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本当の僕たち

 お昼。僕と白雪はいつものように、屋上で昼食をとった。

 そこには朝言ってた通り、天原は来なかった。きっと彼女も今頃、ここではないどこかで、普通の女子高生が食べる量でない昼食をとっているのだろう。

 そんな事を白雪と話しながら、僕は自分の弁当を食べた。

 

 恋人が屋上で二人きり。普通なにかあってもおかしくはない。でも特に大したことはない。

 ただ一緒に食べて、ただ一緒に話しただけだ。白雪は偽りの恋人だった時とは違い、いちゃついてこようとか、なにか自分でしてきたりはしない。

 一緒にいることは望むけど、それ以上を望んでいるようには思わなかった。

 

 お昼はあっさりとした雰囲気で終わり、午後の授業を終えて放課後になった。

 僕は白雪の席の方へと行く。

 僕が白雪のところへとつくまで、彼女は天原と話をしていた。

 天原は僕が近づくのに気付き一瞬、にやりと笑ったように思えた。その後白雪と話すのを終えて教室を出ていく。

 朝の事といい、天原は何を考えているのか分からない。正直言って不気味にも思える。

 

 その後僕は白雪に話しかけ、今日は一緒に帰るかどうかを尋ねた。すると白雪は、寄り道しようと言ってきた。

 どうやら行き付けの喫茶店があるらしく、そこに僕を連れていきたいらしい。

 断る理由はない、だから僕は頷き一緒に学校を出てその喫茶店へと向かった。

 

  

 白雪につれて来られたのは馴染みのある商店街だった。その一角に白雪の言っていた喫茶店がある。

 意外だった。この商店街に来ることはあるが、ここに喫茶店があるとは知らなかった。

 それくらい外見は地味で、注意深く看板を見なければそこが喫茶店だと言うことに気づかない。

 とりあえず僕は扉を開き、白雪を先に行かせその後、建物の中へと足を踏み入れる。

 

 店内へ入ると、そこが喫茶店だというのをすぐに理解できた。

 喫茶店としてはやや数が少ないように思えるが、アンティークなテーブルと椅子が綺麗に並んである。そこに数人だけいたお客が座っていた。中年の男性や女性だ。僕たち以外に学生は見当たらない。

 

 少し進むと、壁にはどこの誰が描いたかも分からない風景画。これまたアンティークの、おしゃれな時計が飾られていた。

 テーブルは綺麗に磨かれていて、床にはゴミ一つなく、丁寧に掃除されているのが分かる。

 

 耳をすますとピアノの、落ち着いた雰囲気の音色が聞こえていた。でも店内にピアノがあるわけではなく、あくまでBGMだろう。

 

 この喫茶店は少し地味だと思う。

 けれど落ち着いた雰囲気で、衛生面もしっかりしている。心地が良い。

 白雪がここへ通う理由も分かる気がする。彼女にとってここは、穴場なんだろう。

 

 僕たちは端っこの方の席へと座った。

 メニューを見てから店員を呼び、お互い珈琲とケーキを選んだ。

 

「この喫茶店どう? 気に入ったかな?」

 

 店員が去ったあと、白雪が僕に聞いてきた。僕は頷く。

 

「ああ、内装は気に入った、後は味次第かな。でもどうせなら、もっと早く知りたかったな」

「ふふ、それなら嬉しい」

 

 白雪は微笑む。

 

「わたしも中学卒業したばかりの頃、偶然見つけてね。それ以来、気に入って月に一度は必ず来るようにしているの」

「白雪にとって、この喫茶店は特別なんだ」

「うん、結構お気に入りだよ。みんなが知ってるような所より、自分だけのお気に入りを見つける方が楽しいでしょ」

 

 僕は頷いた。

 彼女はマイナーなものが好きだ。

 周りに流されたくない、自分だけの好きなものを見つけたいようだ。

 それでいつか、好きなお店や作品が評価されたら嬉しいとか。

 

 僕も彼女の考えに似ているけど少し違う。メジャーでもマイナーでも、僕は平等に評価する。

 みんなが面白いといい、自分もそう感じるなら普通に好きだ。逆に誰にも評価されなくても、自分が面白いと思ったものは評価する。

 

 良いと思ったものに知名度は関係ない。それが僕の考えだ。

 

 やがて注文したメニューが運ばれて来る。

 僕の方に珈琲とチーズケーキ、白雪の方にアイス珈琲とモンブランがそれぞれ置かれる。

 

 店員が去った後、僕は少しだけ味を確かめるように珈琲に口をつける。

 口の中に熱さが伝わる。苦さとしては普通だ。これくらいの苦さなら、砂糖やミルクが無くてもいける。

 

 白雪はというと、モンブランの上にある栗を一度取り除き皿の上に置いた。その後ケーキに対し、フォークを縦に入れ一口サイズにしてから口に運ぶ。

 おそらく栗を寄せたのは、最後に食べるためだろうか。少し気になったが、人の食べ方にいちいち言うのも好まないので聞きはしない。

 

 僕も自分のチーズケーキを端から食べはじめる。味としては甘さがほどよく、またチーズケーキ特有の食感がとても良い。珈琲は比較的普通だったけどチーズケーキは自分好みだ。

 

「そういえば、珈琲って毎日三杯飲むと体に良いらしいよね」

 

 少し食べた後、白雪はアイス珈琲を飲んだ後にそう言った。

 

「僕も聞いたことがある。でもそれは珈琲に含まれる、カフェインの効果によるものじゃないかな。珈琲である必要はなくて、紅茶や緑茶でも変わらないと思うよ」

「そうなんだ。でもカフェインってやっぱり珈琲のイメージがするな」

「すると言えばするね。よく珈琲を飲んで眠れなくなるのは、カフェインが原因って言われてるし。実際カフェインの量は、そのままだと珈琲より紅茶らしいけど、飲む時は、紅茶より珈琲の方が量が多いらしいよ」

「へぇ詳しいね。彼方ってこういう事よく知っているよね」

「小説の時に、こういう知識は役に立つからね。視野を広めたいなら、雑学を覚えたりするのもいいと思うよ」

 

 白雪はなるほどと頷いた。それからしばらく、雑学や今日の学校の出来事などについて話した。

 その時間は短いようで長くも感じる。ピアノの音楽や、店内の落ち着いた雰囲気が、自然とそうさせてるようだった。

 

「ここに来ると一つだけ、叶えてみたいなって思う夢があるの」

 

 最後に残していた栗を、食べ終えた白雪が言った。

 

「小説家ってさ、よくこういう喫茶店で珈琲を飲みながら、小説を書いてるイメージがあるよね。わたし、それに憧れているの」

 

 白雪はそう言った後、氷がすべて溶けているアイスティーを飲み干した。

 

「なら普通に、ここに来たとき小説を書けばいいんじゃない?」

「それじゃだめ。仕事としての小説家だからこそいいんだよ。きっとその方が、楽しい毎日を送れる」

「そうかな。小説家は僕たちと違い、仕事で書いているんだ。楽しいだけじゃない。きっと締め切りに追われてたり、大変なこともたくさんあるよ」

「分かってるよ。理想と現実は違うってことくらい。だからこれは、ずっと理想でいいの。ずっとこうだったらいいなって。憧れることは、きっと現実を知るよりも楽しいことだから。……それに、わたしが小説家になるわけじゃないからね」

 

 少し現実的な事を、言い過ぎたかもしれない。そう思ったけど、白雪の事を考えれば心配することでもなかった。

 

 彼女は理想主義者ではあるが、それと同じくらい合理主義者だ。

 理想は抱く、けれど不可能な事はただ理想のままに、それでいて現実をしっかり考えているのが姫乃白雪という少女なんだ。僕が苦手な、なんでも理想だけを述べて、なにも行動にうつさない人間とは違う。

 

 だから白雪が理想主義者であっても僕は彼女の事を苦手だと思わないし、むしろ白雪のその考え方が好きでもある。

 

 だけど、このときの彼女の表情には、少し違和感を覚えた。

 

 ◇◆◇◆◇

 

 その後しばらくして、僕たちは喫茶店から出た。

 このまま帰るかどうか迷ったけど、どうせならもう少し一緒にいたい。そう思い、僕と白雪は近くの公園を散策することにした。

 

 公園といっても、ただ子供が遊具で遊ぶだけの所ではない。比較的広くて散歩をするのにもぴったりの場所だ。

 

 周りには池があったり、綺麗な花が咲いている。それらを眺めているだけも気持ちが落ち着く。

 もう少ししたら紅葉の季節だ。その時にまたここに来るのもいいかもしれない。

 

「楽しいね」

 

 隣を歩く白雪が呟く。

 それから彼女は少し間をおいて、言葉を続けた。

 

「わたし、ほんとは彼方とこういう事がしたかったの。ショッピングモールとかでデートするよりも、喫茶店でお茶したり散歩したり……静かな時間を過ごしたかったの」

「今まではしようと思わなかったの?」

「あの時は偽りだから、本当の恋人じゃない。わたしがしたいことよりも、普通の恋人がするような事を優先してたんだよ」

「じゃあ君は、静かな時間を一緒に過ごしたいだけなんだね」

「うん。彼方はそれじゃ嫌かな?」

「嫌じゃないよ。僕も騒がしいより静かな方がよっぽど好きだ」

 

 僕は首を横に振り言った。

 思えば白雪は、偽りの恋人の時と比べると大人しくなっている。あの時は僕に積極的に触れようとしたり、抱きついて来ることがあったけど、今日はそのような事は一度もなかった。

 本当の恋人になった途端、恋人らしくなくなってしまったのだ。

 

 でも、それでいいと思う。本当の恋人ならば、普通の恋人という概念にとらわれる必要はない。無理にしようと思わないことをする必要もない。

 これが僕たちの恋人としての有り方なんだと、僕は思う。

 

 途端、僕の右手が白雪の左手に触れた。でもそれは偶然触れただけで、すぐに離れてしまう。

 ふと僕は彼女と手を繋ぎたくなった。

 彼女の柔らかい手を握りたい。

 僕は恐る恐る、右手を彼女の左手に近づけようとした。

 

「あっ」

 

 彼女が突然声をあげた。僕はバレたと思い驚き、右手をひっこめる。

 彼女の顔を見ると何かに気付いたような、それでいて悲しい表情をしていた。

 

「どうかしたの?」

 

 僕は尋ねる。


「あそこ見て……小鳥が死んでる」


 白雪の見ている方に視線を移すと、そこには道端で一羽の雀が倒れていた。傷らしきものは一つもない。だが目を瞑り、ピクリとも動かない。

 彼女の言う通り、おそらく雀はもう死んでいる。

  

 白雪は死んだ雀に近寄く。彼女は悲しそうな顔で、雀を見つめぼそりと呟く。

 

「かわいそう……どうしてこんな所で……」

「きっと病気か寿命じゃないかな。踏まれたり野良猫にやられた形跡はないし、ここは車も通らないからぶつかったりもしない。この雀は、全うな生涯を送ったんだ」


 僕は冷静に言った。

 雀が死んでいるところを見るのは、僕自身はじめてではない。よく見るわけではないけど、今までに何度か見たことはある。

 

 かわいそうだとは思う。でも同時にそれはきっと、仕方ないことなんだなと思う。

 生き物はいつか死ぬ。例外はない。

 どれだけ生きて、どうやって死ぬかは様々だけどそれは絶対の事だ。


 雀の寿命は約一年から三年と言われる。それに人のいる場所で生活しているならば、この辺で死んでても珍しい話ではない。

 むしろカラスや野良猫などの天敵、車との衝突など、人間からの被害もなく寿命を迎え死ぬことは凄いことなのではないだろうか。

 

 だからこの雀の人生は、もしかしたら幸せだったのかもしれないと思う。

 誰だっていつかは死ぬ。けれど、どうせなら寿命を迎えて死ぬ方がいいと僕は思っている。

 

 すると悲しい表情をしていた白雪は突如、自分の鞄を開けてなにかを取り出す。

 ビニール袋だ。彼女はそれを手袋のように手を入れ、死んだ雀を掴む。

 その後、ビニール袋を逆にし雀を袋に包み込んだ。

 

「何をするつもり?」

 

 白雪のとった行動に驚いた僕が言った。

 

「土に埋めてあげなきゃ」

「そんな事する必要あるのかな」

「あるよ。このままだときっと、踏まれたり食べられちゃうから」

「それが普通だと思うけどね。土に埋めたりする方が、不自然な気がする」

 

 人間やペットとして飼われている生き物以外は、埋葬することなんてほとんどないだろう。人間のいない場所ではごく当たり前に、どこかで生き物が死に食べられたり自然に土へと還る。

 それが当たり前であるならば、なにも土に埋める必要はないだろう。

 

 でも、彼女は首を振る。

 

「そうだとしても、少なくともわたしの目の前で死んでいる生き物にはそうするよ。そこに人間だとかは関係ないの。死んだ人間を埋葬するなら、他の生き物もそうするべきだよ」


 彼女は続ける。

 

「誰もやらなくてもわたしはそうする。困っている人がいれば、きっと迷わず助けるよ」

「意外だな。あまり他人に興味のない白雪が、そんな事考えてるなんて」

「その言い方酷くないかな? そもそも、そこに興味のあるなしは関係ないよ。興味がなくても困っているなら、わたしは助ける」

 

 白雪の表情は真剣そのものであった。

 まるで正義の味方のような、正義感に溢れている目だった。

 

 その後白雪は、木の下に雀の死体を埋めた。最初近くの木の下に埋めようとしたけど、僕がそれを止める。

 鳥には意外と菌がついている。だから子供が触ったりしないように、人目のつかない場所に埋めるべきだと言った。

 

 すると彼女は僕の言うことを受け入れてくれて、あまり人が足を踏み入れないような場所に雀を埋めた。

 その時僕は、ただ彼女の真剣な姿を見つめているだけだった。なにかするよりも、見ていることの方が彼女のためになると思った。

  

 

 雀を埋め、念のため水道で手を洗った後、僕たちはベンチに座った。

 近くでは子供が数人、ボールで遊んでいる。他にもペットと散歩に来ている人がいた。

 

「ありがと」

 

 隣に座っている白雪が言った。

 

「僕は何かした覚えはないんだけど」

「わたしが埋葬しようって言ったとき彼方、あまりよく思わなかったでしょ。だけど止めたりしなかったし、それに近くに埋めようとしたとき指摘してくれたじゃない」

「それは善意でやった訳じゃない。君の考えが僕の中に無かっただけで、それ自体を否定したくはなかったんだ。指摘したのも、たぶん白雪がそのことを知らないと思ったからだよ」

「それでも、ありがとうって言いたいの」


 彼女は僕の方を見て言う。その表情は優しくて、微笑んでいるようだった。

 そんな彼女に僕は言った。

 

「白雪は善人だね」

「そうかな?」

「そうだよ。困っていれば誰でも助けようなんて、思ってたとしても普通は出来ない」

 

 僕は悪人ではないけど善人とも言えない。きっと困っている人がいても、必ず助ける事はない。

 気分次第だ。他人に対してなんでもしてあげようなんて、思えるはずがない。得がないことを無理にしようとは思わない。

 

 でも白雪は違う。彼女は誰だろうと助けようとする。たとえ相手が人間ですらなく、死んでいて見返りがなくとも。

 

「違うよ」

 

 しかし彼女はそれを否定する。

 

「わたしは善人なんかじゃないよ。わたしは自分の事しか考えてない、偽善者だよ」

「どうして? 君のやろうとしている事は善い行いだと思うけど」

「もちろんそれは言える。わたしは、わたしの考えで善い行いをしてるもの。でも、だからこそだよ」

 

 僕は首を傾げた。よく分からない。

 

「わたしは善い行いだと思ってるからやってるの。きっとそれが、いつかわたしに返ってくると信じているから。だからわたしは見返りを求めてやっている、偽善者なの」

「白雪は、鏡の法則を信じているわけだね」

「そういうこと。善いことをすれば、鏡のようにいつかわたしに返ってくる。だからわたしは、これからも善いと思う事をし続ける。どう? これを善人と言えるかな?」

 

 確かに、白雪の言いたいことは分かる。完璧な善人は見返りを求めない。

 困っているから助ける。たとえ自分が得をしなくとも、報われることがなくとも。

 

 それでも、僕は言った。

 

「君は善人だ」

 

 そして続ける。

 

「完璧な善人なんて存在しない。どんなに善い行いをしたとしても、きっと誰かがその人物を悪だと思う。世界を救う勇者だって、魔物からみたら悪人なんだ。だから善人は、偽善者でいいんだよ」 

 

 それに君は、限り無く善人に等しい。君ほど誰かのために、なにかをやろうと思える人はそうそういないよ。と僕は言い続けた。

 

 僕は彼女の考えが好きだ。

 理想的で、でも合理的で。

 ただ善い人ぶるわけでもなく、自分のためになにかをしようとする。そしてそれを、きちんと自覚して言える。

 そんな彼女だから、僕は大好きだ。

 でもこれは、さすがに直接言うのは恥ずかしいので心の中にしまっておく。

 

 彼女の顔を見てみると、頬がほんのり紅くなっていた。照れているのだろうか。

 空はだんだん、暗くなっていた。周りを歩く人たちの数も少なくなっている。

 

「そっか……そんな考え方も、あるんだね」


 白雪は、口元に笑みを浮かべた。そしてぎゅっと、僕の手を握った。


「手、握りたかったんだよね。ごめんね。わたしが他の事に目が行ってたから」

 

 彼女は、僕が手を握ろうとしていたことに気付いてたようだ。僕は彼女の手をぎゅっと握り返す。彼女の手は小さくて、でも暖かい。

 

「別にいいよ。今、こうやって握っていられるなら。僕は幸せだから」

「うん、わたしも……一緒にいられるなら、それだけで幸せだよ」

 

 僕たちは、欲深いのか欲深くないのかよく分からない。

 キスもスキンシップも、過度に取ろうとは思わない。そばにいれば、それだけでも十分なんだ。

 

 でも出来ることならずっと一緒にいたいと、僕は心の中で思った。

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