第五十五話 ハヤテとデンデとフクロウと
2017/08/03 改稿しました。
2017/08/18 本文を細かく訂正
「とうちゃん! とうちゃん! ごめんな! ごめんな!」
「父さん、申し訳ありません。我らのせいで父さんがまたしても酷い目に」
「謝る必要は無いのだハヤテ、デンデ。親が息子を護る為に受けた傷は勲章であるからな」
目の前でフクロウのモンスターに子供達が縋り付いて大泣きしている。
俺達はそれを眺めて、厄介なことになったとため息を付いた。
フクロウのモンスターから、『息子達』の話を聞いた俺達は、残りの馬車を虱潰しに調べ上げ、一番奥の馬車の中で、過剰なまでに拘束されていた、二人の子供を発見し、救出に成功した。
彼らは発見した当初、俺が散布したガスにやられてスヤスヤと眠りについていた。
1人は緑色の髪と目を持ち、丸みを帯びた顔と体付きをした風船のような少年。
もう1人は金髪金目で痩せすぎな体格をしている女顔の少年。
一見して二人には血の繋がりが無いことが分かるが、しかし二人揃って全く同じデザインの、一目見て高価だと分かる服を着ており、良く見えれば服どころか靴までお揃いであった。
そして服や靴には白虎の国の紋章である虎の文様が織り込まれ、その二人の出自と所属を明確に主張している。
一見して血の繋がりが有るようには見えない二人の子供。
フクロウのモンスターが息子達と断言する二人の子供。
そして緑と金の髪と目を持つ、二人の子供。
トドメに、額に輝く見間違えようもない『勇者の印』
間違いない、この二人はあの有名な白虎の国の野生児兄弟、『風の勇者』と『雷の勇者』だ。
そしてこのフクロウは、吟遊詩人や戯曲に謳われ、世界中に知られている、二人の勇者を育て上げたモンスターオウルだったのである。
俺達はそれが間違いでないことを確認し、頭を抱えた。
目の前には勇者が二人。
更に言うならば保護者付き。
しかしその保護者は魔族に進化寸前のモンスターであり、二人がいるのは玄武の国の山岳地帯。
そして勇者も保護者も揃って山賊の馬車の中で拘束されていたという事は、もう間違いがない。
これは勇者誘拐事件だ。
白虎の国で起こった勇者誘拐事件を、玄武の国の土の勇者が何も知らずに解決してしまったのだ。
しかし勇者誘拐事件って。
白虎の国の兵士達は一体全体何をしていたのだ。
そして俺達が返り討ちにした山賊共は一体何をやらかしてくれたのだ。
何が「ちょーっとばかり派手に暴れちまった」だ、
「国のお宝を掻っ攫ちまった」だ。
国どころか世界の宝じゃねーか!
馬鹿だ馬鹿だと思っていた山賊共はあり得ないくらいの大馬鹿山賊どもであった様だ。
良かった、数人では有るが生き残りを残しておいて本当に良かった。
どうやら俺達はこの後、奴らから詳しい話を聞き出さねばならないようである。
この様な状況だと分かっていれば、先程のボスも生きたまま捕獲しておけば良かった。
まぁ殺ってしまったものは仕方がないので、取り敢えず勇者二人をフクロウの下へと連れて行く。
ちなみに他の馬車を全て調べたが、山賊と勇者以外の人間は存在していなかった。
馬車の中身は山賊達の日用品や武器防具、そして奪ったお宝が満載であった。
後できっちりと回収しておこう。
そしてフクロウの下へと勇者二人を運び、ロックが壁を解除してガスを散らし、俺が二人の口に解毒薬を混ぜた水を飲ませると、二人は目覚めた。
まだガスの影響が残っているのか、二人は目覚めてもすぐには動けなかったが、周囲を見渡し、目の前で鎖に繋がれて死にかけているフクロウを見つけると、二人揃って縋り付いたのだ。
それからしばらくは二人揃ってオイオイと泣いていた。
しかしいつまでもそうしている訳にもいかない。
子供相手ということで、俺が二人に話し掛けた。
「あ~ちょっと良いか? 俺の名はナイト。土の勇者の供をしている者だ。お前達は白虎の国の風の勇者と雷の勇者の兄弟で間違いないな?」
「違う!」
「違います」
「違うのか?」
二人は勇者では無いらしい。
しかしそんな事は有り得ない。
額に輝く勇者の印は最早見慣れている物で、見間違う事などあり得ないからだ。
「オレたちは勇者なんかでは無い! オレたちは狩人だ!」
「そもそも我らは白虎の国の所属ではありません。我らの住処は森の中です。間違えないで下さい」
「そうか、それは失礼した」
この二人が白虎の国の城へと辿り着くまでの話は、俺も噂で聞き及んでいる。
聞いた話が本当ならば、この二人は山奥の森の中で暮らしている所を、白虎の国の上層部が保護という名の誘拐を起こして、無理やり確保した筈だ。
だから二人は自分を勇者だと認めていないし、国の所属だとも認めていないのだろう。
同じ様な子供は孤児院にも何人か存在した。
彼らは突然両親も他の親類も亡くし、仕方なしに孤児院に預けられた子供達だった。
そういう子供達は、無理に言うことを聞かせても駄目なのだ。
突然変わった環境に、すぐさま適合できる人間の方が珍しいのだから。
「済まなかったな、では質問を変えよう。森に住む狩人達よ、名前を教えてはくれないだろうか」
「名前! ……オレたちの名前を知りたいのか?」
「ああ知りたい。教えてはくれないか? 森の狩人よ」
「貴方は我らを勇者とは呼ばないのですか?」
「だって勇者では無いのだろう? 呼ばれたいならそう呼び直すけど?」
「いえ、結構です。我はデンデと申します。父さんの下の息子です」
「オレはハヤテだ! 父さんの上の息子だぞ!」
「デンデとハヤテか。宜しくな」
「違う!」
「え? 違うのか?」
「ハヤテとデンデだ! オレが兄なのだ! 先なのだ! 間違えるのは許されないのだ!」
「それは失礼した。ハヤテとデンデだな、以後宜しく」
「宜しく! ……ああっしまった! 大変だデンデ、宜しくしてしまったぞ!」
「まぁ良いのではありませんか兄さん。この方は城の人間と違ってまともそうですし」
「なら良いか!」
何となく二人の関係が分かってきた。
この丸っこい風の勇者は元気一杯の暴走長男で、痩せすぎな雷の勇者は兄の暴走を止める苦労人なのだろう。
それで二人の育ての親が、後ろのフクロウのモンスターだと。
俺はフクロウに目を向けた。
フクロウは血を流し過ぎて死に掛けていた。
「うぉ! ヤバイ!」
俺はアイテムボックスからポーションを取り出してフクロウに近づく。
勇者の育ての親を名乗ってはいたが、モンスターであるし、嘘をついている可能性もあったので、拘束したままで傷の手当もしていなかったのだ。
流石にこのまま死なせてしまっては寝覚めが悪い。
それに本当に二人の父親ならば殺す訳にはいかないのだ。
「近づくな!」
「そこで止まって下さい。ええと……カイトさん?」
「俺の名はナイトだ。そのフクロウはハヤテとデンデの親父さんなんだろう? このままだと死んでしまうぞ」
「それで貴方がトドメを刺すというのですね」
「何でそうなる! 俺はこのポーションを飲ませようとしているだけだぞ」
「そう言って、ポーションに見せかけた毒薬を飲ませようとしているのですね」
「するかそんな事! ……ひょっとして誰かにやられたことがあるのか?」
「山奥の森で襲われた時も、城に連れて行かれた時も、盗賊に捕まった後も、ついさっきも、毒で体の自由を奪われました」
「他人が薬を出したならそれは毒薬なのだ! とうちゃんにそんな物を飲ます訳にはいかないのだ!」
「碌でもない目にあってんなお前ら」
成程、恐らくこの二人は白虎の国の中で本当に『野生児』として扱われていたのだろう。
言うことを聞かない獣には鞭を振るい、食事を制限し、薬を使って服従を促す。
昔から行われている手法ではあるが、それを人間相手に行ってどうするつもりなのだか。
見ればフクロウは力なく項垂れ、体がビクビクと痙攣している。
本格的にマズイ、あれではそう遠くない内にあの世に行ってしまうぞ。
かと言って勇者相手に強行突破は……いや出来るのか。
この二人は伝え聞いている話が本当ならば、まだスキルを授かってはいない筈。
つまり勇者の印こそ持ってはいるものの、勇者の力を振るうことは出来ないという事だ。
強行突破するか、強行突破するべきではないのか、強行突破しよう。
俺の頭の中では強行突破で決定しそうであったが、何かが俺を引き止めていた。
そして気付いた。
強行突破はマズイ。
子供相手に力任せに行動してしまっては、信頼関係など築けないではないか。
イカンな、勇者の供として働き始めだ弊害だろうか、思考が戦闘寄りになってしまっている。
あれだけ長い間孤児院の副園長をしていたのに、そんな事も忘れてしまっていたのか俺は。
だから俺は、手にしたナイフで自分の腕を切りつけた。
「ナイト!?」
「兄さん!?」
後ろでロックとライが驚いているが、手をかざして二人を制する。
そして傷ついた腕をハヤテとデンデに見せ、その腕に俺の作成したポーションを垂らした。
「おおっ!」
「傷が治った……つまり本物?」
二人の目には今しがた治ったばかりの俺の腕と俺が出したポーションが映っている。
俺はその少し量が減ったポーションを二人に差し出したのだった。
「ほれ、これで毒薬ではないと証明できただろ。信用できたのなら、こいつを親父さんに飲ませてやれ」
「貴方は……自分の腕を切りつけてまで証明したというのですか」
「何でだ! 何でそんな事をする!」
「親父さんが今にも死にそうで時間が無いからだよ! さっさと飲ませて助けてやれ! 親父さんはお前達を助けるために頑張ってたんだぞ、息子のお前達が親父さんを見捨てるのか!?」
「そんな事しない!」
「分かりました、ここは信用致します。しかしもしも父さんを殺したなら……」
「言ってる場合か! さっさと飲ませろ!」
「くっ、お預かりします」
デンデが俺からポーションを奪い取り、フクロウに飲ませていく。
するとフクロウの体が回復し、少しずつ傷が塞がっていった。
「おおお! デンデ、こいつは信用できるんじゃないか?」
「まだ、早いです。でも感謝します。どうにか父さんは持ち直しました」
「アホ、まだ死に掛けの状態だろうが。ポーションはまだあるからガンガン飲ませろ。いや、ポーションの前にハイポーションだな。これもお前らが飲ますか?」
「いえ、お願いします。……父さんを助けて下さい」
「そのつもりだ、任せておけ」
俺はアイテムボックスから取り出したハイポーションを、フクロウの折れた足と翼と削られた頬に振り掛け、残りは口に含ませて飲ませた。
その効果は劇的であり、フクロウの傷はみるみる回復していく。
みるみる回復していくが、決して全快にはしないように、途中から普通のポーションでの治療に切り替える。
幾ら勇者を育てたとは言っても相手はモンスター。
決して油断して良い相手ではないのである。
結局ハイポーションが3本とポーションを10本も使用し、フクロウのモンスターの治療は終了した。
取り敢えず目に見える怪我は完治し、寝息も整っているように見える。
しかし体内に蓄積されたダメージは回復していないだろうし、体力も戻ってはいないだろう。
イザという時は何時でも殺せる程度に治したのだ。
スマンね、流石に魔族に進化寸前の強力な個体を全快させる程、甘くはないのだよ。
ハヤテとデンデの二人を見ると、その顔からは随分と険が取れているように見える。
やはり二人の信頼を得るためには、このフクロウの命は取らないで正解だったらしい。
危なかった、本当に危なかった。
この馬車を訪れた際に、あの血塗れのボスがセットで居なかったら、問答無用で始末していた筈だったからな。
そこで思い出した。
そもそもこいつらはどうして山賊、いや当時は盗賊だったか、なんぞに誘拐されていたのだろう?
山奥に居たというフクロウはともかくとして、こいつらは白虎の国の城の中に居た筈なのに。
「オレたちは誘拐などされていない! 自らの意思で父さんに会いに行ったのだ!」
「盗賊達は、まず父さんを捕獲して、白虎の国の城に軟禁されていた我らに伝言を届けたのです。「父さんに会いたければ、城を脱出して顔を見せろ」と」
「だからオレたちはあの夜、城のありとあらゆる場所に火を着けて、城から脱出し父さんと再会したのだ!」
「その日の内に薬を嗅がされて、別々の馬車に閉じ込められてしまいましたがね」
「いやそれ、結局誘拐じゃねぇか」
明るい顔でとんでもないことを言っているぞこの二人。
フクロウに会う為に城に火を着けて脱出したって!
勇者の誘拐事件だと思っていたら、勇者の放火逃亡事件が追加されてしまったよ。
「いや、お前ら何で城に火なんか……。普通に外に出れば良かっただろうが」
「それは無理だったんだぜ!」
「言ったでしょう? 我らは城に『軟禁されていた』のです。森の中では当たり前に存在した自由を奪われ、固く狭い部屋に閉じ込められて、来る日も来る日も洗脳され続ける毎日。いい加減うんざりしていたので、城に火を着けて逃げ出したのですよ」
「せっ洗脳とは穏やかじゃないな」
「誰も彼もが口を開けば『勇者』『勇者』と、頭がおかしくなりそうでしたよ」
「勇者なんて知ったことじゃないぜ! オレたちは自由な森の狩人なのだ!」
「そういう事です。捕まってしまった事は失策でしたが、結果として城の外に出て、父さんと合流することが出来ました。我らはこれより森へと帰りたいと思います」
「そういう訳にはいかないのだ息子達よ」
突然二人の背後から声が聞こえて来た。
見ればフクロウが目を覚まし、しっかりと両足で立ち上がろうとしている。
……あっ、天井に頭をぶつけた。
成程、両足を折っていたのはこのためでもあったのか。
結局フクロウは立つのを諦めて座り直し、俺達に話し掛けてきたのだった。
「まずは礼を言おう旅人達よ。吾輩の息子達を助けてくれたことを感謝する。そして吾輩の傷を癒やしてくれたことも感謝する」
「気にしないでくれ。この二人を育て上げたあんたを殺す訳にはいかなかっただけだ」
「やはり息子達の正体に覚えがあるのか」
「そりゃあるさ。この二人を知らない人間なんて、世界中探しても何処にも居ないんじゃないのか?」
「やはり……そうか。ではもう一度お願いする。息子達を白虎の国へと連れ帰って戴きたい」
「とうちゃん!?」
「何を言っているのですか父さん! 折角城から逃げ出せたのです。このまま誰も知らない場所で3人で暮らしましょうよ!」
フクロウは驚いたことに、ハヤテとデンデの二人を俺たちに預けるつもりのようだ。
しかし二人はそれに対して反発している。
まぁ当然か、何しろ火を着けて逃げ出す程に嫌な場所だったみたいだしな。
「そういう訳にはいかないのだ息子達よ。吾輩はモンスター、お主らは人間。元々住む世界が違うのだから、ここで別れるべきなのだ」
「嫌だ!」
「そんな! 父さん、考え直して下さい!」
「考え直さぬ。これは幾度も考え抜いて出した結論故な」
そう言ってフクロウは俺たち全員を見渡してきた。
そこでフクロウは何故かロックに視線を固定し、頭を下げてきたのであった。
「見たところ、お主がこの中で最も強者であるように見受けられる。無関係を承知でお願い申し上げる。息子達を人の世に戻してやってはくれまいか」
「人の世に戻す、ですか」
「左様。吾輩は森に捨てられていた息子達を拾い、育てた。
しかし本当に息子達の事を思うのならば、拾った後で、人里にでも連れて行けば良かったのだ。
だが吾輩は自らの手で育てることを選び、結果として息子達は人からもモンスターからも弾かれる存在へと育ってしまった。
だが今ならまだ間に合う筈だ。
吾輩の息子達を人の世に戻す為に、白虎の国へと連れ帰って戴きたい」
そう言ってフクロウはロックに二人を託そうとするが、二人にとっては冗談では無いのだろう。
二人はロックを射殺さんばかりに睨みつけ、今にも襲いかからんと殺気を放っていた。
「嫌だ嫌だ! オレは絶対に帰らないぞ!」
「同じくです。イザとなれば貴方を倒してでも逃げさせて頂きます」
「お前達、父上であるフクロウ殿のお気持ちを無にするのか?」
「とうちゃんのことは大好きだ! でも城には帰りたくない!」
「貴方には分からないでしょう。『勇者』『勇者』と呪いのように連呼される我らの気持ちなど」
「いや、それについては痛い程良く分かっているつもりだ」
そう言ってロックは額に巻いている鉢金を外した。
その下に輝いているのは二人と同じ『勇者の印』
丸の中にYの字が記され丸をそれぞれ1/3に分割している、一見すると車のハンドルのような形にも見える、光り輝く紋章であった。
「なっ!」
「あっ貴方はまさか……」
「お主……」
ハヤテとデンデとフクロウは親子揃って絶句してしまっている。
そう言えば、名前を名乗っていたのは俺だけだったなと、今更ながらに気が付いた。
「では名乗らせていただこう。玄武の国の王子にして、今代の土の勇者を勤めているロック=A=タートルだ。以後、宜しくお願い申し上げる」
玄武の国の山道の狂った山賊の馬車の中。
勇者を拒絶する兄弟と、勇者として活動する若者が出会ったのであった。




