第六十五話 ダンジョン巡り
「あはははは!! 何これ、おもしれ~!」
「楽しいですよ父さん! 楽しい! 楽しい! 本当に『先に進めない』!」
ハヤテとデンデが見えない壁に張り付いて大騒ぎをしている。
俺達は今、ヤマモリの町近郊に点在するダンジョンの一つを訪れていた。
ダンジョンとは世界各地に存在する、地下に出現した迷路状の巨大空間の事を言う。
その入口は実に分かりやすく存在している。
ぶっちゃけて言うと、入り口である『門』と地下へと続く『階段』がむき出しで地上に現れているのだ。
ダンジョンの中にはダンジョン特有のモンスターが存在し、地上のモンスターはダンジョン内部に入ることはない。
同じくダンジョンで生まれたモンスターは地上に上がって来ることはないという。
また、ダンジョンで人が死に、死体をしばらく放置しておくと、何故かその死体は消滅し、装備品も含めた所持品一式も一緒に消えてしまうという。
ちなみに落とし物をした場合も同様とのことだ。
ダンジョン特有の現象と言えば他にもあり、代表的なのは『宝箱』だ。
呼んで字のごとく『お宝が入った箱』の事であり、何故かダンジョン内には宝箱が点在しているのである。
何故ダンジョンに宝箱があるのか、中身は誰が入れているのか、詳細は誰にも分からない。
分かっている事は宝箱の位置は定期的に変わるという事と、ダンジョンの深い位置にある宝箱の方がより良い物が入っているという事。
そして、浅い階層以外の宝箱には罠が含まれている事があるという事だけだ。
しかし昔この事に付いて研究した人がおり、一つの研究結果が報告されている。
その人はとあるダンジョンで失くした武器が、別のダンジョンで発見されたという噂を聞き、ある実験を行った。
彼は全く同じ武器防具一式を作成し、それにそれぞれ番号を記し、世界各地のダンジョン内にバラバラに放置したのだ。
放置した武器防具は当然の事ながらダンジョン内で消滅してしまった。
それからしばらくすると、各地のダンジョンの宝箱の中から、番号の記された武器防具が発見されるという報告が相次いだ。
その番号はバラバラであり、1番の剣が発見されたダンジョンで、23番の盾が発見されたりもしたという。
その事から『世界各地のダンジョンは見えない力で繋がっており、ダンジョン内で消滅したとされる装備品や所持品は、一度ダンジョンの大本に回収されてから、各ダンジョンへと分配されているのではないか?』という研究結果が発表されたのだ。
この研究結果が発表された後、ダンジョンに潜る人数は爆発的に増加した。
世界各地のダンジョンには当然、高レベルのモンスターハンターや名のある兵士、そして勇者も潜っており、その中にはダンジョン内で死亡したり、落としたりして、持ち物が消滅してしまった者も多くいる。
つまり彼らが所有していた強力な武器防具や珍しいアイテムを、ダンジョン内の宝箱から回収することが出来るかもしれないのだ。
伝説のアイテムを手に入れることが出来れば、まさに人生一発逆転、一攫千金の夢を手に入れることができる。
そうしてダンジョンに潜る人達は何時の頃からか『探索者』と呼ばれるようになり、人気の職業の一つとなった。
そしてモンスターを倒せば当然の事ながら魔石を回収することが出来るので、例え宝箱を発見できなくても、腕に自信がある人ならば、ダンジョンで定期的に稼ぐことが出来るのである。
だからダンジョンは人々を引きつけて止まないし、過去から現在にかけて大人気スポットであり続けているのだ。
ヤマモリの町の近くには幾つものダンジョンが点在し、遠くても徒歩数時間、一番近いダンジョンだと一時間と掛からずに訪れる事が出来る。
ダンジョンを目当てにこの町を訪れる者達は、ヤマモリの町を起点にしてダンジョンの探索を行っている。
と言うか、正確に言うと、ここにダンジョンが点在していたから、その前線基地としてヤマモリの町が建設されたのだ。
玄武の国の国内でダンジョンが集中している箇所は主に3つ。
玄武山脈と大森林が交わるこのヤマモリの町近郊、
同じく玄武山脈と朱雀の国との国境に流れる大河が交わる場所にある、ヤマカワの町近郊、
そして西の果ての更に向こう、玄武の国西部から船に乗って進んだ先にある島にある、ウミナカの町の周辺の3つが玄武の国の主なダンジョン集中地帯だ。
一応その他の場所にもダンジョンは存在しているが、幾つものダンジョンが集中している場所は国内ではこの3箇所しか無い。
ダンジョンが発生する理由は今を持って解明されていない。
しかしダンジョンが発生しやすい場所は確認されている。
山脈と大森林が交わる場所、山脈と大河が交わる場所、そして周囲を海に囲まれた島の中。
ダンジョン出現の条件には、豊かな自然が必要だという事はこの世界の常識であった。
そんなダンジョンが集中している一角、ヤマモリの町を俺達は訪れ、そして今日からダンジョン探索へと向かっていた。
俺達の目的はダンジョンの探索であり、ダンジョンクリアを目標としている。
理由は簡単で、まずダンジョンと言えば冒険の醍醐味だし、宝箱も開けてみたいし、アイテムも手に入れてみたい。
そしてゲンにダンジョン産の魔石を食べさせてパワーアップさせたいし、同時に俺達全員の修行にもなる。
特にダンジョンクリアはぜひ一度行っておきたい。
スキル更新の際に、スキル取得の方法として『勇者のダンジョンのクリア報酬』という項目があったのを俺は忘れていない。
ここは勇者のダンジョンではないが、ダンジョンをクリアすれば何らかの報酬を手に入れられるという話は初耳だ。
てっきり最下層の最奥に存在するという宝物庫でお宝を手に入れることが出来るだけかと思っていたので驚いていたのである。
このヤマモリの町近郊には、様々な種類のダンジョンが数多く存在している。
その中には、それ程深さも危険度も高くはない初心者用ダンジョンだってあるのだ。
ダンジョンクリアを目的とするならば、もってこいの場所なのである。
そこで俺達はまず、ヤマモリの町の町長に推薦された案内人に連れられて、町周辺のダンジョンを一巡りすることにしたのだった。
ダンジョンには入り口があり、立派な門が聳え立ち、そこから続く階段から入るのがセオリーだ。
たまに別の入口が発見されることもあるらしいが、ヤマモリの町周辺のダンジョンでは別の入口を発見すると即座に封鎖してしまうという。
ダンジョンの入口を一つに絞ることで、中に入っている探索者の管理を楽にするためだ。
ダンジョンの入口には探索者の管理及び万が一の救助の為に兵士が待機している。
そしてその周辺には商人が集まり、これからダンジョンへ挑戦する人、ダンジョンから帰って来たばかりの人、興味本位でダンジョンを覗きに来た人相手に商売に勤しんでいた。
もっとも現在、その数は随分と減っているという。
ヤマモリの町の復興に人手が割かれ、ダンジョンを訪れる人が少なくなっている為だ。
「いやぁ、でもつい最近まではそもそもダンジョンに入ること自体が禁止されていましたからな。ロック王子サマサマですな」
そう言って案内人の爺さんは嬉しそうに笑っている。
彼はこの周辺のダンジョンをほぼ全て攻略したという、この町一番の凄腕探索者であり、既に現役を引退していたらしいのだが、勇者の案内という名誉ある仕事を打診され、久々に現役復帰を果たしたという事だ。
「流石に拠点となる町を占領されてしまっては、呑気にダンジョンに潜っている訳にも行きませんからなぁ。それが町を訪れた翌日には盗賊達から町を開放され、あれだけのスピードで復興までしてしまうとは。いや勇者とは本当に凄いものなのですなぁ」
「恐縮です。しかし勇者として、そしてこの国の王子として当然のことをしたまでですよ」
「しかし不思議ですよね。この町にはダンジョンに潜って鍛えている人達も多かったでしょうに、どうして盗賊団に良いようにやられてしまったのですか?」
「面目次第もありません。普段ならば人が集中するとお宝を手に入れる確率が減るので、皆時期をずらしてダンジョンに潜っていたのですが……
今回はレベルアップを目的として、高レベル探索者が揃ってダンジョンに集まっていたので、そのスキを突かれたのですな」
「レベルアップ……まさか、スキルの更新ですか?」
「ええ、ナイト殿が発見したスキルの更新をするためには、モンスターを倒して経験値を得て、レベルを最大値まで上げる必要がありますからな」
「? どういう事です? 定期的にダンジョンに潜っていたのならば、皆さん最大値までレベルを上げ切っていたのではないのですか?」
「ダンジョンに潜る者達の大半はお宝目当てなので、積極的にモンスターを倒すことはせず、基本的に戦闘は避けて行動していたのですな。それに彼らはナイト殿やロゼッタ王女のように毎日戦っていた訳でもありません。ですから多くの探索者達は高レベルではあっても、最大レベルではなかったのですな」
「それで最大値まで上げるために、高レベルの実力者がダンジョンに殺到した結果、町の護りが疎かになったと……」
「その通りですな。ダンジョンのモンスターは深い階層であればあるほど、強力で経験値的にも美味しいモンスターが現れますので、誰も彼もが泊りがけで各ダンジョンの奥底まで遠征していたのです。そこを盗賊団に突かれてしまったのですな」
「それはその……何と言うか申し訳ありません」
「いやいや、ナイト殿が謝る必要はありませんな。これは完全に欲をかいた我々の自業自得ですからな。町の上層部も今回の件を反省し、高レベル探索者達のダンジョンへの同時入場の規制を検討しているという話です。ですからどうぞお気になさらず」
そう言って彼はカラカラと笑うが、俺は多少落ち込んでいた。
まさか俺が発見したスキルの更新のせいで、町から戦力が居なくなる事態が発生するとは考えもしなかったのだ。
やはり新事実を発見するとその影響力は無視できないものがある。
俺はこの町にいる間、出来るだけこの町の為になるように尽くそうと心に決めたのだった。
彼がまず連れて来た場所は『おなごのダンジョン』と呼ばれているダンジョンであった。
ここはヤマモリの町近郊にあるダンジョンの中で案内人が唯一攻略していないダンジョンであるという。
いや、攻略どころか、ダンジョンの中に入ることも出来ないらしい。
そしてそれは俺達も同様であった。
俺達は現在、『入口から中に入ることが出来ずに』門の外で立ち往生しているのだ。
ハヤテとデンデがダンジョンに入ろうとするが、門に張られた見えない壁に遮られて先に進めなくなっている。
俺も近づいてみるが、二人と同じく全く先へと進めない。
殴っても蹴っても同様であり、張り付いてみても勿論ダメだ。
見えない壁に張り付いている俺達は、傍から見るとパントマイムをしているようにも見える。
いやパントマイムでは顔の形までは変化しないから、ガラスに張り付いている様だと言うべきだろうか。
「やっぱり駄目だな。どうやっても先に進めないな」
「ははは、それはそうでしょうな。このダンジョンはかつての勇者様でも入ることが出来なかったダンジョンですからな」
「案内人殿、では何故そのような場所に吾輩達を連れて来たのですかな?」
「おっとそう怖い顔をしなさんな老師殿。あっしは男を案内する時はいつも真っ先にここを案内することにしてるのですな。何故ならここはダンジョンの特異性を学ぶには最適な場所だからですな」
「ダンジョンの特異性ですか?」
「まぁ見てて下さいな」
そう言って案内人の爺さんは、ダンジョンの警備をしている兵士に近づき、何ごとかを話していた。
その兵士は俺達の方を向き、会釈をすると、ダンジョンの入口に近づいて、そのまま何事もなく中へと入り、すぐに戻って来たのであった。
俺達はそれを見て驚きに目を見開いている。
勇者であるロックも、魔族である老師も、天使であるゲンもダンジョンの中には入れなかったのだ。
それなのに、この兵士は中へと入ることが出来た。
これは一体どういうことだろうか。
案内人は俺達の反応を楽しんだ後、兵士に兜を脱ぐように求めた。
兵士は兜を脱いで、俺達に一礼をする。
その顔は日焼けしており、日々の訓練で引き締まっているが、意外な程にきれいな顔が兜の中には存在していた。
その兵士は女性だったのである。
「見ましたか? 彼女は、と言うか、この場に集まっている兵士も商人も皆揃って女性なのですな」
言われて気付いた、成程確かに兵士も商人も全員が女性である。
「そしてこのダンジョンの名前を覚えておりますかな?」
「ダンジョンの名前? 確か『おなごのダンジョン』とか……おなご? ひょっとして女性限定のダンジョンって事ですか?」
「話が早くて助かりますな。つまりはそういう事です。このダンジョンは女性限定、男は決して入る事が出来ないダンジョンなのですな」
そう言って案内人の男は門の柱へと近づいて行く。
そこには謎の文字がびっしりと記されており、案内人はその文字を指し示しながら解説を開始した。
「ここに記されている文字は通称『古古代語』と呼ばれる遥か昔の古い文字なのですな。
これには各ダンジョンの入場条件が記されておりましてな。
『この門に入ることが出来るのはおなごのみ』と書いてあるらしいのですな」
「案内人殿はその文字が読めるのですか?」
「いやあっしには無理ですな。
でも国のおエライ学者先生の中にはこの古古代語を研究していた人も居たらしくてですな。
かなり前になりますが一通りのダンジョンを見て回って、入場条件を教えて下さったって話があるんですな。
もっともここの入場条件は分かりやすいから昔から知られていたんですけどな」
「他のダンジョンにも入場条件があるのか?」
「有る所もあれば無い所もありますな。そしてダンジョンの階層の中にも門があり、入場条件を満たさなければ先へと進めないダンジョンも存在するんですな」
「例えばどんな条件があるんだ?」
「一番多いのは人数ですな。10人以上でないと進めないとか、逆に一人きりでないと進めないとかですな。これらは比較的分かりやすいですが、中には年齢制限があったり、重量制限があったり、持ち物で制限されたりもするんですな」
「へ~面白いな」
「あっしの仕事はダンジョンの案内と言うよりも、その入場制限の説明がメインなのですな。さ、では次に行きましょうか」
そう言って、案内人は俺達を次のダンジョンへと案内するのだった。
俺達はこの日、ヤマモリの町近郊のダンジョンを一通り巡り、アタックするダンジョンの選定をしたのであった。




