第五十四話 隣国から来た山賊2
2017/08/03 改稿しました。
2017/08/18 本文を細かく訂正
山道で山賊に囲まれた俺達は、一斉に襲いかかられる前に行動を起こした。
この状況、
周囲を武装した集団に囲まれ、一斉に襲いかかられるというこの状況。
一般人から見れば衝撃の光景ではあるが、実は勇者として見ればそれ程珍しい光景でもない。
何しろ勇者とは基本的に人類側の切り札だ。
魔王を相手にする際には、人類側が総掛かりで襲い掛かる様に、本気で勇者を倒しに来る場合、魔族側も徒党を組んで襲い掛かって来るものなのである。
だから最初、俺はこいつらに囲まれた時、勇者を倒して名を挙げようとしている馬鹿な連中だと勘違いした。
しかしこいつはもっと馬鹿な連中だった。
こいつらは、勇者を勇者と知らずに喧嘩を売ってきた大馬鹿山賊団だったのである。
前回のビッグ・オーガズには手心を加えたが、今回はそうは行かない。
情け容赦無く、全力で叩き潰す。
ロックの指示は『数人だけ残して皆殺し』
サーチ・アンド・デストロイである。
違うか? まぁ良い、やるべきことは変わらない。
そして指示を実行するためには、誰一人として逃す訳には行かない。
だから俺達はまず、ロックの魔法で俺達を逃さないように取り囲んでいる山賊達を逆に閉じ込めたのだ。
最初に『それ』に気づいたのはごく少数の山賊だけだった。
何しろ彼らの注意は俺達に向いていたので、突然彼らの周りの地面が盛り上がり、土の壁に取り囲まれたなんて、にわかには信じられなかったのだろう。
だが、その後に起こった現象は他の山賊達でも理解出来た。
何しろ突如地面から壁が乱立し、次々と山賊達を包囲して行ったのだから。
「なっ!」
「は?」
「何や? 何なんやこれは!」
山賊達は大慌てだが、これはまだ準備段階にすぎない。
まず山賊達を壁で囲い、その壁を高く押し上げて逃げ道を完全に無くす。
そして壁を段々と厚くし、隣の声も聞こえないようにしてしまう。
そこに投入されるのは、俺特製の睡眠&痺れガスだ。
ロックの魔法により、壁の中を移動して山賊達の下へと届けられたそれらは、瞬く間に効果を発揮し、壁に囲まれ逃げ場のない山賊達を次々と行動不能にしていく。
そして俺達は解毒薬を口に含みながら、一つ一つ壁に囲まれた部屋を回り、倒れている山賊達を次々に仕留めていった。
下っ端数名と、親衛隊の半分だけは殺さないで残しておいたが。
こちらの都合の良いフィールドを作成し、誰一人として逃さず、まさかの反撃も許さず、冷静に確実に敵対者を仕留めて回る。
これが土の勇者であるロックの本来の戦い方。
大地を自在に操り、戦いやすい地形に変更。
地面から伝わる振動を理解し、壁で囲った内部の状況を把握し、薬が効いた箇所から一箇所ずつ仕留めて回るのだ。
勇者の能力はそれぞれ異なっている。
これが闇の勇者であるアナであれば、最も得意とするフィールドは闇の中での暗殺だ。
そしてロックの得意とするフィールドは地面の上である。
地面の上、つまりこの場の様な道も狭く足元もおぼつかない山岳地帯であろうとも、ロックにとってはなんの苦にもならないのだ。
地面の上で土の勇者に喧嘩を売った時点で負けなのである。
俺達は、ロックと俺の共同作業で作成したキリング・フィールドの中で順番に山賊達を始末していったのであった。
そして外に出ていた山賊達をほぼ全滅させ、馬車の内部を隈なく見て回っていた時のことだ。
順番に回っていた俺達は、この状況下でも問題無く動き回っている男に遭遇した。
その男は山賊達からボスと呼ばれていた白衣を着た血塗れの男だった。
その男は自力で壁を破壊し、おまけにガスも吸っていなかった。
見れば男の周りには薄い膜のようなものが張り巡らされており、時折溜まったガスを弾き飛ばしているように見える。
これは恐らく風の魔法を使い、周囲の空気を吹き飛ばし、なおかつ新鮮な空気を集めながら行動しているのだろう。
男は驚いた顔で俺達を見つめた後、烈火の形相で敵意を剥き出しにしてきた。
「お前らァァァ!!! お前らの仕業か! お前らがワイの可愛い部下共を殺したんか!」
「その答えにはYESと答えよう。貴様が率いていた山賊団は、ほぼ全滅寸前だ」
「全滅!? まさかこの短時間で、他の連中まで!?」
「壁で囲んで、ガスで動きを封じてから、確実に始末していったからな」
「万が一を考えて、心臓と脳を刺し貫いて、首も刎ねてありますよ」
「文句は受け付けないぜ。200人掛かりで俺達を殺そうとしてきたのは、お前らなんだからな」
「……おっかねー、マジおっかねー。歴代の勇者達は皆真っ向から戦っていたのに……」
「かつての勇者の取りこぼしが巡り巡って、今のこいつらに繋がっているのだ。悪しき歴史はここで絶たねばならんのだよ」
「甘ちゃんだとか考えていた過去のオイラを笑ってやりたいよ」
俺達の本気の山賊退治にゲンが引いてしまっている。
この様に山賊や盗賊を皆殺しにするような方法が考え出されたのは、数代前の勇者様からという話であるから、ゲンは知らなかったのだろう。
俺も昔この話を聞いて驚いたものだ。
力によるゴリ押しではなく、勇者の力を最大限に利用して、まず逃げ道も抵抗も排除してから確実に始末する殺り方。
こんなことをされたら、数だけの山賊などでは手も足も出ないだろう。
そうなれば後は狩られるのを待つだけだ。
実際これまでは倒れている山賊を始末するだけの簡単なお仕事であった。
『無抵抗の者は殺さない』なんて発想はここには無いのだ。
敵は倒せる時に倒しておく。
この世界は結構殺伐としているのである。
「殺す! 殺したる! そこを動くなよガキ共ォォォ!」
「動くなと言われて本当に動かない奴がいるのか?」
「そこはほら、人質とかを取っておかないと意味が無いだろ」
「この場には僕達だけしか居ませんから、全く意味がありませんよね」
「舐めるなぁぁ! ワイを部下共と同じだと思うなよ! 全員まとめてバラバラにしてくれるぁ!」
そう言って血塗れの男は、目にも留まらぬ速さで移動を開始した。
正直言って俺では目が追いつかない。
何となく移動している動線が見える程度だ。
しかし俺の仲間は違う。
ライもゲンも、正確に相手の位置を把握している様だし、ロックに至っては気にもせずに血塗れの男に向かってズカズカと近づいて行くのだった。
「こんガキがー! まずは貴様からじゃい!」
「とっとと来い。時間が惜しい」
激高した男は標的をロックに定めたようだ。
まぁ勇者であるロックには相手の姿がきちんと見えているだろうし、たとえ攻撃が当たった所で、土の勇者の防御力を貫けるとは思えないので、警戒する必要もないだろう。
しかしその事を知らない男からすれば挑発されている様にしか見えないのだろう。
ロックに向かって男の影が伸びて行く。
しかしその影は直前で軌道を変え、何故がゲンに向かって行ったのであった。
「ヒャハハハァァァ! まずは一番のガキから仕留めて……ヘブァ!?」
ゲンに向かって行った男は、ゲンが振るった拳の一撃でふっ飛ばされ、馬車の中へと突っ込んで行った。
まぁゲンを狙った男の理屈は分かる。
一番幼く見えるゲンをまず最初に殺して、俺達を動揺させたかったのだろう。
まさかゲンが、このパーティーのナンバー2だとは考えなかっただろうからな。
「ヒギャアアァアァ!!」
そして馬車の中からは男の絶叫が響いて来た。
何が起こっているのか、おおよその見当は付く。
それを確かめるために、俺達は馬車の内部を覗き込んだ。
男は喰われていた。
男が乗っていた馬車の中には鎖に繋がれた一匹の巨大なフクロウが存在していたのだ。
そのフクロウが男を頭から丸かじりにしている。
先程のゲンの一撃で、男はフクロウの目の前まで殴り飛ばされていたのだ。
いや、ゲンのことだからわざとフクロウの前に殴り飛ばしたのかもしれない。
そのフクロウはボロボロだった。
どう考えても拷問を受けたとしか思えない傷が体中にあり、羽は毟られ、翼は折れ、頬の肉は削がれて、足は両方共あさっての方向を向いている。
しかしその瞳だけはランランと輝いており、目の前で動けない男を唯一動かせるくちばしを使って、一心不乱に咥え込んでいるのだ。
良く見れば、ほんの少し、本当にほんの少しだけ足の先に透明度が残っている。
つまり目の前のこの巨大フクロウはモンスターであり、魔族に進化寸前の個体なのだ。
俺達は土の勇者一行として、本来はモンスターを退治し、人間を守らなければならない立場なのだが、この場は誰一人動かない。
何しろこのフクロウの状況を見れば、何が起こっていたのかなんて一目瞭然だからだ。
このフクロウは最終的には仕留めることになるのだろうが、自らを拷問し続けた相手への復讐くらい果たさせてやろうと考えたのである。
しばらくすると、男の悲鳴は聞こえなくなった。
目の前のフクロウからは、人一人を咀嚼する余り聞きたくない音が響き渡っている。
欠片一つ残さず、キレイに男を完食したフクロウは、最後に口から男の身に付けていた服と靴を吐き出した。
そして俺達に向かってペコリと頭を下げてきたのであった。
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--side???--
目の前に奴が吹き飛ばされてきた。
そして奴は今、吾輩のくちばしの中でもがいている。
吾輩は先程からの怒涛の展開に正直頭がついて行けなくて驚いていた。
吾輩はモンスター。
森の賢者とも謳われる『モンスターオウル』である。
その頭脳は人間を凌駕すると言われ、実際モンスターの中でも頭脳派として知られていたのが吾輩であった。
しかし現在目の前で起こっている状況は、吾輩の頭脳を持ってしても理解不能であったのだ。
突然、馬車の周りが壁で遮られた。
壁の向こうでは奴の親衛隊の半分が捕まり、残りの半分は殺されていた。
それを行った者達は僅か4人の人間の子供達であった。
そして吾輩を苦しめる憎き奴を、一番幼い子供が拳の一撃で仕留めたのだ。
吾輩は馬車の中で鎖に繋がれていたのだが、奴が扉を全開に開け放っていたお陰で外部の光景が良く見えていたのである。
しかし実際に見せられても理解不能な状況だ。
理解不能な状況ではあるが、体は勝手に動いてしまう。
仕方ないだろう、これまで蓄積された恨みつらみは果てしなく、おまけに空腹だったのだから。
気が付いた時には吾輩は憎き奴を丸かじりにしていた。
奴の悲鳴すらも、今は心地良い。
だが急がねばならないだろう。
吾輩はモンスター。
外の子供達は人間。
人間はモンスターを見掛けたら問答無用で殺しに来る生き物なのだ。
特に外の子供達は、同族である山賊達ですら問答無用で殺そうとする者達だ。
吾輩が見逃される可能性は万が一にもないだろう。
だから急がねばならない。
そもそも吾輩は此奴と違い、相手を拷問して楽しむような下劣な趣味は持っていないのだ。
速やかに殺し、速やかに咀嚼しよう。
いつしか奴の悲鳴は聞こえなくなった。
そして外の子供達は、吾輩の復讐を黙って見過ごしてくれている。
ありがたいことだ、恐らく彼らは吾輩の置かれた状況に理解を示してくれたのだ。
だが見過ごされるという選択肢は無さそうである。
彼らの視線は吾輩から動かない。
だから吾輩は食事を続ける。
吾輩の長かった生の中での最後の食事を味わうために。
味付けが恨みと復讐だけというのは少し残念ではあったが。
殺した、喰った、飲み込んだ。
奴の骨も肉もここには何も残っていない。
おっと、胃の中がムカムカする。
吾輩は口の中から奴の服と靴を吐き出してスッキリとして気分になった。
そうして吾輩に復讐を果たさせてくれた子供達に礼をするために、頭を下げたのであった。
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--sideナイト--
「まずは礼を言いたい。吾輩に復讐を果たさせてくれた事を心から感謝申し上げる」
目の前のフクロウのモンスターが頭を下げて感謝の言葉を述べて来た。
このフクロウは魔族に進化しておらず、まだモンスターであるにも関わらず、人間の言葉が話せるらしい。
俺達はその言葉を黙って聞いている。
目の前のモンスターは現在の状況を正確に理解している。
だから俺達がこれから彼を始末するという事についても分かっている筈だ。
だと言うのに、彼は訳の分からない頼みをしてきたのであった。
「そして頼みがある。盗賊達の馬車のどれかに、吾輩の息子達が捕らえられている筈である。息子達を保護し、白虎の国へと連れ帰って戴きたいのだ」
「残念ながらそれは出来ない相談だ。私達と貴方は敵同士、モンスターもモンスターの息子も速やかに始末しなければならないからな」
そう言ってロックがフクロウのモンスターに近づいて行く。
フクロウを始末するつもりなのだ。
俺もライもゲンもロックを止めることはしない。
そして彼の息子もやはり始末するのだろう。
山賊がモンスターを捕らえておもちゃにしていたのには腹が立った。
しかし、だからと言って、モンスターを見逃すという選択肢はないのだから。
だが、俺達は彼も彼の息子達も殺せなかった。
続いて彼が口にした言葉で完全に動きを止められてしまったからだ。
「それについては問題は無い。息子達は吾輩とは違い、貴公らと同じ『人間』だからな」
「……何だと?」
「白虎の国では『勇者』と呼ばれ大切に扱われていた二人だ。どうか息子達のことを宜しくお頼み申し上げる」
モンスターの息子達は『勇者』と呼ばれ大切に扱われていた。
この衝撃の発言のせいで、俺達はこのモンスターを殺すことが出来なくなってしまったのであった。




