第七十六話 エルの変質
そんな訳で俺達は、罠のダンジョンから帰って来た次の日の早朝には、ヨン率いる騎士団の先発隊と共に、ヤマモリの町を出立した。
ちなみにヨンが率いてきた騎士団の本隊は、このままヤマモリの町に残り、復興の手伝いをするのだという。
俺達は町を上げて出発を祝いたいという町長の申し出を丁重に断り、まだ日が昇り切る前にヤマモリの町を出発した。
見送りは早起きしてきた町長を含め、ごく僅かな者達のみ。
俺達は見送りに来てくれた彼らに礼を言い、彼らも俺達に礼を言って、そして俺達はヤマモリの町を後にした。
ちなみに、ダンジョンで手に入れたお宝に関しては、またこの町に戻る時まで預かっておいて貰うことになった。
俺達は旅を始めてからここまで来た道を最短距離で戻り、タートルの町で待ち構えている国軍と合流。
それから玄武の国が編成した対魔王軍用の部隊と共に、アナ達の待つヤマカワの町へと向かうのだそうだ。
旅立ってからヤマモリの町へ着くまでの間はモンスターを倒しながらの歩き旅であったが、先を急ぐ今回の旅は馬を使っての速度重視の移動となる。
俺達は幼い頃から馬術も嗜んでいたので、俺もロックもライも馬に乗ることが出来る。
ちなみにロゼの記憶を持つゲンも馬に乗ることが出来るのだが、体型が子供なため早駆けには不適切だ。
そしてハヤテとデンデは馬車の扱いは学んでいたが、単独で馬に乗ることはまだ出来ず、老師は馬に乗った経験すら無かった。
よって、ゲンとハヤテとデンデの3人は、俺とロックとライと一緒に馬に乗り、老師は走って俺達に付いて来る事になった。
その時の騎士団の皆の顔は見ものであった。
彼らは老師が魔族になったばかりのモンスターオウルだと知らされていたが、実際にその実力を見るのは初めてだったのだ。
ちなみに『老師はモンスターオウルなのだからフクロウに変身して、飛んで付いてくれば良いのではないか』という意見もあったのだが、玄武の国に居るはずのない巨大モンスターが騎士団と並走して飛ぶという姿を衆目に晒す訳にも行かず、その提案は却下となったのだ。
まぁ老人が馬に並走して走っているというこの状況もシュールと言えばシュールな光景なのだが、例え目撃されても、モンスターと一緒に行動していると思われるよりかは混乱が少ないだろうという話になったのだった。
山越えをしなければならない南ヤマヨコの町までは都合4日間。
そこで馬を乗り換えて、3日掛けてタートルの町へと到着した。
俺達は都合一週間の強行日程で、故郷であるタートルの町へと帰って来たのであった。
俺達が帰って来た時、既に日は暮れており、通常ならば門の出入りは出来ない時間帯であった。
しかし俺達は特例で門を通り、そのまま人通りの少なくなった夜道を一直線に城へと向かって行く。
昼間は多くの人で賑わう大通りも、この時間は人通りはまばらだ。
歩いているのはレストランや酒場に出向く者達くらいで、多くの住民達は家に帰り家族と団欒を囲んでいる頃合いである。
俺達はそんな住民達の生活の灯火を横目に見ながら大通りをひた走り、そして久方振りに玄武の国の王城である亀岩城へと辿り着いたのであった。
「父上、只今戻りました」
「うむ、ご苦労。元気そうで何よりである」
亀岩城の中央、謁見の間に通された俺達は、ひとまず国王陛下に帰還の挨拶を行う。
何時もなら謁見の間に入れば大臣やら文官やらが同席し、嫌味の一つも言われるのであるが、今回ばかりはそんな事にはならなかった。
何故なら広い謁見の間の大部分には、何台もの机が並び、大量の紙と資料が運び込まれ、軍人・文官問わず多くの人間が集まっており、さながら作戦会議室の様な状態になっていたからだ。
いや、実際作戦会議室なのであろう。
日が暮れているにも関わらず、光の魔石が煌々と輝き、その光の下で彼らは魔王軍相手の戦争の準備を着々と進めているのである。
そんな中で陛下の前辺りだけポッカリと空間ができており、俺達はそこでひざまづいて臣下の礼を取っている。
働いている者達は俺達の方をチラチラと見ているが、各々に割り振られた仕事が忙しいのだろう、すぐに視線を戻して各自の仕事へと戻って行った。
俺は通い慣れた謁見の間の余りの変わり様に驚きを隠せないでいたのだった。
「それで父上、まずは新たな仲間の紹介から始めましょうか。
それとも魔王軍の情報からお聞きした方が宜しいのでしょうか」
「ふむ、ではまずは報告にあったお三方を紹介して貰えるか。
魔王軍に関する報告は、その後でも大丈夫じゃろう」
「分かりました。ではまずこの3人との出会いから報告致します」
ロックはまずは国王陛下にハヤテとデンデと老師を紹介している。
ちなみにハヤテとデンデに関しては『勇者』として紹介したりはしない。
この二人が勇者扱いを嫌っていることは事前に連絡済みなので、二人の紹介はあくまでも旅の途中で出会った同行者扱いにしてあるのだ。
大雑把な報告は既に済ませてあったのだが、改めて当事者から話を聞くことも大事なのだろう。
陛下は3人との馴れ初めから、老師の進化。そして共にヤマモリの町を開放し、ダンジョンを攻略した話を聞くと、満足気に頷いたのであった。
「あい分かった。
お三方とも我が息子とその仲間達が世話になったようですな。
ロックの父親として、この国の王として感謝申し上げる」
「とんでもござらん。世話になったのは吾輩達の方ですからな」
「そうだぜ! オレたちは兄貴に世話になりっぱなしだ!」
「兄さん、それを言うなら兄貴達にだよ」
「そうだな! 兄貴達には世話になりっぱなしだ!」
「いや、わざわざ言い直さなくても良いんじゃないかな」
ハヤテとデンデが何時もの漫才を繰り広げている。
陛下はそれを見て、どこか優しげな眼差しをしていた。
二人についての噂話は、勿論陛下の耳にも入っているだろう。
息子が勇者として生まれついた陛下としては、同じ勇者であるハヤテとデンデの事も気にかけていたということか。
ともかくこれで3人に関する報告は済んだ。
次はいよいよ魔王軍に関する報告を聞く段階だ。
ぐ~
それなのに突然腹の虫が鳴り響く音が聞こえた。
見ればハヤテとデンデの二人が仲良くお腹を抑えているではないか。
ああそうか、そう言えばそうだった。
いつもならこの時間は、既に食事も終わり、明日に備えて寝ようとしている時間だ。
しかし今日に限っては、そろそろ日が暮れるのでキャンプの準備を始めようかという時間にはカメヨコ村近辺に到着していたので、後少しだからと無理をしてタートルの町まで移動して来ていたのだ。
そして町に到着後は、そのまま馬を走らせ城へと向かい、直接この謁見の間へと辿り着いた。
つまり今日、俺達はまだ夕食を食べていなかったのだ。
それでは確かに腹も鳴るだろう。
そのことに気が付いた途端、俺も突然の空腹に襲われた。
もらいゲロやもらい泣きは聞いたことがあるが、空腹も音を聞くと伝染するのだろうか?
いや、これは単に緊張の糸が切れて、俺の体が空腹なのだと思い出しただけか。
「ふむ、お主達ひょっとして夕食を取らずにここまで来たのか?」
「はい、その……申し訳ありません父上」
「謝る必要はあるまい。腹が減っては戦は出来ぬと言うしな。
話をするのは取り敢えず食事を取ってからでも良かろう。
その頃には他の者達も城へと呼び寄せられるであろうからな」
「他の者達? 一体誰のことですか?」
「うむ。ダイアナ達闇の勇者一行と、ハロルドを初めとした軍の関係者達よ」
「えっ!? アナ達はヤマカワの町に居るのではないのですか?」
「何じゃ念話とやらで聞いておらんかったのか?
ダイアナ達もお主達と同様一度この町に戻り、決戦の準備に取り掛かっておる。お主達も出発前には準備するのじゃぞ?」
「決戦の準備ですか?」
「こたびの相手は魔王率いる魔王軍本隊じゃからな。
自国を巡る見聞の旅ならば通常装備で問題は無いが、
魔王を相手にするのならばそういう訳にもイカンじゃろう。
我が国の宝物庫に集められておる大量のマジックアイテムや魔道具達。
今こそこれらを使う時ということよ」
「成程、了解致しました」
そうか、遂にマジックアイテムも解禁か。
元々城に保管されていたり、俺が店の売上を総動員して集めまくったマジックアイテムではあるが、俺達はこれまでの旅に、それらを持ち出すことは無かった。
何故なら最初は治安の良い玄武の国の中だけの旅を予定していたので、高価なマジックアイテムを持ち出しても、使う予定が無かったからだ。
しかし今回は危険極まりない魔王軍相手の戦争だ。
ならば可能な限り最高の装備で固めて出撃しなければならないだろう。
俺達は早速マジックアイテムが保管されているこの城の宝物庫へと向かおうと立ち上がった。
しかしそこでまたハヤテとデンデのお腹から「ぐ~」という悲鳴が木霊した。
そうだった、まずは何を置いても食事が先だ。
俺達は陛下に退席を告げ、その足で亀岩城の食堂へと向かったのであった。
子供の頃から通い慣れていた城の食堂は、こんな時間にも関わらず開いており、俺達以外の城勤めの者達も何人か食事をしていた。
食堂のシェフの話では、魔王の姿を確認したという報告がアナ達から届けられて以来、城の食堂は昼夜問わず開きっぱなしらしい。
つまり城の皆さんは昼も夜も無く働いているという事か。
俺は彼らの苦労を思い浮かべながら、用意された食事をかっ込むのであった。
------------------------------------
そして食事を終えて再び謁見の間に戻って来ると、そこには夜にも関わらずカッチリとした服装をしているハロルド父さんを始めとした軍の関係者達。
旅立つ前と何の変わりもない神殿長のばっちゃんと神殿関係者の面々。
宮廷魔導士長のエリック先生率いる宮廷魔道士達。
そして久し振りに再会したアナ達闇の勇者一行が勢揃いして居たのであった。
俺達は彼らに向かって近づいて行く。
そして俺はいつもの様にエルが突撃して来るものと考え身構えていた。
しかしエルは突撃して来なかった。
彼女はエリック先生の後ろに隠れてこちらの様子を伺っていたのであった。
「って、あれ? どうしたんだよエル。
いつもならこう「久し振りー!」って感じで突撃して来るのに」
「そうですね。どうしたんですかエル姉。どこか体調でも悪いのですか?」
「これから魔王軍相手に戦争をするのだ。
体の調子が悪いのならば無理はせず、休んでいろよ」
「……いやいや、ちょっと酷くない?
アタシってどんなキャラだと思われてるのさ!」
「どんなって……なぁ」
「エル姉はエル姉という一つのブランドというか、特殊個体と言うか」
「頭は良いけど基本暴走気味のマッドサイエンティストだろうお前は」
「えっ!? あの姉ちゃんヤバい奴なのか?」
「兄貴がそんな事を言うなんてよっぽどですね。
気を付けないといけませんよ兄さん」
「応! ……あれ? 何でオレに注意したんだデンデ?」
言いたい放題言いまくっているが、それでもエルはこちらには近づいて来ない。
……おかしい。明らかに今までのエルの行動パターンとは異なっている。
こちらには風の勇者と雷の勇者であるハヤテとデンデに加え、魔族へと進化したばかりの老師まで揃っているのだ。
つまりそれは、エルの探究心を刺激して止まない程のお宝が目の前に並んでいるということに他ならない。
それなのにエルが突撃してこない。
しかも俺達が近づくに連れ、何故かエリック先生を引っ張って俺達と距離を取ろうとしているのだ。
まさかとは思うが、この眼の前のエルはエルの姿をした偽物ではあるまいな。
いや、しかしそれならばエリック先生やばっちゃんが気が付く筈。
じゃあどういうことだ?
どうしてエルはいつもの様に突撃して来ないのだろうか。
俺はアナやロゼの方を向いた。
彼女達は困ったような顔つきをしている。
そしてヨミは呆れた様にため息を付いていた。
どうやら彼女達はエルがこうなった事情を知っている様子だ。
俺はヨミにエルの状況を尋ねてみた。
「なぁヨミ、エルは一体どうしたんだ?
何だか別人になってしまったように見えるんだが」
「どうしたんだと言われましても、あたくし達も驚いている所でして。
全く! つい先程までは「大丈夫」「問題無い」と仰っていましたのに!」
「何だそれ? それだと何か問題があるように聞こえるんだけど?」
「あると言えばありますが、この問題はもう解決済みの筈だったのですわ」
「解決済み? つまり問題が再燃したってことか?」
「そのようですわね。正直ここまで尾を引くとは思っても見ませんでしたわ」
「なんだそりゃ? おい一体どうしたんだよエル。何があったんだ?」
俺はそう言ってエルに向かって一歩踏み出した。
エルは俺が近づくに合わせて、一歩後ずさろうとする。
しかしそれは出来なかった。
何故ならエルの盾になっていたエリック先生がその場に踏ん張って動かなかったからだ。
エルは声なき声を挙げて、自らの父親を動かそうとする。
しかしエリック先生もまた無言で抵抗し、結果彼女達はその場で釘付けとなってしまった。
俺はその間に距離を詰め、エルに触れられる距離まで近づいていった。
そうして俺はいつもの様に、エルの肩を叩こうとしたのだが、何とエルに伸ばした手を叩き落されてしまったのだった。
俺は驚いてエルを見つめる。
するとエルは真っ赤な顔をして俺を睨んでいたのだった。
「へ……」
「へ?」
「変態! ナイトの変態! ド変態! 近づかないでよこのロリコン!」
そう言ったかと思うと、エルは右手を振りかぶり、強烈なビンタを俺に叩き込んで来た。
「バシン!」という小気味良い音が謁見の間に響き渡る。
そして俺を張り飛ばしたエルは、『ハッ』とした顔をしたかと思うと、脱兎のごとく謁見の間から走り去って行ってしまったのだった。
俺は幼馴染にロリコンの変態呼ばわりされた上に、張り飛ばされたショックで動くことも出来ず、呆然としたまま彼女の後ろ姿を眺めていた。
謁見の間に集まった人々はこのエルの突然の行動に驚きを露わにした。
そして彼らは、アナ達に事情の説明を求める。
そしてアナ達闇の勇者一行は、旅の途中でエルの身に降り掛かった災難を語り始めたのであった。




