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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 前編
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第八十六話 土の勇者と町長の友情物語

 サムが落ち着きを取り戻し、一通りの挨拶も終了した。

 俺たちはここで一度解散しようと思っていたのだが、この場にはもう1人俺たちの仲間以外の人間が紛れ込んでいたのであった。


 「お待ちなさい! 私の紹介がまだですわよ!」

 「いやシャインは勇者パーティーの一員じゃないから別にいいだろ」

 「良くありませんわ! 初めまして氷の勇者様とそのお仲間のお2人様。

  この私こそが『閃光のシャイン』、光の勇者の実の娘でございます」

 「実の娘?」

 「そんなのいたのか?」


 シャインの自己紹介にサムたちが疑問符を浮かべている。

 おかしいな、サムたちは朱雀の国でも活躍していたから俺たちよりも情報通のはずだ。

 この3人が知らないってことは、シャインは騙りだったと言うことだろうか。


 「ふふふ、氷の勇者様方が知らないのも無理はありませんわ。

  私の存在は国の中でも一部の者しか知らない機密事項でしたもの」

 「機密事項?」

 「私のお父様は光の勇者ですもの。活躍している勇者の娘ともなればその存在を隠匿しなければならなくなると言うものですわ」

 「そうなのか?」

 「そうなのです」


 そうなのだろうか?

 そんな話は聞いたこともないのだが。

 まぁ本人がそうだと言っているのだし、近い内に光の勇者本人と出会えるので詳しい話を聴くことができるだろう。

 

 とその時、ゲンとヨミがなぜか微妙な表情でサムのことを眺めていると気づき、俺はどうしたのかと2人に聞いてみたのであった。


 「どうしたのかはこっちのセリフなんだけどな。

  なぁ旦那、本当にこいつは氷の勇者なのか?」

 「何でそう思うんだ?」

 「『勇者臭さ』が足りないのですわ。何と言うべきでしょか、そう、香りに濃さが足りないと言った感じなのですわ」

 「なんだそりゃ? 勇者に匂いがあったのか?」

 「オイラたちにしか分からないことだけどな。弟やアナっちからは濃厚な匂いが立ち込めているけど、氷の勇者の匂いは薄いんだよなー」

 「勇者としての濃度が足りていない感じですわね」


 勇者としての濃度が足りない。


 この発言を聞いた俺を含めたサムについて知っているメンバーは1つの心当たりに辿り着いた。

 確かにサムはロックやアナに比べて勇者っぽくないとは思っていたが、ひょっとしたら『あれ』が原因だとでも言うのだろうか。


 俺はヨミにサムについての話を振ろうとした。

 しかしその前に先程からずっとウズウズとしていたキングが俺の前にやって来て、俺の両手をガシッと握ってブンブンと振り回したのであった。


 「すいませんもう限界です! 兄ちゃん! 兄ちゃんと院長先生に俺はおめでとうと言いたくて仕方がないんだけど良いかな!」

 「唐突だなキング。一体何に対するおめでとうなんだよ」

 「2人が勇者の供になれたことに対するおめでとうに決まっているじゃないか! 俺たちがこの件について話を聞いたのは1月前位だったけど、それからずっと言いたくて言いたくて仕方がなかったんだよ!」

 「1月前? ……ああそうか、お前ら国境付近で活動していたからそれくらいのタイムラグがあるのか」

 「聞いた時には耳を疑って、しばらく信じられなくてさ! でもスキルの更新が白虎の国や朱雀の国でも行われるようになってようやく理解したんだ。2人のこれまでの頑張りがようやく実を結んだんだってさ!」


 キングは興奮で目を輝かせている。

 思えばこいつが俺たちに盗みを働いたおかげで、俺とロゼの人生が変わり、町の皆からの信頼を得る切っ掛けになったわけだ。

 そしてキングは俺の最初の生徒であり、孤児院の最初の卒業生であり、俺たちにいつも感謝してくれていたのだ。

 だから嬉しかったのだろう。

 キングにとって尊敬に値する俺とロゼが共に勇者の供の座に帰り着いたことが。


 「私からもお2人に祝辞を述べさせて下さい。かつてお2人の護衛部隊の隊長を務めていた者としては感無量でございます」

 「それはこちらのセリフだよ。ありがとうエース、当時は俺たちをよく守り抜いてくれた。そして今はサムとキングの面倒をよくぞ1年間も見続けてくれたな」

 「お2人の護衛の時よりも数段手間は掛かっておりますが、やっていることはタートルの町で行っていたことの延長に過ぎませんからね。意外と何とかなるものですよ」

 「思えばお前も凄い人生だよな。一兵士から鍛え上げて王女の護衛隊長に抜擢されて、最終的には勇者の供にまで成り上がったわけだからな」

 「何を言っているのですか。軍の副将軍の息子から1度一般人にまで落ちた後で勇者の供へと復活したナイト様には叶いませんよ」

 「まぁ俺様たちの中で1番成り上がったのは、孤児から勇者の供にまで上り詰めたキングの奴なんだけどな」

 「そうそう、タートルの町ではキングの芝居が大人気だったぞ」

 「何言ってるんだよ、最近の1番人気は兄ちゃんの芝居じゃないか」

 「俺の芝居? 『ハズレ者の成り上がりの物語』って奴か、あれ未だにやっているのか?」

 「いえ、そっちも未だに人気作ではありますけど、キングが言っているのは最新作の方ですよ」

 「最新作?」

 「本当に知らないのですか? 『土の勇者と町長の友情物語』のことですよ!」

 「「ブフゥ!」」


 エースの発言を聞き、なぜかロゼとヨミが吹き出している。

 何だこの反応、まさかロゼたちはその芝居を見たことがあるっていうのか?

 「もちろんあります」と答えを返してきたのはアナであった。

 ロゼとヨミは腹を抱えて笑っているし、エルはなぜだか微妙な顔だ。

 新作の芝居が作られて、それが人気作になっているのなら、当然のことながら他の町へも広まっているはずなのだが、なぜ俺たちは知らないのだろうか。


 ……と思っていたが、理由は即座に判明した。

 この最新作『土の勇者と町長の友情物語』の内容は、勇者の供の選別の儀と勇者の旅立ちの儀式を扱ったものであるという。

 だから当然それらが終わった後に作られていて、広まったのはここ最近の出来事であったらしい。


 俺たちはここ最近何をしていたのか?

 ヤマモリの町に到着したら盗賊団に町が占領されていたので奪還し、

 奪還した町が荒れ果てていたので復興し、

 復興が終わった後は町周辺のダンジョンに潜りまくり、

 ダンジョン探索が終わった後は、翌日には馬を走らせてタートルの町へと舞い戻り、

 タートルの町到着後翌日には馬車に乗って出発し、ここカワヨコの町までやってきた。

 しかも北ヤマヨコの町をスルーしてだ。


 ……うん、なるほど良く分かった。

 これでは確かに俺たちが最新の芝居を知らなくても無理はあるまい。

 何しろこうして並べてみると、町中でゆっくり芝居を鑑賞する時間なんて何処にも存在していないからだ。

 サムたちは早めに町に到着していたので、この町にいる間に鑑賞し、アナたちも先にタートルの町へと戻っていたので観劇済みだったのだろう。



 そんな話をしていたら、ゲンたちがお芝居を見たいと言い出した。

 そう言えば旅に出てからは芝居を見に行ったことは1度もなかった。

 ハヤテとデンデにも聞いてみたが、白虎の国で何度か見たことがあり、嫌いではないから行っても良いという話になった。

 どうせ光の勇者がいつ到着するのかなんて俺たちには分からないのだ。

 だったらここらで暇潰ししがてら久しく見ていなかった芝居を見ても良いだろうという話になり、俺たちは役所を出てカワヨコの町の劇場街へと向かったのであった。



 村と町の違いとは何かと問われた場合、1番大きいのはやはり人口の違いだと言っても過言ではないだろう。

 人口が違えば店は多くなり、市場はでかくなり、神殿も広場も広くなる。

 そして人口が多い町には村とは違ってたくさんの娯楽設備が建てられている。

 それは酒場だったり、おしゃれなレストランだったり、見世物小屋であったり流行りの劇を上映する芝居小屋だったりする。

 田舎の村では年に1度来るか来ないかの劇団が、町では常駐していて毎日のように公演を繰り返しているのだ。

 そして店も市場も劇団も同業種は同じ区域に集結し客の奪い合いを演じるのが常である。

 俺たちが向かったカワヨコの町の劇場街。

 そこは演劇人たちの戦いの場であった。



 「さ~いらっしゃい、いらっしゃい! 『ハズレ者の成り上がりの物語』絶賛開催中だよ~」

 「『山に響くフクロウの鳴き声』 1度は見なきゃ損だよ損!」

 「『とある少年と氷の勇者の友情の物語』は朝昼晩の3回公演! お次は日暮れから開始予定です!」


 劇場街には多くの芝居小屋が軒を連ね、道行く人々を自分たちの小屋へと誘導するために必死に声を枯らしている。

 懐かしいな、タートルの町の劇場街も同じ様な熱気に包まれていた。

 尤もタートルの町の劇場街は首都だけあって店の数もここよりも3倍は多かったので客引き合戦も半端ではなかった。

 役所の皆と連携して違法な客引きに注意勧告をして回った記憶がもう懐かしい。


 俺たちは揃って劇場街を歩き、お目当ての芝居小屋を探していく。

 演目の名は話に聞いていた通り『土の勇者と町長の友情物語』である。

 見れば劇場街の3分の1の小屋が同じ劇を上演しており、互いに出来を競い合っているようだ。

 出来の良い演目は多数の芝居小屋で上映され、最終的に最も上手く演じることのできた小屋がブームが去っても上演を続け安定した収入を得ることができるのだ。

 だからどの芝居小屋もしのぎを削り、良い芝居にしようと努力するのである。

 俺たちは大人数なので、劇の良し悪しに関わらず揃って観劇できる芝居小屋に入り、久々の観劇に酔いしれたのであった。



 その芝居は中々の完成度であるように思えた。

 団員たちも良く練習をしてあるようだし、途中で流れる音楽も場を盛り上げるのに一役も二役もかっている。

 スキルの更新についても説明がきちんと行われており、この僅かな時間でしっかりと勉強して物語を作り上げたのが良く分かった。


 まぁ俺を演じている役者が格好良すぎたり、ロゼを演じている役者がどう見ても子役で演技力不足であるように見受けられたが、これは仕方がないだろう。

 このお芝居で俺は準主役級の扱いのようだし、ロゼの子供体型を演じられるのはどうしたって子役だけに限られるからだ。

 だが気になるのはそのくらいでしかない。

 一体ロゼやヨミはどの辺りであれほど笑ったりしたのだろうか?


 物語もそろそろ終盤に差し掛かっている。

 芝居の中の俺たちは陛下から勇者としての活躍を期待すると言われて、大仰な身振りで決意表明をしている最中だ。

 そうして俺たちは町を練り歩くのだが……そうかここか、この場面か。

 この場面でロゼとヨミは笑っていたのだ。


 お芝居の中の俺たちは生まれ育ったタートルの町との別れを惜しんでゆっくりと大通りを歩いている。

 故郷を旅立つ横顔を見られたくないがために、髪や帽子で顔を隠すが、一番幼い体をしているロゼッタ王女は遂に1人では歩けなくなった。

 王女の元へとやって来た天使を名乗る2人の子供も主人の心情をおもんばかり同じ様に歩けなくなったが、ロゼッタ王女の親友である闇の勇者ダイアナ様と魔法使いエリザベータが彼女たちに手を貸し、共に外の世界へと力強く歩き出して行く。


 そんな場面が上演されていれば、俺たちが悶絶しても仕方がないだろう。

 俺たちはあの時、2日酔いの影響でまともに動けず、いち早く立ち直ったロゼがゲンとヨミの力を借りて、アナとエルの2人を引きずるようにして歩いていたのだから。


 そしてその後に訪れるのはこのお芝居のクライマックスである『8年間の苦労の果てに勇者の供となった町長が、勇者の演説を聞き感動のあまり涙が止まらなくなり、弟に支えてもらっている感動の場面』だ。

 お芝居のくせにここだけ吟遊詩人を準備して高らかに歌われた俺の心情は推して知るべしである。


 何しろこの時の俺は酒の飲み過ぎで気持ち悪くて倒れそうになっていたところをライに助けられていたに過ぎないのだ。

 正直言ってこの時のロックの演説も碌に聞いちゃいないし覚えちゃいない。

 エルがしていた微妙な表情の理由が良く分かった。

 今夜俺はこのことを思い出して悶絶するのだろう。


 全く、認めたくないものだな、若さゆえの過ちというのは。

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