわ。もしまだマックスじゃなければ、聖女効果で10倍の経験値にしようと思ったけど」
鑑定の目を止めたハルはにこっと笑った。
「聖女ってそんな力があるんだ」
初めて知った。聖女にはそんな力があるなんて。
「あるよ。聖女って、祈りの力でなんでもありになる力だからね。勇者は思い、賢者は知恵が力になっているんだよ」
それも初めて知った。まだまだ知ることは山ほどあるようだ。
「その聖女が魔王なんだけどね」
ハルは、聖女なんて持って何になるのだろう。
「そこはおいておいて」
ハルは横にスライドさせた。
「隠しておかないと、見られちゃうからね」
ハルはそう言いつつ、窓を見る。
すると、あっと声を上げた。
「ほら、あの司教さんが、こんちゃんのスキルを見る人だよ。まだ鑑定スキルは6か。余裕だね」
俺も窓を見ると、白い服を着たおじさんがゆっくりとこちらの家に歩いてきている。
「どうして、5歳で見るんだ?」
「5歳までに神様からご褒美が貰えるみたいだよ。日本のことわざにあったでしょ?三つ子の魂、百までって」
ここじゃ、三つ子じゃなくて五歳なんだな。
「五歳までしかスキルは貰えないのか?」
「いや、貰えるよ。けど、貰える数は少ないかな?」
「そうなんだ」
魔王は貰わない方が良かったと思うけれどな。
「それにスキルをゲットしたら、司教さんに本来教えないといけないんだよね」
「なんで」
「多分、把握しないといけないんじゃないかな?ここ何十年かは、良いスキルが出てきてないからじゃないかな?」
まぁ、破滅に向かっている世界なら有り得そうだ。
「勇者とかもか?」
勇者の話は、よくメイドさんが話してくれていたんだ。
「勇者の卵くらいはいるんじゃないかな?」
うーんと言いつつ、ハルは言う。
「そうなんだ」
俺は少しだけ、人数が多くない方がいいよなーなんて考えてしまった。
ハルと対立するのだけは、人数を減らしていた方が得策だと考えれたからだ。
けれど俺の思いとは裏腹に、なにかを見るような目で、ハルはどこか空間を見つめはじめた。
また目が点滅するするように光る。
「いた、えっと。48人だね」
「え!?なにが!?」
まさか。
「え、だからこの国の勇者の卵のスキル保持者」
「そんなの分かんの!?」
こわい。鑑定スキル10を甘く見すぎていたよ。
「千里眼の力?それくらい持ってるよー、あたし魔王だよ?」
しかも、魔王のスキル能力を使っていたみたいだ。
「魔王、つえー」
やはり、こいつを敵に回すと危険だ。
「賢者の卵は24人だね。ちなみに、勇者は世界で5人、賢者は3人」
そして、びっくりするくらい千里眼は高性能のようだ。
簡単に人数を把握できているみたいだ。
「聖女は?」
「聖女は……。んー、4人かな。卵なら、33人」
ハルはちかちかと目を光らせながら、世界を見ていた。
すると急に、コンコン、と扉を叩かれる音が部屋に響く。
「コルベットンさま」
どうやら、メイドのようだ。
「!?」
びくっと体を震わせ、鑑定をしていたハルは鑑定を止めそのまま透明化する。
これもスキルの一種みたいだ。
やっぱり、こいつは敵に回せねぇ。
「コルベットンさま、鑑定の司教さまが来られました。構いませんか?」
どうやら先ほど歩いてきていた司教が、屋敷に入ってきたみたいだ。
「あぁ、行くよ」
俺は立ち上がると、部屋を出る。
風が靡いた、ハルも様子を見に行くようだ。
屋敷の一室に、俺は司教と会う。
「こんにちは。コルベットンさま」
白い服を着たおじさんが、にこやかにお礼をする。
「こんにちは、司教さま」
俺もそれに倣って、貴族らしく礼をする。
この鑑定の儀式は、本人と司祭のみで行われる。
俺のこの世界の父や母は、誕生日会となる夕食でスキルを発表することになっている。
ま、傍らにはきっとハルがいるんだろうけれど。
「本日は五歳のお誕生日まことにおめでとうございます。では、時間もないようですので始めましょう」
司祭はうやうやしく礼をすると、にこっと笑った。
「はい、お願いします」
「ごほん」
司教が咳払いする。
「『我、神より貰いしギフトスキルを記述するもの。我に名を見せたまえ』」
その言葉に、ふわっと『錬金』と『保護』の文字が現れる。
なるほど、これでスキルのみ見れるようにしているのか。
「ふむ、錬金ですか。これは珍しい」
「ありがとうございます」
しっかりと鑑定の選別が出来ていて、ホッとした。
「保護というのも、あなたを守ってくれる存在となるでしょう。ぜひ、お父様と同じく王国の騎士隊などに入っていただきたいですが。ひっ!?」
「あ、あの……」
その言葉を口にしたら、司祭の身体が緊張して固まる。それにおずおずと、慌てて聞いてしまう。
「いえ、冗談ですよ。これも嘘になりますね。
もし、君がその道に行くなら助力は惜しみませんよ」
「えっと」
答えに戸惑ってしまう。
「いっ!?あ、そ、それも冗談です。君は優秀な人になってください」
ふふふ、と笑う。しかし、その笑みは先ほどより硬くなっている。
「あ、ありがとう?」
何があったか分からないくらい、俺は困惑した。外に出ていたメイドたちを呼び戻すと、司祭は挨拶をそこそこに出て行ってしまった。
「なんだったんだろう?」
『全く、油断も隙も無い。あいつ』
テレパシーフォンで聞こえてきた。どうやらハルがやったみたいだ、こわ。
「……俺はもう、部屋に帰っていいのか?」
どうやら夕食まではまだ時間があるようで、先ほどまで見ていた本が読めそうだ。
「は、はい。コルベットンさま、後程誕生会をささやかながらに開かせてもらいましょう」
ふふふ、とメイドたちは頷く。
「それに、あの子は?」
あの子といえば、分かってしまうのがメイドの務め。
「はい、ポルンさまも呼んでおりますわ。
しかもポルンさまは、張り切ってますわ。コルベットンさまのためにー!なんて」
『あ、もう言うなって言ったのにぃ!』
ぷんぷんっと、怒っているように聞こえるハルの声。
姿は見えないが、ジタバタしそうだ。
「あら、シェレン。それはポルンさまから内緒と言われてませんでしたか?」
もう一人のメイドが、秘密を言ってしまったメイドを窘める。
「あ、そうでした。な、内緒にしててくださいね!コルベットンさま」
ポルン、ここにいるんだけれどな。
なんて、言えるに言えない。
『聞いてたぞー。シェレンー』
あとで、後悔させてやるーなんて恨みを募るハルの声が聞こえた。
「どんなものが来るか、楽しみだな」
ちょっとヤバいと思ったのか、俺が楽しそうな声で言う。
『く、くそっ』
するとハルは悔し気に言うと、転移して部屋を移動していった。どうやら、何かを作ってくるようだ。
「っぷ」
分かりやすいハルの行動に、ちょっと笑ってしまった。
「コルベットンさま、どうかされましたか?」
「いや、なにも?」
「準備が出来次第、またお呼びしますわ」
「あぁ、頼みます」
俺はそう言うと、部屋へと戻っていった。
さて、楽しみだな。