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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 前編
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第八十四話 逃れ得ぬ黒歴史

 氷の勇者であるサムたちが魔王軍への奇襲攻撃への参加を要請されたのは、いつもと同じように勇者としての活動をしている最中であった。


 その時サムたちは、朱雀の国と青龍の国との国境近くに潜み、朱雀の国からの避難民を狙って襲撃を繰り返している火の魔王の軍勢の残党狩りをしていた。


 サムたちは勇者として働き始めてから一貫して、青龍の国を除いた3ヶ国の国境周辺で勇者としての活動を行っていた。

 国と国との国境が交わるこの辺りはモンスターも活発に活動しており、治安が余り良くない場所だ。

 なぜかと言うと、国に仕える兵士たちは自国でモンスターが暴れると退治に出向くのだが、そのモンスターが他国の領土に逃げ込んだ場合、それ以上追うことが出来なくなってしまうからだ。

 未だ国同士の緊密な連携も出来ていない状態なので、国境周辺ではモンスターを取り逃してしまうという事例が多数発生していた。


 この周辺に巣食っているモンスターや魔族はそのことを熟知しているので、奴らは基本的に国境沿いに拠点を作り、周囲の村や旅人を襲い、兵士たちに追われると隣の国へと逃げ込んでしまうのである。


 しかしサムたちにはこの法則は当て嵌まらない。

 勇者は国境を自由に行き来することができると4ヶ国の条約で決められているので、例え隣の国へと逃げたところでそのまま追い続けて倒すことが可能なのである。


 サムたち氷の勇者一行が活動を開始した時、何処で戦おうかという議題がいの一番に持ち上がった。

 青龍の国は問題外として、勇者のいない白虎の国か、勇者がまだ活動を開始していない玄武の国か、それとも魔王軍とバチバチやっている朱雀の国か。

 サムとキングは何処かに拠点を作って活動しようと提案したのだが、最年長であり2人の保護者でもあるエースは4ヶ国の国境付近での活動を提案してきたのだ。


 氷の勇者である以上、幾ら否定したところで青龍の国所属と見なされてしまい、一箇所に留まると後々面倒なことになりかねない。

 だから敢えて拠点は作らず、青龍の国を除いた3ヶ国をウロウロしていた方が良いと提案され、サムとキングはその提案を受け入れたのである。


 サムたちはまず最初に玄武の国を真っ直ぐに横断して懐かしき国境の町まで移動し、その後は各国の役人や兵士たちから情報をもらいながら国境付近で起きる問題を解決していったのであった。


 エースの提案は大当たりで、国境を超えた後警戒を解く癖が着いていたモンスターや魔族たちをサムたちは次々と撃破し、あっという間に実績を積み上げて氷の勇者の名は世界中に広まっていったのであった。



 そんなサムたちの下へと勇者連合軍への参加を要請してきたのは朱雀の国の兵士であった。

 活動を開始したばかりの土の勇者と闇の勇者も参加すると聞かされたサムたちは迷わず参加を決定。

 しかし現在関わっている火の魔王の残党狩りも重要案件には違いないので、これを終了次第、集合場所へと移動することを兵士に告げた。

 そして3日後、火の魔王軍の残党の潜伏箇所を割り出し殲滅に成功。

 サムたちは国境の町へと移動し、そこから集合場所として指定されたカワヨコの町へと馬車を使って移動を開始したのであった。


 急ぐ旅であったのなら早駆けでもしたのであろうが、他の勇者はまだ誰も到着していないという話だったからのんびりと目的地へと向かうことにしたのだ。

 何しろ話によれば、光の勇者一行などは大陸の端の方にいるというし、兄と弟が所属している土の勇者一行は、ダンジョンに潜っていたとかで連絡が取れたばかりらしい。

 これでは急ぐだけ無意味だという話になり、サムたちは勇者としての活動を開始してから恐らく初めてとなる、ゆったりとした旅を楽しんだのであった。


 この1年間の活躍は玄武の国の中でも広がっていたようで、行く先々で歓迎を受けながらの旅をしたサムたちは、何事もなくカワヨコの町へと到着した。

 そして待ち合わせ場所として指定されていた役所に向かったのだが、案の定彼らが一番乗りであった。


 他の勇者がいない内にサムたちだけで勝手に動くわけにもいかない。

 いつものように町周辺のモンスター退治に向かおうかとも考えたが、いつ他の勇者が到着するのか分からないので迂闊に動くわけにもいかない。

 結局サムたちは町から動かず、他の勇者の到着を待つことにした。


 サムたちはいつものように町の中の宿屋に宿泊し、いつもとは違い他の勇者が到着するまでの間、町の中でゆっくりしていた。

 勇者としての活動を開始して1年が経つが、これほどまでにゆっくりと時間が流れたのは初めてのことだ。

 サムたちにとって宿は帰って眠るだけの場所であり、時間があればひたすら修行か討伐かの日々を過ごしていたので、他の勇者の到着をただ待つだけというこの穏やかな日々はとても新鮮であった。


 カワヨコの町は街道沿いの宿場町兼、朱雀の国への国境の町という特殊な環境故か人通りも多い。

 町の規模も大きく、建物は玄武の国らしく石造りの質実剛健な建築物が多いが、朱雀の国の影響もあってか派手な装飾も混じっていて面白い。

 町の中心部には多くの店が建ち並び、食料品を扱う市場も賑やかで活気に満ち溢れていた。

 特に目を引くのは他ではお目に掛かれない新鮮な魚介類だ。

 玄武の国と朱雀の国の国境に流れる大河から取れる新鮮な魚が多数並んでおり、サムたちも頻繁に通っては普段あまり食べることがない魚料理に舌鼓を打っていた。


 そんな穏やかな日々を過ごしていたある日のこと、役所から宿に使いが訪れ、国からの援軍が到着したという報告が届いた。

 サムたちは何の疑いもなく役所へと向かう。

 向かってしまったのだった。

 使いの者は何処の国かを言っておらず、ただ『国からの援軍が到着した』と言っていただけだったというのに。

 自分たちが世間一般では何処の国の所属だと思われているのか、サムたちはど忘れしていたのだ


 カワヨコの町の役所に入り、そこでサムたちを待ち構えていたのは視界に入れたくもない青の軍勢であった。

 全身を青一色で揃えた兵士たちと、同じく青の着物を着た美しい女たち。

 忘れもしない、かつてサムと行動を共にしていた『氷の勇者御一行様』の一団であった。



 彼らを視界に捉えた瞬間、サムの脳内に忌まわしき過去の記憶がまざまざと蘇ってくる。


 ブクブクと太り返り、傲慢な命令ばかりを下していた自分。

 絶世の美女に取り囲まれ、彼女たちの豊満な胸に溺れていた自分。

 修行も訓練も一切せず、ただ神と崇められ増長していた自分。



 余りにも恥知らずで世間知らずであった過去の自分を思い出し、サムの体はぐらりとよろけた。


 ――兄さんはこれを俺様の黒歴史と呼び、受け入れなければならない罪だと説いた。

 俺様は玄武の国へと引き取られ、孤児院に叩き込まれてナイト商会で働き、エースに鍛えられ、勇者として活動する中で過去の自分とは決別したのだと思っていた。

 だが目の前には俺様の過去が、あれから6年もの年月が流れているにも関わらず全く変わらない姿のままで俺様の前に立ちはだかっているではないか。


 目の前が真っ暗になり倒れそうになったサムを支えてくれたのは、共に旅をして彼を支えてくれたキングとエース、2人の勇者の供であった。

 サムの過去を知り、現在を知る2人は自らが仕える勇者を支え、そして突然現れた青龍の国の一行に対して臨戦態勢を取る。


 ここで他国の者に対して喧嘩を売ったりしたら大事になってしまう。

 それでも2人はサムを護るために武器を構えて戦う決断をしたのだ。

 勇者として仲間に守ってもらってばかりでいるわけにもいかない。

 サムもいつものように魔力を用いてハンマーを作り出し、忌まわしき過去へ向かってその矛先を向けたのであった。


 「お前たち一体何の用だ! 何の目的があって今更俺様の前に現れた!」


 サムたちは殺気も怒気も隠すことなく、青龍の国の者たちへと叩きつける。

 勇者一行として1年間もの間戦い続けてきたサムたちの殺気は中々のものになっており、女官たちは怯え、兵士たちもその動きを止めた。

 そんな中、兵士たちの合間を縫って見覚えのある男がサムたちの前に姿を現した。

 奴のことは良く覚えている。

 何しろ奴が持って来たエクスポーションのお陰でキングの怪我は治り、サムたちは勇者として旅立つことになったのだから。


 「お久し振りで御座いますサム殿。日頃のご活躍は我が青龍の国の中にも轟いており、大変感謝しておりますよ」

 「感謝する必要などない。俺様が勇者として活動しているのは、そういう約束を取り交わしたからに過ぎん」

 「それでも感謝申し上げたいのですよ。正直言ってこれほどのご活躍をなさるとは我が国の上層部は全くもって考えておりませんでしたのでね」

 「だろうな、昔の俺様を知っているのだったらそう考えて当然だ」

 「ははは、確かにそうですな。失礼ながら我が国にいた時の貴方とはまるで別人のような成長ぶりですからな」

 「正常な環境と、愛のある家族と、優秀な教師のお陰だ。俺様自身の力ではないさ」

 「耳が痛いですなぁ、ははははは」


 サムを勇者の道へと引きずり込んだ男は何が面白いのか大笑いをしている。

 この男が油断できない男だということは良く分かっている。

 サムが勇者として旅立つまでタートルの町に滞在し、旅立った後は音沙汰がなくなっていた奴ではあったが、今このタイミングで一体何をしにきたというのか。


 「ははは、さて久し振りの挨拶はこの位にして本題に入らさせてもらいます」

 「そうしてくれ。正直お前達をぶっ飛ばしたくて仕方がない」

 「それは困りますなぁ。この者たちは『今回の案件』においてサム殿の手助けになるようにと、我が国の上層部が派遣してきた者たちなのですから」

 「何? ……今何と言った?」

 「聞こえませんでしたかな? この者たちもサム殿と共に『今回の案件』に参加するのですよ」


 男はくすくす笑いながら、氷の勇者御一行様たちが魔王軍との戦いに参加するのだと告げてきた。

 しかしそれはおかしい。

 今回の戦いは玄武の国と朱雀の国の2カ国の合同作戦であり、青龍の国は無関係のはずではないか。


 「無関係などとんでもない! 『我が国の勇者』であるサム様が参加するのですよ? 兵士も参加しないでは格好がつかないではないですか!」

 「誰が『我が国の勇者』だ! 俺様は青龍の国の為に働いた覚えはないぞ!」

 「覚えがなくとも貴方は我が国の勇者なのです。それも最初に言っていたではありませんか「他国で活躍をしていても、それが我が国の勇者であれば良いのだ」と。貴方は何処で何をしていようとも我が国の勇者であることには変わりはないのです。それを忘れられては困りますなぁ」

 

 男の言い分にサムは奥歯を噛み締める。

 確かにそういう話をした記憶はあるが、サムはこの1年間、青龍の国の勇者として活動してきたつもりは全くないのだ。

 むしろ青龍の国で暮らしていた過去を抹消したいほどだというのに、氷の勇者として生まれたというだけで、青龍の国との関係は切れないということなのか。


 「そういうことですな。何ご安心下さい。貴方が我が国を嫌っていることは国の上層部も十分に理解できております。貴方はいつも調子でお仲間のお2人と一緒に戦ってくれるだけで良いのです。我が国の兵士たちは我が国の兵士たちで、貴方とは別に行動致しますので」


 男の言い分にサムではなく青龍の国の兵士たちがぎょっとした目を向けた。

 この男、どうやら連れて来た兵士たちにまともな説明もしていなかったらしい。


 「なっ! おい、どういうことだ! 俺たちは勇者と共に戦うと聞いたからこんな所までやって来たんだぞ!」

 「勇者殿と共に戦うのは間違いありませんが、勇者殿に守ってもらうわけではないということですよ。そもそも貴方たち如きが、勇者と同じ戦場で戦えると本気で思っていたのですか?」

 「なっなら、俺たちはどんな奴らと戦うんだ?」

 「勇者殿たちは敵の中でも強力な個体の相手をすることになっております。貴方たちの役割は他国の兵士たちと共に、勇者殿たちの露払いをすることです」

 「そっ、そんな!」

 「おっ俺たちはまともに戦いなんてできないぞ!」

 「なら帰りますか? 帰ってまた牢の中に戻るのですか?」

 「牢の中?」

 「ああすいません、サム殿には説明しておりませんでしたね。彼らは6年前にサム殿を見限って逃げ出した咎で国家反逆罪の罪を背負い罪人として扱われてきたのですよ」

 「罪人だと?」

 「ええ、以前と比べて数が随分と少ないでしょう? 残りの者たちは逃亡したか行方知れずになっておりましてね、国に残った者たちも国内では村八分状態になっておりましたので、今回の件で名誉回復の機会を与えたのですよ」

 「逃亡? 行方知れず? 村八分状態?」

 「そんなに驚くことですか? 勇者を見限って逃げ出しておいてまともな扱いを受けるわけがないではありませんか」

 「しかし青龍の国は勇者を神扱いしなくなったのだろう?」

 「神ではなくなりましたが、勇者が英雄であることには違いはないのです。しかも国の英雄ではなく世界の英雄ですからね。問題になって当然です」

 「いや、まぁそうなのかも知れないが……」


 ――そう言えば以前、兄さんが俺様を見限った連中は馬鹿な奴らだと罵っていたことを思い出した。

 兄さんは滅多に他人を馬鹿にしないので、弟である俺様のために怒ってくれているのだと思っていたのだが、あれは心からの言葉だったのか。


 「偉大なる氷の勇者様! 今一度私達にやり直す機会をお与え下さい!」


 そんな事を考えていると、女官たちの中から一人の美女がサムの前に飛び出してきた。


 その女は美しかった。

 豊満な胸にくびれた腰、透き通る様な青い髪と魅惑的な瞳。

 男なら誰しも飛びつきたくなるほどの顔とスタイルを持ち、家柄も良ければ頭も良いという非の打ち所のない女だ。


 何で家柄や頭の良さまで知っているのかと言えば、彼女はかつてのサムの婚約者の1人だからだ。

 そう、6年前のあの日、カズハが破いた婚約届の中には彼女の分もあったのだ。


 彼女は当時のサムの婚約者の中でも一際若い女性であった。

 当時のサムの年齢は10歳、彼女は6つ年上の16歳であったから、6年経った今は22歳になっているはずだ。

 22歳といえば正に女ざかりであるが、彼女の目には追いつめられた獣が持つ狂気が宿っていた。

 サムは6年前よりも美しくなり、そして余裕がなくなった元婚約者へとハンマーの切っ先を向ける。

 下手な動きをしたら問答無用でに叩き潰す!

 サムの本気の殺気を受けた彼女の動きはその場で止まったが、口の動きまでは止まらなかった。


 「お待ち下さい! お忘れですか? 貴方様の婚約者であったムツキでございます!」

 「忘れていないさ、忘れるものかよ! 貴様はカズハたちと一緒に俺様を裏切っただろうが! どの面下げて俺様の前に現れたのだお前は!」

 「そんな! 私は婚約者として貴方様のご寵愛を受けようと……」

 「俺様との婚約を一方的に破棄しておいて何がご寵愛だ! 貴様は恥を知らないのか!」

 「あれはカズハ様が勝手に私の婚約届を持ち出してしまったのです!」

 「じゃあ、あの時何で国へと帰ったのだ?」

 「そっそれは……」

 「貴様は、貴様たちは俺様を裏切ったのだ! あの時の俺様は確かにどうしようもない駄目勇者であり、見捨てられても仕方がなかったかも知れないが、だからと言って見捨てられた恨みを忘れたわけではないのだぞ!」

 「だっ駄目勇者であったと分かっていたのならばどうかお慈悲を……」

 「あるかそんなもの! 今すぐこの場から失せろ! そうでなければこの一撃で……」

 「サム? お前一体何やってんだ?」


 突然全く予想もしていなかった声が、サムの耳に飛び込んできた。

 見ればそこには久し振りに会うサムの兄であるナイトと仲間たちが勢揃いしているではないか。

 彼らは全員旅装をしている。

 どうやらこの町に着いたばかりのようだ。

 サムは久し振りに再会の挨拶をしようとした。

 しかしその前によりにもよってムツキの奴がナイトに向かって挨拶をしてしまったのだった。


 「まぁお久し振りでございます。氷の勇者様のお兄様。私の名はムツキ。氷の勇者様の婚約者として、今回の戦いに我が国の兵士と共に参上致しました」


 彼女はこれ幸いと、ナイトに挨拶をし、不味い流れを断ち切ってしまった。

 その後結局『氷の勇者御一行』は受け入れられ、彼らは今作戦に取り込まれることが正式に決定してしまったのだった。

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