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きっといつかは

 部屋を移動して僕は、白雪と白雪の両親と共に夕食をご馳走になった。

 夕食のメニューはサラダやスープ、ステーキなど洋食が中心だ。

 テーブルに置かれたそれは、まるでレストランの料理のように、綺麗に盛り付けられており、普段僕が家で食べる夕食よりも豪華に見える。味も、見た目に負けないくらい美味しい。

  

 夕食を食べながら僕は、白雪のお母さんと他愛のない話をする。

 主に学校での出来事や白雪との出会ったばかりの頃の話。一部の内容はさきほど、白雪のお父さんである誠二さんに説明した事と同様に話した。

 

 白雪のお母さんと話してみると、はじめみた印象通り優しく、僕の話を聞いてくれた。だから緊張せず、スムーズに話をすることが出来た。また、白雪がときどきその会話の間に入り楽しく話しかけてくる。

 誠二さんは、あまり会話には参加しなかったが、それを楽しそうに聞きながら食事をしていた。

 

 夕食を食べ終えた後、しばらくして僕は帰ろうかと思った。だが、もう少しゆっくりしていったらと白雪のお母さんに言われる。

 元々早めに白雪の家にお邪魔していたため、時間にはまだ余裕があった。なのでお言葉に甘えて、もう少しここにいようかと思う。


 すると白雪がどうせなら私の部屋に来ない? と言ってきた。単純に二人で話がしたい、自分の部屋を見せたいようだ。特に断る理由もなく、僕はそれを受け入れることにした。

 

 白雪の部屋は二階のようで、階段を彼女が先に上り僕がその後についていく。

 

「夕食の前、お父さんと何か話してたの?」

 

 階段を上っている途中、白雪が話しかけてきた。

 僕はそれに頷くように返事をし、言葉を続ける。

 

「白雪がここに引っ越してくる前の話を聞かせてもらったよ」

「そうなんだ」

 

 特に動揺もせず、変わらない様子で彼女は相槌を打つ。別に知られても知られなくても、どっちでもいいかのように。

 そんな彼女に僕は、気になっていた事を尋ねた。

 

「どうしていじめられても、両親に何も言わなかったの?」

「別に困ることでもなかったから。実際危害を加えられた事はないし、物を隠されてもすぐに見つかったもの。悪口なら、好きなだけ言えばいいよ」

「よくそんな考えが出来るね。せめて、仕返ししようとか思いそうだけど」

「意味がないよ。わたしはその子達と関わる気は一切ないし、きっとその子達もわたしを嫌ったままだから何をしても意味がない。そもそも興味がない相手を構うのは、わたしは好きじゃないの」

「たしかに、君らしいと言えば君らしいね」

 

 僕が白雪の立場だったらどうだろうか。

 二度とされないように仕返しをするかもしれない。出来るだけ距離をおいて、相手が自分に興味を無くすように誘導するかもしれない。

 でも実際に僕はいじめを受けたことはない。だから彼女のように、いじめを受けてもなにもしない可能性もあり得る。

 

 経験のない出来事は予測しても、どうなるかなんて分からない。実際起きてみなければ、なにも分かりはしない。

 だから白雪の選んだ答えも納得できる気がした。

 

 二階へと続く階段は、そこまで長いわけではない。このような会話を続けてるうちに、僕たちは二階へとついた。

 そこから並ぶようにいくつかある、扉のうちの一つのへと向かい、白雪はその扉を開けた。

 

 その扉の向こうこそが、白雪の部屋であった。開かれた扉の先には、雪のように白い景色が広がっていた。

 

 白い壁に白い天井、ベッドや床に敷かれているマットも白い。全ての家具が白いわけでもなく、マットの敷かれていない床は木製の色が出ている。

 けどそれらの色は、この部屋の雰囲気にあっていて、目立つ色ではない。

 この部屋に一体化しており、おしゃれな雰囲気を醸し出していた。

 

「素敵な部屋だ」

 

 僕は呟くように言った。

 ありがとう、と彼女は返事をする。

 

「白雪はやっぱり、白い色が好きなの?」

「うん、好きと言えば好きかな。けれど特別に好きって訳じゃないかも」

「そうなんだ」

「自分の名前にも付いてるし、白は嫌いになれないよ。単純に白い色が、わたしには合ってると思うしね」

「その自己分析は、僕も正しいと思う。君なら多分、黒とか他の色も似合うと思うけど、一番と言われたらやっぱり白だよ」

 

 その会話の後、白雪は一旦部屋から出ていった。ジュースを持ってくると言っていた。

 僕は一人でテーブルの近くに座り込み、彼女が戻ってくるのを待つ。

 

 考えてみれば、女の子の部屋に入るのは今日がはじめてであった。はじめて恋人になったのが白雪だから、それは普通の事かもしれないけど。

 

 待ってる間僕は視線だけを動かし、白雪の部屋を物色することにした。

 彼女の部屋はきちんと綺麗にされており、散らかった所はなく、ゴミも落ちてなかった。

 僕を部屋に入れるためにあらかじめ掃除しておいたのだと思う。けどおそらく、彼女の性格からして普段から綺麗にしていると思った。


 ふと、彼女の机に目が入った。机にはA4の紙が束となり、分厚く重ねられ置かれている。おそらく二百枚はあるだろうか。

 僕はそれが何なのか気になり、机の方に向かいその紙をみる。一番上の紙にはほとんど真っ白で少しの文字しか書かれていない。だけど、そのたった少しの文字が、僕の目を奪われた。

 

 そこには作品名と書かれ、ファンタジーを連想させるタイトルが下に続いている。そして作者名に白雪姫乃、という文字が書かれていた。

 

 これはつまり、白雪が書いたであろう小説の原稿だ。白雪は白雪姫乃というペンネームで、小説サイトに投稿をしている。

 だけどこの小説のタイトルは今まで見たことがない。書いたばかりの新作なのだろうか。

 僕は勝手に見るのは悪いと思いながらも、彼女の小説を読みたいという思いが勝ち、紙をめくった。

  

 読み進めていった時、僕は言葉を失った。

 たった少し、一枚目の文章を読んだだけで、いつの間にかその小説の世界に引き込まれていた。

 一枚目だからストーリーの全貌はまだ分からない。けれど言葉選びがとても上手だった。白雪の作風らしい心理描写は丁寧に書かれ、それでいて風景や動作の描写も今までより別段と上手くなっている。

 

 彼女の小説の欠点はもうないのではないかと思えるほどに、その小説は魅力的だった。僕は次々と紙をめくり、小説を読み進んでいく。

 それは、彼女が戻ってきたことに気付かないほどに。

 

「彼方……?」

 

 その声で、僕は我に帰る。

 声の方へ顔を向けると、ジュースを持ってきた白雪が扉の前に立っていた。

 僕は慌てて、読んでいた小説の原稿を元に戻した。そして僕は正直に話して、謝罪をする。

 

「机の上にあったのが気になって、つい見てしまったんだ。とても素敵な小説だったから、読むのに夢中になってた。申し訳ない」

「別にいいよ。夢中になるくらい読んでもらえたなら、わたしも嬉しいし」

 

 彼女は怒るかもしれないと思ったがそんなことはなく、優しく微笑んだ。

 それから僕たちは座り、持ってきたジュースを飲みつつ会話を続けた。

 

「でも驚いたな。白雪がこんなに素敵な小説を書けるようになってたなんて」

「彼方に内緒で書いてたからね。彼方に小説の指摘をもらってから、情景描写とかいろいろ勉強したの」

「そうなんだ。頑張っていたんだね」

 

 二人で作った小説を完結させた後、白雪は小説の話はしても、あまり小説を書いてるように見えなかった。書いても時々短編をネットに投稿するだけで、その時の小説にはここまで引き込まれるものはなかった。

 

 おそらくこの小説は、何度も推敲した上で完成した小説だというのが分かる。短編はその気分転換に書いていたのだろう。

 

 でも一つ、気になることがある。

 なぜ、わざわざ小説を紙に印刷しているのか。

 

「この小説、どこかに応募するの?」

「……うん」

 

 僕が言った途端、白雪は切なそうな表情を見せ、間が開いてから頷いた。

 予測の時点で、検討はついていた。


「白雪はやっぱり、小説家になりたかったんだね」

 

 今度は返事はせず、ただ彼女は頷く。

 白雪は小さい頃から本が大好きで、昔は小説家になりたいと、言ってたことを誠二さんから聞いた。デートをしたときも、小説家に憧れているような素振りを何度か見せていた。

 

 だから僕は、もっと前から、その事に気付いていてもおかしくはなかった。

 けれど彼女は一度として、僕にたいして小説家になりたいと言ってきたことはない。

 

「諦めようって、思ってたことはあるの。小説家になるなんて難しいし、趣味としてずっとやると思ってた。だけど彼方と出会って、一緒に書くようになってから書くのがもっと楽しくなって……。ああ、小説を書いて、感想をもらってそれが仕事になれば、どれだけ幸せな事なんだろうと思うようになっちゃったの」

 

 彼女は切なげなトーンで、話を進める。


「だからこれは、諦めるために書いた力作なの。これで小説家デビュー出来なかったら、わたしはきっと清々しく、夢を諦めることができる」

 

 そうだった。白雪はずっと前から、このような少女であった。

 

 彼女は理想主義だ。

 非現実的なものに憧れていて、それを追いかけ続けている。分かりきっていることでないならば、理想を強く抱く。時にはルールを破っても、非現実を求める。

 だから彼女の書く小説は非現実的で、ファンタジーなものばかりだ。

 

 だけどそれと同時に、彼女は合理主義な側面を持つ。叶わないと分かっていることに、馬鹿みたいに理想を求めることはしない。

 彼女が理想を求めるのは、叶えられる範囲だ。現実で王子様が突然現れるとかあまりにも都合のいい理想を求めない。

 だから彼女は小説家になることを、一度は諦めたんだろう。

 

 小説家になることは、あまりにも無謀すぎる。基本的に作家になろうとする、夢を追う人は多くて、競争率が高い。

 そこでデビューを勝ち取り、なおかつ生活できるだけの売り上げを維持することなど、ほんの一握りだ。将来性がない。

 

 だから僕は、彼女に言わなければならないことがある。

 

「はじめての応募で、しかもまだ高校一年生の君が、いきなり作家デビューを目指すなんて難しいと思う」

「それは、分かってるよ。だけど、なんども推敲して満足できる作品が作れたから、年も回数も関係ない。それに彼方も、気に入ってくれたんだよね」

「たしかに、僕もこの小説を面白いと思ったよ。だけどそれは僕にとってはの話だ。確実に受賞できるほど、面白いと言えるわけじゃない。面白くても、審査員の好みに合わない場合もある。この小説よりも面白い小説が、たくさん応募されて埋もれる可能性だってある」

「どうして彼方は、そこまで言うの……。わたしが小説家になろうとすることに反対なの」

 

 彼女の目は少し潤んでいた。

 自分で言っておいて胸が痛かった。

 好きな子を泣かせるなんて最低な事だ。

 彼女はなにも悪くない。ただ夢を追いかけたいだけなんだ。だから今この状況で僕は、悪者でしかない。

 それでも僕は彼女に言わなければならない。

  

「簡単なことだよ」

 

 僕は合理主義者だ。理想ばかりを抱く人間は好きじゃない。

 この世界はどうしようもなく物語の世界と比べると、夢がなくて面白味もない。はっきりいって残酷だ。

 夢をばかり追いかけていたら、きっと破綻してしまう。自分もまわりの人間も、誰も得なんてしない。

 

 だから僕は彼女に、現実を突きつけなければならない。

 

「僕は、君に諦めてほしくないんだ」

「え……?」

 

 予想してなかったであろう言葉に、白雪は驚いている。

 僕はそれを気にせずに、話を続けた。

 

「たった一回の応募で、デビューしようなんて現実味がない。非現実的だよ。だけど、諦めずに何度でも応募すればまだ可能性はある」

「どうして……?」

「君の書く小説は素敵だ。実力も十分にある。僕としては、もっと君の小説を多くの人に読んでもらいたい。だから一度きりで、諦めるなんてしてほしくないよ。あと少し掘れば見つかったはずの原石を、掘るのをやめて見つけられなかったら勿体ないじゃないか。君はその原石と同じだよ」

「……だけど諦めなかったら、いつになるか分からないよ? もしかしたら一生なれないかもしれない」

「僕は、夢を追いかける君が好きだ。君の抱く理想が素敵だと思っている」

 

 僕は告白するかのように、言い続けた。

 

「だから君が夢を追って、ずっと小説を書ける環境を……僕は作ろう」

「それってッ……」

 

 この意味を理解したであろう白雪の頬は、次第に紅く染まっていき恥ずかしそうな表情をしていた。

 

「早すぎる話だとは思うよ。でも誠二さん……白雪のお父さんに言われたんだ。君を幸せにしてほしいって。その時僕はなにも言えなかったけど、今なら言えるよ」

 

 その答え自体は、とっくの前から決まっていたことだ。それは彼女に告白したときからずっと……。

 

「僕ははじめから、君と結婚するつもりで告白したんだ。君を愛したのは、これから一生、君だけを愛すると決めたからだ。高校生なのに愛が重いと思うかもしれない。でも嫌じゃなければ、これからも一生、君のそばにいたいな」

 

 最後に僕は微笑み彼女に向けて手を差し伸べた。

 あまりにも恥ずかしい台詞を言ってると思った。だがこれ以上になんと言えばいいのか思い付けないし、これが僕の本心だ。

 

 彼女の瞳からは、零れ落ちそうで落ちなかった涙がついに頬に流れていった。

 そして両手を、僕が差し出した手を包み込むように握る。

 彼女は涙を流している。けれど、満面の笑みを見せてくれた。僕はこの彼女の笑顔が大好きであった。

 

「だから、もっとはやく言ってよ……なんで彼方は、わたしのことを泣かせたいのかな」

「白雪の泣き顔も好きだから」

「最低……」

「冗談だよ」

 

 ちょっと不貞腐れた表情を彼女は見せた。そんな表情も可愛いと思える。

 

「でも、ほんとうにいいの? わたしがこれから本気で小説家を目指そうとしても?」

「構わない、そのために僕も頑張る。大人になったら君が安心して夢を追いかけてられるように、頑張って働くよ」

「上手くいくかな……?」

「そう信じる、としか言えない。これは理想に近いから。でもきっと実現する。そのために僕たちはこれから頑張るんだ」

「そっか……」

 

 白雪はそう言った後、口元を緩め僕の顔をじっと見つめた。彼女のしたいことが、自然と伝わる。

 僕たちは恋人になった日以来の、口づけを交わした。

 

 それはとても愛しくて、胸が苦しい。だからキスをするのは、こう言ったときだけでいい。僕たちは互いの愛を再確認する時だけ、深く愛を交える。

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