1話『不思議な青年』
(……はじめまして、お嬢さん)
ふわふわとした意識の中で、若い男性の声が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、真っ白な空間の中に一人の男性がいた。
燃えるような紅い髪と、黄金色の目。私はぼんやりとした意識のまま、彼を見つめる。
不思議な格好をした青年だ。
銀糸の刺繍が入った濃紺のローブ。踝まであるその布地はとても鬱陶しそうで、歩くだけでもスッ転びそうだ……
むにゃむにゃとそんなことを考えていると、青年は苦笑して口を開いた。
(時間がそうある訳じゃねえから、手短にいくぜ。オレはアルス=メゴット。フェリオと呼ばれている世界で、黄金の名を冠する魔法使いだ)
……ほうほう。なかなかにふぁんたじぃなお方である。
(結論から言うと、今しがたあんたをこっちの世界に召喚した。さっきの事故のタイミングでな)
んんんん?
聞きなれない言葉ばかりで理解が追い付かない。
というか、事故?事故……あ。さっきのトラックに轢かれたことか。ということはここは天国?
(天国じゃねえ。ここは時間と空間の狭間っつーか……まあいい。とにかくあんたが次に目覚めるのは魔法世界フェリオだ。俺の隠居先のな)
どうやら彼は、私の思考を読むことができるらしい。
……しかし、魔法世界フェリオ?
私はそこに行くのだろうか。何でただの中退生である私なんか……?
浮かび上がる疑問に、彼はふっと目を細めて私に笑いかけた。
(あんたがフェリオを救う。そんな未来を視たからな)
………未来を?
(お嬢さん。俺は自分を対価にしてでもあんたを召還する価値があると信じたから、こうやってあんたを呼び出したんだぜ)
黄金色の瞳が、私の後ろにある遥か先の未来を見据えている。
……自分を対価に、って。
それはつまり……
混乱する私をよそに、彼は時間がねえ、と早口にまくしたてた。
(俺の家はそのままあんたにくれてやるよ。魔道スクロールもマジックアイテムも所有権はあんたに移るよう設定してある。わからないことがあれば鑑定眼鏡かけて書庫の本を読みな)
ぱき。
白い空間にヒビが入った。
同時に強風に似た何かが吹き荒れ、私の視界を奪う。
無意識に手を伸ばすが、赤髪の青年はもう見えない。代わりに、彼の声だけが聞こえた。
(頼むぜ、勇者様。オレの世界を救ってくれ)