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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第三章 冒険編
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第六十八話 人数のダンジョン2

 「はい、ではこれで座学を終了と致します。

  しかしここで教えたことはあくまでも基礎中の基礎でしかありません。

  皆さんが本格的に探索者として活躍をするつもりでしたら、

  自らこの建物に足を運び、積極的に知識を身に着けることをお勧めしますな」


 そう言ってミスターグラモによる初心者講習の座学は終了した。

 俺達はそれぞれ席を立ち、30分後に行われるというダンジョンでの実地講習への準備を始めた。

 装備のない者は支給された装備を受け取り、自前の装備を持って来た者達も各々準備を整えてからダンジョンの入り口へと向かって行く。


 その間、俺達はあからさまに避けられていた。

 特に最初に俺達に噛み付いてきた少年は、遥か後方で豆粒みたいに萎縮してしまっている。

 知らなかったとは言え、王子兼勇者である町の英雄に喧嘩を売ってしまったのが余程堪えたようだ。

 気にする必要なんかないのにな。


 「そうは言ってもやっぱり気にするだろ。何せ弟は本物の勇者な訳だしな!」

 「ああいう見た目で判断するような未熟者は、早目に痛い目に遭っておいた方が良いんですよ」

 「同感ですな。森でも決めつけで慎重さを欠いた者から死んでいったものです。ダンジョンの中も森と同様、慎重に進むべきなのに、入る前から躓くなど、自業自得でしかありません。吾輩としてはああいう軽薄な若者は信用できませんな」

 「お前ら……気持ちは分かるが厳しすぎだろ。あいつは見たとこ15歳前後って所だろ? そのくらいの年齢ならああして考え無しに行動してもおかしくはないさ」

 「兄さんは甘すぎですよ。15歳前後って僕の1つ下じゃないですか。馬鹿をやったなら全力で反省するべきです。そうやって若者は成長していくんですから」

 「つい最近馬鹿をやった人の言葉には重みがありますね」

 「ぐっ! ……デンデ君、君は中々に毒舌だよね」

 「性分ですので。申し訳ありません」


 そんな事を話している間に俺達は『人数のダンジョン』の初心者講習受付前に辿り着いた。

 最後尾に居たあの少年も到着し、受付前には20人もの初心者探索者達が勢揃いしている。


 そして俺達は遠巻きに見られていた。

 見ているのは装備からして中級以降のベテラン探索者達だ。

 彼らは俺達一人一人を値踏みするように眺め、俺とライと老師の所でその視線は一時停止し、ロックを見てからは視線が完全に固定されていた。


 そんな彼らの行動に、通り掛かった人達が何があったのかとまた俺達を見渡し、その視線は他の人達と同じくロックの所で固定される。

 いつしか道は人で溢れかえり、通行に支障が出る程の状態になってしまった。


 「おやおや、これはまた予想通りというか、予想以上と言うべきか」


 俺達の後ろから声が聞こえたかと思ったら、初心者講習受付の中にはミスター・グラモがいつの間にやら立っていた。

 彼はこれからダンジョンへと潜ることを宣言し、俺達を引き連れてダンジョン入り口へと進んで行く。


 すると俺達と言うか、ロックをガン見していた人達も同じ様に着いて来ようとしたので、ミスター・グラモが彼らを注意していた。


 「皆さん、お気持ちは良~く分かりますが、あっしらはこれから初心者講習の為にダンジョンへと潜るのですな。そんなにぞろぞろと着いてこられちゃあハッキリ言って迷惑ですな」

 「はっ、ミスター!?」

 「本当だ、ミスター・グラモ!」

 「伝説の探索者が初心者講習の講師を!? じゃあやはりあの方は……」

 「何だお前、この間の戦いに参加していなかったのかよ?」

 「ちょっと里帰りしてたんだよ……」


 如何にもベテランといった雰囲気を醸し出している探索者達が、ミスターを見て驚いている。

 それにしても凄いな。これだけの人数の探索者達を注意しただけで止められるのか。

 町一番の腕利きの影響力は相当なもののようだ。


 「皆さん、申し訳ありませんが今回はご遠慮願えますかな?

  ヤマモリの町の住民としても、これ以上この方にご迷惑を掛けるべきではないと思うのですな」

 「ぐっ! 分かりました……」

 「失礼します……」

 「あの、ミスター! 奢りますから今度俺達と一緒に食事に行きませんか?」

 「あ、ずるい! 私達も奢りますよ!」

 「俺も! 俺もだ!」

 「お気持ちは大変嬉しいですな。

  気楽な独り身ですので、明日以降でしたら何時でも空いておりますな」


 「ではまた」と言い残し、ミスター・グラモは俺達を引き連れてダンジョン内部へと入って行く。

 残された探索者達は、ミスターと食事をする順番を掛けて争いを繰り広げている様だった。



 そうして俺達はダンジョン入り口の門を通過し、階段を降りて行く。

 参加者達は皆おっかなびっくり歩いているが、俺達は昨日も別のダンジョンに潜ったために気負う必要がないから気楽なものだ。

 俺はこの時間を利用して、先程の状況をミスターに問い質したのであった。


 「先程のあれですか? 

 最初に遠巻きに眺められたのは、掘り出し物が無いかどうかを見極めるため。 ロック王子に視線が集中したのは、彼が勇者様だから。

 着いて来ようとしたのは、勇者様の戦いを間近で見たいがため。

 そしてあっしが食事に誘われたのは、今日の話を聞きたいがためですな」

 「ロック関係の話は分かりますが、掘り出し物とはどういう意味ですか?」

 「彼ら探索者は、同業者でもあり、ライバルでもあり、同時に共にダンジョンに潜る仲間でもあります。

  腕の立ちそうな者、これから伸びてきそうな者には初心者の頃から唾を付けておいて、頃合いを見て仲間に引き込もうとするのですな」

 「ああ、人材発掘ですか。じゃあ彼らには悪いことをしたなぁ」


 俺は後ろを振り返り、ロックに視線を奪われて碌に査定もされなかった初心者コースの仲間達に心の中で侘びておいた。


 「まさかまさか。勇者様とパーティーを組んでダンジョンに潜っただなんて、一生モノどころか子々孫々に伝えられる程の得難い経験ですよ。

  彼らは今こそ現実に頭が追いついていないでしょうが、

  しばらくすれば今日の幸運を神に感謝することでしょうな」

 「頭が追いついていないって、これからダンジョンに潜るのに大丈夫なんですか?」

 「気を抜いていられるのは今だけですな。

  階段を下りた辺りで現実に引き戻される筈ですからな。心配は無用です」

 「そんなもんですかねぇ」


 そんな話をしている内に、俺達は階段を下り終え、ダンジョン1階へと到着した。

 階段の下にも同じ様に門があり、そこからはダンジョンを探索して帰ろうとする人達が次々と出てくる所であった。

 殆どの探索者は大した怪我もなく帰って来ているが、何人かは大怪我を負い血を滴らせながら階段を登っている。

 そんな彼らの姿を見た初心者講習の参加者達は、急に現実に引き戻されたように顔を引き締めたのであった。

 俺はミスター・グラモの顔を見た。

 彼は「ほらね」とでも言いたげな顔をしていたのであった。


 「はい、皆さん油断しているとあんな感じに大怪我をしてしまうので、注意して行動しましょう。

  では早速1階です。

  このダンジョンの1階で気を付けるべきことは?

  最後尾の少年!」

 「はい? あっ、俺?」

 「そんな反応速度ではすぐに死んでしまいますな。

  今からでも遅くないですから村に帰りますかな?」

 「! 失礼しました! 大丈夫です! それで、えっと何でしたッけ?」

 「このダンジョンの1階で気を付けるべきことは何ですかな? です」

 「えっと、「このダンジョンは、普通のダンジョンとは違い、ダンジョン内の人口密度がとても高いので、1階から3階まではモンスターよりも人同士のトラブルに注意するべし」です」

 「はい、丸暗記ありがとうございます。

  このダンジョンは『人数のダンジョン』

  とにかく人が多いのが特徴です。

  人が多いということは、安心にも繋がりますが、同時にトラブルの種にも繋がります。

  特に3階までは人が密集しているため大変混雑しています。

  まずはダンジョン内では同じ探索者に注意して進みましょう」


 そう言ってミスター・グラモは門を潜り、俺達もそれに続く。

 『人数のダンジョン』内は、昨日潜った『年齢のダンジョン』よりも明らかに広く、天井も高いが開放感はあまり無い。

 何故ならその入り口には人が溢れ返っていたからだ。

 その大半は何と商人達だ。

 彼らはダンジョンの外側だけではなく、このダンジョン内部でも商売をしているのだ。


 階段を登れば勿論別の商人達が商いをしており、しかも向こうの方が値段は安い。

 しかし探索者達は僅かな移動時間を削るために、こうしてダンジョン内部で買い物をしている者も多いのだ。


 俺達は活気あふれる1階入り口を抜けて、ダンジョンの通路へと進んで行く。

 このダンジョンは参加人数も多いが、通路の幅も普通のダンジョンに比べて広いので通行に支障はない。

 俺達は2列縦隊を組んでダンジョン内部をずんずん進んで行く。

 モンスターを警戒して進むようなことはしない。

 何故ならこれだけ人の数が多いと、モンスター発生の前兆である黒い渦が発生してもすぐに誰かが対応してしまうからだ。

 このダンジョンで実質的な戦いが始まるのは4階から先である。

 それまではとにかく人同士のトラブルにだけ注意を払っていれば良いのだ。



 そうして俺達は何のトラブルもなく3階に到達し、4階への階段前に集結していた。

 話には聞いていたが、これには素直に驚いてしまった。

 昨日潜った『年齢のダンジョン』では、各階必ず数回は戦闘が発生していたのに、今回ここまで一度も戦わずに到達してしまったのだ。

 いや、途中で黒い渦の発生自体は何度も目撃した。

 しかしそれは別の探索者集団が対処していたために、俺達は戦闘も無しにここまで来てしまったのだ。


 その4階に続く階段の手前には看板が設置されている。

 看板にはこう記されていた。


 『注意! この先10階で行き止まりです』と。


 このダンジョンにおいて、下へと続く階段は一つではない。

 幾つもの下へと降りるルートが有り、選ぶルートによっては、最下層には辿り着けないこともあるのである。


 「はい、そういう訳でここからが本格的なダンジョン探索になります。

  この先の探索で気を付けるべきことは? そこの女性の方、どうぞ」

 「あっ、はい。私達が進むこのルートは10階で行き止まりであり、それより下には潜ることは出来ません。

  だから10階より下を目指す探索者達はこのルートを選びません。

  そしてこのダンジョンに潜る探索者達は主に15階から25階位をメインの探索階としています。

  何故なら強いモンスターは26階以降から発生するので、宝箱目当ての腕に自信のない探索者達はそれ以上先には進まないからです。

  でも低い階層では宝箱を空けても大した物は入っていませんから、15階までの宝箱は基本的に無視されます。

  そんな訳でこのルートはとにかく人が少ないので、宝箱の数も多く、それ以上にモンスターの数が多いルートです。

  まず気を付けるべきはモンスターの集団に囲まれることだと思います」

 「大変宜しい。他に何かありますかな? 勇者殿、どうぞ」

 「はい、このルートの最下層は10階ですが、10階からは、通路や宝箱に罠が設置されます。9階までと同じ感覚で進んでいると最後に痛い目に合うので注意が必要です」

 「大変結構。今回の初心者講習の参加者の皆さんは大変優秀ですな」


 ミスター・グラモはカラコロと笑うと、俺達を引き連れてダンジョン4階へと潜って行く。

 ここからがようやく本当のダンジョン探索だ。

 参加者全員が気合を入れたのであった。

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