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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第三章 冒険編
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第七十一話 罠のダンジョン2

 罠のダンジョン20階。

 つまりこのダンジョンの最下層に俺達は到達していた。


 ここまで来るのに、掛かった日数は何と9日間。

 罠への対応策の為の修行も兼ねていたとは言え、正直掛かり過ぎである。


 通常ならばこんなに時間が掛かることはない。

 単純に迷宮を攻略するためだけならば、罠は避けたり、わざと発動させたりして対応することが可能だからだ。


 俺達が通ってきた道は、階段から階段までの最短ルート。

 しかしそのルート上の全ての罠を解除しながらここまで来たので、これ程の日数が掛かってしまったのだ。


 お陰で俺の罠解除の技術は随分と向上した。

 階層を跨ぐ毎に凶悪になっていく罠ではあったが、最初の階層からコツコツ解除し続けてきたのが良かったのだろう、罠の難易度に合わせる形で俺の罠解除の技術も向上していき、最下層の罠も問題無く解除することが出来たのだった。


 そして俺の仲間も随分と罠を見切れるようになっていた。

 流石に全部の罠を正確に見切れるのは俺だけだが、ライやデンデはそれなりに観察眼が着いてきたし、罠の発見が苦手であったロックや老師でさえも、簡単な罠ならば見極められるようになって来たのだ。


 これは15階以降、罠の種類が凶悪化したのが大きい。

 途中で出会った探索者パーティーが受けた酸の罠の様な、勇者であっても危険な罠が15階からは激増したためだ。

 人間、自らの命に危険を覚えれば注意力が上がるものだ。

 お陰でロックも老師も、罠の発見にそれまでよりも集中力を注ぐようになったのである。


 そんなこんなで俺達は現在、罠のダンジョンの最下層の奥にある大扉の前で休憩している。

 ダンジョンの中にはこの様な大扉がある場所が幾つもあるという。

 その奥はいわゆる『ボス部屋』だ。

 ダンジョン探索において、探索者達の行く手を阻む、強力なモンスターがこの扉の向こうで俺達を待ち構えているのである。

 そしてダンジョン最下層のボス部屋の奥にはいわゆる財宝部屋があるという。

 宝物庫とも呼ばれるそこには、ダンジョンをクリアした者だけが手にできる数多の財宝と、地上へと一瞬で帰還可能なダンジョンコアが鎮座しているのだ。



 「でも財宝って、もう取り尽くされているのではないのですか?」

 「いえ、ダンジョン最下層の財宝は一定期間毎に補充されるのですよ。

  ダンジョン内にある宝箱と同じようにね。

  このダンジョンが最後に攻略されたのはもう5年も前の事です。

  これだけ期間が空いていれば、問題無く財宝は補充されているでしょうな」

 「そうですか。

  そう言えば俺達このダンジョンで宝箱を一度も開けていませんでしたね」

 「ここに潜った目的が『罠への対応力の強化』でしたからな。

  それに最短ルートを通ったので、宝箱には恵まれなかったのでしょう。

  まぁ安心して下さい。

  ここのダンジョンは財宝部屋の中の宝箱も罠が満載ですからな。

  嫌という程に宝箱の罠の解除が出来ますな」

 「そう言えばミスターはここも攻略しているのですよね。

  ここのボスはどんな相手なのですか?

  と言うか、そもそも俺達はダンジョンのボスに挑むのが初めてなんですよ。

  何か気を付けることはありますか?」

 「ダンジョンのボスは基本的に大きく巨大な個体が出てくることが多いですな。

  気を付けることと言えば、ここはボス部屋にも罠が設置されているという事ですな。

  まぁ我々にはロック王子が居るので、モンスターの相手に関しては問題ないでしょうな。

  むしろ罠を警戒しながらの戦いの方が厄介でしょうな」

 「成程、実際俺達ってここのダンジョンで一度もモンスターと戦っていませんもんね」


 そうなのである。

 俺達はこの罠のダンジョンに潜っていた9日間、ただの一度もモンスターと戦っていないのだ。

 何しろモンスターはダンジョン内で発生しても、すぐに罠にかかって死んでしまい、生きて俺達の目の前には出てこないのである。

 モンスターは魔石さえ無事ならば生きているのだが、罠に魔石を砕かれたり、溶かされたりして、モンスター達は死んでしまう。


 低層階の簡単な罠ならば、怪我を負っても生き残っているモンスターも居る。

 しかしそんな生き残っているモンスターは、別の探索者に発見され次第仕留められるので、すぐに姿が見えなくなるのだ。

 そして死んだ後通路に放置された魔石はダンジョンに吸収されてしまう為、俺達はこれまでこのダンジョンで何一つ手に入れた物がないのである。

 いや元々の目的が『罠への対応力の強化』であり、『罠に対する知識と経験』は十分過ぎるくらいに得たのではあるが。


 「おっと、それは傲慢と言うものですなナイト殿」

 「傲慢ですか」

 「罠とは作るのも解除するのも日々の訓練が物を言いますからな。

  このダンジョンを出た後でも定期的に訓練を続け、罠解除の腕を磨いて欲しいですな」

 「む……確かにそうですな」

 「おや? あっしの口調が移りましたかな?」

 「え? あっ! これは失礼しました」

 「いえいえ、とんでもない。

  あっしはねぇ嬉しいんですよ。

  老い先短いこの命。

  この年になってやっとあっしの技術をモノにする人に出会えたんですからな」

 「それって俺のことですか?」

 「ええ。今までもあっしに罠についての知識を学びに来た人は大勢いましたがね、一発でここの最下層まで到達する程に罠に精通していた人はナイト殿が初めてでしたからな」

 「そうなんですか!? 他の探索者の方達とは全然キャリアが違うと思うのですが?」

 「彼らは迷宮探索のエキスパートではありますが、罠に関してはそうではありません。対してナイト殿はその若さで罠に関しては異様な程に熟知していらっしゃる。こればっかりは普段から罠を使い続けてきたかどうかの違いが出ますな」

 「でも俺、タートルの町では罠を仕掛けるだけでしたよ?」

 「その経験が、罠の解除にも役に立っているのですな。

  ナイト殿は罠を仕掛ける側の視点を持っています。

  対して殆どの探索者達にとって、罠とは探索に邪魔となる障害物以外の何物でもありません。

  彼らは罠を避けたり、解除したりはしますが、自分で罠を作成することはありませんからな。

  罠のエキスパートになるためには、どちらの経験も大切なのですな」

 「成程、分かりました。ミスターの名を汚さぬように日々精進致します」

 「ありがとうございます。では皆さん、そろそろ行きますかな?」

 「「おう!!」」


 ミスターの指示で俺達はボス部屋の扉を潜って行く。

 勿論この扉にも罠があったが、休憩前に全て解除済みだ。

 階層を跨ぐ門と階段には罠は無いが、この様なダンジョン内にある扉には罠が設置されているのだ。


 ボス部屋の中はダンジョン内と同じく、石造りの広い空間であった。

 そこで俺達は予想外の相手と戦う事になるのであった。


------------------------------------



 広い空間の奥に小さな扉が一つ存在している。

 あれが話に聞いていたダンジョン最奥にあるという宝物庫への入り口なのだろう。

 俺達が潜ってきた大扉とは大きさがまるで違う。

 何というか台所に有る勝手口の様だ。


 そしてその前に陣取っているのは、全身を霧に覆われた謎のモンスターであった。

 その大きさは成人男性くらいの大きさでそれ程でもなく、巨大モンスターが出てくることを警戒していた俺達は拍子抜けしてしまう。

 しかし見れば、ミスターが構えを取って謎のモンスターに対峙していた。

 俺達はそれを見て警戒度を上げた。

 ミスターはこれまでも常に飄々として自然体であり、構えを取ることなど無かったからだ。


 「どうしたのですかミスター。あのモンスターに心当たりでも?」

 「ええ。皆さん気を付けて下さい。

  あれは『ドッペルゲンガー』と呼ばれるモンスターです」

 「ドッペルゲンガーですか?」

 「ええ。変身能力を持つ強敵です。

  対峙した相手とそっくりに変身すると言われています」

 「変身!?」

 「オイラと一緒かよ!」

 「ゲンは亀に変身するだけだろ」

 「は~凄いですねぇ」

 「呑気なことを言っている場合ではありません。

  奴は誰に変身すると思っているのですかな?」

 「誰ってそりゃ勿論、俺達の中で一番強い奴に……げっ!」


 ミスターの説明を聞いて、俺達は一斉にロックに目を向けた。

 ロックは一瞬ポカンとした後、ハッとした顔をして、急いで俺達の前に出る。


 それと同時にドッペルゲンガーの変身が開始された。

 霧が発光したかと思うと、段々と輪郭が現れ始め、光が収まる頃に目の前に立っていたのはやはり我が親友ロックであった。

 いや輪郭が多少ブレているロックの偽物が俺達の前に立ち塞がっていたのである。


 そのロックの偽物は構えを取ることもせず、目にも留まらぬスピードで俺達に向かって突撃して来た。


 カチッ、ドカン!!


 そして床に設置されていた爆発の罠を踏み抜き、部屋の端まで吹き飛ばされて行ったのであった。


 「は?」

 「えっ? 何?」

 「自爆? ってか地雷?」


 ハヤテとデンデと俺は目の前で起こった事に理解が追いつかない。

 突然敵が目にも留まらぬ速さで動いたかと思ったら、勝手に罠を踏み抜き吹き飛ばされて行ったのだ。

 罠を踏んでくれたことは正直助かった。

 しかし問題なのは、奴のあのスピードだ。

 正直全く反応出来なかった。

 あれじゃあまるでロックの奴そのものだ。

 いや、明らかにロックの奴よりもスピードが上だったぞ!?


 「気を付けて下さいな。ドッペルゲンガーは変身した相手のスキルやステータスすらも完璧に真似ると言われていますからな」

 「! ちょっと待って下さい!

  では俺達は勇者を相手にしなければいけないのですか!?」

 「その通りですな。皆さん右に少し寄りましょう。

  そこに色違いの床がありますから踏み抜かないように注意して下さいな」

 「いやいや、寄ってる場合ですか!?

  それに何でそんなに冷静なんですか!? 相手は勇者なのですよ?」

 「まぁまずは落ち着いて、ここは任せて下さいな。

  本来なら皆さんにおまかせする予定でしたが、勇者に化けたドッペルゲンガーの相手は危険ですからな。私が指示を出させて頂きますな」


 そう言って自信満々に語るミスターを俺達は信用することにし、言われた通りに少し右へとズレていった。

 しばらくすると、ロックに化けたドッペルゲンガーは立ち上がり、再び俺達に突撃して来る。

 そして先程と同じように罠を踏み抜き、今度は別の方向へと吹き飛ばされて行ったのであった。

 えええ……


 「ドッペルゲンガーの攻撃は直線的で非常に単調です。

  おまけに変身相手のロック王子は罠の発見を苦手としております。

  ドッペルゲンガーは変身した相手のスキルや技術やステータスは真似出来ても、頭の中までは真似出来ないのです。

  つまりこの部屋の中で奴の相手をするのならば、

  罠を踏み抜くように我々の位置を調整してやれば良いのですな。

  そうやって奴を罠に掛けて弱らせてから、

  頃合いを見てロック王子が一対一で奴を仕留める。

  これがこの場での最も効果的な戦い方でありますな」


 そう言ってミスターは自信満々な顔を俺達に見せてきた。

 それからしばらくはドッペルゲンガーが罠にハマる音だけが室内に鳴り響いていた。

 しかし室内の罠の数も無限ではない。

 十数回の罠の発動が終わっても、ロックに化けたドッペルゲンガーには体にダメージは残っていないようだし、奴と俺達との間にあった罠の殆どは無くなってしまっていたのであった。


 「ってどうするんですかミスター!

  そろそろ罠は尽きますし、奴はまだまだ余裕がありそうですよ!?」

 「これは予想外でしたなぁ。ロック王子の耐久力を甘く見ておりました」

 「仕方ありません。奴が来たら同じステータスの私が相手をします」

 「いえ、それは最後の手段ですな。ナイト殿、次の罠が発動して奴が吹き飛ばされたら、そのスキを突いて毒を投げつけて貰えますかな?」

 「毒ですか? しかし避けられてしまうのでは?」

 「奴はロック王子と同じステータスを持っています。ならばそのステータスに物を言わせて、避けるよりも耐えることを選ぶ筈ですな。

  我々が狙うのはその油断です。

  ロック王子に毒が効果的なのは、分かっていることですからな。

  ドッペルゲンガーに毒を吸わせて、奴を内部から削り取ってやりましょう」

 「成程、了解しました」


 俺はドッペルゲンガーが吹き飛ばされた先へと、毒の粉が入った瓶を投げ付けた。

 瓶は床に激突した衝撃で割れ、着弾点には大量の毒の粉が舞い散る。

 奴はそれを吸い、激しくむせたかと思うと、全身にまだら模様の斑点が浮き上がって来た。

 人体に有害な毒を選んでみたが、どうやら人間に化けたドッペルゲンガーにも効果はあったようだ。

 ちなみに俺達は、俺が毒瓶を投げた直後に、アイテムボックスから取り出したマスクを全員に配り、身に付けている。

 舞い散った粉を吸い込むのを防ぐためだ。


 「うわぁ凄いな。何だよあの模様。旦那は一体何の毒を使ったんだ?」

 「ああ、あれは盗賊を釣るために爺さんに化けていた時に、ロックが採取したキノコから作った毒だよ」

 「あのキノコか!? 成程、確かに食べなくて正解だったな」

 「勇者が毒キノコを食べて死んでしまったなんて笑い話にもならないからな。  っと、早速結果が出てきたみたいだぜ?」


 見ればドッペルゲンガーは悶え苦しみ、段々と変身しているロックの輪郭が崩れて来ているように見える。

 それでも奴は果敢に突撃を敢行するが、残っている罠に阻まれ、俺達の場所までは辿り着けない。

 そして遂に室内の罠が全て尽きた頃、奴は瀕死の重傷を負い、フラフラと頼りない足取りをしていたのであった。

 どうやらオートヒールを発動するためのMPも枯渇したようだ。

 今まさに殺し時である。


 「毒と罠で随分と削れましたな。ロック王子、最後の仕上げはお願いします」

 「ああ、承知した」

 「ロック、あの毒は接触感染はしない筈だが、万が一という可能性はある。

  武器を使って倒すことを勧めるぞ」

 「そうか、了解した。ストーンランス!」


 ロックが魔法を使って、石で出来た槍を作り上げ、奴と部屋の中央で戦いを開始した。

 その戦いは文字通り一方的なものだった。

 無理も無い、同じステータス、同じスキルに同じ技術を持っているのならば、ダメージが少ない方が有利に決まっているのだから。

 結局ドッペルゲンガーは健闘したものの、力及ばず、ロックの振るった槍に貫かれ、命を落としたのだった。


 奴が倒れ、変身していたロックの姿から、霧状の姿へと戻ったと思ったら、その姿も霧散し、その場に残ったのは大きな魔石が一つだけ。


 俺達はこうして罠のダンジョン最下層のボス部屋を攻略した。

 そして遂に最下層の最奥、宝物庫へと辿り着いたのであった。

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