第九十七話 彼の被った一撃
俺が意識を取り戻し立ち上がった時、戦いは既に終わっていた。
こちらの用意した作戦は全て突破され、人類最強の男、光の勇者テルゾウ殿は全くの無傷で巨大落とし穴から大分離れた場所に待機している。
いや、良く見れば……良く見なくても分かるが、彼の頭部には何もなくなっていた。
被っていた兜どころか、その下の髪の毛すらも存在しない。
俺の目に映るのは、人類最強の男の光り輝く頭皮のみ。
彼はどうやらヅラだったようである。
俺たちの側には俺たちの勇者が集結しており、俺たちが気絶していた間に起きた状況の顛末を説明してくれていた。
まさか最後の最後でヅラにやられるとは……想定外にもほどがある結末であった。
それでも我らが勇者たちは、戦意を失うことなくテルゾウ殿へと獲物を向けた。
しかし結果は火を見るよりも明らかだ。
俺たちの援護が存在してどうにかギリギリの攻防が可能であり、あれだけの罠を仕掛けてもその体に一撃を加えることができなかった人類最強の光の勇者。
その男に対して、無策で突っ込んだところでロックたちに勝ち目なんかないだろう。
戦いが始まれば、まずアナとサムが個別に撃破され、最後に残ったロックをゆっくりと料理すればそれでテルゾウ殿の勝利は揺るがない。
俺たちの援護も最早無意味だ。
俺たちが決闘に協力していたことは既にバレているのだ。
もう一度手を出したところで、有効な援護はできないだろうし、よしんばできたとしてもまた速攻で沈められてしまうだろう。
しかしそれでも諦めるわけにはいかんのだ。
テルゾウ殿1人に魔王軍退治を任せては何のために勇者をやっているのか分からなくなる。
俺たちは1人残らず心折れることなく立ち上がり、人類最強の男に向かって闘志を燃やす。
そして俺たちの挫けぬ決意の瞳を向けられたその男は、なぜか突然地面にうずくまり、悲しげな声を響き渡らせ始めたのであった。
「あああ~! なんてこった、なんてこった~!! オラは負けちまっただ~! 一撃を喰らっちまっただよ~!」
テルゾウ殿はなぜか負けを認め、俺たちの目の前で盛んに悔しがっている。
しかし一体どういうことだろう?
ロックたちの話を聞く限り、誰1人として彼を傷つけることができた者はいなかったはずだったのだが。
「負けちまっただ~、負けちまっただよ~! しょうがねぇから参加を認めるだ~。でも絶対死ぬでねぇど、とにかく生き残ることを前提に活動するだ~!」
「オイ、大根勇者。いい加減にそのふざけた棒読みを止めろ。彼らの力を認めたのならば、素直にそう言えばいいではないか」
「そ~んなつもりは毛頭ないだ。オラはただ約束通りダメージを喰らったから同行を認めてるに過ぎねぇだよ」
「ハッ!! 何を言うかと思えば。肉体的なダメージは皆無ではないか」
「うっさいだよ馬鹿作家! オメェなんかにオラの受けたこの痛みが分かってたまるかい!」
「ハゲがバレた程度で精神的なダメージを喰らう方が悪いのだ」
「やかましいだよ! あーくそっ、髪が欲しいだ! フサフサ! オラにフサフサの髪を分けてくんろ!」
「やかましい!」
……
…………え~と、つまり何だ?
最後の最後でカツラを飛ばしてハゲであることがバレたから精神的なダメージを喰らったということなのか?
それで一撃を喰らったと?
え? 何それ? そんなんで良いの!?
「お陰様で私には縁のない話だからな。そもそも自分で放っておいて自分でダメージを受けてどうするのだ貴様は」
「しかたねぇだべさ。あの状況じゃあオラの打てる手はあれしかなかったんだべ」
「はっ! たわけが! 貴様の実力ならばロック王子の拘束も、氷の檻すらも一瞬で消し飛ばせただろう! 手心を加えて戦って勝手に傷ついた貴様が悪いのだ」
「よく言うだよ。オラが手心加えて戦うことを分かっていてこの作戦を考えたんだべ?」
「当然ではないか。相手のことを良く知っているのなら、相手の性格まで作戦に組み込んで然るべきだろう」
「こんな甘い作戦は魔王相手には通用しないべさ」
「それは実際に貴様と戦った勇者たちが一番理解できているだろうさ。彼らも馬鹿じゃない。今回の戦いを教訓により慎重に戦いに望んでくれるだろう」
「お前のその性格、オラは大っ嫌いだ!」
「光栄だね。人類最強の男の喧嘩友達などこの上なく名誉な称号ではないか」
ジェイクの発言を聞く限り、今回の作戦は端からテルゾウ殿には通用しない前提の作戦だったということか。
しかも本気で戦ったらロックたちが大怪我をするから、手加減してくれることを前提で作戦を考えたと。
そして戦いの結果、俺たちがより慎重に戦うようになると最初から考えていたと。
……なんてこった、いや本当になんてこった。
実力差があるということは嫌という程に分かっていたつもりだったのに、所詮はつもりでしかなかったという事なのか。
大人と子供の差を痛感するような出来事だ。
いや実際に大人と子供ではあるのだが。
俺たちがどれだけ頑張っても、策を巡らしても。
結局は彼らの手の平の上で踊っていただけだったのか。
テルゾウ殿が敗北を認めたため、ロックたちも揃って構えを解く。
その表情は釈然としておらず、寧ろ憤懣やる方ないといった有様だ。
無理もない。
出来レースに付き合わされたようなものだからなこれじゃ。
そして3人の勇者の内、一番若いサムが猛然と2人の汚い大人に食って掛かった。
「オイふざけるな、ふざけるなよ! 何なんだこれは! 貴様ら最初から俺様たちの参加を認めるつもりだったのか!?」
「いや全然」
「私はそのつもりだったが、テルゾウにそんなつもりはなかったぞ」
「じゃあなぜ認めた! 俺様たちの作戦は失敗しただろうが!」
「そんなことはないだ。オラはしっかり傷ついただよ」
「ハゲがバレただけで認められるなんて聞いたことがないわ! それと作家! 貴様俺様たちが勝てないと分かっていたのか!」
「当たり前だろう。散々言っていたではないか。貴様たちではテルゾウの足元にも及ばないと」
「俺様たちの決死の修行は一体何だったんだ!」
「一夜漬けが十日漬けになった程度では20年の差は埋まりようがないということだな、未熟者め」
「馬鹿にしやがって!」
激高したサムがジェイクに掴みかかろうとする。
しかしエースとキングがそれを止め、代わりにロックが前に出てきた。
「申し訳ありません。ご無礼をお許し下さい」
「構わんよ。若い内から礼儀正しすぎてもつまらん」
「それで確認させていただきますが、我々の魔王軍に対する奇襲作戦の参加は認めてもらえるのですね」
「ああ、男に二言はねぇだよ。オラはお前さんたちを認めるだ」
「ありがとうございます。それでは今一度お聞きしたい。今回の戦いも私たちの負けでした。しかも仲間の援護を受けてまで負けたのです。それでも私たちの参加を認めて下さった理由は何なのでしょうか」
「そりゃ簡単だ。お前さんたちが本気で勝ちにきたからだよ」
テルゾウ殿曰く、
最初に戦った際には文字通り本気でロックたちの参加を認めるつもりはなかったのだという。
何しろロックたちは勇者であることに胡座をかき、まともに戦うことも出来なかったからだそうだ。
しかし今回の戦いでは勇者というだけでは勝てない相手に対しての戦い方を考え、学び、俺たち勇者の供の協力も惜しまず使って勝ちを拾いに来た。
その姿勢を見てロックたちの評価を改めたのだという。
持てる力を全て使って、貪欲に勝ちを目指すくらいでないと、とてもではないが魔王にもその側近にも勝つことはできない。
今のロックたちならば魔王は無理だが、その側近くらいならば相手にできると判断したので参加を認めるために負けを認めたのだそうだ。
「それに傷ついたのは事実だしな。オラの毛根の死滅はテルコやジェイクの他には数人しか知らない機密事項だったんだべさ」
「それは……いえ、申し訳ありません。何に対して傷つくのかなど人それぞれですからね」
「まっ、あんまり気を落とすでねぇだよ。オラはもう20年以上勇者をやっているだ。それを高々1年も経っていない新米共に簡単に追いつかれたんじゃ面目丸潰れだべ」
「それでも私たちはそれなりに戦えるつもりだったものですから」
「ならその意味のない自信が崩れたことを良かったと思っとりゃええだ。仲間の死体を目にしてから現実を知っても遅いだからな」
「……そうですね。肝に銘じますよ」
こうして俺たちは光の勇者テルゾウ殿に認められ、魔王軍相手の戦争への参加を認められたのであった。
圧倒的な実力差を示し、本気になった勇者の力量のほんの一端を知ることが出来た今回の一件。
そしてそれは同時に、まだ見ぬ魔王の底の知れない力量を感じさせるものであった。
俺たちは総力を上げて戦い、光の勇者テルゾウ殿に敗れた。
傷の1つも付けることも出来ず、何の言い訳も出来ない完全敗北だ。
それなのにこれから戦う相手の親玉は、その圧倒的な実力を持つテルゾウ殿と互角に戦い、逃げおおせることのできるのほどの怪物である。
思えば魔王と勇者がいるという話を聞いて、俺は心の何処かで楽観視をしていたのではないだろうか。
何しろゲームでも小説でも漫画でもアニメでも、必ず最後は勇者が勝ち、魔王は敗北するのだから。
だが、ここは虚構の世界ではない本物の世界だ。
その歴史を顧みれば、魔王に敗北した勇者の数は、魔王に勝利した勇者の数よりも圧倒的に多い。
魔王同士の連携が取れておらず、勇者以上に魔王が同時に活動することがない故に人類側が優位に立っているだけであり、単純な勝敗数で言えば勇者は魔王に負けているのである。
明日には白虎の国と玄武の国の懲罰部隊がカワヨコの町に到着する。
そこからはノンストップで魔王軍相手の戦争へと突入だ。
俺の勇者であるロックは基より、アナもサムも、そして他の仲間たちも誰一人として死ぬことなく勝利の日を迎えたい。
俺はズタボロになって町へと戻る間、ずっとその事だけを考えていたのであった。
第四章前編、終了
予想外に長くなったので、四章を前後編に分割しました。




