第八十三話 予期せぬ再会
2017/09/27
サブタイトルを変更しました。
カワヨコの町⇒予期せぬ再会
「お姉様、飲み物は如何ですか?」
「お姉様、お腹は空いてはいませんか?」
「お姉様、肩をお揉みしましょうか?」
「お姉さ「いい加減にしてくれないか!?」……何よ」
カワヨコの町の隣村でシャインと出会った翌日、俺達は馬車に乗ってカワヨコの町へと向かっていた。
その馬車の中には当然のようにシャインがおり、彼女はロックに引っ付いたままアナに熱い視線を注ぎ続けている。
どうやら昨夜モンスターに取り囲まれたことが余程堪えたようで、身を挺して守ってくれたロックと、オークを一太刀で倒したアナに惚れてしまったようなのだ。
彼女はロックに引っ付いたまま、アナの世話を焼こうとするというウルトラCをこなそうとして、ものの見事に失敗していた。
当たり前だ、ロックに引っ付いている以上その行動範囲はロックと同じになるのだ。
誰かに縋り付いたまま誰かの世話など焼けるわけがないのである。
「あのなシャイン、君がアナの事を『お姉様』と呼ぶことも、彼女の世話を焼こうとすることも私は咎めることはしない。しかしその度に私をアナの下へ引っ張って行くのは止めてくれ」
「何よケチ、ケチ勇者! こちとらつい昨夜にモンスターに取り囲まれて怖い思いをした女の子なのよ! もっとこうサービス精神を発揮しても良いじゃないのさ!」
「何がサービス精神だ。そういうものは被害者から求めるべきでは無いだろう。そもそも昨夜のあれは君の自業自得だ。光の勇者殿の娘をアピールしたいのは分かるが、暗い夜道であれだけ発光していればモンスターに囲まれて当然だろう」
「そもそもさぁ、姉ちゃんは本当に勇者の娘なのか?」
「兄貴やアナさんを見ていると、勇者の親族とはとても思えないのですが……」
「そんなの私の勝手じゃない! 勇者の親族って言っても色々いるのよ!」
「まぁそうかもしれないけどさぁ」
「正直半信半疑というか3信7疑位だよね~。名乗るだけなら誰にでも出来るわけだしさ~」
「今正に合流地点に向かっているのにそんな嘘付くわけないじゃないの!」
「勇者が集結することを知っていたからあの村で待っていたというのは分かるんだけど、だったらカワヨコの町で待っていれば良かったのにな」
「分かっちゃおりませんわねゲン。カワヨコの町で仲間にしてくれと申し込んでも父親に反対されるのが目に見えているから、一つ前の村で先手を打とうと頼み込んきたのでしょう」
「行動力は買いますが、些か考えが足りませんな」
「それに実力も足りないわ。シャイン、貴方の勇者の仲間になりたいという気概は認めるけれど、昨日の体たらくを見た後では仲間にすることなんて出来ないわよ」
「そんな! 私はスキルを9つも持っているのですよ!」
「9つ?」
「あれで?」
「あれでって何よ!」
「いや、確かに大量のモンスターに囲まれていたけれど、どれもこれも弱かったじゃないの。貴方、装備を見る限り前衛職なのでしょう? 残念だけど単純に実力が足りていないわ」
「じゃあ姫様達は昨日のモンスターの群れに勝てるって言うんですか?」
「勝てるでしょうね」
「え?」
「少なくともロックとアナと私と老師なら単独で殲滅できたでしょう。エルは後衛だから無理だとしても逃げることくらいは出来たでしょうし、ナイトとライでも恐らくは問題なかったはずよ」
「えっ? え~と…… 姫様の実力はナイト町長やライさんよりも高いのですか?」
「ロゼはステータスが高いからな」
「僕と兄さんが力を合わせて全力で戦って互角と言った所でしょうか」
「そこまでじゃないわよ。一対一で戦えば勝てるけど、二体一なら負けるわ」
「それ普通に凄くないですか?」
俺たちはここまで来る間に別れて旅をしていた間の成長を確かめる意味もあって、何度か仲間内で模擬戦を行っていた。
その結果は勇者であるロックとアナがワンツーを決めるのは当然として、3番手は老師とロゼが接戦を演じていたのだ。
魔族へと進化を遂げて更なる力を手に入れたモンスターオウルの老師と、互角以上の勝負を繰り広げる見た目10歳にも満たない女の子。
勇者に継ぐ高いステータスを元にしたその戦闘力は並ではなく、俺達の中でロゼは強者として認識されているのである。
その事実を説明され、シャインは馬車の中で膝を抱えてしまう。
仲間内の実力者から明確に『実力不足』を指摘されてはそうなっても仕方ないだろう。
「だってしょうが無いじゃないですか! 私の持っているステータス・スキルは1つだけだし、他のスキルも半分は戦闘用じゃないのだし!」
「それだと正直厳しいわね。スキルの更新は行えないの?」
「……レベルが全然足りていません」
「9つもスキルが有れば更新も大変か。スキルの数も多ければ良いってものじゃないのね」
「吾輩にはむしろそれ以前の問題だと思えましたがな」
「どういう事?」
「シャイン殿、お主はこれまでどのような戦闘を行ってきたのですかな?」
「どのようなって、それはもちろんお父様と一緒に戦っていたわよ」
「やはりそうですか」
「それの何が悪いのよ」
「シャイン殿のお父上は人類最強と言われている光の勇者殿なのでしょう? 貴方は無意識に父親である勇者殿に依存する癖が付いているのではないですかな?」
「な! 私がお父様に依存しているですって!?」
「そうでなければもう少し戦えていたと思えますのでな。昨夜も救助が来ても中々正気には戻らなかったではありませんか」
「そう言えばそうだったな」
「親におんぶに抱っこだったってわけか。いや、父親が光の勇者殿じゃ仕方がないのか?」
「隣に人類最強が居れば、そりゃあおまかせにしたくもなりますからな」
「すっ好き勝手言ってくれるじゃないの! お父様が私のお父様であることは、私にはどうにもならないことじゃないのさ!」
「それはもちろんその通りだ。だから君はまず親離れしなければならないだろうな」
「親離れ?」
「立派な父親に依存すること無く、自らの足で自らの人生を歩む必要があるということだ。さもなければ君が勇者の供に選ばれる日は来ないと思っていた方が良い」
「……ロックもお姉様も私は必要ないの?」
「必要無い」
「そうだな。必要無い。むしろ一緒にいては足手まといだ。君は実力も経験も何もかもが足りていない。だからまずは何もかもを手に入れなければお話にもならないだろうな」
「ひっ酷い! そこまではっきり言わなくても……」
「馬鹿なことを言うな。これは下手をすれば君だけではなく私や私の仲間の命にも関わる話だ。言っておくが私は私の供となる者に対して一切の妥協をするつもりはないぞ」
「ぐっ……すいません、調子に乗りました」
「分かれば良い。さて全員準備しろ、そろそろ到着のようだ」
そう言ってロックは馬車の進行方向を指差した。
そこには左右に長く伸びる巨大な大河が横たわり、その手前には俺達の目的地であるカワヨコの町が広がっていたのであった。
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目の前に広がっているのは巨大と言っても差し支えないほどに広く大きな河であった。
対岸が辛うじて見えそうで見えないほどの川幅があり、川向こうの大地は朱雀の国の領土である。
河の流れは穏やかであり、河岸には多くの船が横付けされ、たくさんの漁師が魚を水揚げし、港のすぐ横にある魚市場は常に活気に満ち溢れている。
そしてその港を持つ町は河よりも幾分高い台地に作られており、街道を進む旅人たちを迎え入れていたのであった。
ここは玄武の国の町の一つであるカワヨコの町だ。
玄武の国と朱雀の国を分断している大河は基本切り立った崖のようになっていて河の中には入ることは難しいのだが、ヤマカワの町やここカワヨコの町のように、陸地と河の高低差が少ない場所には町が作られ、漁業が発展しているのである。
ちなみにこの町からは河を渡って朱雀の国へと入国することもできる。
河の流れが穏やかなので船の行き来が可能なのだ。
だから、町には朱雀の国の住民も多く、また川向こうには同じ様に町が作られ、玄武の国の住民も何人も移り住んでいるという話だ。
港には入国審査場もあり、1日数回の往復の際には入国審査の列にたくさんの人達が並ぶらしいと聞くが、今は誰もおらず閑散としていた。
そして街の雰囲気を見る限りにおいて、どうやら光の勇者はまだこの町には来ていないようである。
光の勇者ほどの有名人が来ているのならば必ず噂になっているはずだからだ。
「それは仕方がないわ。今回の話が決まった時、お父様は青龍の国と朱雀の国の国境の奥地へと出向いていたんですもの。こことはまるで正反対の場所だから来るのに時間が掛かるのよ」
「なんだってまたそんな場所に行ったんだ? 確かその辺りには何も無いはずだろう?」
「今回のターゲットである火の魔王がその辺りに潜伏しているって情報が流れたのよ。だからお父様達はそっちに遠征していたってわけ」
「……なるほどな、偽情報を掴まされたってことか」
「そういうこと。もっと言えば、火の魔王を取り逃がして以来、偽の情報があっちこっちから流れていたのよ。どれもこれも確証のない話だけど、本当の話がどれかなんて解らないでしょう? だから虱潰しに探し回っていたってわけ」
「了解した、やはり今回アナ達が火の魔王のアジトを発見できたのは僥倖だったというわけか」
「流石はお姉様よね、尊敬しちゃうわ」
「……まぁ半分以上が偶然の産物だったわけだけどな」
「ん? 何か言った?」
「いや別に。そう言えば光の勇者殿は来ていないみたいだけど、サム達……じゃない氷の勇者一行は到着しているのかな?」
「私が町にいる間は話にも出なかったわね。最近名が知られて来たから町にいたのならすぐに噂になったはずだけど」
「まぁ町に入れば分かるか。そう言えば勇者たちの待ち合わせ場所って何処なんだ?」
「例によって町の役所の中だ。そこにある通信機を介してこの町を出発する日時が告げられるらしい」
「何か俺達って折角旅に出たっていうのに、町に入ると宿屋じゃなくて役所にばっかり泊まっているよな」
「どうしても国内だとな。顔が知られているから町に入ると町の代表者に歓迎されて、そのまま役所に泊まることになってしまうな。他国に行けばそうでも無いのかもしれないが」
「あら、お父様は他国に入っても何処の町でも歓迎されるって言っていたけど?」
「シャインのお父上は4ヶ国全てに名が轟いている有名人だからな。そうなっても仕方がないのか」
「と言うか、役所に泊まることに何か問題でも? 部屋は清潔で、食堂も浴室も完備され、情報も最新の物が一番初めに入ってくる。吾輩としては町の宿屋にわざわざ泊まる理由が分からないのだが?」
「俺はつい最近まで役所の中で朝から晩まで働いていたからさ。役所の中にいると何となく休み辛いんだよな」
「あっ、それ分かる。私も同じように役所よりも昨日泊まった村の宿の方が休めるわ」
「兄さんとロゼ姉にとっては役所は働く場所ってイメージなんでしょうね」
「そうなのかもな。だが二人共、残念だが諦めて泊まってくれ。さぁ今回の宿に到着したぞ」
「兄貴……役所を宿呼ばわりするのはどうかと思うのですが……」
俺達は揃ってカワヨコの町の役所の中へと入っていく。
役所の中に入るのに、基本許可は必要ない。
何しろ町の行政機関の本丸を担っている場所なのだ、町の住民にしても、この町に用がある旅人にしても、誰も彼もが役所へとやって来るものなのである。
だから役所の扉は昼間であればいつでも開いているものだし、中に入れば案内人がやって来て御用聞きをしてくれるものなのだ。
だが俺達が入室した際、カワヨコの町の役所の中にはピリピリとした空気が渦巻いていた。
その空気は役所中央のエントランスから迸っており、役所の職員も、駆けつけた町の守備兵たちも、偶々その場に居合わせた役所に用があった人たちも何事があったのかと遠巻きにエントランス中央を眺めていた。
俺たちもこの緊迫した空気を敏感に感じ取り、エントランスで何が起きているのかと目を凝らした。
するとそこにはいつか何処かで見た覚えのある全身真っ青の鎧と衣服に身を包んだ集団と、巨大な氷のハンマーでそいつらを威嚇している俺の弟がいたのであった。
「サム? お前一体何やってんだ?」
俺は久しぶりに再会したもう一人の弟に声を掛ける。
するとサムが反応するより前に、青軍団の中から1人の美女が颯爽と俺達の前に現れ、優雅な挨拶をしてきたのであった。
「まぁお久し振りでございます、氷の勇者様のお兄様。私の名はムツキ。氷の勇者様の婚約者として、今回の戦いに我が国の兵士と共に参上致しました」
かつてサムと共に国境の町を訪れ、サムを見限って以来音沙汰がなかったサムの元婚約者の1人、ムツキと名乗る美女が俺達の前に現れたのであった。




