第九十六話 光VS土・闇・氷と仲間たち
――嘘だろ、もうバレたっていうのか。
俺は俺たちに向かって突っ込んできて、落とし穴に落ちかけたのを咄嗟に回避し、追加の罠すらも破壊して俺たちをロックオンしているテルゾウ殿に対して震えを止めることができずにいた。
先程までの戦いにおいて、俺たちはロックたちの戦いに介入していた。
ジェイクが言った『最強の勇者の相手は新米勇者3人でも足りないと心得ろ』という言葉から発想を得て、勇者の供として勇者の戦いの手助けをしていたのだ。
とは言え、やっていたのはほんの僅かな手助けに過ぎない。
テルゾウ殿相手の戦い方はロックが全ての攻撃を受けきり、アナとサムが攻撃を加えるというシンプルな作戦だ。
俺たちが行っていた援護はテルゾウ殿が動いた時に、その方向をロックたちに知らせていただけである。
俺たちの中でもステータスが高い老師とロゼが2人掛かりでテルゾウ殿を観察し、彼が動いた瞬間にシャインの手を握ることで合図を送り、その瞬間にシャインが発光。
同じく視覚強化を持ち俺たちの中でダントツで目の良いライがゲンとヨミと組んで、応援の声援で方向を教えていたのだ。
ちなみに「がんばれー」が左方向、「ファイト!」が右方向である。
このほんの僅かな援護のお陰でロックたちはテルゾウ殿の動きに付いていくことが出来ていたのだ。
それなのに戦いが始まって大して時間が経っていないにも関わらず、援護のからくりが見破られてしまった。
現在テルゾウ殿は俺が事前に設置しておいた罠に妨害されて動きを止めているが、すぐにでも攻撃は開始されるだろう。
そして直接対決になったら速攻で蹂躙されてしまう。
なにしろこちらは最大値でも4桁前半程度のステータスしか持っていないのだ。
相手になるわけがない。
作戦を見破られたと理解したロックたちが急いでこちらへと向かって来ているがどう考えても間に合うとは思えない。
俺は覚悟を決めて大声で叫んだ。
「作戦失敗!!」
俺たち全員がまとめて無力化されたのはその直後であった。
新米勇者の仲間たちを無力化したオラは、ゆっくりと残っていた勇者たちへと振り返っただ。
王子様も闇の嬢ちゃんも氷の少年も作戦が失敗したことを理解しているのか、足を止めてゆっくりとオラとの距離を測っているだ。
その目がチラチラと地面に向いていることをオラは当然気づいているだよ。
先程の落とし穴と、追加で飛び出してきた杭から考えるに、町長の少年がいつの間にやら罠を張り巡らしていたってことだべや。
ここに到着してから罠を張り巡らせる時間は無かったはずだから、昨日の時点であらかじめ罠を仕掛けておいたってことになるべ。
全く用意周到にもほどがあるだ。
油断もスキもあったもんじゃねぇべさ。
「それでどうすんだ? まだやるべか? からくりは既に解けちまったべさ」
オラは新米勇者たちに忠告をしてやるべ。
『これ以上やっても時間の無駄だ』って意味を込めてな。
戦いの外側からの観測と指示のお陰でオラの動きに着いてこれていた王子様が、援護が無くなった状態でオラの攻撃を見切れるとはとても思えねぇ。
良くて1回、オラがまともに戦いさえしなけりゃ次の激突で新米たちは仕留められる。
王子様たちもその程度は分かっているだろうに、全くと言っていいほど瞳に灯った闘志は消えてねぇ。
まだヤル気だ。
ヤル気があるって事はまだ何か策があるだか?
策って事は何らかの罠があるだか?
でもどんな策があったところで、オラとの実力差は埋まんねぇだ。
ついでに言えば、どんな罠であってもオラには効果がないだよ。
何しろ罠が発動しても、その次の瞬間には対応が出来ちまうだからな。
それが分かっていないようじゃあ魔王との戦いには連れていけねぇだ。
オラの後ろで伸びている仲間が、ゲンやトクジみたいに帰らぬ人になってから後悔しても遅いだよ。
オラは若者たちに引導を渡すべく、最高速で突っ込んで行っただ。
小細工はしねぇ、そもそも時間さえ掛ければ土の勇者であってもオラは真正面から倒すことが出来るだよ。
そして土の勇者という最強の盾が無くなっちまえば、闇の嬢ちゃんも氷の少年もオラの攻撃には耐えきれねぇ。
王子様の生存の有無が勝利の鍵だ。
これから先、魔王軍との戦いが始まる前に駄々を捏ねられないように、真正面から叩き潰す。
オラは王子様に速度を伴った渾身の一撃を打ち込んだだ。
さっきまでの手加減した攻撃とは違う、勇者の命であっても刈り取れるほどの一撃。
これなら例え土の勇者であっても耐えきれることは有り得ねぇと思った一撃だったべさ。
しかし王子様は倒れなかった。
見れば王子様の両足は地面にめり込み、体の後ろには石で作ったつっかえ棒があっただ。
これを見る限りオラの攻撃を真正面から受け止める気満々だったようだ。
そしてオラがその事に思いを馳せた瞬間に特大の罠が発動しただよ。
――意識を飛ばさなかった自分を褒めてあげたい。
土の勇者であるロックは、これまでの人生で体験したことのないほどの恐ろしい衝撃を体全体で味わいながら、用意していた罠を発動させた。
戦いを始めてから暫くは、観戦していた仲間からの支援を受け、予定よりも順調にテルゾウ殿と戦うことが出来ていた。
この作戦はジェイク殿の発言を聞いたナイトの発案だった。
本来私たちだけで戦えることを示すための試験だと思っていたが、ナイトは「勇者の供が勇者の力でなくて一体何だというのか」と言い切り、仲間と共に戦うのは寧ろ当然の話だと宣言した。
それから私たちはひたすらに対テルゾウ殿相手の訓練を積み、今日の再戦に望んだのだ。
ナイトは言った。
「作戦は上手く行くことも行かないこともある。だから最初の作戦が失敗した場合を考えて、別の作戦も考えておくべきだ」と。
結局時間が足りず、用意できた作戦は2つだけであった。
最初の作戦は見破られた。よって次のこの作戦に全てがかかっている。
今回用意された2つの作戦に於いて最も重要なのは、私の防御力であった。
ジェイク殿は私が本来の防御力をきちんと発揮していれば、シャイニング・バリスタだろうがダンジョンの罠であろうが、ビクともしなかったはずだと指摘し、それ以来ひたすらに防御力を上げるためだけに心血を注いできたのだ。
そして今、私は全神経を集中させ、光の勇者テルゾウ殿の渾身の一撃を耐え抜くことが出来ていた。
足を地面に埋め込み、背中につっかえ棒を取り付け、土魔法で作成した鎧を身にまとい、意識の全てを防御に回してどうにか耐えることが出来たのだ。
これはジェイク殿のアドバイスのお陰だ。
テルゾウ殿の性格を考慮し、最初の作戦が破られたら、真正面から私に最大級の攻撃を打ち込んでくるとのアドバイスがなければとても耐えられなかっただろう。
だが、私は耐えられた。
耐えられたなら次の作戦を開始するのみだ。
私は昨日ここを訪れ、『私の能力を用いて作成しておいた罠』を発動させた。
ナイトの罠作成の発動には、作りたい罠を自力で百以上作らなければならないという制約が存在する。
そしてこの罠は流石にナイトには作成不可能だ。
私の魔力に反応して大地に亀裂が走り、私を中心とした広範囲の地面が陥没する。
そして沈んだ地面の下に広がっているのは巨大な巨大な落とし穴だ。
落とし穴の底には大量の水が張ってある。
テルゾウ殿は咄嗟に回避しようとするが、ネタを知っていた私は一瞬早く彼の手を掴み、一緒に地の底に出来た湖に落ちていく。
彼の実力なら罠が発動した次の瞬間には回避が可能だ。
だから罠が発動した瞬間に、彼を拘束しなければならない。
私は光の勇者テルゾウ殿と共に、私自身が作成した巨大な穴の中へと落ちていったのであった。
これは全てが終わった後にロックたちから聞いた話である。
ロックの奴が用意しておいた罠を発動させた。
まさかテルゾウ殿も自分が戦っていた地面の下がくり抜かれていたとは考えもしなかっただろう。
ロックと一緒に落ちていくテルゾウ殿だが、落下の最中であっても彼は抵抗し、拘束を逃れようとしていたという。
そこに更に追撃を仕掛ける。
穴の底に溜まっていた水が急激に上昇し、2人は水に囲まれてしまったのだ。
これは地面が崩れて落ちると同時に、下の地面が上に向かって上昇していくようにロックが予め地面を操作しておいたがために起きた現象だ。
ロックとテルゾウ殿の周囲は上下左右360度全てが水に囲まれた。
そしてその水は急激に冷やされ、固められていく。
崩壊する巨大落とし穴の縁ギリギリに留まり、得意とする氷魔法で人造の地底湖に貯めて置いた水を凍結しているのは、もちろん氷の勇者サムである。
ロックに拘束され、周囲を氷で覆われたテルゾウ殿の抵抗はますます激しくなり、彼を中心に光魔法が撒き散らされて、氷の檻は中心部分から段々と崩壊していく。
しかしそれで十分なのだ。
ほんの少しでも彼を拘束できたのならば、一撃を与えるチャンスが出来るのだから。
土の勇者と光の勇者を拘束する氷の檻へと高速で『飛んでいく』男が1人。
その男の名は氷の勇者サム=L=アイスクリム。
サムは巨大落とし穴の縁に沿って設置されていた『俺の罠を』踏み抜き、標的である光の勇者テルゾウ殿へ向かって一直線に飛んでいった。
標的を落とし穴に落とし、用意しておいた水で氷の檻を作成し、突破される前に一撃を喰らわせる。
これが今回の作戦の内容だ。
そしてここで重要なのは、最終段階。
相手の動きを止めた後のとどめの一撃を如何に早く打ち込むかである。
何しろ相手は人類最強の光の勇者テルゾウ殿なのだ。
生半可な拘束などすぐに振り切ってしまうから兎にも角にもスピードが求められたのである。
だから普通の突撃方法ではなく、より勢いのある攻撃速度が必要だったのだ。
そこで俺は1つの罠を用意しておいた。
正確に言うと、この10日間の間にこの罠を作成できるように作りまくっていたのである。
地面に分かりやすくマークを残しておき、その箇所を踏むと罠が発動。
その場にあるものを、強力なバネを使って弾き飛ばす、早い話が投石機のような代物だ。
本来なら兵器として使えそうではあるが、俺の能力は罠しか作成できない。
だから引っかかった相手を弾き飛ばす罠を作成し、それにわざと引っ掛かることで加速装置として使用したのである。
サムは自らが作った氷の檻に突撃していく。
もちろんそのまま激突して自爆するような間抜けな真似はしない。
サムは仮にも氷の勇者だ。自らの導線上の氷を解除するくらいはお手のものなのである。
そしてサムは氷の檻の中心部でロックに腕を拘束されたままになっているテルゾウ殿へと、手に持ったハンマーを叩きつける。
この時点でテルゾウ殿の抵抗により、ハンマーを振りかぶるスペースが出来ていることももちろん計算ずくだ。
両腕はロックに掴まれたままで、氷の檻は完全に破壊されてはいない。
この状況では迫りくるハンマーを避けることはできない。
勝利は確実のように思えた。
しかし相手は流石は百戦錬磨の光の勇者。
彼は咄嗟に目の前に障壁魔法を展開し、ハンマーの直撃を防いだのだった。
飛んできた加速度のお陰で威力が増しているはずの一撃が、たった1枚の障壁を突破することができない。
そんなあり得ない光景が展開された次の瞬間には、テルゾウ殿はサムのハンマーに向けて光魔法を放ち始めていた。
まずは武器を破壊し、その次にサムとロックを無力化するつもりだったのだろう。
段々と削られていく巨大ハンマーのシルエットが崩れ去ろうとした時、目の前の障壁を突破してテルゾウ殿へと迫りくる刃が『ハンマーの中から』繰り出される。
咄嗟に首を曲げて直撃を回避したテルゾウ殿の目には『ハンマーの中から現れた』闇の勇者アナの姿が見えたことだろう。
動きを止め、ハンマーを叩きつけ、それでも一撃を与えられなかった場合を考えて、ハンマーを作成した時に、その巨大ハンマーの中へとアナはその身を滑り込ませていたのである。
これならテルゾウ殿の視界からは完全に消え、攻撃の際には文字通り目の前から襲い掛かることができる必殺の作戦だったのだが、その必殺の一撃すらもテルゾウ殿の反応速度の前に敗北してしまった。
しかしこれでもうチェックメイトだ。
腕はロックに掴まれ、障壁はサムのハンマーのガードに使い、そして頼みの障壁はアナの持つ刀の前には効果がない。
アナの持つ刀は『妖刀闇斬』
その能力は魔法切断。
魔法の障壁なんぞアナの前には何の効果もありはしないのだ。
アナはもう一度障壁を突破し、テルゾウ殿へと刃を向けた。
今度こそ避けられないように、固定化されている体を狙っている。
腕を抑えられ、障壁も破られ、回避も間に合わないと悟ったテルゾウ殿は。
頭に魔力を集中し、被っていた兜を『髪の毛ごと』アナに向けて飛ばしたのであった。
……
……は?
3人の勇者の思考に一瞬空白の時間が発生した。
魔力が集中したテルゾウ殿の頭部はまるで後光の刺す神様の絵画のごとく光を放ち続けていたという。
まばゆい光により視界を遮られた上、真剣勝負の間の一瞬の思考の空白はまさに致命的なスキとなる。
ロックの拘束は緩まり、サムの攻撃の手も緩まり、アナの必殺の突きすらもその目標を大きく外してしまった。
そして次の瞬間には光の勇者テルゾウ殿は全ての拘束から脱出し、五体満足完全無傷の状態で光り輝く頭部を晒しながら、罠のない地面の上へと逃れていたのであった。
こうして対光の勇者用として準備された全ての罠は、人類最強の男の手によって完膚なきまでに突破されてしまったのであった。




