第八話 モンスター
2017/06/15 サブタイトル追加&本文を細かく訂正
2017/07/14 本文を細かく訂正
『モンスター』
前世では怪物の意味を持つ単語であり、映画にゲームに小説に、そして漫画に触れていた者ならばまず間違いなく知っている『敵キャラ』だ。
前世の地球において、モンスターと言えば動物が凶悪化した姿、ドラゴンの様な幻想の類、スライムやゴブリンと言ったゲームや物語から持ち込まれて来た奴らの事を差していた。
モンスターには実体があり、剣で切り裂き、槍で突き、弓矢で射殺し、魔法で吹っ飛ばす。
そしてモンスターを倒せば動物と同じく、その場には死体が残る。
モンスターの死体は財宝の様なものだ。
牙・爪・毛皮に血、甲羅や翼などの素材を剥ぎ取り、それを加工して武器防具にする。
これが地球において考えられていたモンスター退治の一連の流れであった。
だから俺は当初そう思っていた。
しかしこの世界のモンスターは違う。
この世界のモンスターには前世の常識が通用しなかったのだ。
ここは町から少し離れた森の手前、玄武の国の首都タートルの近くにある手付かずの森の入り口だ。
町から馬車でこの場所まで来た俺達は、森の中でモンスター退治を行いレベルアップをする予定なのだ。
モンスターは山に河に海に空にと、この世界のありとあらゆる場所に存在している。
しかしそこまで行くには多大な労力が掛かるし、危険地帯に存在するモンスターは総じて強い個体が多い。
俺達は父さんを除いて全員がレベル0。
そんな場所にいるモンスターと戦えば即死してしまう。
よってまずは近場に居るモンスターを倒す予定ではあったが、広い草原では中々モンスターを見付けることが出来ない。
よって町から近く、モンスターが大量にいるとされる森へと向かったのだ。
そこで俺達は生まれて初めてモンスターをこの目で見ている。
森の中に入って行った父さんが捕まえて来たのだ。
そいつの名は『モンスターラット』
ネズミの形をしたそいつは、父さんにガシッと捕まえられて身動きが取れずもがいている。
そうそいつは『ネズミの形をしている』のだ。
しかしネズミでは有り得ない。
この世界にもネズミは存在し、地球と同じく灰色の毛皮を持っている。
しかし今、父さんに捕まえられているネズミは『半透明』だ。
この世界のモンスターは半透明な体をしているのである。
「「おお~!」」「わぁ……」「!!」
俺達は生まれて初めて見る半透明のモンスターを見て興奮している。
勿論俺達はこの世界のモンスターが半透明である事は知っている。
授業でも習うし、家族との会話にも出てくる。
街に住む一般人であっても当たり前に知っている事実だ。
ちなみに昔、俺はその事を知らず、モンスターには実体があると思い込んでいた時期がある。
当時の俺は何故そんな風に思い込んでいたのか分からなかったが、前世の記憶に引っ張られていたのだと、前世を思い出した今なら理解出来る。
モンスターラットの見た目は『半透明なネズミ』そのものだ。
輪郭はまんまネズミである。
しかしその体は透き通っており、体の向こうに景色が見える。
そしてその体の中心、丁度心臓に当たる部分にはキラキラと輝く石が存在していた。
「皆よく見ておけ、これがモンスター。半透明の体を持ち、体内に『魔石』を持つ人間の敵だ」
「凄い……本当に透明な体だ。向こう側が透けて見える」
「わ~わ~! スッゴイ! 凄いよこれ! ハロルドさん、触っても良い?」
「大丈夫だ。牙と爪に気をつけてな」
そう言われたので俺達は順番にモンスターラットの体をつついていく。
驚いた事に半透明な体をしているモンスターラットの体からは毛皮の感触と肉をつついた時と同じ弾力が返って来た。
体の中には筋肉どころか骨も血管も有るようには見えない。
しかし感触だけは確かにあるのだ。
話には聞いていたし、勉強もしていたが、やはりこれを見ると『異世界』なのだと実感してしまう。
地球にはこんな生物は居なかった。
強いて言えばクラゲが近いのだろうか。
「さてお前達も感じた通り、モンスターの体は見た目は半透明にも関わらず、触ってみれば筋肉も骨も毛皮すらも有るように感じる」
「凄いよね! どうなっているんだろうね!」
「それに対する答えは未だ出ていない。
『恐らくはこういう理屈なのではないか』位にしか分かっていないのが現状だ」
「そっかー、本に書かれていた通りなんだね~」
「ではエリザベータ嬢、その本に書かれていた事を説明してくれたまえ」
「でも皆知ってるよ? 同じ授業受けているんだから」
「何事もおさらいが大事なのだ」
「了解で~す」
そうしてエルはこの世界のモンスターについての説明を開始した。
・この世界のモンスターは半透明の姿をしている。
・輪郭は動物や植物、無機物を模しているが、体の何処かに『魔石』と呼ばれる物が存在している。
・『魔石』とは空気中に漂っている『魔力』が何らかの理由で結晶化した物である。
・『魔石』は放って置くとどんどん周囲の魔力を吸収し、大きくなっていく。
・また体内には道具、金属、お金などが入っている事もある。
・これは活動中に体内に取り込んだものの、消化吸収出来なかった事が原因と考えられている。
・モンスターを倒すためには体内から『魔石』を取り出す必要がある。
・または体内にある『魔石』を砕いても倒すことが可能。
・魔石を取り出すか砕くかすると、半透明の体が維持できなくなり、モンスターは溶けて消える。
・その際、体内にあった物はそのまま残る。
・これがいわゆる『ドロップアイテム』である。
・モンスターが活動できるのは、『魔石』から発生している『魔力』を『生命力』に変換しているからだと考えられている。
・モンスターを倒す、正確に言えば『魔石を取り出すか砕く』かをすると、モンスターの体は消滅し、そのモンスターの形を保っていた生命力が周囲に撒き散らされ、周囲の生物の中に吸収される。
・これがいわゆる『経験値』であり、モンスターを倒した者に最も多く吸収される。
・直接攻撃は勿論のこと、遠距離攻撃や罠や毒など、倒したその場にいなくても、何故か倒した相手に経験値が移動する事が確認されている。
・生命力は『奪った相手』の元へ最も多く還元されるからだと考えられている。
・ちなみに人間を殺しても経験値は手に入るが微々たるものである。
・どのモンスターも初めは普通の動植物や道具と同じ形をしているが、時間が経つに連れて形が変わっていき、凶悪な外見へと変貌する。
・生物や植物など体内に取り込んだ物に影響されると考えられている。
・また魔石が吸収した空気中の魔力が原因とする意見もある。
・モンスターは本来食事を必要としない。
・しかし模した動物の行動パターンに従って他の動物を襲うこともある。
・更に時間が経っていくと段々と透明度が落ちていき、最終的には普通の皮膚を持つ見た目に変わる。
・つまりモンスターの強さは『体の透明度』で大まかにだが判断することが可能。
・透明度が高い程弱く、透明度が低い程強いのだ。
・透明度が完全に無くなったモンスターは『魔族』と呼ばれる個体に進化する。 ・『モンスター』と『魔族』は別物として区別されている。
・『魔族』はどのような進化の過程を経て来たとしても、例外なく言葉を話すことが出来、『人型』に変身することが可能となる。
・魔族の心臓は魔石で出来ており、魔族は総じて強い。
・魔族になれば、食事、排泄、子作り、流血、病気になることが出来、人間や動物とほぼ変わらなくなる。
・なお魔族同士の子供は最初から魔族として生まれてくる。
・魔族の中でも知恵を持った魔族達は徒党を組み、人間と同じく国を作っている。
・人間世界の外側に魔族の国はあり、そこの代表者は『魔王』と呼ばれている。
・人間には8属性8人の勇者が居るが、魔王にも8属性8体の魔王が存在する。
・しかし現在活動している魔王は5体のみ。
・遥か昔に封印された魔王が2体、10年前に『光の勇者』によって倒された魔王が1体おり、現在活動中の魔王は5体だけ。
・その中で積極的に人間と戦っているのは朱雀の国に隣接している魔王のみである。
エルが長い説明を終えた。
父さんは大きく頷いている。
重要な話は殆ど説明したと言うことだろう。
よく見ると何処と無く寂しそうにも見える。
言いたかったことを全て言われてしまったからだろう。
面倒臭がらずに最初から自分で説明すれば良いのに。
しかし改めて説明されると、この世界のモンスターというのは面白い。
要するに『魔石』に何らかの力が働いて半透明の体を構築し、動物や植物や無機物の形を真似て自由に動き回っており、それをモンスターと呼称して居るのだ。
『魔石』は空気中に存在する『魔力』から生まれるため、世界中の何処であろうとモンスターは存在する。
そしてモンスターを倒すには魔石を体内から取り出すか、魔石を砕くしか方法が無い。
そうしないと、いくら体を傷つけてもモンスターはいずれ復活するのだ。
魔石こそがモンスターの核なのである。
そして何よりもモンスターを倒しても死体が残らないというのがポイントだ。
モンスターを倒せば、魔石と体内のアイテムを残して半透明の体は消滅する。
だからいわゆる『モンスターの解体』とか『素材の剥ぎ取り』はこの世界には存在しない。
古き良きRPGと同じ感覚でモンスター退治を行っているのだ。
俺がそんな事を考えていると、父さんが俺の前にモンスターラットを差し出してきた。
「さて、ナイト。まずは実践だ。持ってきたナイフでこいつの体から魔石を抉り出してみろ」
「俺が最初で良いのですか?」
「バカもん、こういうのを最初に行うのは男の役目だ。ほれさっさとやれ」
そう言われたので、俺はモンスターラットにナイフを突き刺し、半透明の体をグリグリと捻って、その体から魔石を取り出した。
その間、モンスターラットは暴れていたが、その体は父さんに固定されているのでぴくともしない。
悲鳴は聞こえるし体の感触はあるものの、抉っている筈の傷口も、流れ出ている筈の血液も半透明のため見えないので、気にすること無く作業を続行。
無事に魔石を取り出すことに成功した。
俺が魔石を取り出すと、途端にモンスターラットの輪郭が崩れ始め、最終的には溶けて消えて無くなってしまった。
そしてモンスターラットを捕まえていた父さんの手のひらが光ったかと思うと、光が周囲に撒き散らされ、俺と父さん、そしてエル達の体の中へと流れ込んで来た。
「今のが『経験値』だ。モンスターラットの生命力だな。これを一定量吸収すると『レベルアップ』をすることが出来る」
「しーつもーん! ナイトが倒したからナイトに一番の光が入って行ったのは分かったけど、ハロルドさんの方が私達よりも光が強かったのは何故ですか~?」
「それは私があのモンスターを捕まえていたからだ。経験値はその場に居る者達に配分されるが、倒した者>倒すのに協力した者>それ以外の者の順で入る量が変わってくる」
「何もしなくても近くにいれば経験値は手に入るのですか?」
「そうだ。だから集団戦には注意が必要だ。モンスターの集団を相手にすると、経験値が周囲のモンスターに吸収されてしまう事がある。そしてその量が多いと、強力なモンスターが生まれてしまう事もあるのだ」
「その場合はどうするのですか?」
「モンスターをある程度引き剥がして戦うのだ。
そうすれば他のモンスターに入る経験値を少なく抑えることが出来る」
それから父さんは今度は俺の手から魔石を取り上げ、それを地面に放り投げた。
「よしナイト。今度はこの魔石を砕いてみろ」
「えっ? でもそんな事をしても……」
「いいからやれ」
「了解です父さん」
言われた通り、俺は地面に置いた魔石を砕く。
魔石の中には硬度の高い魔石もあるという話だが、モンスターラットの魔石は俺の細腕の一撃で粉々に砕けた。
そして砕けただけだった。
取り出した『魔石』を壊しても経験値は手に入らないのだ。
「見たな? 知っていただろうがモンスターから取り出した魔石を砕いても経験値は手に入らない。何故なら魔石とは生命力になっていない魔力の塊だからだ。」
「だから経験値が欲しいのなら生命力の塊であるモンスターを倒さねばならないのですよね。流石にそれは知っていましたけど……」
「『知っている』のと『実際に経験している』のとでは大きな違いがあるからな。モンスターラットの魔石にはそれ程の価値は無いから1つくらいなら砕いても問題はない」
「じゃあ魔石から生命力が取り出せればレベルアップし放題だね!」
「そう考えて研究している者も居るらしいが、実現には至っていないな。
だからレベルアップをするためには地道にモンスターを狩り続けるしか無い」
「モンスターの強さによって経験値には違いが有るのですよね?」
「ああ、一概には言えないが、その通りだ。エリザベータ嬢も説明していたが透明度が低いモンスター程強い傾向がある。この森に住んでいるモンスターはどれも透明度が高いから心配することはない」
「それで一番強いのは魔族だと」
「その通りだ。もしお前達が魔族に出会ったのなら迷わず逃げろ。例え勇者であろうとレベルが低ければ魔族には対抗出来ん。普通の人間では奴らに対抗する為には最低でもレベル50は必要とされているからな」
「だから勇者の供のスキルの数が5個なのですか?」
「そうかもしれんな。さて、説明はこれで終わりだ。
準備は出来ているな? これから森に入るから全員はぐれないように!」
「「はい!」」「はい……」(コクッ)
そうして長い説明が終了し、俺達は森の中へと入っていったのであった。