第八十七話 カワヨコの町襲撃戦
芝居小屋の劇で悶絶した俺は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら劇場街を後にした。
ゲンとヨミは笑っているし、ロックとロゼとライは苦笑いで、ハヤトとデンデは驚いていて、サムたち一行は満足し、老師とシャインは感動していた。
俺と同じ顔つきをしているのは、当時俺と同じく酔っ払っていたアナとエルの2人だけだ。
背後では別の芝居小屋で先程の芝居を上映するという掛け声が元気よく響き渡っており、結構なお客が芝居小屋の中へと詰め掛けていた。
この分では恐らく、あの芝居は定番の芝居の1つとして生き残り、俺の黒歴史は半永久的に残ってしまうのだろう。
いや、上演されている芝居は事実からは随分と乖離した演目ではあるのだが、間違った情報だったとしても後世に残るのは避けたいところだ。
ならばどうすれば良いのか?
簡単だ、これよりもずっと素晴らしいエピソードをたくさん作り、話を埋もれさせてしまえば良いのだ。
俺はあの時のメンバーにこの計画を伝え、俺たちはより勇者としての活動を頑張ろうと誓ったのであった。
一方その頃、ハヤテとデンデは芝居を見て驚きを露わにしていた。
自分たちが同行している土の勇者一行については、本人たちの口から結成当時の話は聞かされていた。
しかし実際に芝居でその時の話を見ると、聞いていた内容とは違う驚きがあったのだ。
特にスキルの更新が登場する前のナイト先生の慟哭とか(劇のオリジナル)、ナイト先生のスキルの数が15を超え、ロックとライが部隊の上で踊り出す程喜んだところとか(もちろん劇のオリジナル)、生まれ育った町に2度と戻らないと決意を固め悲壮な覚悟で旅立った時の格好良い後ろ姿とか(劇のオリジナルだってば!)を見て2人は勇者と勇者の供が背負う友情と覚悟を垣間見たのだった。
2人は揃って額に巻いた鉢金を指でなぞった。
鉢金の裏の地肌には、光り輝く勇者の印が未だに自分たちこそが勇者であると主張している。
いくら2人が自分たちを狩人だと思っていたとしても、運命という逃れることのできない強大な力の前に果たして太刀打ちできるのだろうか?
いつか自分たちも兄貴や先生のように覚悟と決意を持って旅立つことがあるのかも知れない。
芝居を見たことにより、幼い勇者2人の心の中ではまさかの勇者としての自覚が目を覚まそうとしていたのであった。
同じ頃、サムたち氷の勇者一行は、見るたびに練度が上がってゆく芝居という娯楽にハマりかけていた。
サムたちがこの町にやって来たのは、シャインがこの町から隣村へと旅立っていったちょうどその日であり、時期にして1週間前に該当する。
サムたちは町に到着後、宿に荷物を置いてから町をぷらぷらと動き回り、その途中で劇場街に辿り着いていた。
そこで初めて見た『土の勇者と町長の友情物語』は、ここまで感動するものではなかった。
役者の練度も低いし、音楽も雑で、観客の数もそれほど多くはなかったのだ。
しかし数日後に評判を聞き改めてもう一度芝居小屋に足を運んだ時、サムたちは揃って驚いた。
なぜなら前回見た際に気になっていた箇所が大幅に改善されていて、有り体に言って面白くなっていたからだ。
同じ芝居を上映する劇場も増え、観客の数もそれに比例して増えていった。
いや、逆か。『ウケる芝居』だから客の数が増え、それにともなって上演する劇場の数が増えたのだ。
芝居の成長という想定外のものを見せつけられたサムたち氷の勇者一行は、今回の3度目の公演の観劇により、芝居という娯楽の素晴らしさに気づいてしまったのである。
思えば1年前に旅に出てからと言うもの、ただひたすらに魔族を追い、モンスターを倒し、その体から魔石を回収するだけの日々であった。
女も駄目、酒も未成年だから駄目、空いた時間はひたすら修行という実に勇者らしい日々ではあったが、何処か無機質で空っぽの日々だったのではないだろうか。
そんな時に出会ってしまった芝居という娯楽に、コロッと嵌ってしまってもそれは何もおかしな事ではなかったのだ。
真面目な奴ほど、趣味にハマった時はヤバイ。
世界が変わっても変わらぬこの真理に氷の勇者一行が囚われるのに、それほど時間は掛からなかったのである。
最後に老師とシャインである。
2人はただ純粋に『お芝居』という人間の作り上げた極上の娯楽に感激していた。
老師は魔族であり、つい先日まではモンスターであった。
だから当然お芝居など見たこともなく、初めて見る人間の生み出した芸術に魂が揺さぶられ感激を止めることができなかったのだ。
これはサムたち氷の勇者一行が芝居にハマりかけている事とはまた少しニュアンスが違う。
老師はただただ人間が生み出した『芸術』という『文化』に圧倒されたのだ。
思えば最初に圧倒されたのは、ナイトの手によって作られたサンドイッチという名の食べ物であった。
生きるために食べる食物を、美しく、食べやすく、美味しく食べるように工夫を凝らす。
それはモンスターが決して持ち得ないある種の無駄な行為であったが、同時にこれこそがモンスターと人間や魔族との違いであるように思えた。
そして老師は魔族になったことで、その無駄に意味を見出すことができるようになった自分を褒めたい気持ちで一杯であった。
魔族への進化とはただ強くなるだけではない。
無駄の中に意味を見出すことができるようになる行為だったのだと、老師は気づき、もう一度感激していたのであった。
そしてシャインであるが、彼女はただただ念願のお芝居を見ることができて嬉しかった。
思えば彼女は国の中で特殊な位置にいたために、満足に芝居鑑賞もできない身の上だった。
それがこうして堂々と芝居小屋に入り、同年代の若者と一緒にお芝居を見て歓声を上げることができたのだ。
やはり今回の行動は間違いではなかった。
例え勇者の供になれなくても、この場にいる3人の勇者に出会えたことはシャインにとって歓迎すべき事態だったのだ。
シャインはこれから先も彼らと一緒にたくさん楽しいことをするのだと意気込んでいた。
しかし彼女の決意は顔を上げた瞬間、急速に萎んでしまった。
彼女の目線の先に見覚えのある者たちの姿がある。
彼らは彼女の自由を奪う者たちだ。
彼らは彼女の未来を閉ざす者たちだ。
その中には彼女が最も信頼している人間の姿も存在していた。
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それは突然の出来事であった。
俺たちは芝居小屋を出た後、魚市場を覗こうという話になって、一塊になって港方面に向かって歩いていた。
そんな時だ、正面から真っ赤な鎧に身を包んだ迫力のない兵士たちが道のど真ん中を行進してきた。
彼らは数こそ多いのだが、まるで氷の勇者御一行様と同じ様な素人臭さを醸し出しており、一体何のつもりなのか道行く人たちへ不必要な威嚇を繰り返していた。
全員お揃いの鎧を着ているところを見ると、何処かの部隊の一団らしい。
半分は槍を、半分は盾を持ち、全員の腰には一振りの剣が存在している。
馬に乗っている者はいない。全員が徒歩だ。
彼らは俺たちとは逆に、港方面から芝居小屋のあるカワヨコの町のメインストリートへと向かって歩いているところであった。
俺たちは彼らとぶつからないように道の端に寄って歩き続けた。
すると突然一団の後ろから笛の音が響き渡り、横から殺気が向けられたと思ったら、彼らの内盾を持っていた半分が腰の剣を抜いて奇声を上げながら俺たちに襲い掛かり、槍を持っていた半分は俺たちを遠巻きにして逃げ道を奪っていた。
それは突然の出来事であった。
突然の出来事ではあったが、それでも俺たちは十分に対処することができた。
彼らが動いた瞬間、老師はすぐ前にいたハヤテとデンデを引き寄せ、近付いてきた兵士の剣を掻い潜り、相手の胸に蹴りを入れて兵士を弾き飛ばした。
エースは瞬時にキングの前に移動し、殺到してきた3人の兵士の剣を余裕を持って捌き切り、その間にキングは相手の足を魔法で押さえつけて動きを止め、動きの止まった兵士たちはエースの一撃を受け次々と地に沈んでいった。
俺は隣りにいた、というか俺と腕を組んで歩いていたエルの体を抱き寄せて壁際まで飛び退き、追撃してきた相手はライとゲンが冷静に対応していた。
突然の出来事に動くどころか反応すらできなかったシャインは、ロゼに引きずり倒され、ヨミに首根っこを引っ掴まれて、壁際まで投げ飛ばされた。
そしてロゼは地面に伏せたままの体制から、兵士たちの足元へと瞬時に移動し、思い切り足を蹴り飛ばした。
ゴキッ! メキキッ!
足の骨をすね当てごとへし折る音が周囲に響き渡る。
ロゼの攻撃を受けた兵士たちは、近くにいた別の兵士を巻き込んで倒れていったのだった。
そしてロックとアナとサムの3人の勇者は
3人の勇者は謎の襲撃者を相手に『3人掛かりで』戦っていた。
物凄い高速戦闘であり、マンガかアニメのごとく残像しか見ることのできない戦いであったが、所々立ち止まる3人の姿を視界の隅に捉えるだけでも分かることがあった。
3人は押されていた。
ステータスの値が5桁を超える勇者が3人掛かり戦っているにも関わらず押されており、3人が3人共時間が立つ毎に傷が増え、流れる血の量も増えていった。
勇者が血を流して傷ついているという状況がまず信じられなかったが、何より信じられないのが、『3人を襲っている襲撃者の姿を見ることができない』という事実であった。
4人はトップスピードで動き続けている。
しかしトップスピードで動き続けることができる時間など僅かなものだ。
だからロックとアナとサムの姿は、一旦停止した時に確認することができたのだが、襲撃者の姿を確認することは未だにできずじまいであった。
これはつまり襲撃者は3人とは違い『動きを止めずにトップスピードを維持し続けている』ということだ。
その事実に気が付いて俺は戦慄した。
明らかに襲撃者の実力が3人を上回っていることが分かったからである。
手練の襲撃者を相手に奮戦していた3人ではあったが、遂に均衡が崩れ1人の勇者が地面に倒れ込んだ。
倒れ込んだのは何と最も防御力に優れているはずの土の勇者であるロックであった。
ロックはどうやら顎を撃ち抜かれたらしく、地面に倒された後も立ち上がることができずにフラフラと頭を振っていた。
そんなロックに俺たちに襲いかかってこなかった槍持ちたちが殺到する。
奴らはロックに対して攻撃をすることはせず、手足に重りを取り付けて動きを阻害しようとしているようであった。
間違いなくこの連中はロックが勇者であると分かっている。
勇者の相手はあの姿の見えない襲撃者だけしかできないと割り切り、奴らは勇者の動きを阻害することのみを目的に行動しているのだ。
どうにかしてロックを助けなければならない。
俺は抱きしめたエルに頼み込んで、槍持ちたちに対して魔法を使ってもらった。
「ダークスモーク!」
モクモクと、槍持ちたちの周りに漆黒の煙が充満していく。
俺はライにエルの護衛を任せ、襲い掛かってきている兵士たちの脇をすり抜けて、一目散にロックの下へと向かっていった。
そして無事に到着することができたが、予想以上に重りが重く、俺の力ではロックの体を持ち上げることは不可能であった。
ならば重りをアイテムボックスに収納してしまおうかと手をかざしたが、アイテムボックスに反応はなく、重りを収納することはできなかった。
アイテムボックスに入れることのできる物は、人の手から離れている物や、場所に固定されていない物に限る。
この手足に取り付けられた重りはロックにガッチリと接続されていたため、アイテムボックスを使っても取り外すことはできなかったのだ。
「しょうがない、落とすぞ」
俺はロックの耳元でそう囁き、ロックの反応を待たずに晴れてきた煙の中を走り抜け、再びエルたちの下へと戻ってきた。
その際、俺に背を向けてライやゲンと戦っていた兵士たちに背後から襲い掛かり、相手の動きを止めることも忘れない。
そして最初に俺たちに襲い掛かってきた盾持ちたちが俺の仲間の手によって無力化される頃、再びロックの下へと殺到した槍持ちたちは、俺の仕掛けた罠にハマって全員揃って地面の下へと落ちていったのであった。
土の勇者であるロックと一緒に。
旅の最中の経験値に加えて、ヤマモリの町の開放後に潜っていた迷宮での経験値と、ここに来るまでのモンスター退治の経験値のお陰で、俺のレベルは少し前に30まで上がりきっていた。
レベル30、それは3つのスキルを最大値まで上げられることを意味している。
俺がスキルの更新で最後に手に入れた5つのスキル、
『有名人』、『毒薬師』、『中級罠師』、『積み重ねし過去』そして『先生』。
これらの内、スキルの更新時に『積み重ねし過去』はレベル10に、続けてステータス・スキルである『有名人』を最大値まで上げた後、俺は次に『中級罠師』を最大値まで上げていたのだ。
『中級罠師』が持つ特殊能力、それは罠の自動設置という凶悪な力だ。
俺はロックを中心に落とし穴の罠を張り巡らせ、槍持ちたちが殺到した段階で発動するようにしておいた。
結果罠の中心部にいたロックと共に、ロックを取り囲むように殺到していた槍持ちたちも揃って落とし穴へと落ちていったのだ。
突然道のど真ん中で戦闘が発生したと思ったら、同じく突然に道に大穴が空いて、多数の人間が穴の中へと落ちていった。
その余りの光景にその場の全員が動きを止める。
穴の中を覗いて見れば、槍持ちたちが積み重なってうめき声を上げていた。
あんな立派な鎧を着た状態で、突然穴に落とされたらそりゃそうなって当然だ。
重量物を装着したまま受け身も取れずに穴に落ちれば身動きがとれないほどのダメージを受けることになるだろう。
そして穴の中にはロックの姿は見当たらない。
代わりにあるのは人間大の穴が1つだけだ。
しばらくすると俺たちの後ろの地面が盛り上がり、そこからロックが現れたのだった。
こいつは落とし穴に落ちた後、魔法で地面に潜りここまで移動してきたのである。
全身土まみれの酷い有様ではあったが、どうにか危機は脱したようだ。
ロックはまだ襲撃者から受けたダメージが残っておりフラフラしていたが、着ている服が汚れた以外特に目立った外傷はないようだ。
戦っている間に受けた傷は、倒れている間にオートヒールが発動して治したのだろう。
俺は全員の無事を確かめてから、敵方で唯一倒すことのできなかった襲撃者の方へと視線を移す。
先程まで複数の勇者を相手にたった1人で戦っていたその男は、今は動きを止めていたのだ。
そいつはごく普通のどこにでもいるような中肉中背の戦士の格好をした中年のおっさんであった。
兜の下の髪はウェーブの掛かった銀髪で、額には鉢金を巻いており、瞳の色も髪と同じく銀色をしている。
そして一体何の冗談なのか、勇者3人の相手をしていたにも関わらず全くの無傷で道の真ん中に立っており、俺たちに対して厳しい視線を向けていたのだ。
パチパチ パチパチ
突然港の方から拍手が聞こえてきたので、そちらへと視線を移す。
そこには仕立ての良い服を着て派手な帽子を被った、何やら怪しい笑顔を顔に貼り付けた中年男性がおり、彼はゆっくりとこちらへと近付いてきていた。
彼は物凄く嬉しそうな笑顔で拍手を続け、厳しい目つきをし続けている襲撃者のおっさんの下へと気負わず近づいていったのであった。
「やあやあ、これは予想外! 予想外に若者たちは強いじゃないか!」
「黙っとらんかい」
「若いから駄目、弱いから駄目。
これはもうそういう言いわけができないんじゃないのかね?」
「黙っとれ言うとろーが! まだ負けとらんわい!」
「ノンノン、ファーストアタックが失敗した時点で君の負けだよ。
人類最強の男が手勢を率いて戦ってほぼ完敗なんだ。大人しく認め給えよ」
「おみゃあさんはその方が楽しいからだがよい!」
「もちろんだとも。私は劇作家だ、より楽しい方へと筆を進めるものなのさ」
「こんクソ野郎が、地獄に落ちるべさ!」
「相も変わらず君の言語は無茶苦茶だよねぇ」
そう言って笑顔の中年男性は俺たちに不安を与えるような笑顔を振りまき、ガバッとその身を倒して一礼したのであった。
「光の勇者とその従者が大変失礼を致しました!
お若い勇者たちの奮闘にいざ盛大に拍手ーー!!」
パチパチパチパチ パチパチパチパチ
その男はたった1人で長い間拍手を繰り返していた。
カワヨコの町に到着して、氷の勇者であるサムに再会し、町に繰り出して芝居を見物したその後で、俺たちは人類最強と謳われる朱雀の国の光の勇者に出会ったのであった。




