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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 前編
82/173

第八十話 エルとの一夜2

 --sideナイト--



 俺は取り敢えず飲み物でも飲んで落ち着いてから話をしようと考え、冷蔵庫もどきの中から冷たい水を取り出して、キラキラと輝くガラスのコップに水を注ぎ、2つのコップを手に持ってエルへと近づいていった。


 しかしエルは俺がどれだけ話し掛けても顔を上げず、反応も無かったので、ホッペタにグラスを押し付けて、彼女に正気に戻ってもらったのだった。


 エルは驚き過ぎだろうという位に驚いて、俺から離れようと距離を取る。

 しかし現在地が既に部屋の隅であったために、大した距離は取れず、俺とエルは丁度向かい合う形で床の上で相対したのだった。


 彼女の瞳にはとてつもない緊張が見られる。

 頭の良いエルのことだ、これから行われるであろう行為のシミュレーションがその優秀な頭脳の中で渦巻いているのであろう。

 しかし予想通りに行かないのが人生の面白いところなのだ。

 俺は手に持った水の入ったグラスをエルに差し出し、取り敢えず飲めと勧めた。


 「み……水? 何かの道具じゃなくって、ただの水?」

 「これが何らかの道具に見えるなら、お前は取り敢えず医者に見て貰わなきゃ駄目だな。まぁ取り敢えず落ち着けよ。落ち着くために、取り敢えず冷たい水でも飲め」

 「あ、うん分かった」


 ゴクリゴクリ


 エルは物凄い勢いで水を飲んでいく。

 一体どれだけ緊張していたというのか。

 俺も緊張してはいるが、エルの緊張は俺以上の様だ。


 結局一杯だけでは到底足りず、エルはもう一杯の水まで飲み干し、俺はおかわりを追加するために、再び冷蔵庫もどきまで戻ることになったのであった。


 そうして3杯目の水を途中まで飲んだエルは、ようやく落ち着きを取り戻し、二人揃って床に座って、お互いをじっくりと観察したのであった。


 目の前に座る灰色の髪と瞳を持つ幼馴染と会うのは、あの日カメヨコ村で別れて以来、実に一月以上振りだ。

 彼女はその間に起こった騒動の影響か、多少やつれているようにも見える。

 そして何よりも変わったのは、その目付きだ。

 以前のエルは「この世の全てが面白い!」と言った感じの目付きをしており、その瞳は少年のように輝いていた。

 しかし今目の前にいるエルの瞳は揺れている。

 彼女は今迷いの最中に有るのだ。

 今まで気にも留めていなかった『男』という謎の生き物に、強い意識を引っ張られており、同じ男である俺が彼女に対して何かしやしないかと不安で仕方が無いのである。


 伊達にこれまで先生をしたり、町長をしたりしていた訳ではない。

 俺がこの町で働いていた間も、この系統の話は結構な割合で聞いていたのだ。

 しかも俺には前世の知識が存在する。

 それを鑑みれば、エルは今男性に対してトラウマを持ってしまっているのだと推察できる。


 エリック先生が望んだのは荒療治なのかもしれないが、俺はこんな風に傷ついた幼馴染を手荒く扱う気など毛頭ない。

 俺はまず、今夜の俺のスタンスについてエルに宣言をしたのであった。



 「いいか良く聞けよエル。

  エリック先生は「無理矢理にでも治さなければならない」とか言ってたけど、

  俺はお前に対して何かを強制するつもりなんて毛頭ないからな。

  俺はお前を傷付けない。

  俺はお前を怒鳴らない。

  俺はお前に対して酷いことは決してしない。

  だから安心しろ、俺はいつだってお前の味方だ」



 俺は手のひらを開いて両手を広げ、肩を竦めておどけてみせる。

 俺から決してエルには手を出さないとジェスチャーで示したのだ。


 エルはそんな俺を見て、最初ポカンとした顔をしていた。

 しかししばらくすると、エルはその顔をくしゃくしゃに歪め、その場で床に座ったまま泣き出してしまった。


 「えええっ!? いや、何で泣く? 俺何か悪い事したか?」

 「グスッ、違うよ。ホッとしたら涙が出てきちゃったんだよ」

 「? 嬉し泣きってことか?」

 「ううん、安心泣きだと思う。

  アタシ安心したんだ、ナイトはナイトなんだって分かったから」

 「いや、俺が俺以外だったら困るんだが……」

 「ヒヒヒッ! 実は魔族が変装してたりして~」


 俺は何時もの調子で「た~べちゃ~うぞ~」と言おうとして、慌てて口を閉じた。

 見ればエルの体は未だに小刻みに震えている。

 ここで性的な意味とも取れる内容を口走ってはいけない。

 俺は「ゲフンゲフン」と咳払いをして、強制的に話を中断する。

 そしてコップに入れておいた水を飲み、再びエルに話し掛けたのであった。


 「まっ、まぁあれだ。折角こうして二人きりでゆっくり過ごす時間を貰ったんだ。良かったらエルの話を聞かせてくれないか?」

 「アタシの話?」

 「そうエルの話。あの日、カメヨコ村の先の分かれ道で別れてから、どんな冒険をしてきたのか。どんなモンスターと戦ったのか。聞かせてくれないか?」

 「う~ん、でももう殆ど喋っちゃてるよ? ゲン君とヨミちゃんの念話を使って聞かせていた話と大差ないし」

 「それでもだよ。ゲン達の念話は便利だけど、長くても一日数分だけだろ?

  それじゃあ細かい話は分からないじゃないか」

 「そう? なら話してあげる。アタシの話が終わったらナイト達の話も聞かせてね。多分そっちのほうが波乱万丈な物語になってる筈だから」

 「あいよ、任せときな!」


 そう言って俺はまずエルの話を聞くのに没頭した。

 相手の心を開かせるには、まずは相手の話を聴くところからだ。


 最初はぎこちなかったエルも、話している内にノッて来たのか、段々と語り口が熱くなってきていた。

 そうして俺達は暫くの間、床に座ったままで、各々のこれまでの冒険譚を語り合っていた。

 気がつけば随分と時間が経過し、俺はちょっとトイレに立った。

 そして帰ってきた所、エルは床ではなくベッドの上に腰掛けていた。

 だから俺もエルの横に、つまりベッドの上に腰掛けたのだが、その瞬間エルの体は電撃を浴びたように固まってしまった。


 俺はその瞬間に自らの失策を悟ったのだがもう遅い。

 彼女は先程までの元気が嘘のような顔つきになり、半べそを掻きながら恐る恐る俺の顔色を伺ってきたのであった。


 「あの、ナイト……酷いことしないで……」

 「しないしない! する訳がない!」

 「でも、ロゼ姉にはしたんでしょ?

  それに男は皆狼だってヨミちゃんも言ってたよ?」

 「ロゼとは合意の上だって! それはちゃんとロゼから聞いてるだろう?」

 「合意の上って言っても、あんな小さい体のロゼ姉に手を出すなんて、ナイトはロリコンの変態さんなんでしょ?」

 「俺はロゼが小さいくて可愛いから手を出したんじゃない! 俺はロゼという女性に惚れたから手を出したんだ! そこは間違えるなよエル」


 俺のその言葉を聞いたエルは、急に考え込むような素振りを見せた。

 そして顔をあげると俺の顔をじっと覗き込んできたのであった。


 「ロゼ姉に惚れたから……惚れたからかぁ。ロゼ姉格好いいもんね。

  そっか~ナイトは顔や体で判断しないで心で判断したんだね~」

 「まぁ俺も男だ。可愛い女の子から迫られて、満更じゃなかったってのは否定出来ないけれど、あれがロゼ以外だったら間違いなく断っていたからな。それは絶対だからな!」

 「そういう風に何度も否定すると逆に怪しいよねぇ。

  じゃあアタシは? アタシが迫ったらナイトはどうするの?」

 「抱く」

 「即答! アタシがどんな目にあったのか知っているのに即答!」

 「エルとは一番最初に婚約したからな。いつの日かエルと結婚するんだって子供の頃から考えていたから、とっくに覚悟は決まっているんだ」

 「アタシの覚悟はこれっぽっちも決まってないんだけど!?」

 「なら決まるまで待つさ。言っただろう?

  俺はお前には決して酷いことはしないんだ」

 「アタシ男の人に対して過剰に反応するようになっちゃってるんだけど?」

 「でも俺とは普通に喋れるじゃないか。

  お前の夫は俺なんだから、それで何も問題は無いだろう?」

 「夫! 夫かぁ、そうだよね。

  結婚したらナイトは旦那様だから夫になるんだよね」

 「何になると思っていたんだよ」

 「勿論ナイトは旦那様になるんだし、私はナイトのお嫁さんになるつもりだったんだけど……なんて言うのかな。最近ようやく現実味を帯びてきたというか、それまでは漠然としたイメージだけだったというか」

 「ならこれからでもきちんとイメージして行けば良い。

  俺はいつまでだって待っているから、エルの覚悟が決まったら結婚しよう」

 「アタシはそれ以前にまともに男の人と接する自信が無いよ。

  触ることすら怖いんだから」

 「お手」

 「ワンワン! って何させるのよナイト!」

 「触れたじゃんか」

 「あれぇ?」

 「エルはちゃんと俺に触れただろう?

  エルはさ、突然見ず知らずの男達に酷い目に合わされたからパニックになっただけなんだよ。

  そんな目にあったら誰だって過剰に反応するようになって当然だ。

  でもそれはあくまでも一時的なものさ。

  俺が知っているエリザベータ=エニシュって女の子はな、ちょっと変わっているけど、心優しい良い子で、親友のために何年もの間修行を続けられる程に心が強い女の子なんだ。

  だから絶対大丈夫さ、エルはちゃんと男に対するきちんとした感覚も身に着けて、その内必ず普通に接することが出来る様になるよ」

 「ナイト……うん分かった! やっぱりアタシナイトのこと大好き!」


 エルはそう言うと俺に抱きつき、そのまま俺達はベッドの上に倒れ込んだ。

 俺はエルを優しく抱き返しはしたが、それ以上はいけないのだと、理性を総動員して抗っていた。

 やがてエルは眠りについた。

 その寝顔はとても安らかであった。

 目の前には美しく育った子供の頃からの幼馴染が無防備な寝顔を晒しながら俺に抱きついて眠っている。

 それはとても魅力的であった。

 魅力的すぎてその寝顔は最早暴力的ですらあった。

 だが、この魅力という名の暴力に屈してしまっては俺はエルを裏切ることになってしまう。

 俺はあらゆる理性をフル活用し、大分遅くにやって来る睡魔を待たなければならなかった。


------------------------------------


 明けて翌朝、何事もなく二人は目覚めた。

 結局エリック先生が想定していたようなことは何一つ起こらず、二人きりでお喋りをして抱き合って眠っただけだったのだが、それだけでも一定の効果があるように見えた。

 昨日よりも明らかにエルとの距離が近くなっている。

 俺は魔王軍との戦いまでにこの距離を限りなくゼロに近づけることを密かな目標に設定したのであった。


 目が覚めてしまってはこの部屋の中に居る意味もない。

 俺は部屋の鍵を開け、エルと連れ立って部屋から廊下へと出て行った。


 すると部屋の入口のすぐ前の廊下には、椅子が並べられており、その椅子の上では物凄い形相をしたエリック先生を筆頭にロックやアナ達が勢揃いして俺達を待ち構えて居たのであった。


 「って一体何をしているんですかエリック先生! それとお前らまで!」

 「私達はついでなのか?」

 「こんな形相のエリック先生、生まれて初めて見たんだよ!」

 「まぁこちらもこちらで昨夜は大変だったのだ」

 「二人が部屋に入った後、エリック先生が「ここで待つのだ」とか言い始めちゃってね。結局私達も付き合って徹夜する羽目になったって訳よ」

 「いや、何してんだよお前ら! 今日これから出発するんだぞ!」

 「大丈夫だ。今日出発することは間違いではないが、今日これから戦いに行く訳ではない。徹夜の疲れを癒やすだけの時間は十分に存在している」

 「そんなことよりも兄さん達、昨夜はお楽しみでしたね?」

 「ライお前……一体何処でそんなセリフを覚えたんだ? 兄さんは悲しいぞ」

 「これでも旅に出るまでは騎士団の中で揉まれていましたからね。

  そういった話もそれなりには」

 「えっとねぇ、ナイトはねぇ、部屋の隅で塞ぎ込んでいたアタシに予想外の飲み物を勧めてくれてね。アタシはそれを何回も飲んじゃったの。

  それからアタシを泣かせた後に、犬の真似をさせたりしてね。

  最後は一緒に抱き合って寝たんだよ~」

 「えっ?」

 「は?」

 「兄さん?」

 「待て待て誤解だ誤解! いや合ってるけど! 合ってはいるけど、端折りすぎだエル! 大事なところが丸ごと抜けてんだろうが!」

 「ふむ。ナイト、そこに立ちなさい」

 「いや既に立ってはいますけど……先生?

  あの、どうしてそんなに固く拳を握っていらしゃるのでしょうか?」

 「ナイト、儂はな、昔から覚悟はしておったんじゃよ」

 「覚悟ですか?」

 「我が娘のエリザベータが勇者であるダイアナと友達になった時は、勇者の供として送り出す覚悟をした。

  お前との婚約を決めた時は、いずれ嫁に出す覚悟をした。

  しかしそれはそれとして!

  やはり娘を嫁に出すのは寂しいのだ!

  他の男の下へと送り出すのは苦しいのだ!

  分かってくれるかナイトよ」

 「ええと……子供の居ない身ですから何とも言えませんが、孤児院の子供達が旅立っていく感覚と照らし合わせれば想像することは出来ます」

 「流石は元孤児院の副園長にして、教師にして町長だった男か。

  人生経験の厚さが、そこらの十把一絡げとは段違いだな」

 「はぁ、ありがとうございます」

 「ならば受けてくれるな、この拳を」

 「えっエリック先生にしては論理が破綻しているようにお見受けしますが?」

 「儂とて人間じゃ。感情のままに動きたくなることもある」

 「ならば仕方がありませんね。先生の義理の息子として、親父の拳を味わっておくのもやぶさかではありません」

 「そうか。では行くぞ! 歯を食いしばれ!」

 「はい!」


 そうしてエリック先生は実にきれいな右ストレートを俺の顔面に叩き込んでくれた。

 子供の頃から先生のお世話になってきたが、そう言えば殴られたのはこれが始めてだったなぁとか思いながら、俺は出てきたばかりの扉に背中から激突したのであった。


 ちなみにこの夜以降、エルの調子は目に見えて良くなっていった。

 そして俺とエルの普段の距離感も大分短くなったのであった。

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