閑話1『アルス=メゴットの消失』
「アルス=メゴットが消えた……?」
リマ王国。
魔法世界フェリオの五大陸のうち、人間の住む大陸であるユークリッド大陸。その中枢とも言える王国にこの日激震が走った。
「はい。間違いありません」
玉座の前に膝を折る初老の男は、頭を垂れたまま肯定した。それを見下ろす国王は皺の刻まれた眉間を片手で押さえる。
「……あの者は黄金の名を冠したあと宮廷魔導師の職をさっさと辞し、どこぞに雲隠れしたではないか。消えたといえば、その時から失踪扱いにはなっておるが」
「ええ。本気で隠れられてしまった故、それ以降魔道協会の我々も消息は掴めておりませんでしたが…」
応えながら男は懐から一通の手紙を取り出し、王に献上する。王は怪訝そうに眉をひそめつつも、それを受け取った。
「これは…?」
「竜王から届けれた書簡です」
「………っ!!」
絶句する国王。
五大陸の中で最も力を持つ竜族の長から手紙が届くなど、歴代のリマ王もおそらく経験しなかったことである。
「魔道協会に届けられたため、先に中を改めて後こちらへ参りました。それもアルス殿の指示のようです」
「指示、だと……あの者が竜王に示唆したということか?いくら黄金の名を竜王から授かったとはいえ、なんたる不敬な……!」
「王よ、まずはご一読を。竜王とアルス殿が『視』たという出来事は、この世界の行く末に関わるやもしれませぬ」
そう進言する男……魔道協会の長である彼の額には、玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。
その尋常ではない顔色に、王も息を飲んで手紙を見直す。そして無言でそれを読み進め……王もまた、顔色を蒼白に変えていく。
「これは、真か……?」
「竜王が結びに、近くこちらへ使者を出すと仰っていたことから鑑みるに恐らくは…」
「なんたることだ……」
王は空を仰いだ。
「それでは、この世界の行く末をその『勇者』に託す他ないと……」
「……ええ。竜王もそれを分かっていたからこそ、アルス殿の頼みや指示を聞き入れて下さったのでしょう」
「見つけ出すことはできないのか。その者はアルスの隠れ家に召喚されたのだろう、我が国の貴賓として迎えなければ……」
王の提案に、男は力なく首を振った。
「アルス殿の隠居先はこの十年我々も探し続けて参りましたが、見つけることは叶いませんでした。おそらく隠蔽魔法と探索妨害魔法を組み合わせて魔方陣を敷いているのでしょう。もしくはスクロールか、マジックアイテムか…」
「……そういえばあの者は魔方陣の組成や魔道具作りにも長けておったな……」
「アルス殿が何を考えてあそこに勇者を呼び出したかは分かりませんが、彼と竜王様と静観すべしというご意見のようです。ここはその通りになさったほうがよいかと」
はあ、と王は深いため息をついた。
手紙を静かに折り畳み、ぐったりと肩を落とす。
「……アルス=メゴットの消失と、勇者の召喚。近隣諸国への通達をどうしたものか」
「まずは竜王の使者をお待ちしましょう。それと…新しく黄金の名を戴く者の選出を行わなくては」
魔道協会として、おめおめ黄金の名を空席にしておくわけにはいかない。男は王に一礼をし、その場を退席した。
一人残された王は玉座に腰かけたまま薄く自嘲の笑みを浮かべる。
「……アルス=メゴットに並ぶ人間など今代に居るものか。次の黄金の名はエルフか竜族が戴くだろう」
王の独白は広い謁見の間に小さくこぼれ、消えた。