第六十九話 人数のダンジョン3
--side名もなき少年--
ヤマモリの町はダンジョンで有名な町だ。
だからこの町には、ダンジョンで一山当てようとする俺のような若者が多数集結し、日々切磋琢磨しているという。
ダンジョン探索で知り合った仲間と永遠の友情を育んだ。
危機一髪の状況を救われた貴族の女性が、彼女を救った村人の少年と恋に落ちた。
長い苦労の果てに最下層に辿り着いたパーティーは、使い切れない程の財宝を手に入れ、残りの人生を幸せに暮らした。
ダンジョンにまつわる話には枚挙に暇がなく、若者達は夢を描いてヤマモリの町を目指し旅をする。
勿論俺もそんな若者達の一人である。
渋る親を何年にも渡り説得し、俺は探索者になるために旅立った。
そうしてようやく辿り着いたヤマモリの町ではあったが、不幸なことに大盗賊団に襲われたとかで、町は壊滅状態であった。
しかしたまたま町を訪れた勇者様のお陰で盗賊達は倒され、町は救われ、復興の目処が立ち、そのお陰でしばらく閉鎖されていたダンジョンがようやく開放される事となった。
俺は早速、この町一番の人気ダンジョンである『人数のダンジョン』を訪れたが、村から出て来たばかりだと説明すると、初心者講習を紹介されてしまった。
正直最初は渋った。
俺は将来英雄になり、大金持ちになり、世界に名を馳せる男なのだ。
それが初心者講習に参加だなんて笑い話にもなりゃしない。
しかし俺は同時にダンジョンに挑戦する探索者達に敬意を払っていた。
だからまぁ最初は大人しく学んでやろうと思い、初心者講習に登録をしたのだ。
俺と同じく初心者講習に登録をした若い奴らは10数人にも及んだ。
いつもなら数人程度らしいのだが、盗賊団の襲撃のお陰でダンジョンがしばらく閉鎖されていたために、大量の見習い探索者達が同じ日に集まってしまったのだという。
俺達は講習の開始を待っていた。
すると新たな参加者が初心者講習に登録をしていた。
そいつらは一目で高価だと分かる衣服を身に纏い、防御力も高ければ値段も高い事間違い無しのお高い武具を身に着けていた。
オマケに何の冗談なのか、子供が3人に老人が1人同行しているのだ。
恐らくはダンジョンに潜ってみたい何処かのボンボンがお付きを引き連れてやって来たのだろう。
俺は憧れの探索者を汚されたような気分になって腹が立った。
その腹立ちは伝説の探索者ミスター・グラモに出会っても一向に衰えることは無かった。
だから俺はそいつらに文句をつけて初心者講習から追い出そうと考えた。
しかしそれは大きな間違いだった。
彼らは何と勇者様の一行だったのだ。
しかもつい先日ヤマモリの町を襲った盗賊団を壊滅させ、奪われた町の財産を取り戻し、暴走した町の住民達を寛大なお心で許して下さり、町の復興に多大なる貢献をして、町の人間が揃って感謝している程の本物の勇者様だったのだ。
特に一行のリーダーであるロック王子とお付のナイト元町長と弟のライ殿。そしてトウ老師と呼ばれる老人は、僅か4人で盗賊団に占領されたヤマモリの町を開放し、盗賊達を無力化したという本物の実力者だ。
町の酒場では連日連夜、その話で持ちきりなので間違いはない。
実際勘違いで彼らを襲ってしまったという高レベル探索者達が、口を揃えて「こちらは本気で戦っていたのに、向こうはこちらを殺さないように手加減されて対応された」と実力の違いを口にしていたのだ。
俺はそんな人達に喧嘩を売ってしまった。
俺の人生はここで終わるのだと本気で思った。
しかし彼らは俺の嫌味など気にもせずにそのまま初心者講習を受け続け、そして現在、共にダンジョンへと潜っているのだった。
実際に見る彼らの実力は、噂を遥かに超えていた。
俺と同じく町や村からこのダンジョンを訪れて、初めてモンスター相手に戦う様な素人とは違い、彼らの実力は文字通りの桁違いだったのだ。
俺よりも1つだけ年上であるというライと名乗った少年の槍さばきは見事の一言だったし、トウ老師の蹴りはモンスターを吹き飛ばすほどの威力がある。
子供達も弓だのナイフだのを使って、的確に援護をし魔石を回収している。
一番小さなゲンと呼ばれた少年に至っては、目にも留まらぬスピードで動いたかと思うと、モンスターが爆散していたのだ。
そしてナイト元町長は薬を使って動きを止めてから確実にモンスターを倒し、勇者ロック王子には、そもそもモンスターの攻撃が意味をなしていないのである。
余りにも実力に差がありすぎて最早笑うしかない。
――こんなのどう考えても授けられたスキルに差がありすぎるじゃないか。
俺はダンジョンから地上へと戻ったら、探索者を諦めて、村に帰ろうと本気で考えていた。
しかし同じくこの初心者講習に参加した女の子からこんな話を聞いたのだ。
「他の人達はともかくとして、ナイト元町長の強さは長い努力の果てに手に入れた強さなのだ」と。
彼は今巷を騒がしている『スキルの更新』の発見者であり、元々のスキルの数はたったの1つだけだったそうだ。
おまけにそのスキルとは『一般人』という名の聞いたこともない弱小スキルであり、彼は当初『ハズレ者』として陰口を叩かれていたという。
しかし彼は決してめげず、諦めず、努力を続け、結果として最後の最後でロック王子の供の1人として認められ、共に旅をしているのだという。
俺は所詮村で生まれた農民の息子だ。
物心付いた頃から受けてきた特殊な訓練なんぞとは無縁だし、特別な装備を買う金も無ければ、『勇者』なんていう特別なスキルだって持っちゃいない。
そんな俺でも努力することは出来るだろう。
良く見れば、他の人達とは違い、彼の強さは俺でも理解できる強さだった。
薬を使ってモンスターの動きを止め、確実に正確にとどめを刺す。
他の人達の様に圧倒的なまでのステータスの値による行動では無く、謎のスキルを使った理解不能な現象でもない。
あの人の行動は、あの人の強さだけは勇者のパーティーの中で突出していないのだ。
あれは理解の出来る強さだ。
理解の出来る強さなら、俺でも到達できる筈。
俺は村に帰るのはやっぱり止める事にした。
そしてしばらくは、彼のような強さを目指して地道に努力を重ねることを誓うのであった。
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--sideナイト--
現在地は人数のダンジョンの地下9階。
初心者講習の参加者達は誰一人として欠けずにここまで来れていた。
そして俺はこのダンジョンに入って正解だったと心から思っていた。
その理由はただ一つ。
俺達以外の参加者がとてつもなく弱かったからだ。
彼らは各地の村や町から探索者に憧れてダンジョンを訪れた、言わば素人の集団だ。
その戦い方はお世辞にも良いとは言えず、4階に出てきたダンジョンゴブリン相手にもまともに戦う事が出来ない程であった。
そもそも戦うことが出来ているのは全体の半分くらいで、残りの半分は、モンスターの動きを完全に止めた後で無ければ攻撃を当てることすら出来ないという有様であったのだ。
だから4階以降、俺達はほぼ出ずっぱりとなり、彼らの援護に終止していた。
ミスター・グラモが言うには、初心者講習の参加者の殆どは彼らのような戦いの素人らしく、まともに戦えなくてもむしろ当然なのだという。
この初心者講習は、これから探索者になろうとしているズブの素人を鍛えるのと同時に、指導教官や中堅探索者の育成も兼ねているのだそうだ。
つまり十分な実力を持った探索者に、初心者の援護をさせることにより、彼らの指揮能力や育成能力を上げる役割もこの講習にはあったのだ。
そして俺達にはその中堅探索者の役割が期待されていたのである。
「よしそのまま前に進め! 盾の君はもう少し装備を信じろ! 槍の君は一度落ち着け! そのまま追い込んで! ハイ、攻撃! 突いて突いて! よし、動きが止まった、魔石をくり抜け!」
「「はい! 勇者様!!」」
ロックが初心者達を指揮する声がダンジョン内に響き渡っている。
その声はとても生き生きとしており、戦いを嫌っている奴とは思えない程だ。
どうやらロックの奴は前に出て戦うよりも、こうやって指揮をしたり、素人を育成したりする方が性に合っているらしい。
今はまだ俺達だけの少人数パーティーでの旅ではあるが、魔王軍相手に戦うことにでもなれば、ロックは下手をすると軍を率いて戦う羽目になるのだ。
今回のような経験はむしろありがたい事なのである。
「ミスター! 下に降りる階段を発見しました!」
「はい、ご苦労様です。ここまで大した怪我もなく来れました。
皆さん大変優秀ですな。次の階で最後ですから気を抜かずに行きましょう」
「「はい!」」
ここまでは非常に順調だ。
これと言った怪我人もなく、道中にあった宝箱も全て確保。
出会ったモンスターも全て仕留め、魔石は全員に分配されている。
俺達は遂に初心者講習最後の階層に到達した。
そこで俺達はダンジョンの洗礼を受ける羽目になるのであった。
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人数のダンジョン10階に入った瞬間、ダンジョン内部の景色がガラッと変わったので俺達は驚いた。
9階までは石造りの整備された通路であったのだが、10階はまさかのレンガ造りだったのである。
俺達はミスター・グラモの方を見た。
出発前の座学ではこんな事は教えて貰っていなかった筈だ。
「はい皆さん驚きましたかな? ダンジョンの中には階層をまたぐとダンジョンの作りその物が変化する物も存在しているのですな。ここ『人数のダンジョン』では9階までが石造り、19階までがレンガ造りとなっておりますな」
「ということは20階以降も作りが変わると?」
「その通りですな。しかしここでは教えませんな。20階程度なら時間さえ掛ければ誰でも到達できますからな。実際の20階から先は、辿り着いてからのお楽しみにしておきますな」
「了解しましたミスター」
俺達はダンジョンの中を進んで行く。
ミスターの指示で先頭は何故かロックの奴だ。
これまでの探索で、ロックの防御力を当てにしているのか、他の参加者達は皆ピッタリと寄り添っている。
そして俺達土の勇者一行は揃って最後尾に集められていた。
三叉路があったので、ミスターの指示でそのまま真っ直ぐに進んだ。
突然壁からハンマー飛び出し、そのままロックに激突した。
流石に吹き飛ばされることはなかったが、ロックの体は後ろに傾いた。
ロックの体はすぐ後ろにいた参加者にぶつかり、ドミノ倒しが発生した。
「グッ!?」
「ちょ? わあああぁぁ!」
「痛い! 重い!」
俺達は咄嗟に避けることが出来たが、前は酷い有様だ。
俺達を除いた参加者達が揃って通路に倒れており、たんこぶを作っている者まで居る始末である。
「おやおや、意外と軽症で済みましたな」
ミスター・グラモはそんな事を言っている。
……って、ちょっと待て。
まさかこれ、わざとだったのか?
「その通りですな。ここにこの罠がある事は随分前から知っていましたからな。ダンジョンの罠を体験して貰うために、引っかかって貰ったのですな」
しれっととんでもない事を言っているのだが。
ダンジョンの床に転がっていた初心者講習の参加者達はブツブツと文句を言いながら立ち上がり、ミスター・グラモを睨んでいる。
しかし彼は睨まれてもどこ吹く風で、ひょうひょうと説明を開始したのだった。
「おやおや、皆さん、目付きが厳しいですな。
しかし今回の件で一番問題なのは、何を隠そうロック王子ですな」
「私ですか?」
「ロック王子は先頭を進んでおりました。このダンジョンは10階から罠がある事は事前知識として知っていた筈。ならば罠に注意して歩くべきでしたな」
「む……確かに」
「ちなみに罠のスイッチは足元にある色違いのレンガですな。
注意深く歩いていれば誰でも気付ける程度の罠ですな。注意力不足ですな」
「……申し訳ありません」
「ちなみにドミノ倒しになった原因は、後ろに続いていた皆さんの前方不注意及び間隔の狭さが原因ですな。
ダンジョン内部では余り密集して行動すると、咄嗟に回避することが出来なくなりますな。
勇者であるロック王子に頼りたい気持ちは分かりますが、もう少し間隔を開けて行動するべきでしたな」
「「申し訳ありません、ミスター!」」
「今回の罠はハンマーが飛び出てくるという、言わば物理攻撃の罠でしたが、罠の中には落とし穴だったり、酸を浴びせてきたり、ダンジョン内部の別の場所へ転移させたりすると言った凶悪な罠も含まれていますな。
ちなみにこれらの罠にハマって歴代の勇者様の何人かもお亡くなりになっておりますな。気をつけるに越したことはありませんな」
「「はい、ミスター!」」
「では先に進みましょう。
なぁに心配する必要はないですな。
この階の罠は発動してもせいぜい軽い怪我をする程度で済む罠位しかありませんからな。
取り敢えず全ての罠に掛かってみて、罠の恐ろしさを体験してみましょうかな」
ミスターの提案に俺達初心者講習の参加者達は全員戦慄した。
結局この日、俺達はダンジョン10階の罠全てを発動させ、ダンジョンの恐ろしさを実感したのであった。




