エピローグ、そして……
数日後、僕は白雪の葬式に出席した。
葬式には他に、白雪の両親とその親族が出席している。
出席している、白雪と関係のある人物は唯一、僕だけだ。
──白雪の親友である天原は、ちょうどこの日、転校した。
突然のことらしいが、詳しい話は聞いていない。
なんせ今週、彼女は学校を休んだままで会っておらず、先生の話を聞いただけだ。
思えば不思議な少女だった。
見た目に似合わず大食漢で、学校の成績もクラスにいてもいなくても変わらない、平均を貫いている。
それでも、そんな彼女は白雪の親友であった。
僕と白雪が親しくなる前からずっと、彼女は白雪の大事な存在であった。
だけど僕は、彼女とまともに話したことはあまりない。
昼食を屋上で食べていた時、ときどきちょっかいを出される程度で、最後に話したのは白雪と登校してる途中突然現れ、屋上の鍵を渡されたその時だけだ。
せめて僕以外に彼女だけでも出席してほしかった。
白雪がまともに話す相手は、僕と天原だけで他に親しい人物はいない。
天原が白雪の死んだ姿を、見たことがあるかも分からない。少なくとも僕が病室に来たとき、彼女はいなかった。
もし彼女が、この白雪の姿を見たらどう思うのだろう。いつもの変わらない綺麗な顔なのに、眠っているような表情なのに、死んでいる、彼女の姿を見て。
姿を見ていなくとも、悲しんでいるはずだ。転校により引っ越す事になり、葬式に参加できないことに、後悔しているかもしれない。
今度、彼女に再び会える日が来るなら、次はいろいろと話してみたいと僕は思った。
葬式のあと火葬場へと向かった。
この行程が終われば、彼女の体は燃えて骨だけになる。
つまりもう、彼女の綺麗な顔を見れるのはこれが最後だ。
白雪姫の物語ならいいのに、と思う。
白雪姫は、毒りんごを食べて眠りについたまま、ほとんど死んだも同然であった。
だけどその綺麗な姿を見た小人たちは、白雪姫の体を燃やすことも埋めることもしない。
ただその体のまま、ずっと保管していた。いつか目を覚ます、そう信じて。
そして、突然現れた王子様の口付けによって、白雪姫は目を覚ます。
そんな物語が現実に起こればいいのにと思った。
──もちろん、不可能な話だ。
日本では少なくとも、死んだ人間は火葬場で燃やされて、骨になるのが常識である。死体をそのまま保管するのはあまり聞かない。
なによりそんなことをしても、彼女は決して生き返る事はないからだ。
この世界には王子様も、死んだ人間を生き返らせる技術もない。
現実はそんな、夢物語ではないんだ。
だから僕は、決意しなければならない。
彼女の死を、受け入れるということに。
僕は棺桶に入った白雪を見つめ、その後に頬を撫でた。
柔らかいけれど、とても冷たい。
もう温もりを感じることはないのだ。
僕は白雪を撫でながら、彼女との思い出を振り返った。
はじめて彼女と会話をした時の事。
一緒に創作をはじめ、彼女との交流が増えた事。
夏祭りに二人で行って、徐々に意識しはじめた時の事。
創作のためと言って、偽りの恋人を演じた事。
自分の気持ちに素直になり、告白して本当の恋人になった事。
そして彼女の夢を知り、その夢を実現させようと将来を約束した事。
どれも大切な思い出だった。
一年にも満たない出会いだ。でもここまで楽しかったのは、生まれてはじめてだ。
自分を偽らず本心で話し、それで互いに分かち合えた事が嬉しかった。
彼女とならずっと一緒にいたい。そう思えた。
でもそれは、今日で終わりにしなければいけない。彼女とは今日、さよならをしなければいけない。
しかし、さよならと言うのは辛いことだ。それは悲しくて、切なさだけが残る。
最後に送る言葉が、悲しい言葉であってはいけない。
だから僕は、もっとも適切で彼女を送り届ける言葉を探した。
その言葉は短い。けれど思いは十分届くと信じた。
そして僕は、別れの言葉を言った。
「ありがとう」
たったそれだけの簡単な言葉で、僕は彼女への思いを伝えた。
僕は随分前から、すでに涙を流していた。