第九十五話 光VS土・闇・氷
初めてテルゾウ殿と戦い、敗北してから10日余り。
俺たちはテルゾウ殿と再戦するために、再びカワヨコの町から徒歩1時間ほどの位置にある周囲に何も無い草原へとやってきた。
カワヨコの町の役所に魔王軍との戦いの日程が知らされたのは先日のことだった。
その内容は、明日には白虎の国と玄武の国の懲罰部隊がカワヨコの町に到着するので、彼らが到着次第ヤマカワの町へと向かうようにという内容であった。
ここからヤマカワの町までは徒歩で1週間。
そして到着後は町には寄らずに、そのままの勢いで火の魔王軍が潜む島へと奇襲を仕掛けるという。
明日には到着する2ヶ国の懲罰部隊が合流した後ではテルゾウ殿との再戦の機会は得られない。
よって、今日が最後の機会なのだ。
テルゾウ殿に認められ、魔王軍との戦いに参加できるか否かはこれからの戦いに掛かっていた。
「んだからもう一度戦ってくれって言われたけんども、結果は変わらねぇと思うべさぁ」
昨夜、テルゾウ殿は実に気楽な調子で俺たちの挑戦を断ろうとしていた。
彼にとっては既に俺たちの参戦は無いものとして考えていたのだろう。
しかしそれでは困るのだ。
4人も勇者がいて、3人の勇者が欠席なんて笑い話にもなりはしない。
「そう言うなテルゾウ。この10日余りで彼らは強くなった。もう一度だけ試してみても良いのではないか?」
「ジェーイク、甘いだよ。甘過ぎるだ。オラ相手だから生き残れたけんども、相手がほんまもんの魔王だったら、前回の時点で全滅だべ? 負けても次があるとか考えている時点で、戦いに参加する資格は失っているだよ」
「オイオイ、お前がそれを言うのか? 一度死に掛けて再び復活した光の勇者様の口から出たセリフとは思えないな」
「何だと?」
「「オラはもっと強くならなきゃならねぇだ! どうかオラを鍛えてくんろ!」とか言ってこの私に泣きついてきたのは他ならぬお前だっただろう。自分は敗北を糧にして復活したというのに、若い勇者にはそれを認めないとは、いやはや器の小さいことですなぁ」
「それとこれとは……」
「同じだよ、同じなのだよテルゾウ。初めて完膚なきまでに負けた相手が魔王だったか勇者だったかの違いでしかないのだ。彼らもかつてのお前と同様に落ち込んで、反省し、教えを請うて、そして強くなった。確かに敗戦から大して時間は経っていないが若い者の成長は早い。先輩勇者として後輩の挑戦を受け止めてくれないかね」
ジェイクの説得を俺たちは黙って聞いている。
「奴の説得は任せてくれ」と事前に言われていたので、おまかせしていたのだ。
テルゾウ殿とジェイクはもう20年もの付き合いだという。
そしてジェイクは劇作家としてこの20年テルゾウ殿を上手く丸め込み続け、成長できるように戦わせてきたのだという。
だから大丈夫だと言われていたが、テルゾウ殿にしたらジェイクは自分を騙し続けてきた奴ということでもあるから全面的に信頼はできない。
交渉が失敗したら次は全員で頭を下げて再戦を申し込もう。
俺たちは事前にそう打ち合わせていたのだが、その必要はなかった。
「分かった、分かっただよ。お前さんたちの再戦を受けてやるだ」
「おお! 本当かね!?」
「そんな熱い目で見つめられてちゃ断りづらいったらありゃしねぇだよ」
「ほう、私の視線に宿る熱さにようやく気づいたのか鈍感勇者」
「お前じゃねぇだよ馬鹿作家。お前の後ろに並んどる若者たちのオラを見る目が燃えてるだよ」
「ほうほう、そうかそうか」
「何だべそのニヤニヤ笑いは」
「昔は周囲のことなぞ目に入っていなかった猪勇者が随分と立派になったものだ。保護者としては感無量だよ」
「誰が保護者だべ! お前の作った借金を返済したり、お前が首を突っ込んだトラブルを解決してきたのは誰だと思ってんだべさ! どっちかというとオラの方が保護者だべ!」
「勇者のくせに細かい奴だ」
「大雑把なままで勇者が続けられるなら、是非ともそうしたかっただよ!」
最終的にはテルゾウ殿とジェイクが喧嘩を始めてしまったので、俺たちは部屋を出て役所の小部屋へと戻り、光の勇者との再戦の作戦を煮詰めることにした。
俺たちのステータスを教えた後でジェイクが提案した作戦に乗っ取り、この場の全員で意見交換をして考えた作戦ではあるが、何しろ相手は地上最強の男なのだ。
10日の間にやれることは全てやっておいたが、実際に戦ってみなければどうなるのかなんて分からない。
俺たちは眠る時間になるまで、ひたすら明日の戦いのためのシミュレーションを繰り返していたのであった。
そして翌日、俺たちは遂に光の勇者との再戦場所までやってきた。
テルゾウ殿は例によっていつもと変わらぬ何処にでもいるような戦士の格好をしている。
しかしあの装備は普通に見えて普通でないことは俺たちは既にジェイクから聞き及んでいた。
「あれは一見何処にでもあるような装備に見えるがね、それはあくまでも見かけだけの話だ」
「と言うと?」
「あの装備の中身はテルゾウがその勇者としての人生の間に集め、倒してきた貴重な装備や希少なモンスターの部位が惜しげもなく使われているのだよ。それを敢えて普通の装備のごとく見せているだけの話だ」
「何でまたそんなことを」
「人類最強の男が、如何にも強力そうな装備に身を包んでいたら、相手に警戒されてしまうだろう? だが如何にも田舎臭いおっさんが、何処にでもあるような装備に身を包んでいれば、油断の1つもするではないか」
「そんな理由ですか」
「意外と馬鹿にできないものだぞ。実際お前たちも奴の装備を見て警戒度を1つ2つ下げたのではないのかね?」
「それは……」
ロックやサムは心当たりがあるのか頭を掻いてしまっている。
だが確かに気持ちは分かる。
テルゾウ殿はこう『如何にも勇者』という感じの人ではないのだ。
寧ろ何処にでもいるような気の良いおっちゃんというイメージであるので、危機感が減退してしまうのである。
「奴は今でこそ人類最強と言われているが、20年前はハズレ勇者と呼ばれていた男だったからな。だからこそ奴は油断をしない。服装から普段の言動、行動に至るまで徹底して強者の匂いを隠し、相手が油断したところを一気に叩くのだ」
「話を聞いているとまるで暗殺者のようにも聞こえますね」
「魔王を殺すためにこれらのことをやっている事を考えると、あながち間違ってはいないな」
「勇者であっても、そこまでしないと魔王は倒せないと?」
「その通りだ。君たちも聞いているだろうが、魔王と戦えるのは『限界まで鍛え上げた勇者だけ』なのだ。『ただの勇者』がどうにかできるほど甘い相手ではないのだよ」
「うへぇ、マジですか」
「マジだ。だからこそ奴は今回の戦いに君たちを連れて行きたくないと考えているのだ」
「こちらとしてはそういうわけには行きませんね」
「そうだな。だから諸君、健闘を祈るぞ」
自然体で構えているテルゾウ殿に対して、ロックたち3人は最初から戦闘態勢に移行している。
アナは刀を抜き、サムはハンマーを構え、ロックは2人よりも少し前に出てテルゾウ殿と相対している。
先程前回と同じくテルゾウ殿がここら一帯に幻覚魔法を仕掛けたが、今回は3人共自らに仕掛けられた魔法の解除に成功していた。
いや、サムの奴だけは自力での解除に失敗していたようだが、アナに解除してもらい事なきを得たようだ。
ちなみにテルゾウ殿はご丁寧にも俺たちに対しても幻覚魔法を掛けていたのだが、前回も気づいていたエルの手によって魔法の解除は成功していた。
俺たちは固唾を呑んで戦いの開始を見守っている。
最初の仕掛けが破られたことはテルゾウ殿とて理解しているだろうに、その顔には全くと言っていいほど動揺は見られない。
この程度の罠など破って当然だと思っているのか、破られたところで問題ないと思っているのか。
周囲に何も無い草原に一陣の風が吹いた。
そして前回と同じくジェイクの合図で戦いが開始された。
開始の合図と同時にテルゾウ殿がロックたちに向かって一直線に突っ込んでいく。
それに対してロックたちは動かない。
作戦通り完全に待ちの姿勢である。
「いいか、テルゾウとお前たちとでは勇者としての年季も実力も外せるリミッターにも違いがあり過ぎる。だからバカ正直に戦っては瞬殺されるのがオチだ。絶対にまともに戦うな、1人で戦うな。最強の勇者の相手は新米勇者3人でも足りないと心得ろ」
「実力の違いは理解出来ています。しかしではどうやって戦ったら良いというのですか?」
そのロックの質問に対する回答が目の前で展開されている。
攻撃してくるテルゾウ殿に対してロックたちは待ちの姿勢。
そしてその攻撃に対しては最も防御力に優れたロックが盾として立ちはだかっていた。
ガガガッ、ドガッ! ガガン、ガンガガン!
目にも留まらぬ速さでテルゾウ殿が攻撃を加えていく。
その攻撃は全てロックの奴が引き受けて攻撃を喰らい続けている。
俺の目ではテルゾウ殿の姿を見ることは出来ない。
しかしロックの体に物凄い勢いで増えていく傷やアザを見れば攻撃を受けているという事実は判断できるのだ。
前回は一瞬で倒されたロックではあったが、全勇者中最強の防御力は伊達ではない。
幻覚魔法を喰らい意識の外からの攻撃を加えられなければ、如何に人類最強の男の攻撃だろうと耐え抜くことができるのである。
そしてテルゾウ殿の攻撃の合間にカウンター狙いで攻撃を加えているのは、アナとサムの2人の勇者だ。
ロックが防御を受け持ち、2人が攻撃を受け持つというこの役割分担は見事にハマり、前回は一瞬で倒された3人が、今を持って倒されずに戦いを続けることが出来ていた。
しかし相手は歴戦の勇者テルゾウ殿である。
勇者2人がかりの攻撃に晒されているにも関わらず、その全てを掻い潜り、未だただの一撃も喰らうことなく、戦いを続けていた。
この戦いは、こちらが全滅するか、テルゾウ殿が一撃を喰らうかまで続く戦いだ。
条件だけ見れば圧倒的にこちらが有利であるというのに、戦闘はひたすらにテルゾウ殿優勢で進んでいる。
俺たちは見ていることしか出来ない。
ゲンとヨミは声を張り上げ、シャインは例のごとくピカピカと発光しながら固唾を呑んで戦いを見守っている。
いつ終わるかも知れぬ勇者同士の戦いは暫くの間続くのであった。
――おかしいだ。いくらなんでもおかしいだ。
オラは攻撃を続けながら頭に充満している疑問に対する答えを探していただ。
火の魔王軍への奇襲作戦の正確な日時が通達され、遂に長かった戦いに終止符を打つ時が来たんべぇとオラが感慨に耽っていた時、ジェイクの馬鹿野郎が新米勇者たちとの再戦を提案してきただ。
オラはもちろん断った。
実力も戦いに対する心構えも、前回の戦いで問題外という結論が出ていたし、どっちみちオラは1人で戦うつもりだったからだ。
でもジェイクが説得してる最中の彼らの目を見ていたら、昔のオラたちのことを思い出して再戦を了承してしまっていただ。
あの子たちのあの眼差し。
あれはオラがまだ新米勇者だった頃に、光の魔王の前に置いてきちまったもんだ。
あの日、オラたちはハズレ勇者という前評判を塗り替えようと破竹の勢いで戦い、勝ち進み、そして光の魔王の圧倒的な力量の前に完敗しちまっただ。
魔王の一撃を受けて上半身が吹き飛んだゲン。
オラを逃がすために体中が穴だらけになって死んだトクジ。
あいつらの死体と一緒に、オラが持っていた若い頃の熱い眼差しは魔王の前に置いてきちまっただよ。
オラはまだ若いこの勇者たちに同じ気持ちを味わってもらいたくなくて、戦いへの参加を拒否したんだ。
だから前回圧倒的な力量差を見せて倒したと思っていたのに、あの馬鹿作家のせいで再び息を吹き返して再戦を望んできよっただよ。
オラは再戦は了承したが、もう一度倒しさえすれば良いと考えていただ。
この子らもこの10日ほどは頑張っていたみたいだけんど、所詮10日ではオラとの差は埋めらんねぇ。
サクッと倒してサクッと諦めさせりゃあええ。
オラはそのつもりで戦いを始めたべさ。
それなのにオラはまだこの子たちを倒すことが出来ないでいるだ。
最初の幻覚魔法は流石に2度目だから効かないとは思っていたけんども、その後の攻防は一体全体どういうことだべ。
最初の攻撃を防いだのは大したもんだった。
しかしそれ以降の攻撃が防がれるのは意味が分からん。
真正面から突撃したのは最初だけ。
それ以降は右に左に攻撃方向を変更しながら王子様を抜いて、後ろの2人へと攻撃を仕掛けようとしていただ。
でも王子様はそれに付いてきている。
防御一辺倒だけんど、それでも何とかオラの攻撃に付いてきているだ。
攻撃は闇の嬢ちゃんと氷の少年に任せっきりだが、これは十分に対処が可能だ。
だけんど王子様を倒せないことには2人に攻撃することが出来ねぇ。
とにかくオラの攻撃方向を見切っているからくりを見破らねぇといつまで経っても決着が着かねぇ。
このまま続けて負けるとも思わんだども、何かのキッカケで一撃を喰らうなんて事は良くある話だ。
条件はオラの方が不利なんだから短期決戦に越したことはなかんべぇ。
オラは考える。
王子様は防御に精一杯。
闇の嬢ちゃんと氷の少年は攻撃に精一杯。
なら一体どうしてオラの攻撃は当たらないだか。
王子様の防御はなしてオラのスピードに追いつくだか。
考えている最中に視界の端が眩しく光った。
テルコが興奮して光を発しているみたいだ。
あの子は王子様の姉だって言う姫様と、白虎の国の勇者の兄弟を育てたっていう魔族と手を繋いで真剣な表情でこちらを見ているだ。
天使とかいう子供たちも同様だ。
2人は町長の弟さんに肩を掴まれながら、さっきから「がんばれー」だの「ファイト!」だの応援が途切れることがねぇ。
オラは王子様の左側に回り込んだ。
そして攻撃をしようとするとまたしても視界の端で光が瞬き、「がんばれー」という声援が聞こえただ。
王子様はすぐさまオラの方を向き、オラの攻撃を耐え凌いだだ。
……そうか、そういうことだべか。
あの馬鹿作家の考えそうなことだ。
反則? いや最初に幻覚魔法で勝ちを拾ったオラが言うことじゃねぇやな。
オラはこの勝負に勝つために全速力で突っ込んで行っただ。
『勇者を倒すためには、まずは勇者の仲間を倒さねばならない』
20年前に聞いた光の魔王の言葉がオラの頭に響いていただよ。




