第七十八話 作戦会議
「とまぁ、そんな事があったのですわ」
俺は北ヤマヨコの町でエルに起こった災難の話を聞いて、先程のエルの反応に合点がいった。
思えばロック以外の幼馴染の女子3名の中で、エルの奴が最も箱入り娘度が高いのだ。
ロゼは10歳になるまでは、散々求婚されまくっており、その後引き篭もりになったものの、14歳以降は町に出たことで、多数の一般市民と交流を持つ機会があった。
そしてアナは闇の勇者として生まれ育ってはいたものの、闇の神殿の巫女としての仕事もこなしており、多くの参拝客と交流を持っていた。
だがエルは違う。
エルはエリック先生の娘として育ち、幼い頃から天才にして変人として扱われていたため、彼女に近寄る男など居なかったのだ。
しかもエルが暮らしていた生活空間は基本的に宮廷魔道士達が切磋琢磨している場所であったので、基本色恋とは無縁の環境だ。
周囲に居る男性もある意味エリート街道をひた走っている者達ばかりだったので、彼女に対してアプローチを掛ける男など、この町で暮らしている間には出会えなかったという事か。
それが一歩町を出て、初めて立ち寄った別の町で、その町の若い男達に半ば襲われる形になってしまっては、あの過剰な反応も頷けるというものだ。
エルは今年で20歳になる。
彼女はこの年になって初めて、女性が男性に対して持つ一般的な感情を手に入れたのである。
そして一般的な女性の視点から俺とロゼの関係を見たらどう映るのか。
それはまさしく先程のエルの反応から分かるというものだ。
「成程な、それでエルは男に過剰な反応をするようになって、
俺のことを突然変態呼ばわりするようになったと……」
「ごめんなさいねナイト。
あの子、あの一件があってからちょっと神経過敏になっちゃったのよ。
最初に私とナイトとの話を聞かせた時は、
顔を真っ赤にしていたくらいだったのに、
しばらくしたら「結婚もしていない男女がそんな事をするなんて駄目だよ!」って猛抗議をするようになってきちゃって」
「エルは男性と接する機会が余りにも足りなかったせいで、
男性に対する危機意識が足りていなかったのです。
ナイトが男性としてはかなり紳士的だと説明しても梨の礫でして。
こういった事に対しては例え勇者であっても何の力にもなれない物なのですね」
「いや、そりゃそうだろうよ。
エルがこんな風になるだなんて誰も想像してなかったんだ。仕方ないだろう」
「仕方ないで済む話でも無いでしょう。
この先旅を続けていれば男性と接する機会なんて幾らでもあるのだし。
そもそもこの後に控えている魔王軍相手の決戦には、
サム達氷の勇者一行に加えて、朱雀の国の光の勇者も参戦するのよ。
そして彼らは男性だもの。このままでは不味いことこの上ないわ」
ロゼがそんな事を言ってため息を吐く。
確かにサム達氷の勇者一行は男しか居らず、光の勇者一行も話を聞く限りは男ばかりの集団の筈だ。
確かにこのままでは不味いかもしれない。
男嫌いのエルが男ばかりの集団と上手くやれる結果が全く想像できないぞ。
「ヤマカワの町ではどうしていたんだ?
いやその前に北ヤマヨコの町での騒動はどういう風に収めたんだ?」
「北ヤマヨコの町での一件は、目撃者が多数居て、一様に『エルが若い男達に襲われたから撃退した』と証言してくれたので、彼らの自業自得として収まりました」
「私達は事が起こった後すぐにエルの下へ向かったわ。
そして泣き止まないエルをアナに任せて、私はヨミと二人ですぐ近くにあった北ヤマヨコの町の闇の神殿の巫女達と一緒に怪我人達の治療に奔走したの」
「皆さん酷い火傷をしておりましたが、幸いにも死者は出ませんでしたの。
恐らくエルさんが無意識に威力を制御したのでしょうね」
「結局その日の残りは怪我人の治療に費やして、翌日には町を出たわ」
「エルが「町から出たい」と言って聞きませんでしたし、
町の人達も「早く出て行ってくれ」という雰囲気になっていましたからね」
「それからの旅はとにかくエルの気持ちを収めるのが大変だったの。
とにかく男性を見ると過剰反応してしまって」
「ヤマカワの町へ着く頃には落ち着いておりましたけれど、
町を歩く際は必ず誰かの手を握っておりましたし、
とにかくダンジョンに潜っていたいと駄々をこねておりましたわ。
町の中に滞在しているのが怖かったのでしょうね」
「折角の休日も町の散策じゃなくて人が居ない大河での釣りになったしね」
「まぁそのお陰で魔王軍の所在地が判明したのですから、
怪我の功名と言えなくも無いのですが」
「何で釣りに行ったのかと思っていたら……そんな理由だったのかよ」
勇者の供が発症した男性嫌いが遠因となり、居場所を掴まれるだなんて、
火の魔王もその側近達も考えもしていなかっただろうな。
俺はまだ見ぬ魔王達の心情を考え、少し同情してしまった。
しかしこれから魔王軍に関する話し合いをするのに、勇者の供の一人が欠席していては話にならない。
結局その後、城の中を探し回り、宮廷魔道士達の研究室の中に隠れていたエルは連れ戻され、謁見の間の隅でエリック先生の後ろに引っ込んで話を聞くことになったのだった。
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俺達は改めてこれから戦うことになる火の魔王とその部下達の情報を聞かされた。
朱雀の国で長きに渡り猛威を振るい、昨年光の勇者率いる朱雀の国の軍隊との総力戦の末破れたものの一命を取り留め、現在朱雀の国の中でゲリラ戦を展開している火の魔王は長きに渡り姿形が掴めなかった謎の魔王として知られている。
奴は現在の姿こそ可愛らしいチワワではあるが、光の勇者と戦った当初は全く別の姿をしていたという話だ。
前回の決戦の最中、光の勇者は火の魔王を一騎打ちの末に見事撃破し、一度は火の魔王を仕留めたと思ったのだそうだ。
しかし奴は姿を変えて再び復活し、逃げの一手で光の勇者から逃れ、現在は玄武の国と朱雀の国の国境を流れる大河の中の島の一つに隠れ住んでいるという。
奴に従う部下の数はそれ程多くはない。
何故ならば、奴の部下の殆どは前回の戦いの際に朱雀の国の軍隊に殺され、
残っている部下の数はごく僅かしかいないからだ。
それは側近達にも同じことが言える。
かつての奴は10を超える強力な側近達を従え、朱雀の国の中で猛威を奮っていたという。
しかし光の勇者が、時間を掛けて一体また一体と仕留めて行き、前回の決戦時から今日まで生き延びているのは、カエルと蛇の2体だけ。
火の魔王の戦力は最早風前の灯火であるのだそうだ。
「あれ? じゃああのマンティスとか言ったカマキリの魔族は側近扱いじゃないって事ですか?」
「いや、それは違う。
ダイアナ達の報告によれば奴は全身から火を吹いていたという。
火の魔王は側近達に自らの力を分け与える事が出来るという話だ。
奴がその身から火を吹き出していたという事は、
恐らく側近として格上げされたという事だろう」
「自らの力を分け与える……ですか?」
「ああ、これは今代の火の魔王の特徴でな。
奴は自らの力を側近達に分け与え、その力をパワーアップさせるのだ。
そして魔王は力を与える代わりに側近達から揺るぎない忠誠心を得る。
魔王の力を授かった側近達は誰も彼もが強力な個体に変貌するという話だ。
その力は最低でも上級魔族クラス、下手をすると魔王に迫る程の実力を持つのだという」
「側近が魔王クラス!? それが複数いるというのですか!」
「そうだ。だから奴の居場所を発見した今、全力で奴を叩かねばならん。
奴は放って置くと際限なく部下の数を増やしていく。
そしてその中から側近となれる程の実力者が出てくれば、
再び奴に従う強力な軍団の出来上がりだ」
「そして火の魔王軍の現在の住処は我が国と朱雀の国の国境にまたがる大河の上の島。
魔王の脅威が我が国に向いたとしても全くおかしくない状況じゃ。
故にロックとダイアナよ、我が国所属の勇者として、
お主らに魔王退治への参加を要請することになったのじゃ」
「成程、そういう事ですか父上」
「問題ありません。もとより魔王とはいつの日か戦わなければならぬ定め。
早いか遅いかの違いでしかありませんから」
「そう言って貰えると助かる。ではハロルドよ、作戦の概要を説明せよ」
「はっ!」
そうして今作戦の概要が、今回の戦いの玄武の国側の責任者であるハロルド父さんの口から説明された。
ちなみに父さんが今回の作戦の責任者に抜擢されたのには2つ理由がある。
一つはまず、父さんが元々は朱雀の国方面担当の将軍であったこと。
ロックが旅立つまでは勇者の育成に力を注いではいたが、ロックの旅立ちと同士に父さんは将軍職に返り咲いたのだ。
そしてもう一つは、8年前の魔族の討伐が俺の手柄であると、俺とロゼのスキルの更新の際にバレたことが原因なのだそうだ。
当初この話は、スキルの更新の発見の衝撃のお陰で誰も気が付いていなかったらしい。
しかしある時、会議の最中にガイアク大臣がこの事を議題に上げ、状況が発覚。
そしてガイアク大臣の父さんへの追求が開始されたという。
父さんはこの件については全面的に謝罪をし、言い訳一つもしなかったという。
それを見た王弟派の貴族達は父さんを更に攻め立てたが、最終的には当時の失敗はこれまでの実績で十分賄えるものだとして、話は終わったのだそうだ。
しかし嘘を付いていたのは事実であるのだから、次に何かしらの大きな事件があった際には、率先して対応に当たるようにと言われていたという。
そして遂に来た大きな事件の内容は、よりにもよって魔王相手の戦争であった。
父さんは満場一致で玄武の国の責任者に指名され、軍を率いて戦うことになったのだそうだ。
しかし俺達にとって、これは喜ばしいことであった。
何しろ他の将軍達に関しては、年に数回会議の際に会うだけで碌に知りもしない相手であるので、父さんが率いてくれた方が気分的に楽なのである。
俺達は父さんが話す作戦の内容を、聞き逃さないように集中して聞いていたのであった。
俺達はまずこれから、エルが騒動を起こした北ヤマヨコの町へと向かい、そこから街道を斜めに進んで、ヤマカワの町から大河に沿って国境方面に向かって進んだ先にある隣町のカワヨコの町へと向かうのだという。
その町で俺達は残りの勇者達、即ち氷の勇者であるサムと、朱雀の国の光の勇者と合流するのだそうだ。
ヤマカワの町で合流しないのは、潜伏場所のすぐ近くで勇者が集結していることを魔王軍側に気付かれないようにするためだ。
俺達とは別に玄武の国の対魔王軍用の特別編成軍も街道を北上し、北ヤマヨコの町を通り、彼らはそのままヤマカワの町へと向かって行く。
そして朱雀の国の軍隊も、こちらと同じタイミングで大河へと向かい、全く同じタイミングで大河に到着した両国の軍隊は、その勢いのまま河を渡り、島へと上陸するとのことだ。
ちなみに両国の連絡は国境の町に設置してある長距離用通信機を通して行われており、渡河の準備が出来次第、足並みをそろえて奇襲作戦を敢行するのだという。
とは言え、一般兵の仕事は魔王の討伐ではなく、島を包囲し、雑魚を蹴散らし、魔王までの道筋を作ることにある。
魔王及びその側近と直接戦うのは、集められた勇者の仕事だ。
こちらの戦力は光・氷・土に闇の4人の勇者。
向こうの戦力は、魔王本体と、側近が3匹で奇しくも同数。
どのような組み合わせになっても倒せるように、各勇者の健闘を期待するとのことである。
と、作戦の内容を聞かされて、一つ疑問が湧いた。
これが2ヶ国の合同作戦であるならば、一つ戦力が欠けている。
朱雀の国のもう一人の勇者である、火の勇者が作戦に組み込まれていないのは、どういう事なのだろうか?
「彼は逃げたそうだぞ」
火の勇者が作戦に組み込まれていない理由を問い質した所、父さんから返って来たのはこの返事であった。
何でも火の勇者は前回の戦いがトラウマになってしまったそうで、今ではたまに行っていたモンスター退治もすることなく、日々酒に溺れた生活をしているのだという。
そんな彼に、今回の作戦を説明し、参加を要請した所、次の日には仲間すら置き去りにして朱雀の国の首都バードから忽然と姿を消してしまっていたのだそうだ。
ちなみに青龍の国の水の勇者にも一応参加を打診したらしいのだが、相も変わらず図書館から出て来ず、彼女も不参加である。
白虎の国の勇者であるハヤテとデンデに至ってはスキル授与の儀式すら行っていない状況であり、結果として勇者4人が現時点で投入できる人類側の最高戦力であり、この4人のみで魔王と戦うという結論に達したという話であった。
何と言うか、もう本当に火の勇者はどうしようもないな。
頑なに図書館から出てこない水の勇者もどうしようもないが、それでも逃げる必要が何処にあるのか。
現在は歴史的にも非常に珍しい、全勇者の活動期間が重なっている好機であるというのに、活動可能な勇者が半分だけとは一体どういう事なのか。
俺は、つくづく勇者の運用というのは難しいのだなと、呆れ果ててしまったのであった。
俺達は魔王軍との戦いに関する話を聞き終えた後、その足で城の宝物庫へと向かい、決戦の準備を整えていく。
ちなみにやけに静かだと思っていたら、ハヤテとデンデの二人は謁見の間の隅で眠りこけていた。
俺達は二人を背負い、宝物庫へと向かい、必要な魔道具やマジックアイテムを見繕って、宝物庫を後にする。
そして後は明日の出発に備えて眠るだけという段階で、エリック先生がとんでもない事を言い出したのであった。
「さて、予定では出発は明日だが、その前に成すべきことがもう一つだけ残っているな」
「もう一つだけ? 何かありましたかエリック先生」
「何かも何もエルが発症している男に対する過剰反応に関してに決まっている。これは早急に治さねばならんだろうが」
「おっ……お父さん。アタシなら大丈夫だよ」
「何が『大丈夫』だ。ナイト達と再会する前は「大丈夫、問題無い」とか言っていたのに、いざ会ってみたらナイトを変態呼ばわりして張り飛ばしていたではないか」
「だ、だって。ナイトは結婚もしていないのにロゼ姉に手を出したロリコンの変態で……」
「馬鹿なことを言うな。男なんて生き物は大なり小なり皆変態で間違いない。そもそもロゼッタ様とナイトが男女の関係になっているだなんて、既に町の者達の共通認識であったのだ。今更騒ぐような事でもないだろう」
「ええっ!?」
「嘘! 皆知っていたの?」
俺とロゼは驚いて周囲に目を向ける。
するとアナやロックまでもが露骨に目を背けたのであった。
「ええまぁ……」
「あれは2年くらい前か、あっという間に噂は拡散していたぞ。
むしろ隠し通せていたと認識していた事の方が驚きだ。
大体スキルの更新の時に、二人揃ってその場面が映っていたではないか。
仮にも一国の王女の情事が一瞬とは言え一般市民の目に晒されたのだぞ?
あらかじめ知らされていなければ、会場が大騒ぎになっていた筈だろうが」
俺とロゼは、秘密にしていた筈の出来事がとっくにバレていたと伝えられショックと受けていた。
そしてエルは、周りが知っていたことを自分だけ知らなかったことに関してショックを受けていたのであった。
「あっアタシ、そんな事気づいていなかったし……」
「お前は興味のあることには凄まじい集中力を発揮するが、その他のことは右から左だからな」
「でっでもお父さん! アタシが男嫌いだって魔王退治には何の関係も無いじゃない!」
「そんな訳があるか馬鹿モン!
これからお前達は本物の魔王との戦いに出向くのだぞ。
そしてお前達の周りで戦っている人間は男の数が圧倒的に多いのだ。
いざという時に男嫌いで命の危険に晒してしまったりしたら笑い話にもならん。だから決戦前にお前の男嫌いを早急に解決せねばならんのだ」
「ちょっとちょっと、ティーチャー・エリック。
こういう事はゆっくりと慣らしていくべき事柄でしょう?」
「スマンが幾ら天使の忠告であっても従う訳には行きませんな。
時間があればそうしたでしょうが、決戦まで日も無いのです。
多少の荒療治はやむを得ないでしょう」
「荒療治って……エルに何をさせる気ですか」
「私は何もせんよ。するのはお前だナイト」
「俺?」
「そうだ、受け取るが良い」
エリック先生は懐から一本の鍵を取り出して俺に向かって放り投げた。
それは何の変哲もない鍵であった。
魔道具でもマジックアイテムでもない、これはただの部屋の鍵だ。
「それはこの亀岩城の中でも最も防音に優れた部屋の鍵だ。本来ならば陛下とその奥方しか使うことは許されていないのだが、今回特別に使用の許可を頂いた」
「城の中で最も防音に優れた部屋の鍵って……いやいや、まさかですよね」
「まさかではなく現実だ、理解しろナイト。
その部屋でお前は我が娘と一夜を共に過ごすのだからな」
「へ?」「「ええっ!?」」「お父さん?」
俺達はエリック先生の余りにも予想外の提案に度肝を抜かれた。
エリック先生は常に冷静で、頼りがいがあり、同時に一人娘であるエルのことをとても大事に思っている親バカな魔法使いだ。
だから聞き間違いだと思った。
しかし現実は俺達の予想の斜め上を突き抜けていったのだった。
「勇者の供、エリザベータ=エニシュの父親であるこの私、エリック=エニシュが未来の息子へとお願い申し上げる。どうか我が娘に『男』を教え込み、彼女の心に巣食った恐怖を晴らして頂きたい」
そうしてエリック先生は俺に向かって深々と頭を下げた。
そんな訳で俺とエルは、魔王との戦いへと出発する前日に、故郷タートルの町の王城の一室で一夜を共にすることになったのであった。




