第八十九話 再戦
明けて翌日、
俺たちはカワヨコの町から徒歩で1時間ほど掛けて玄武の国の内陸部へと移動。 周囲に何もないこの場所までわざわざ移動した理由はただ1つ。
それは光の勇者テルゾウ殿と再び対決するためであった。
昨日、俺たちはカワヨコの町で光の勇者率いる一団に襲撃されこれを撃退。
その後、話し合いの場を設け自己紹介が終わったと思ったら、光の勇者の供である劇作家のジェイクから光の勇者テルゾウ殿との再戦を求められたのだ。
なぜ戦うのかと問い質せば、何と目の前の光の勇者のおっさんが魔王軍相手にたった1人で戦いを挑もうとしているからだという。
俺たちは国からの要請という名の実質は命令を受けてわざわざ冒険を中断してこの町までやって来たのだ。
それなのに俺たちの手を借りず、1人で戦うと言われてしまっては正直良い気分ではない。
とは言え文句を言うのは理由も聞いてからでも遅くない。
俺たちはテルゾウ殿とジェイクの話に耳を傾けたのであった。
「ジェイク、余計なことを言うでねぇだよ。火の魔王とはオラが1人で戦うだ」
「そこで『はい』と納得できたならどれだけ良かったのか分からないがね! 生憎と私の仕事は貴様を生かして活躍させて、脚本の肥やしにすることなのだよ。今死なれたら新たなネタ元を探すのが大変ではないか。生きろ! 貴様は面白い!」
「そこは嘘でも世界平和のためとかオラの家族のためとか言うべきでねぇのか?」
「貴様の家族はともかく、世界平和など正直知ったことではないな! 私はただただ面白い話が書ければそれで良いのだよ。と、まぁそういうわけだ。若き勇者たちよ、君たちの奮闘に期待する!」
「最後だけ感動の名場面みたいなセリフで占めても、誤魔化されませんよ」
「これだから中途半端に年を取った若者は嫌いなんだ! もう少し若ければ素直に感動してくれるというのに!」
「それなら子供向けの話だけ作っていれば良いじゃないか」
「子供は素直だが金を持っておらんのだ! 作家のメインターゲットというのはな、何処まで行っても実際に現金を持っている年代なのだよ!」
「世知辛い世の中だなぁ」
気がつけばどんどん話がズレていくので俺はジェイクからテルゾウ殿へと視線を戻した。
テルゾウ殿は俺たちを1人1人ゆっくりと眺めている。
その視線にはこの部屋にいる朱雀の国の兵士たちが持っているような、敵意も侮蔑の色もなく、ただただ年長者が若者へと向けるような温かな光が宿っていた。
「ジェイクに言われちまっただけど改めてもう1度言わせてもらうだ。火の魔王とその軍団とはオラが1人で戦うだ。君たちはこの町でゆっくりしていてくんろ」
「申し訳ありませんがそういうわけには行きませんよ。私は、いえ私たちは勇者として魔王とその配下を相手に逃げるわけにはいかないからです」
テルゾウ殿の意見をロックが真っ向から否定する。
ベテランである光の勇者は、新米勇者であるロックの目をジッと見つめ、改めて口を開いた。
「勇者だからって魔王や魔族と戦わなければならない義務なんかないだよ。うちの都会もんの馬鹿勇者も、水の勇者も戦わないで過ごしているでねぇか」
「それはもちろん存じ上げております。しかし私もアナもサムもここには戦う覚悟を持って訪れているのです。私たちを彼らと一緒にはしないでいただきたい」
「オラから見れば全員おんなじだ。それはさっきの戦いで確信できたべさ」
「そう言えば先程はなぜ襲撃を?」
「オラに付いてきた馬鹿兵士たちに現実を思い知ってもらうためと、君らに勇者としての格の違いを理解してもらうためだぁ」
その言葉を聞いて真っ先に反応したのは俺たちではなく、朱雀の国の兵士たちであった。
彼らの内半分は腰の剣を引き抜き、何と自国の勇者であるテルゾウ殿へとその切っ先を向けたのである。
「おい、貴様! 黙って聞いていれば図に乗りおって!
『たかだか勇者の分際で』我らに対して何という口の利き方だ!」
「貴族でもない田舎者が! 生まれの卑しい劣等種が!」
「この事は父上と母上とお祖父様にしっかりと報告させてもらうからな!」
「覚悟しておけよ! ……ヒィィ!!」
彼らが剣を抜いて好き勝手怒鳴り散らした直後、テルゾウ殿から凄まじい殺気が迸り、室内を一瞬だけ殺気が通り過ぎていった。
するとどうだろう、さっきまであれほどまでに威勢の良かった兵士たちは途端に黙り込み、震え始め、剣を取り落とす者まで現れたのだ。
俺たちはと言えば、驚きはしたが誰1人として無様を晒している者などいなかった。
まぁテルコ、ではなくシャインだけは父の見せる怒気に驚き、椅子の上で震えていたが、彼女は正式な仲間ではないので対象外で良いだろう。
しばらく部屋の中は何とも言えない雰囲気で満たされていた。
そんな中、突如室内が光り輝き、一瞬だけ視界が奪われる。
「ヒャアアアァァァ!」
「おっお助けーー!!」
その一瞬でなぜか朱雀の国の兵士たちは揃って部屋の扉へと殺到し、止める間もなく部屋から出て行ってしまった。
どうやら光を見てテルゾウ殿が攻撃してきたのだと錯覚したようである。
本当に馬鹿な連中だ、光の勇者が本気で攻撃してきたら避けられるとでも思っているのだろうか。
「ふん! 実力もなければ覚悟もないとはな。ああいった輩は私の作品には不必要だ」
「まぁ気持ちは痛いほど分かるべだども、ええのけ? 国に帰ったらまたネチネチ言われるど」
「構わんさ。そもそもあんな状態ではどれだけ生きて帰れるかも分からんからな」
「いやだから、オラが1人で戦うだから出番なんてないだべや」
「そんなわけに行くか。何であいつらが本隊とは別にこちらにきていると思っていたのだ」
「……社会勉強?」
「嫁入り前の貴族の淑女か! あいつらはな、各国から集められた先遣部隊に合流するためにこちらに来たのだ。つまり捨て駒だよ、捨て駒!」
「オラそんなこと聞いてねぇだよ」
「当たり前だ。貴様は正直者過ぎるからな、下手に口を滑らして奴らに聞かれたら面倒なことになるだろうが」
詳しく聞いてみたところ、彼らは俺たちが到着した際に役所の1階で出会った青龍の国の氷の勇者御一行様と同じ扱いで、朱雀の国から提供された問題児の集団らしい。
彼らは何と今回の作戦から逃亡を果たした火の勇者の取巻き連中なのだそうだ。
火の勇者が成人してから、勇者の権力を盾に彼と一緒に好き勝手を行っており、朱雀の国でも扱いに困っていた連中だったそうだが、今回火の勇者が彼らを置いて敵前逃亡を果たしたのを契機に、朱雀の国の上層部が処分することを決定したという。
とは言え、彼らは貴族の力が強い朱雀の国の馬鹿貴族の息子たちだ。
そう安々と国内で処刑するわけにもいかなかったので、今回の合同作戦に於いて、最初に魔王軍に突撃を仕掛ける部隊のメンバーに選抜されたのだという。
ちなみに玄武の国では懲罰部隊がこれに該当するが、戦争が続いていた朱雀の国ではとっくに懲罰部隊を使い切っていたので、彼らの投入を決めたのだそうだ。
何でも白虎の国からも同じ様な連中が連れてこられ、露払いに使われることが決定しているそうである。
「決定しているのだっておめぇ、死んじまうでねぇか」
「死んで良いのだよ。これは言ってみれば体のいい処刑なのだからな」
「んだども若いみそらで死体になるなんてオラは嫌だよ」
「貴様は本当に甘いな。おい、良く聞いておけよ。こいつはな、お前たちが今回の戦いに参戦して死なれるのが嫌だから、たった1人で戦おうとしているのだぞ」
「なっ!」
「それは……」
「……納得できないな。いくら光の勇者とは言え、俺様たちを舐め過ぎじゃないか?」
「そんなつもりは微塵もないだよ。オラは心の底からお前さんらの無事を願ってるだ」
「ふざけるなよ、俺様は確かに若いかもしれないが、それでもこの1年勇者として活動してきたんだ!」
「サムに同意します。私もロックも物心ついた頃からこの日のために腕を磨いてきたのです。戦力外通告を受けるなんて心外にもほどがありますね」
「そうは言うけれどもなぁ、お前さんらオラに手も足も出なかったでねぇか」
「ぐっ!」
「それは確かにそうですか……」
「まさか気づいてなかったわけでもあるめぇ? オラはさっきの戦いで獲物も使っていなかったし、利き腕と逆を使っていたし、本気なんざ全く出しちゃいなかっただよ」
「「えええ!?」」
「そんなオラに傷も付けられねぇで魔王との戦いに参加しようだなんて、いくらなんでも魔王を舐め過ぎでねぇか?」
先程確かに「勇者としての格の違いを理解してもらうため」に襲いかかったとは言っていた。
しかし、まさか全く本気を出さずに3人の勇者をあしらったっていうのか?
俺たちは到底信じられなくて俺たちの勇者3人の顔を順番に見ていく。
するとロックもアナもサムすらも、実に苦り切った表情をしており、テルゾウ殿の言ったことが現実なのだと俺たちは理解してしまった。
そう言えば襲撃の後、役所に戻るまでの間、勇者である3人の表情がやけに固かったような気がする。
あれは先輩勇者であるテルゾウ殿に本気も出さずにあしらわれたことが分かったからああいった表情をしていたということか。
そうして俺たちは現在、カワヨコの町から徒歩1時間の周囲に何も無い草原の上で光の勇者テルゾウ殿と向かい合っているのだった。
いや違う、向かい合っているのは俺たちの勇者である3人だけだ。
ロックとアナとサムを抜かした俺たちはジェイクの隣に並び立ち、勇者たちの戦いを見守ることにしたのだ。
何しろ、昨日の襲撃時には相手の姿すら全く見えなかったのだ。
参戦することすら不可能であると分かっているのだから、ここは素直に引っ込んているべきなのである。
ロックたちは現在、各々の最強装備に身を包み、準備運動に余念がない。
昨日テルゾウ殿たちが役所から宿泊施設へと帰った後、俺たちは装備を総点検し、万全の状態に仕上げた最強装備に身を包み、今回の戦いに望んでいた。
「なぁ本気でやりあうだか? 昨日の時点で既に証明は完了しているでや?」
それに比べてテルゾウ殿は昨日と同じ格好をしており、全く気負うところが見当たらない。
勇者というよりも、そこいらにいる普通の戦士のような格好をしている彼を見て、光の勇者だと判断するのは困難を極めるだろう。
しかし彼は間違いなく本物だ。
何しろここに到着するやいなや、彼はこの周辺に光を使った幻覚魔法を展開させ、遠くからではこの場所で起こっている出来事が分からないようにしてしまったのだ。
万が一にも魔王軍に手の内を明かさないための方法らしい。
俺たちはその話を聞き、全く考えていなかったところまで考慮に入れている彼の思慮深さと、それを手に入れてしまった経験値の豊富さに戦慄の視線を向けたのであった。
「我々があなたに比べて劣っていることは自覚しております。しかしだからと言って全てをあなたに任せて何もしないというわけにはいかないのです」
「そもそも魔王軍の居場所を発見したのは私たちですからね。発見だけして後は全部おまかせでは格好が付かないでしょう」
「昨日は突然で油断しただけだ。俺様の一撃を喰らって無事でいられると思うなよ!」
「分かった分かった、ならオラに一撃でも入れることができたら同行を認めるだよ」
「いち……!? そこまでくると最早笑えませんね」
「絶対にぶっ倒す!」
「はいはい、さぁとっととやるだよ」
我らの勇者たちはテルゾウ殿に比べてヤル気も闘気もみなぎっている。
昨日は手加減されていたとはいえ、突然の襲撃を捌き切ったのだ。
フル装備で挑む3人の勇者相手に、いくら人類最強の光の勇者とは言え考えを改めざるを得ないだろう。
俺はそう思っていた。
皆そう思っていた。
だが俺たちは甘かった。
『本当に強い勇者』という者を俺たちはまだ知らなかったのだ。
この場所に到着して10分ほどが経過し、各々準備が整ったため、ジェイクの合図で戦いが始まった。
終わった
終わった? 終わったのだ、確かに戦いは終わっている。
ロックもアナもサムも開始位置から一歩も動けず、その場で倒れて動かない。
対してテルゾウ殿は頭を掻きながら俺たちの方へと歩いてきており、その顔には緊張感など欠片も見当たらない。
だから終わっているのだ。戦いは終わったのだ。
光の勇者は土の勇者と闇の勇者と氷の勇者をいつの間にか倒していたのだ。
ゾアッと、
背中に大量の冷や汗が吹き出たのが分かった。
彼と3人の間に実力差があることは分かっていた。
年季も経験値も違うのだから当たり前だ、だからかなり厳しい戦いになるだろうと予測していた。
だがこれは、一体何だ。
手も足も出ないどころか、戦いにすらなっていない。
認識する間もなく倒されて、気が付いたら終わっていただなんていくら何でも不自然だ。
だが不自然であろうとなかろうと、現実であることには変わりはない。
テルゾウ殿は全くの無傷で、その後ろには倒れ伏した勇者が3人。
光の勇者は勇者3人を相手に無傷での勝利を成し遂げたのだ。
「これで留守番決定やねぇ」
光の勇者の呟きが、音を無くした草原の上を流れていったのであった。




