第七十五話 火の魔王の発見
第四章開始します。
俺達は街道を引き返し、タートルの町へと戻って来ていた。
ヤマモリの町近郊の罠のダンジョンを攻略し、一週間が過ぎた頃の事である。
俺にとっては2度目の里帰りとなる。
一度旅立ったら数ヶ月は帰ってこないつもりだったのに、
まだ旅立って2ヶ月も経っていないのに再び戻って来てしまった。
何しろ国王陛下から直々の呼び出しだ。
戻らない訳にも行かなかった。
まぁ断るつもりも無かったのだが。
あの日、俺達が罠のダンジョンを攻略して、ヤマモリの町へと戻ったあの日、初めに宿泊してからずっと定宿にしていた役所へと戻って来た俺達を出迎えたのは、亀岩城から派遣されて来ていた軍の騎士団と親衛隊のヨンであった。
彼は当初ヤマモリの町の復興とハヤテとデンデの勇者兄弟の問題に対応するために国から派遣されたそうなのだが、俺達がダンジョンに潜っている間に状況が急変し、彼の役割は変わってしまったのだ。
「土の勇者であるロック王子、並びにその同行者達に緊急招集が掛かりましたのでお知らせ致します!
闇の勇者であるダイアナ様一行が、我が国と朱雀の国との間の国境に流れる大河の中の小島で、魔王の軍勢を確認!
その姿形から、朱雀の国が取り逃がした火の魔王の軍勢であることが確認されました!
我が国と朱雀の国の上層部は活動中の全勇者を招集しての奇襲作戦を立案! 現在、光の勇者・氷の勇者にも連絡が行っており、全勇者が我が国に集結中でございます!
土の勇者であらせられますロック王子とその仲間達も大至急の移動をお願い致します!」
この話を聞いた時、俺達は全員フリーズしてしまった。
旅立ってからまだ2ヶ月未満。
訪れた町もここで2つ目。
そもそも玄武の国の中だけしか旅をしたことのない俺達に、突如として魔王と戦えと国から要請が来たのだ。
驚くのも無理はないだろう。
俺達は全員言葉を発することも出来ずに固まっていた。
そんな時、役所の中から今度はヤマモリの町の町長が俺達の下へとやって来たのであった。
「おお、皆様無事で何よりでございます。
ダンジョンでの活躍の程は如何ですかな?」
「え? ああ町長、お久し振りです。つい先程、罠のダンジョンの攻略に成功しましたよ」
「ほう! あの難易度の高いダンジョンを攻略してしまうとは、流石は勇者様達でございますな」
「いえいえ、攻略したと言っても、その殆どがミスター・グラモの教えによるものでしたから。あれ程優秀な人物をご紹介下さり、誠にありがとうございました」
「そう言っていただけるとこちらとしても嬉しいですな。
ところで緊急招集の話はお聞きになられましたかな?」
「あっはい、今ヨンから聞いたばかりです」
「そうですか。ヨン殿、そしてロック王子とお仲間の皆様。
ここでは何ですから一度役所に入って中で話をしてはどうですかな?」
「しかし町長! 私はロック王子達を出来るだけ早くタートルの町へとお連れするようにと命令を受けているのです!」
「勿論存じております。しかしもう日が暮れる頃合いです。
今から準備をして出発しても夜間の強行軍になってしまうでしょう。
今夜はゆっくりお休みになって、明日の朝一番で出発しては如何でしょうか」
「……確かに、仰る通りです。
失礼しました、焦って正常な判断が出来ていなかったようです」
「構いませんよ。
では皆様、一度お部屋にお戻りになり、汗を流してから夕食をお取り下さい。
その後でじっくりと話をお聞きになると宜しいでしょう」
「ありがとうございます、町長」
町長の執り成しにより、俺達は一度休憩を挟んでからヨンの話を聞くことになった。
役所の中に入り、宿泊していた部屋に荷物を置いてから、水浴び場へと直行する。
しかしその途中、俺達がダンジョンに潜っている間に浴室が復旧したという話を聞いたので予定を変更し、役所に備え付けられている浴室へと移動。
魔族の老師が一緒なので、しばらく貸し切りにして貰い、全員揃って中に入る。
そこで俺達は熱いお湯で汗を流し、ダンジョン探索の疲れを癒やしたのであった。
この世界にも風呂文化は存在する。
しかし一般市民には大量のお湯を使っての入浴は普及しておらず、貴族や王族や儲かっている商人、若しくは町のトップの者達だけの贅沢となっていた。
各地の町の役所の中には基本的に浴室が設置されている。
何故なら貴族や王族が町を訪れた際、役所の中で話し合いをしたり、そのまま泊まったりすることがあるからだ。
ヤマモリの町の役所の浴室は、盗賊団の襲撃の際に破壊されていたが、俺達がダンジョンに潜っている間に復活していたらしい。
国から派遣されてくる騎士団が入ることを想定して、優先的に復旧させたのであろう。
ヤマモリの町の役所の浴室は広い湯船と沢山の洗い場が並んでおり、まるで日本の古い銭湯のような雰囲気であった。
俺達はダンジョンに潜っている間は濡れたタオルで体を拭く位のことはしていたが、石鹸を使い体を洗うと、黒く濁った汚れが思っていた以上に流れて来た。
やはり9日間ものダンジョン探索は予想以上に体を汚していたようだ。
気づいていなかったが、恐らく匂いも凄かったのではないだろうか。
俺達は泡が濁らなくなるまで体も頭も洗いまくる。
ちなみに火の魔石と水の魔石を使った給湯設備に加え、シャワーも設置されているので、とても快適である。
汚れを完璧に落とした後は、全員が入ってもまだ余裕がある湯船へと浸かり、この9日間の疲れを取ったのだった。
〈ゲン! ゲン! 聞こえますか? いい加減返事をなさい!〉
そんな時だ。ゲンにヨミからの念話が届いた。
思えばヨミの声を聴くのも久し振りだ。
ずっと念話の届かないダンジョンに潜っていたからな。
「あ~い。こ~ちらゲンで~す。な~にご~とだ~?」
〈何事だではありませんわ!
と言うか、何でそんな気の抜けた返事をしていますの!〉
「オイラ達今入浴中~。は~ビバノンノンな気分なんだ~い」
〈今までずっと音信不通だと思っていたら!
何で呑気にお風呂になんて入っていますの!〉
「だって仕方ないじゃ~ん。連続9日間もダンジョンに潜ってたんだぜ~」
〈潜り過ぎですわ! こちらは魔王軍を見付けて大騒ぎしていたと言うのに!〉
「その話はさっき聞いた~。詳しい話は風呂を出てから聞く予定~」
〈緊張感が無さ過ぎです! とにかく皆さん無事なのですね?〉
「ああ無事だ。済まないな、これ程までにダンジョンの攻略に時間が掛かるとは思わなかったのだ」
〈ブラザーが謝ることではありませんわ。
こちらもまさか魔王軍を見付けてしまうなんて思っていませんでしたもの〉
「そちらも全員無事なのか?」
〈無事ですわ。そもそも向こうがこちらに気づいていないから奇襲作戦が立案された訳ですし〉
「そうか。……ひょっとしてここ数日何度も連絡を取ろうとしてくれたのか?」
〈ええ。あまりに連絡が取れないので皆さん心配しておりましたのよ〉
「そう言えばヨミの声しか聞こえないが、他の3人はそこには居ないのか?」
〈マスターもアナさんもエルさんも現在忙しく動き回ってますの。あたくしはゲンとの連絡を優先するようにと待機しておりましたのよ〉
「そうか。では3人には宜しく伝えておいてくれ。私達は今夜詳しい話を聞き、明日の早朝そちらへ向けて出発することになると思う」
〈了解致しましたわ。くれぐれもお気をつけて〉
そう言ってヨミからの念話は切れた。
俺達はそのタイミングで風呂から上がることになった。
風呂から上がった後は、清潔な衣服に袖を通した後、町長が用意してくれた夕食を食べる為に食堂へと向かった。
そこで俺達は実に9日振りとなるまともな食事に舌鼓を打ち、ようやく一息付いたのであった。
その後、俺達は役所の会議室に移動し、ヨンから詳しい話を聞くことになった。
ちなみに後ろのソファーではハヤテとデンデが熟睡している。
子供勇者の二人は風呂に入り、飯を食べた後の睡魔には勝てなかったようだ。
ヨンが語る所によると、
俺達が罠のダンジョンに潜っている最中、アナ達もまたヤマカワの町近くのダンジョンに潜り、ダンジョン探索を満喫していたそうだ。
そしてダンジョン巡りが一段落したので、一日休日を取った際、折角大河の側の町へと来ているのだからと、4人揃って大河へと釣りに出かけたらしい。
地元の漁師に話を聞き、船も貸してもらって大河の中で釣り三昧をしていた時に、エルが妙な魔力の気配を感じたのだそうだ。
「ひょっとしたら魔力で変異を起こした魚でも居るのかもしれない」と考えた彼女達は、船を移動させて魔力の元を探し始め、最終的には大河の中程にある小島の一つに到着したという。
そこは何の変哲もない小島であった。
玄武の国と朱雀の国の国境に流れる大河とは文字通りの『大きな河』であり、その中程には沢山の小島が点在しているのである。
彼女達はその小島の一つに上陸し、魔力の元を探し回った。
そして魔力の発生場所を発見したのだが、その場所には何も無いように見えたという。
しかし明らかにおかしな気配があったため、じっくりと観察した所、見える景色に微妙な『ズレ』を発見したのだそうだ。
恐らく幻覚魔法の一種が使われているのだと判断したアナ達は、その日は一度町へと戻り、ヤマカワの町で小島の件について話を聞いて回ったが、誰も知らないとの事だったので、翌日もう一度上陸して様子を見てみることにしたという。
闇の勇者が得意とする闇魔法には姿や気配を消す魔法が存在する。
アナ達はそれを使って小島の端に潜伏し、幻覚魔法が使われている箇所をじっくりと観察していた所、何も無いように見える場所から突如湧き出てきた様に見える魔族の一団を確認したのだそうだ。
その時、彼女達は咄嗟に反応しようとする自らの体を止めるために苦労したそうだ。
何故ならばその中には奴が居たのだ。
8年前、突如俺達に襲い掛かり、俺や父さんも含めて彼女達を殺しかけた、あのマンティスと呼ばれていたカマキリの魔族が。
マンティスは8年前に父さんに切断された右腕から火を吹きながら、同じく燃え盛る他の魔族達と共に、朱雀の国方面へと河を渡って移動して行ったという。
アナ達は当初マンティスにばかり気を取られていたが、奴と共にいる魔族を見て、彼らの正体を看破したそうだ。
奴らは揃って燃えていたという。
体から火を吹き出しながらも自らの身体には火傷一つ無いのは、火に対する耐性が極めて高いことを意味している。
その姿は正に朱雀の国から流れて来ている噂通りの姿形をしていたそうだ。
大岩のような大きさを誇る、燃え盛る大ガエル。
丸太のような太さの体を持つ、燃え盛る巨大ヘビ。
そして彼らを従わせて悠然と歩く、燃え盛る小さな子犬。
魔王の側近の生き残りとして知られる、バーニング・フロッグとバーニング・スネーク。
そして彼らを率いるのは『火の魔王』バーニング・チワワ。
噂に聞いていた通りの姿を持つ、朱雀の国で猛威を奮っている魔王軍のトップとその側近が揃って島から出て来たのだ。
特にバーニング・チワワを一目見たアナ達は、その小さく可愛らしい姿からは想像も出来ない程の禍々しい気配に圧倒されてしまったという。
真っ向勝負をしては絶対に勝てない。
闇の勇者であるアナをして、そのような感想を持ってしまったのだそうだ。
彼女達は彼女達に気づいていない魔王達が島から離れ、随分と時間が経った後に、ヤマカワの町へと戻り、町の通信機を使ってこの事態を国へと報告。
同時にゲンに念話を飛ばしたものの、俺達はダンジョンに潜っていたために繋がらなかったそうだ。
魔王発見という想定外の事態に国は一時混乱したそうだが、まずは事の真偽を確かめるために、ヤマカワの町に避難して来ていた朱雀の国の避難民の中から魔王を実際に見たことのある者を選抜し、アナに案内して貰い、相手の姿を確認。
結果、2日後には帰って来た連中を見た朱雀の国からの避難民達は全員揃って火の魔王に間違いないと太鼓判を押し、今回の魔王軍への奇襲作戦が立案されたのだそうだ。
そしてこの頃にはヤマモリの町の通信機も回復しており、同じくらいのタイミングで、ヨンが率いる騎士団もヤマモリの町へと到着したという。
そこで国はヨンヘ、当初の予定を変更し、俺達土の勇者一行がダンジョンから戻り次第、大至急タートルの町へ移動させよとの命令を受けたのだそうである。
とはいえ、ヤマモリの町の復旧も大事なことには変わりない。
ヨンは明日、最初に到着していた先発部隊のみを引き連れて、俺達をまずタートルの町まで連れて行く。
その後、俺達は国が用意した対魔王軍用の本隊と合流してヤマカワの町を目指すのだそうだ。
圧倒的なステータスを誇る勇者の一人であるアナをして、
『真っ向勝負をしては絶対に勝てない』と言わしめる強敵。
火の魔王バーニング・チワワ率いる魔王軍との戦いに参加することが、俺達の預かり知らぬ所で決定されてしまったのであった。




