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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 前編
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第八十八話 てるてる親子

 俺たちは光の勇者に出会った。

 いや言葉は正確に言うべきだ、俺たちは光の勇者に襲撃された。

 勇者に襲撃されるとか、犯罪者じゃあるまいし一体全体どういうことだ。


 俺たちは突然目の前に現れた光の勇者と謎の劇作家を名乗る男に胡散臭い目を向けた。

 一瞬勇者を騙る偽者なのかもと考えてみたものの、実際目の前でこちらの勇者3人を相手にたった1人で戦って、しかも終始圧倒していたのだ。

 ロックは未だにふらついているし、アナとサムも肩で息をしていて、体中傷だらけだ。

 こんなことができる人間が勇者以外にいるわけがない。

 もし仮にいるのだとしたら、勇者に化けた魔王くらいだろうが、もしそうだとしたら正直諦めるしか方法がなさそうだ。


 よって俺たちは取り敢えず相手の主張をそのまま受け取り、襲撃者を光の勇者だと認めた。

 しかし認めてしまえば疑問が残る。

 一体なぜ俺たちは問答無用で襲われなければならなかったのだろうか。


 「確かに! 確かに君の疑問は的を得ている! それについては存分に、そう存分に解説を行ってあげようじゃないか!」

 「ちょお待ちい、まずは怪我人を助けてからだがよい」

 「確かにそれも正しい! 本当か? 本当に正しいのか? 一方的に襲っておいて返り討ちにされて、ちょっと待ってくれと主張するのは正しいのか?」

 「きさんはもう黙っとれや。すまんがまずは怪我人の手当からさせてくんろ。話し合いの場所は別の場所に移動してからでええずら?」

 「それは余りにも一方的! 一方的な話ではないのか!? 私が思うに「分かりました、それでは役所の中へと移動しましょう」……き~み~、この私の言葉を遮るとはいい度胸をしているではないか! な、い、か!」

 「了解じゃ、ちなみにこのアホは放っておいたらええ」

 「そんな気はしていました。お手伝いは?」

 「不要じゃい。襲っておいて手助けまでしてもらっちゃあ名折れなんてもんじゃないからのう」

 「では俺たちは先に役所に移動しています」

 「私を置き去りにして話を進めないでくれないかね。くれないかね!」


 劇作家だと名乗った男は物凄い剣幕で怒り、地団駄を踏んでいたが、あれはまともに相手をしてはいけない人種だと判断し、スルーすることを決定した。


 俺たちは全員の無事を確認した後、野次馬が集まって身動きがとれなくなる前に役所への道を急いだ。

 ハヤテとデンデは老師が担ぎ、腰を抜かしたシャインはロックが背負って移動している。

 サムは苦々しい顔をして道を歩き、エースやキングと何やら話し込んでいた。

 アナはボロボロになった服の上からマントを羽織って歩き続けている。

 一見冷静に見えるアナだったが、後ろに続くロゼやエルやヨミを置き去りにしてズンズン先に進む様子を見ていると、とても平常心には見えなかった。

 俺はというと、一団の最後尾でライやゲンと一緒に先程の連中が後ろから襲ってこないかと一応警戒しながら役所への道を進んでいた。


 あれだけ派手にぶっ倒したのだから大丈夫だとは思うが、襲われた理由がさっぱり分からない以上、警戒しておくに越したことはないと考えたからだ。

 しかし結局再度の襲撃は起こらず、俺たちは無事に役所へと帰還を果たした。


 役所の扉を開けると、中は上へ下への大騒ぎになっていた。

 一体何が起こったのかと、職員の1人を捕まえて話を聞いてみると、この町を訪れた勇者様たちが、謎の一団に襲われているという話が返ってきた。

 何の事はない、先程の襲撃の話が今頃になって役所に届いて大騒ぎしていただけだったのだ。

 俺はその襲撃自体は既に終了し、朱雀の国の光の勇者がこれからこの役所を訪れるから到着したら俺たちに連絡をして欲しいとお願いして、宛てがわれた部屋へと戻っていった。


 彼らは怪我人多数で人数も多いので、到着するまでには時間がかかるはずだ。

 だから俺たちは一旦着替えて怪我の手当をし、何が起こるか分からないので完全装備で待機をして、彼らの到着を待っていた。


 彼らが役所を訪れたのは、それから1時間ほど後であった。

 職員の誘導で訪れた部屋の中には先程出会ったばかりの光の勇者と、自称劇作家の男、そして随分と数を減らした兵士たちが俺たちを待っていた。


 部屋に入った彼らは俺たちの姿を見て目を丸くしていた。

 兵士の中には性懲りもなく剣を抜こうとして、隣の兵士に止められている者もいる。

 大方話し合いの場に完全装備で現れた俺たちを見て警戒したのだろう。

 ふざけた話だ、つい先程町のど真ん中で問答無用で襲われたばかりなのだから、この程度の警戒なんぞやっておいて当然だろうに。


 「正しい! 君たちの対応はまっこと正しい! 理由もなく襲撃されたのだから、再会する時は最高装備で出迎える。確かに、確かに正しい対応だ! いやー本当に正しいな!」

 「いやに棘のある言い方じゃないですか。文句があるなら言ってみてはどうですかね」

 「文句? 文句などありはしないとも。強いて言えば、「勇者であるのにあんな普通の町人みたいな格好して町を散策しやがって、ふざけてんのかコノヤロー」とか思っていたけれども、完璧に不意打ちしたのに全く良いところもなく返り討ちにされたからなぁ。ここはぐっと飲み込んで、文句を言うのは我慢しようじゃないか」

 「『我慢』という言葉について一度真面目に考えた方が良いと思うぞ」

 「『真面目に考えた方が良いと思うぞ』? 私に言ったのかね? この世界的な劇作家であるこの私に? 貴方のような一般人が?」

 「世界的な有名人よりもそこらの一般人の方がものを知っているってこともあるだろうさ」

 「ほほぅ、言ってくれますねぇ。流石はナイト=ロックウェルと言ったところですかね」

 「何処らへんが流石なのか詳しく聞きたいところだけどな、いい加減話が進まないから、まずはお互いに自己紹介から始めないか」

 「良いでしょう。話が早い相手は好きですよ、大好きですよ」

 「絶対に嘘だろう」

 「分かってくれて嬉しいですよ本当に。ええ本当にねぇ」


 劇作家を名乗る男に茶化されながらも、俺たちはどうにかお互いの自己紹介を始めることになった。

 しかし何のプライドなのか、相手方は一方的に名乗ることを良しとせず、交互に名を名乗ることを求め、文句を言うのも面倒臭いので俺たちはそれを了承する。

 結果相手側の兵士たちの正体は予想通り朱雀の国から派遣されてきた兵士であることが判明した。

 しかも彼らは全員貴族であるという。

 いつかどこかで似たような話を聞いたような気がして、俺は頭を抱えそうになった。


 そしてこちらの自己紹介が全て終わり、残りは相手側だけになったと思ったら、なぜか俺たちの後ろから新たな声が上がったのであった。


 「では最後にこの私が名乗らせていただきますわ。つい先日からお姉様たちのご厄介になっております私の名はシャイン、皆さんご存知『閃光のシャイン』とはこの私のことですわ」

 「テルコ、一体何を言っとるだかお前は?」

 「は?」

 「え?」

 「テルコ?」

 

 俺たちはシャインとシャインの事を「テルコ」と呼んだ光の勇者の顔を交互に見つめた。

 見るとシャインの顔は真っ赤に染まり、猛烈な勢いで光の勇者に食って掛かった。


 「ななな、何を言っているのですか、嫌ですわお父様。勇者としての使命が忙しすぎて娘の名前まで忘れてしまったのですね。シャインですよ、シャイン。貴方の娘の閃光のシャインですよ」

 「オラにはシャインなんて娘はいやしねぇだよ。オラの娘はこの世に唯1人、母ちゃんが産んでくれた1人娘のテルコだけだぁ」

 「テルコじゃないし! 私はテルコじゃないし!」

 「テルコじゃなかったらおめえは偽モンだ。でもオラは娘を見間違えるような男じゃなかんべ。おめえは本物だ。本物のテルコだんべさ」

 「おい、余り追い詰めるなバカ勇者。お嬢は世間知らずの若者が高確率で罹患する悲しい病に侵されているに過ぎんのだ」

 「親として娘の病は治してやらにゃあかんべぇ」

 「この病に関してはそっと見守ってやるのが一番なのだよ。そうして年を取ったら笑い話にしてやれば良いのだ」

 「おめぇ、今のテルコが面白いからそう言ってるだけに過ぎねぇだろ」

 「当然ではないか」

 「うわあああぁぁぁ!! テルコって言うなぁ! テルコって言わんといてや父ちゃあぁぁん!」


 シャイン、もとい光の勇者の娘の『テルコ』は真っ赤になりながら部屋の中で大暴れしている。

 結局彼女はひとしきり暴れた後、椅子に座って泣き出してしまった。


 「全く14になってもまだ子供で困ったもんだぁ」


 そう言って光の勇者は彼女の頭に手を載せて、その頭をゆっくりと撫でたのであった。

 彼女は頭に載せられた手を払うこともなく、されるがままにされている。

 見れば彼女は上目遣いで自分の父親を見ており、その瞳には隠し様もない信頼の情が見て取れたのであった。


 どうやら彼女が光の勇者の娘だという事は間違いないようである。

 間違っていたのは彼女の本名だけだったということか。

 いや、シャインがテルコになったという事は、あの謎の二つ名『閃光の』も間違っていると言うことになるのか。

 閃光のテルコではいくらなんでもおかしいからな。


 ようするに光の勇者の娘であるシャイン、もといテルコは中二病だったというわけだ。

 まさか異世界にも存在していたとはな。なんて恐ろしい病なんだ中二病。


 「どうやらオラの娘が迷惑を掛けたみてぇで申し訳なかんべぇ」

 「いえ、問題ありません」

 「そうだか? なら自己紹介の続きだぁ。オラの名はテルゾウ、朱雀の国で光の勇者をしているもんだべ」

 「……失礼、もう一度お名前をお聞きしても?」

 「『テルゾウ』だ『テルゾウ』。オラの名前は『テルゾウ』だよ」

 「テルゾウですか……いや失礼、貴方の噂は物心付いた頃からお聞きしていましたが、本名を聞いたのは初めてでしたので」

 「それな、何でか知らんがオラは本名では呼ばれんでよ。挙句に改名まで勧められる始末でな。でも父ちゃんと母ちゃんから授かった大切な名前を変えるなんてやっぱアカンベェ。オラはテルゾウだ、できれば名前で読んでもらいてぇでさ」

 「分かりましたテルゾウ殿、私たちのこともどうか名前で呼び捨てにして下さい」

 「あんた王族なんだべ? 大丈夫なんか?」

 「ええ、朱雀の国は貴族の力が強いという話ですが、我が玄武の国はそうでもありませんから」

 「なら遠慮なく」

 「それとオラの娘のテルコの呼び名だけんども……」

 「シャイン! シャインと呼んで! 呼びなさいよ!」

 「オラとしては反対なんだが娘もこう言っているでな。あだ名みたいなもんだと思って受け入れてくんろ」

 「何でそんな嫌々頼み込むみたいに! それにあだ名じゃないわ。閃光のシャインは私の魂の在り方なのよ!」

 「この年代の娘っ子は小難しいことを言えば、それが真実だと勘違いしているでな」

 「父ちゃぁぁぁん!」

 「激高してボロが出るようじゃまだまだだなぁ」



 そう言って勇者テルゾウ殿はカカッと笑い、場は和んだ。

 しかし和んだのは俺たちの側だけで、朱雀の国の兵士たちはなぜかテルゾウ殿とテルコの親子を憎々しげな目で睨んでいた。

 俺はその事に気づいて問い質そうとしたが、その前に最後に残っていた劇作家の男が大仰な身振り手振りで自らの存在を存分にアピールして注目を集めたのであった。


 「では最後に私ですな! 最後! トリ! やはり最後はこの私こそが相応しいいぃぃ!!」

 「ジェイク、面倒臭いからとっとと自己紹介を済ましちまうだよ」

 「言われた! 自己紹介をする前に名前を言われた! テルゾウこの野郎! どうしてお前はそう空気を読まないんだ!」

 「知ったことじゃねぇからよ。こいつはな朱雀の国じゃ有名な劇作家のジェイクっていう頭のおかしなバカ野郎だ。基本的に無視かスルーで問題ねぇべさ」

 「無視とスルーは同じ意味なのではないのかね!?

  誰のお陰で人類最強の勇者になれたと思ってるんだこの田舎者が!」

 「やかましいわこの都会者が。

  田舎の支えがなくなったら立ち行かなるくせに田舎を馬鹿にするんでねぇ」

 「都会という中心があるからこそ田舎の価値が高まるのだよ!

  これだから! これだから田舎臭い勇者は!」

 「役立たずの都会臭い勇者よりもよっぽどマシでねぇか」

 「それについては全面的に同意するがね!」


 ――役立たずの都会臭い勇者ってのは間違いなく火の勇者の事を言っているんだろうな。


 そう思った瞬間、部屋の中に急に敵意が満ち溢れた。

 俺たちは即座に臨戦態勢をとり、敵意の出どころに注意を向ける。

 部屋に溢れた突然の敵意、それは朱雀の国の兵士たちから発せられていた。


 ジェイクとテルゾウ殿は口喧嘩を止めて彼らをジロリと睨む。

 彼らは光の勇者であるテルゾウ殿に睨まれると、途端に借りてきた猫のように大人しくなり敵意を引っ込めたのであった。


 「やれやれ、口だけのバカ共はこれだから嫌なのだよ」

 「混ぜっ返すんでねぇよ馬鹿作家。

  ほれ、とっとと自己紹介を済ませちまうだよ」

 「もうほとんど済んでいるのだがね。私の名はジェイク。朱雀の国で一番と言っても良いほどに名が売れていて実績もある有名な劇作家だよ」

 「自分で自慢するとか、程度が知れるでな」

 「自分でしなければ自慢にはならないではないか! まぁとにかくあれだ、私は劇作家であり、光の勇者であるテルゾウの唯一の供でもあるのだよ」

 「勇者の供? 貴方が?」


 俺たちは揃って驚いた。

 目の前の中年男性はどう見ても戦いができる人間ではない。

 それが勇者の供を名乗るとは、正直言って予想外であったのだ。


 「その通り、私は光の勇者の供をしている。

  そして勇者の供として君たちにお願いがあるのだよ」

 「お願いですか?」

 「お願いだ。どうかもう一度テルゾウと戦い、君たちの力を示してやってくれないかね。この馬鹿勇者は君たちの力を借りずにたった1人で魔王軍とやり合うつもりでいるのだよ」


 俺たちは驚いて光の勇者テルゾウ殿に目を向けた。

 彼は俺たち全員の視線を真正面から受け止め、頷いて肯定の意を示した。

 しかしいくら人類最強と名高い光の勇者と言えども、たった1人で魔王軍と戦うなんて自殺志願も良いところだ。


 こうして俺たちは再び光の勇者と戦うことになるのであった。

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