第九十一話 勇者を鍛える仲間
「さて、では問題だ。勇者のリミッターを外すためには何をすべきだと思う?」
教えてやると言っておきながら、ジェイクは俺たちに質問をしてきた。
何となくエリック先生の授業を思い出す。
一方的に説明をし知識を詰め込むのではなく、あくまでも自分の頭で考える癖をつけさせようとしているのだろう。
俺たちは考え込み、手当たり次第に思いついたアイデアを列挙していった。
「やはり戦いの数をこなすのが1番なのではないか?」
「いや、寧ろ数よりも質だな。強敵相手の戦いは雑魚戦とは比べ物にならないほどの経験を得ることができる」
「夜の街道でシャインが襲われた時みたく発光して、モンスターと戦い続けたらどうかしら」
「う~ん、どれもこれも王子たちなら余裕でこなせてしまいそうですよね。いっそのことハンデでも着けて戦ったらどうでしょうか」
「ハンデ?」
「ええ、武器を使わないとか、利き腕を使わないとか。テルゾウ殿が行っていたと昨日言っていたでしょう」
「なるほど、意図的に勇者にとって不利な状況を演出するということか」
話し合いの最中にライが提案した『勇者にハンデを着けて戦わせる』というアイデアを聞いて、1つ思いついたことがある。
俺はジェイクの方を向いた。
ジェイクは待ってましたという顔をしていた。
どうやらこの考えに間違いはないようだ。
「なぁジェイク、俺が今まで聞いていた光の勇者の伝説の中では結構な割合で勇者が不利な状況の中で戦っているという話があったんだが、あれはひょっとしてわざとそうしていたのか?」
「ほぉ、なぜそう思ったのかね?」
「実際に勇者であるロックと旅をして分かったんだけどさ、勇者って基本的に怪我をしないんだよな。ロックがまともにダメージを受けたのなんて、ヤマモリの町でシャイニングバリスタの直撃を受けた時くらいだったし。それなのに話に聞く光の勇者の伝説は負傷中の話が多いだろう? しかもメインとなる戦いの前には既に負傷済みなんだ。戦いの最中に負傷したというなら分かるけど、戦いが始まる前から負傷していたと考えると、じゃあ一体誰が勇者に怪我を負わせたのかって問題が出てくると思ってな」
足を負傷しながらも魔族を退治した。
腕が動かなくてもモンスターの大群から村を守り抜いた。
視界を奪われても町の防衛を成し遂げた。
光の勇者の伝説には信じられないものも多く見ることができる。
だが勇者と実際に行動を共にし、活動してみれば、決して不可能なことではないと分かるのだ。
それほどに勇者とは圧倒的な実力者であり、勇者1人がいれば大抵のことは解決可能なのである。
ではその勇者をより高次元で活躍させるにはどうすれば良いか。
単純な話だ、勇者のリミッターを外せば良い。
どうやって外せば良いのか?
簡単だ、そう簡単に解決できない問題を解決させるのだ。
では圧倒的実力を持つ勇者をして、解決が難しい問題とはどうやって見つければ良いのか。
結論、そんなものはそれこそ魔王相手の戦争くらいしかない。
だから自らにハンデを課して、いつもの戦いを難しい戦いに変化させれば良いのだ。
俺はそういう結論に達した。
そう考えればジェイクがテルゾウ殿の供をやっている理由も分かる気がする。
ジェイクの職業は劇作家、それは決して勇者の供としては適当ではない。
しかし勇者の育成のための状況を意図的に作り出すことを目的としているのならば、彼ほど適当な人物はいないだろう。
状況を吟味し、主役が活躍できるように演出し、ギリギリのところで勝てるように調整する。
そうすることによって、主役であるテルゾウ殿のリミッターは外れていくのだ。
恐らくこれが彼の仕事だ。
勇者にとって意図的に不利な状況を作ることによって、結果的に勇者を強く育成する。
彼は勇者を支えるのではなく、勇者を鍛えることを目的とした供だったのだ。
「見事見事! 正解だ、いや大正解だ。まさかこれほど早くに私の行動を理解するとはな、大したものじゃあないか」
「じゃあやっぱりこの考えで合っているのか?」
「合っているとも。あれはそう、もう20年も前のことだ。当時劇作家として名前が売れ始めていた私の下にテルゾウの奴が現れてな、勇者として更なる力を得るために協力してもらいたいと要請されたのだ」
「お父さんが自分からあんたの下へ行ったっていうの?」
「その通りだ。若い君たちは知らないと思うが、当時の奴はまだ駆け出しの勇者でな、大した実績も上げることができず苦悩していたのだよ」
「20年前といえば、確か光の魔王が猛威を奮っていた時期でしたよね」
「その通りだ。当時は火の魔王は大陸にはおらず、光の魔王率いる軍勢が朱雀の国の中で猛威を奮っていてな、駆け出しの勇者である奴は仲間と共に戦いを挑んでいたのだ」
「そうか、確か光の勇者の初代パーティーは……」
「ああ、全滅だ」
「「全滅!?」」
「何だ子供勇者の2人は聞いていなかったのか? 奴の最初の仲間たちは光の魔王に殺され、奴は1人逃げ帰ってきたのだ。そうして奴は魔王を倒すにはまず自分自身が強くならねばと考え、私の下を訪れたのだよ」
「ひょっとして今回の件はそのことが原因で?」
「間違いないだろうな。奴は仲間が死ぬことを極端に恐れている。だから奴は何でも1人でやろうとする傾向があるのだ」
「しかしそれでは……」
「ああ例え勇者であっても、1人では限界が存在する。前回今一歩のところで火の魔王を取り逃がしたのもそれが原因だからな」
「火の勇者がドジを踏んで逃したのではないのですか?」
「それは確かに事実だが、その前の段階で、奴は魔王と一騎打ちをしていたのだ。あの時せめて仲間がもう1人いさえすれば、そもそもあの場から魔王を取り逃がすこともなかったはずなのだ」
「今回も同様のことが起こりうると?」
「私はそう考えている。しかも敵は1度テルゾウと戦い、手の内を理解しているからな。対策も講じているだろうし、今回は前回と違い一騎打ちを受けることもないだろう。だから魔王を倒すためにも、テルゾウのバカを死なせないためにも君たちの力が必要なのだ」
だからどうか宜しくお願いするとジェイクはロックたちに向かって頭を下げた。
出会った時はエキセントリックな変人かと思っていた劇作家ではあったが、彼もまた俺たちと同様に自らの勇者の安否を気遣う1人の勇者の供であったらしい。
俺たちは彼に教えを請い、光の勇者に認められるために修行をすることになったのであった。
俺たちは国からの要請を受けて今回の魔王退治に参加している。
しかし俺たちが魔王退治に参加できるかどうかは、結局のところテルゾウ殿の胸三寸である。
彼は何と言っても人類最強の男である光の勇者だ。
実力も実績も群を抜いており、今回の戦いの総責任者でもあり、人類側の切り札でもある。
彼が俺たちの参加を否と言えば、俺たちは戦いに参加することはできない。
よしんば無理やり参加したところで、彼の手により気絶させられ、ベッドの上で気が付いた時には既に戦いは終わっていたという状況にも成りかねないのだ。
だから俺たちは彼に今回の戦いへの参加を納得してもらう必要がある。
そのためには兎にも角にも彼に一撃を入れなくてはならない。
そのためにはまずは何を置いても勇者たちの修行が不可欠だ。
光の勇者テルゾウ殿に手も足も出ずに倒された日の午後、我らの勇者3人は、勇者の仲間たちを相手に猛特訓を繰り広げていた。
俺もライもロゼもエルも、そしてキングもエースも老師やシャインすらも加わってロックたち3人を取り囲み、途切れることなく攻防を繰り返している。
対するロックたちは、両手両足には重りを装着し、攻撃には腕を使うことを禁止され、おまけに片目には眼帯を装着して遠近感を封じられた状態だ。
それでも彼らはその圧倒的なまでのステータスで俺たちに対峙するが、やはりいつもほどの実力差は発揮できていない。
このようにハンデを設けて特訓を繰り返すことで、全てのハンデを取り除いた時に以前よりも自らのステータスを使いこなせるようになるのだという。
「しかしそれでも決定力に欠けるな。やはり何らかの策を練る必要があるだろう」
修行が終わった帰り道、ジェイクがそんなことを言い出した。
それを聞いたサムがジェイクに噛み付く。
サムは今日1日ずっと修行修行でイライラしているようであった。
「おい、俺様たちはお前に言われた通りの訓練をしているのだぞ。それなのにこれでは駄目だと言うつもりか」
「当たり前だ、馬鹿なのか君は。テルゾウの奴は長い年月を掛けて少しずつ自らのリミッターを解除していったのだ。今日始めたばかりのお前たちではどれだけ集中してやったところで、魔王戦までにはテルゾウの領域には到達することなど不可能だ」
「マジか」
「マジだ。テルゾウ自身も最初の頃は散々苦労してリミッターを解除していたのだ。一朝一夕でできると言うなら是非ともそうしてくれたまえ」
「……俺様でもそれは不可能だろうな」
「分かれば宜しい。しかしあれだな、君は口調は偉そうなのに、嫌に聞き分けが良いのだな」
「俺様はつい数年前までは4国1の駄目勇者であったからな。根拠のない自信を持てるほど子供ではないつもりだよ」
「なるほど、余程玄武の国での教育が効いているらしいな」
そう言ってジェイクは今度はシャインの方へと顔を向けた。
「どうだお嬢、これが勇者と呼ばれている人種だ」
「どうだと言われましてもね、そんな事は分かっておりますわよ」
「本当に? てっきりお嬢は勇者に対して幻滅しているのかと思っていたのだが」
「幻滅?」
「何で?」
――何で光の勇者の娘であるシャインが勇者に幻滅しなければならんのだ。
ああ、いやでもあれか。ひょっとしてもう1人の勇者に原因があるのかな?
「ナイトの言う通りだな。我が国のもう1人の勇者である火の勇者は本当どうしようもないクズでな。私もお嬢も随分と嫌な思いを受けているのだよ」
「例えばどんな?」
「私に対しては役立たずと罵り、お嬢に対してはハズレ者とバカにするのだ。ただ単に勇者に選ばれただけの分際でな」
「あ~まぁ内情を知らなければそう見えるのか」
「だったら教えてやれば良いのに」
「わざわざ言う必要もないことだからな」
ジェイクの役割は光の勇者を苦難の道へと誘導して強くすることだ。
それは確かに知らなければ、ただ状況を悪くして、勇者の足を引っ張っているようにも見えるのだろう。
それにしても『ただ単に勇者に選ばれただけの分際』と罵るとは、相当頭にきているのだな。
「それでどうして姉ちゃんはハズレ者なんだ? 確か9つもスキルがあるんだろ?」
ハヤテの言葉を聞いてジェイクがその顔をシャインへと向けた。
シャインはジェイクから目を逸らし明後日の方向を向いている。
っておい、まさかこいつ……
「シャイン、貴方まさか私たちに嘘を付いたのかしら」
「違います姫様! 私は何1つ嘘など付いてはいませんわ!」
「嘘はいけないなお嬢。お嬢のスキルの数は確か4つのはずだろう?」
「4つ?」
「数が足りてないじゃんか!」
勇者の供に必要なスキルの数は5つ以上。
これは万国共通の世界標準である。
なるほど、確かにこれでは勇者の供として断られるだろう。
そもそもスキルの数自体が足りていないのならばどうしようもない。
「だから違うと言っているではないですか! 私のスキルの数は9つ! 嘘偽りなど申してはおりません!」
「ではどうやって5つもスキルを増やしたのかね?」
「そんなものナイトさんや姫様と同じことをしたに決まっているではありませんか!」
「同じこと? ああ、スキルの更新をしたのか」
「そういうことです。私はスキルの更新をしたお陰で、新たに5つのスキルを手に入れこうして輝けるようになったのです」
そうして夕暮れ迫る街道の上で、シャインはピカピカと輝き出した。
それを見てジェイクは驚いた顔をしていた。
どうやらジェイクはシャインが発光するという事実を知らなかったようである。
「お嬢これは……まさか『光の妨害』を無効化できるスキルを手に入れたのか?」
「『光の妨害』?」
「何それ? 聞いたこともないわね」
「ええ、お陰様で『妨害解除』を手に入ることができましたの」
「それは良かった。詳しくは宿で話を聞こう。……ああいや、そうではないな、そうではない。これから町へ戻って食事を取ったら1度役所に集合しよう。そこで各々のレベルとスキルを教えてくれ。テルゾウに一撃入れるために、全員の能力を把握しておく必要があるからな」
「了解した」
そんなわけで俺たちは、今夜各々の能力について把握することになるのであった。




