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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 前編
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第七十七話 北ヤマヨコの町の暴動

 玄武の国にその人ありと謳われる、宮廷魔道士長エリック=エニシュ。

 彼には年を取ってから授かった一人娘がおり、それはそれは可愛がって育てているという。

 娘の名はエリザベータ=エニシュ。

 『稀代の天才にして変人』の異名を持つ、玄武の国の有名人だ。


 彼女は宮廷魔道士長エリックの薫陶を一身に受け、非常に優秀な魔法使いへと成長した。

 同時に彼女はタートルの町で店を開いた幼馴染であるナイトに協力して、数々の便利グッズを世に送り出し、ナイト商会の技術本部長としての地位も確立した。


 彼女には二人の親友がいる。

 一人はこの国の王女であるロゼッタ=A=タートル。

 そしてもう一人は今代の闇の勇者であり、闇の神殿の巫女でもあるダイアナ。

 彼女の親友達はどちらもこの国にとっての重要人物だ。

 そして彼女の父親もまたこの国の重鎮の一人であった。


 彼女の周りにはこの国の重要人物しか居なかった。

 だから彼女には厳選された人材しか近寄って来なかった。


 その為、彼女は旅に出てから初めて理解したのである。


 自分が周囲の人間からどういう風に見られるのかという事を。

 彼女の事を何も知らない人々が、彼女をどんな風に評価するのかを。

 宮廷魔道士長の娘でもなく、天才でもましてや変人でもなく、王女や勇者の幼馴染だと知られていない自分は、彼女のことを全く知らない男達からどのような扱いを受けるのかを。

 彼女は旅に出て初めて自覚することになるのであった。


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 それはロック率いる土の勇者一行が南ヤマヨコの町で勇者としての活動をしていた頃のこと。

 ダイアナ率いる闇の勇者一行も、同じく北ヤマヨコの町で勇者としての活動に勤しんでいた。

 町の人間達は自分達の町にやって来た勇者様を歓迎し、彼女達も期待に答えて町の周囲に潜むモンスター達を手当たり次第に仕留めて行く。

 結果、北ヤマヨコの町の周囲の治安は大幅に改善し、町長以下町の重鎮達は闇の勇者一行に揃って感謝を捧げる事になったのだった。


 そしてそろそろ町を立ち、次の町へと移動しようかと考えていた頃、そう言えば町そのものをゆっくりと見て回ったことはなかったなと思い出したダイアナ達は、普段着に着替えて、北ヤマヨコの町中へと繰り出して行ったのだった。



 彼女達が勇者だという事実に誰一人として気づかれないままに。



 そう、彼女達は北ヤマヨコの町に滞在中、昼間は町に居らず町の外でモンスター狩りに精を出していたために、町の住民達から闇の勇者一行だと認識されなかったのだ。

 彼女達と直接面識があったのは町のお偉いさんと役所の担当者くらいであり、町の住民達は勇者様が町を訪れている事は知ってはいても、その勇者様の姿を実際に見かけた住民は殆ど居なかったのである。


 それまでの彼女達は、宿泊している役所の一室を朝早く出立し、日が出ている最中はモンスター狩りに精を出し、日が暮れる頃に町へと戻り、役所に戻って夕食を食べ、一日の結果を町の担当者に報告してから就寝するという生活をしていた。

 宿屋に泊まっていない理由は、役所で寝起きした方が最新の情報をいち早く聞くことが出来るからだ。

 役所の役人達は勇者様の期待に答え、町の周囲のモンスターの分布を可能な限り調べ上げてアナ達に提供する。

 アナ達は最新の情報を元にして効率的にモンスター退治を繰り返して行く。

 町長以下町の重鎮達は、ひたすら町のために貢献してくれるアナ達を評価していた。

 彼女達は、文字通り朝から晩までをモンスター退治に費やすという実に勇者らしい行動を取っていたのである。


 それが最終日になって、初めて町へと出たものだから、町の住民達は驚愕したのだ。

 モンスター退治をしている時とも、旅をしている時とも違う、普段着を着用している彼女達は、まさしく美女と美少女の集団だ。

 絶世の美しさを誇るダイアナ、王族としての美を受け継いだ可愛らしいロゼッタ、天使としての愛らしさを持つヨミ。そして美人である上に胸もあるエリザベータ。

 彼女達はただ町を歩いているだけで、町の住民達の視線を釘付けにしてしまったのである。


 特に町に住む若い男達は彼女達の出現に色めき立った。

 いつもと同じ代わり映えしない日常だと思っていたら、突然町の中に超絶美女達が現れたのだ。

 彼女達は仲良く町の中を歩き回り、店を冷やかし、屋台で買い食いをし、公園で休憩を取り北ヤマヨコの町を満喫している。

 そして彼女達はただそれだけで、実に絵になる風景を作り出していたのだ。


 それを見かけた町の若い男達は揃いも揃って興奮状態に陥った。

 彼らの中には恋人が居る者も、妻子が居る者もいたが、そんな事はお構いなしだ。

 彼らは突如として自分達の町に舞い降りた美女達に魂を奪われてしまったのである。


 彼らはどうにかして彼女達とお近づきになりたいと考えた。

 だから彼らは彼女達をじっくりと観察し、近づく口実を探し出そうと躍起になったのだった。


 まず頭に浮かんだのは子供達へと近づく方法だ。

 だがこの考えはすぐさま却下となった。

 何故なら二人の美女と共に居る二人の美少女は、美少女過ぎて声が掛けづらかったからだ。

 仮に彼女達に声を掛けてしまったりした日には、翌日からのロリコン扱いを止めることは出来ないだろう。

 流石にそれは不味いと町の若い男達は考え、ロゼッタとヨミへの接触は中止となった。

 町の若い男達のターゲットはあくまでも美女の二人であり、美少女は愛でるだけで充分だったのである。


 ではそうなると本命である美女二人への直接の接触となるが、片方への接触はハードルが高い。

 あの黒髪黒目の絶世の美女は何と言うか近寄りにくい雰囲気を持っており、おかしな話ではあるが、下手に近づくと命の危険がある様に感じられるからだ。


 そんな訳で町の若い男達のターゲットはたった一人に絞られてしまった。

 それは灰色の髪と瞳を持ち、バインバインのナイスバディーを持ちながらも、どこかしら子供っぽさを残している美女軍団の最後の一人。

 即ちエリザベータは町の男達全員にターゲットとして狙われる事になってしまったのである。



 ちなみにこの北ヤマヨコの町の若い男達の馬鹿な考えは、当然のことながらアナ達に気付かれていた。

 いや、正確に言うと、ダイアナとロゼッタとヨミの3人は気が付いていたのだ。

 ダイアナとロゼッタは子供の頃からこういった視線に晒されてきたので、すぐに感知することが出来たし、天使であるヨミに至っては当然のことであった。


 何しろ彼女達の周囲をぐるっと取り囲むように男達が包囲し、彼女達と行動を共にしているのである。

 これで気が付くなと言う方が無理というものだったのだ。


 ダイアナは生まれた時から闇の勇者であり、ロゼッタは生まれた時からお姫様であった。

 だから二人は男の視線には敏感だったし、それに対する対処法も心得ていた。

 だが彼女達は気づきもしなかった。

 最後の一人、彼女達の親友であるエルが男達の視線に対して全くの無頓着であったということに、事が起こるまで気づくことが出来なかったのである。



 それは町の散策もそろそろ大詰めになってきた頃合いであった。

 ダイアナ達闇の勇者一行は、北ヤマヨコの町の広場を訪れ、広場に面して建てられている闇の神殿を観光にやって来た。

 大きな町には大抵広場があり、広場の隣には必ずと言って良い程に神殿が建てられているのである。


 彼女達は通い慣れているタートルの町の神殿とはまた形が違う北ヤマヨコの町の闇の神殿の敷地の中へと入ろうとしていた。

 そんな時だ、ダイアナ達に耳に突然賑やかな音楽が聞こえてきた。

 何だと思って振り向いてみると、広場の反対側に建っている建物の屋根からからくり人形が飛び出して、音に合わせて楽器を奏でているような動きをしているではないか。


 それは北ヤマヨコの町に拠点を持つ大商人の家に取り付けられていたからくり人形であり、毎日決まった時刻に動き出して、町の住民たちを楽しませていたものだった。

 しかしそんな事を知りもしなかったダイアナ達は大層驚いた。

 そして好奇心の塊であるエルは、ダイアナ達から離れて真っ先にからくり人形に向かって突撃して行ったのだった。



 それはエルに話し掛けようとしていた町の若い男達からすれば、千載一遇のチャンスであった。

 彼女達は常に一塊で行動していた。

 男達は彼女達に近づこうと何度も何度もチャレンジしていた。

 しかしその目的を果たすことは出来なかった。

 何故ならばダイアナが無意識の殺気を周囲に振りまいており、男達の接近を阻んでいたためだ。

 その殺気の防御壁の中からお目当ての美女が自ら飛び出して来てくれた。

 このチャンスを逃すまいと町の若い男達は我先にとエルに向かって突撃し、エルは街の広場のど真ん中で、知りもしない男達に取り囲まれてしまったのであった。



 「やぁ彼女、君はとってもキュートだね。

  どうだい? 僕と一緒に甘いひとときを過ごさないかい?」

 「ヘィガール! 中々のナイスなバディをしているじゃないか!

  俺と一緒に情熱的な一夜を明かそうぜ!」

 「初めまして。私はこの北ヤマヨコの町に領地を持つ貴族の三男です。

  望みの物を与えましょう。

  代わりにあの絶世の美女を紹介して頂けませんか?」

 「何だお前! 俺が先に声を掛けたんだろうが!」

 「なぁ君、名前は? 住所は? 好きな食べ物は?」

 「ぶっ殺すぞテメェら!」

 「やれやれこれだから下々の者達は。

  さぁあちらでじっくりと話そうじゃないか」

 「馬鹿言うな! こいつは俺と一緒に来るんだよ!」

 「俺だ!」

 「僕だ!」

 「私だ!」

 「……!」

 「……!」



 大混乱とはこういうことを言うのだろう。

 北ヤマヨコの町の若い男達は散々待たされた後の千載一遇のチャンスを狙っていたあまりにも多くのライバル達の出現に取り乱し、エルを取り囲んで暴走を開始してしまったのだ。


 堪らないのはエルである。

 彼女は何が起こっているのかも分からぬまま、見ず知らずの男達に取り囲まれ、返事をする間も与えられずに話し掛けられ、周囲では何時の間にやら喧嘩まで始まってしまったのだ。


 そしてそれは程なくエルの争奪戦へと様変わりした。

 若い男達は、その若さゆえの考えの無さを存分に発揮し、とにかくエルをこの場から連れ去ろうと、エルの手を掴み、彼女を強く引っ張り始めたのだ。


 「ちょっ、ちょっと何! 離して! 痛い、痛いよ!」

 「うるせぇ! 大人しくこっちに来い!」

 「馬鹿言うな! こいつは俺と一緒に来るんだよ!」

 「女は黙って男に従え!」

 「いい加減にしなさい。この女性は私と一緒に行くのですよ!」


 エルは勇者の供として旅立つために、この8年間修行を積んで来ている。

 しかし彼女の持つステータス・スキルは『魔法使い』だけであり、最大値まで極めた所で、その上昇値は大したことがない。

 特にこの場で実力行使に出てきた男達は、揃いも揃って鍛えている男達であり、戦士系のステータス・スキルを持っていたため、存外力が強かったのだ。


 そして何よりも、彼女はあくまでも後衛の魔法使いとしての訓練ばかりをしていたため、こういった直接的な行動を起こされると弱いのだ。

 しかも相手はモンスターでも魔族でも盗賊でもない、普通の町の住民なのだ。

 勇者の供としての修行の中には、町の住民に取り囲まれて、話も聞いて貰えずに連れ去られそうになった時の対処法なんて項目は無かったのだ。

 エルはこの時初めて人に対して恐怖の感情を抱いたのであった。



  「このデカパイ女が! モタモタしてんじゃねぇよ!」



 そんな時だ、エルを取り囲んでいた男の1人が、彼女の豊満な胸に手を伸ばし、その豊かな膨らみを鷲掴みにしてしまった。


 その瞬間、エルの脳内に、ナイト達と離れた直後にロゼから告白された、彼女とナイトとの大人の付き合いの情報が、電撃のごとき勢いで突き抜けて行ったのだった。


 幼馴染の中で最も年上で、最も幼い見た目のロゼッタが語るその内容は、未だ男を知らぬダイアナとエリザベータの脳髄に凄まじい衝撃となって叩き込まれていたのだ。

 それは2年前の初体験から始まるめくるめく官能の日々。

 幾分過剰なまでの表現を用い伝えられたその情報は、彼女達にいつか来るであろうナイトとの男と女の日々を自覚させるには十分な内容だったのである。


 そしてヨミからその際に注意を受けていたのだ。

 曰く、殿方というのは自分のことは棚に上げて、女性には一途であることを望む身勝手な生き物であると。

 そしてこれから先の旅の中で、多くの男性に誘惑されることになるだろうが、ナイトの妻になるつもりならば、他の男性には見向きもしては行けないのだと。

 当然の事ながら、男性に体を触られるなどもっての外であり、注意して行動しなければならないのだと。

 エルとアナはヨミに忠告をされていたのである。


 エルはその忠告を半ば聞き流しながら聞いていた。

 何しろ彼女はタートルの町の中で、男の言い寄られたことは疎か、近づかれたことすら無かったからだ。

 だから彼女は、自分のことを男性に好かれる女の子では無いと思っていたし、ナイトはそんな自分を好いてくれるとても良い男性だと思っていたのだ。



 しかしそれは大間違いである。

 彼女は彼女の母と実は美形である父の遺伝子の影響を存分に受けた、美人でスタイルの良い、普通ならば男が放っておかない程の『良い女』なのである。


 しかし彼女は宮廷魔道士長の一人娘であり、彼女の幼馴染はこの国の王女様と今代の闇の勇者様である。

 おまけに当人は稀代の天才にして変人として有名だ。

 しかも彼女は婚約をしており、その相手は国の将軍の息子の一人にして、次期国王の親友として有名なタートルの町の町長であったのだ。


 どれだけ美人でも、どれだけ良い体をしていても。

 エリザベータ=エニシュという女性は、手を出すには余りにもリスクが高い相手だったのである。

 何しろ仮に間違いがあったりしたら、国内最強の魔法使いと、最強の暗殺者が、国のバックアップ体制を受けた状態で襲い掛かって来るかもしれないのだ。

 考えるまでもなく即死である。

 だから彼女は、タートルの町の男達の中では『絶対に手を出してはいけない相手』として認識されていたのだ。


 しかしひとたびタートルの町を離れてしまえば、状況はガラリと変化する。

 タートルの町でどれだけ有名であったとしても、他の町でのエルは、ただのナイスバディの美人にしか見えないからだ。


 だから北ヤマヨコの町の若い男達は彼女に群がり、力づくで彼女に言うことを聞かせようとした。

 そして勢い余って、彼女の体に触れてしまったのだ。

 勢い余ってとは言ったものの、半ば故意に近い形ではあったのだが。

 そうでもなければ、うっかり触りはしても、鷲掴みにまでは行かないのだから。


 直接的な暴力に訴えた男には勝算があった。

 何しろこれまでも同じ様な方法で、狙った相手を落として来た実績があるのだ。

 レベルやステータスの有る世界であっても、基本女よりも男の方が強いのだ。

 だが今回ばかりは相手が悪い。

 男達の中心にいるのは、勇者の供として国内最強の魔法使いの手で育てられて来た、国内最強クラスの魔法使いなのである。

 そんな女性に手を出して、彼らは無事でいられる筈がなかったのだ。



 「キャアアアァァァ!!!」


 広場にエルの悲鳴が木霊する。

 それと同時に、エルの体が発光し、暴走した魔力が周囲に撒き散らされた。


 ズドオォーン!!

 ズドドドォォォ!!!


 エルを取り囲んでいた北ヤマヨコの町の若い男達は、全身に大火傷を負いながら広場から吹き飛ばされて行ったのだった。



 それをアナ達は半ば呆然とした様子で見ていた。


 いつもの様にエルが突撃していったら、急にエルが若い男達に取り囲まれ、大騒ぎになった。

 突然の事態に驚いていたら、エルが突然悲鳴を上げ、一瞬にして魔力が暴発。

 広場はまるで爆心地のような有様になり、広場の周辺には死に掛けの男達が散乱し、広場の中心でエルは声を上げて泣いていた。


 「……」

 「……」

 「……はっ! 呆けている場合ではありませんわお二人共!」


 真っ先に意識を取り戻したのはヨミであった。

 そしてヨミの言葉で意識を取り戻したダイアナとロゼッタは、事態を収集するために、まずは今も泣き続けている幼馴染の下へと向かって行ったのであった。



 重軽傷者50数名。

 町の中心である広場は半壊。


 北ヤマヨコの町の周囲の治安を劇的に改善した闇の勇者一行は、最後の最後で町の若い男達を一網打尽にしてしまい、町に甚大な被害を与えてしまったのであった。

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