1話 俺、死にました
―――ドクンッ
「いっつ……」
変な動悸がしていて、薬を飲む。
「どうしたの?」
ゆっくり起き上がる彼女の姿。
「ん、なんでもないよ。おはよう、のぞみ」
「おはよう、慧」
今日もいつもと同じような日が始まる。
はずだった。
違和感があったのは、確かだった。
心臓の痛み、しかもいつもの尋常じゃないくらいの痛みだった。
あ、これ死ぬかも……なんて思った。
いつも仕事の量の多さで泣きそうになって言うが。
やばい、やばい。
「だ、大丈夫か。紺田!」
様子がおかしいと思ったのか、上司が慌てて声をかけてくる。
「し、死ぬ」
それが彼の最後の言葉になり、意識はそこで消えた。
あぁ、死んだ。
死んでしまった。
あー、あっけなかったな。
もともと、心臓が悪かったのがいけなかった。
まぁ、この体に不満かといえば不満ではない。
少し危なくなった頭皮が同期の中で笑いの種になるだけであって。
少しの不満、いやすごい不満だったわ。
今年度異動になり、持ち前のオーバーワークで働きすぎたこともあった。
それが原因で心臓に負担がかかってしまったのだ。
さすがに27年間も頑張ってきた心臓はオーバーワークに耐え切れなかったみたいだ。
そのまま、命に関わる発作を起こしてあの世いき。
楽天的と思っていた俺は、我ながら悲しい終わり方をしてしまったものだ。
はっと気が付いたら幽体離脱。というか、体から魂は抜けていた。
目下には近くの病院にある一般的な白い病室、白いベットの上で俺が横たわっていた。
「けい、けい」
その俺の遺体の横では、婚約者であるのぞみの姿があった。
のぞみの横には今の上司の姿があった。
あー、申し訳ないな。フォローだけお願いしますね!
まぁ、あの上司もまさか元気が取り柄に見えた俺が死ぬとは思っていなかっただろうな。
あー、もう一つ残念なことがあるのは。
半年後結婚式あげるつもりだったのにと思うことだろうか。
彼女の、のぞみの白無垢、絶対にきれいだったろうな。
だけど、今考えてみると結婚する前に死ぬならそっちがよかったかもな。
バツイチとか、死別とかにならなくて済んだわけだし。
死んでまで、彼女の負担になるようなことはしたくない。
だから、幸せになれよ。
……ホント、俺の分までさ。
そういえば、と俺は思いだす。
あいつ。なにしてんかなー
先週、俺あいつのライメ無視してしまったからなー。
俺が死んだこと、知ったら泣くだろうな。
いや、怒るかな?
なに、約束破ってんのよ!って
アイツ、見に行ってもいいかなー。
『ちょっと待ってください』
ふいに声が聞こえた。
『え?俺?』
キョロキョロするが、声の持ち主はわからない。
『はい、あなたです。紺田慧さん』
あ、俺なのね。やっぱり。
『んー、えっと。誰?』
声しか聞こえないのは心霊的なアレだと思うが、今の俺も心霊的なものだ。
『私は神様ですよ。』
うふふ、と笑い声が聞こえてくる。
『神様?』
神様って、キリストさんとかかな?
『キリストとかではないですが。はい、神様です。そして、紺田さん。
おめでとうございます』
パンパカパーン、という音ともに俺の周りに花吹雪が舞う。
この花吹雪、舞いすぎなんだが。
目の前真っ白に近いんだが!?
『あなたは、私が神様に選ばれてからの死者。
77,777,777,777,777人目に選ばれました』
77兆7777億7777万7777人目…。は?
『待って、突っ込みが追い付かない。え?』
『はい、あなたが記念すべき77,777,777,777,777人目です』
『神様って代替わりとかするんだ』
『はい、しますよ?100年間単位で死者担当として神様になるんです。
まぁ、人間界でいうと閻魔様的存在に値するんでしょうか?』
まったく閻魔のような声じゃないけどな。可愛いし、なんか声優とかいけそうだ。
『それに24時間365日、それも100年も死者を捌いてたら、それこそ肩が凝りますよ。
あなたのようにオーバーワークしたら、神様だって疲れますよー。
死にはしないですがね。グレちゃいます』
『確かに、100年間も休憩なしなら大変だ』
『でしょう。それで、こうやってぞろ目の人に異世界へ招待しているんです』
『は?異世界?』
『はい、異世界です。私、異世界も管理しているんですよ』
『いいのかよ、そんなんで』
『まったく大丈夫ですよ!ぞろ目の人たちとは極力合わないようには手配しています。
年代もバラバラにしてるので、少しだけこっちの世界の要素が入っているなんちゃって異世界ですから』
『それ、異世界の要素少し消えかかっているがいいのか?』
『もともとはダメでした。けど、その異世界は創生者に見捨てられた星なんです。それを私が、なんとかして、というか買い取りました』
『異世界を買い取り!?いいのかよ』
大きなお買い物だったのじゃないのかな、神様の懐事情を少し心配してしまう。
『仕方ないのです。創生者に見捨てられた異世界は衰退しかありません。そこに住んでいる人の魂は永遠にその世界に閉じ込められます。そして、一生輪廻には戻れません』
『なるほどな』
『今少しずつですが、あの異世界の魂をあちらこちらに渡しているところなんです。』
『それって、あの異世界はお終いってこと?』
『いえ、新たに作り直します。』
『終わりと一緒じゃない?』
『まぁ、そういえばそうですが。よく言うじゃないですか。
“終わりは始まりにすぎない”と』
『そうだけどさー。じゃ、俺はどうなるの?』
『あちらの世界で死んだら、こちらのあの世に戻ってきます』
『ふーん、じゃ俺はあっちの世界でなにしたらいいの?』
『異世界を新しく作るための土台を手伝ってほしいんです』
『土台の手伝い?』
『はい、荒廃した空や土地を復活させてほしいのです』
『そんなにひどいのかよ、その異世界は』
思うのは、同期のアイツ。
ラノベをよく書いていたアイツは、異世界ときいたら喜びそうだと思う。
いや、でも異世界と聞いても行くのは嫌かもしれない。
書くことが好きだったからな。
バレてないと思っているかもしれないが、よくコソコソと書いていたからな。
嫌、とか言いそう。
ってやばい、忘れてた。アイツの約束、いっぱい約束したのに。
約束破ったら、後が怖いって思っていたのに。
那須高原とか熱海とか、箱根とか行きたい!なんて言ってたのにな。
みんなでネズミさんワールドにまた行こう!って言っていたのに。
アイツの地元いっぱい連れまわしてくれるとか言ってくれたのに。
沖縄とかも一緒に行こうね!なんて約束したのに。
『はぁ、俺。約束どんだけ破るんだろう』
幽霊なのにため息をついてしまう。
『紺田さん、アイツとはこの子ですか?』
『うぉ!?急にしゃべるな』
『えへへ、つい。アイツ、とか言ってたので』
自分の体が横たわっている風景から一転する。
そこにいたのは、短い髪にしてパソコンを必死に操作している彼女の姿。
―――ドクン
久しぶりに見た彼女の姿に、どうしてか鼓動が動かない自分の体が動いた。
『ハル』
『彼女、ですよね』
『神様って、すぐプライバシーの侵害するよな』
『神様にプライバシーはないですよ。神もあなたも元は同じ光の一部。だから、人間が一時的に決めたルールなんて効かないんですよー』
『理不尽だ』
『彼女。確か同僚ですよね』
『あぁ、元が付くが大切な同僚だったよ』
俺は彼女の姿を見つつ、思い出した。
今見ている彼女の名前は山川遥。俺より二つ下の女。
会社の本社で出会った同期になる。
俺は大卒だったから正社員。で、遥は短大卒だったために契約社員として入ってきた。
遥は二つ下であろうと、同期は同期だから!という持論を持ってため口で話してきた。
ま、かくいう俺も同じ気持ちだったが。
同期でその年に入ったのは、俺含めて男二人、遥を含めて女は四人。合計六人。
だが、アイツ。いや、ハルは男よりの女の子だった。
受付担当なのに、化粧もせず、だが誰にもそれは指摘されないくらい一応整っていた。
料理は適当すぎるが、すっげぇうまくて宅飲みとかではよくご飯を作ってくれた。
お酒もよく飲む、つか酔った姿とか見たことない。
いつも最後まで飲んで片づけは彼女がしてくれていた。
そんな男っぽい女は、一応の箱入り娘だったようだ。
オレが転勤を言い渡された3月の次の月、彼女は会社を辞めて地元へ帰っていった。
ハルにもうここではいらないから、と貰った醤油やごま油など。
実は俺も要らなくなるなんて思ってなかったんだけどな
転勤して俺は忙しい日々におわれ、いつのまにかアイツとは連絡も取れなくなった。
一応、ライメでは同期の女の子同士が会話してたのに見てたが。
だが、気にはなっていた。
いつの間にかアイツは結婚してて、子供も生まれていた。
だから、俺も結婚して幸せになろうと思えたのに。
それでやっと勇気を絞ってライメを送ったり、あけおめの連絡とかを取り始めたばっかりだったのに。
結婚式の二次会とか行ってあげるからね、って言ってくれていたのに。
なのに、なのに。
『もしもし、きいてる?』
『ぁ、えっと?神さま、なんか言いました?』
『全く、もー。彼女、見るのはもういいかしら?』
そういうと、彼女の姿が霧に覆われるように消えそうになる。
『ま、まって!』
『ん?なにかあった?』
『聞こえないかもしれないけど、アイツに言いたい』
『わかった。いいわよ』
神さまはそういうと、ふわっと彼女の姿を見せるようにした。
相変わらず、パソコンにへばりついて何か言っており、機械オンチなのは変わらないらしい。
『ハル、お前の約束今は果たせそうにないや。でも、約束は守るからな!
待ってろよ!絶対またハルと酒飲んでやるからな!』
俺は、そう言って意思を固めると、なぜか意識が飛んだ。
そして、意識が飛ぶ寸前に思ってしまった。
……幽霊でも意識飛ぶんだぁ。
なんて。