第五十三話 隣国から来た山賊
2017/08/03 改稿しました。
2017/08/18 本文を細かく訂正
南ヤマヨコの町を出発して7日後、俺達は街道沿いの山道で今度は山賊に囲まれていた。
次の町へ向かって山道を歩いていたら、反対側から大人数の集団がやって来た。
山道の道幅は狭いので、彼らを先に通そうと思い、俺達は少し広くなっている場所で待機していた。
そんな風に一塊になっていた俺達は、突然彼らに包囲されてしまったのだ。
盗賊の次は山賊とか、何時からこの国はこんなに治安が悪くなったのだろうか。
俺は思わず深い溜め息をついてしまった。
「ギャハハハ! 見てみい、こいつらもう観念しよったで!」
「なっさけないなぁ、玄武の国の男は!」
「ワイらの溢れ出る強さに手も足も出ない訳や! 全く、狩場を変えて正解やったな!」
山賊は俺のため息を聞いて、観念したと判断したようだ。
勿論違うが、一々教えてやる義理はない。
そんな事よりもこいつらの言葉が気に掛かる。
こいつらの喋っている言葉。
これは確か白虎の国で使われている言語であった筈だ。
「なぁ、あんたらってひょっとして白虎の国出身なのか?」
「なんや? 今から自分を殺す相手の出身地が気になるんかいな。ワイらは全員白虎の国から来たんやで」
「向こうでちょーっとばかり派手に暴れちまってなぁ」
「ボスが国のお宝を掻っ攫ちまってな。全員まとめて国境越えをしたって訳よ!」
そこでまたゲラゲラと笑い転げる山賊達。
しかし前回のビッグ・オーガズとは違い、笑い転げていても全員微塵のスキも見せる事はない。
そしてこいつらは目線で合図を送ったと思ったら、全員一斉に武器を構え、ジリジリと俺達に迫ってくる。
動きに無駄がなく、かつ冷徹に俺達を殺すように動いている。
こいつらは前回のビッグ・オーガズの様な素人集団とは違い、どうやら山賊の『プロ』の様だ。
「あ~一応聞くけど、見逃してくれるって事は?」
「ないな」
「即答か……なぁ、こんな前途のある若者を殺して心は痛まないのか?」
「痛む訳無いやろ、バカバカしい。俺たちゃ山賊、ちょっと前までは盗賊だぜ? 獲物を殺して、持ち物奪って、それで飯を喰ってんのさ!」
「恨むんなら、こんな場所をガキだけで移動していた間抜けな自分らを恨めや」
成程、やはり俺達の人数が少ないから襲ってきた訳だ。
南ヤマヨコの町から南へ向かうと、途中何度か山道を通ることになる。
玄武山脈はこの辺りだけ、横に広がっているからだ。
山越えは難所であり、難所である山道には山賊が出るという。
だからここは定期的に軍が見回りをしており、逆に安全な道の筈であった。
しかし国境を超えてやって来たという山賊には、その理屈は通用しなかったらしい。
『ちょっと前までは盗賊』という言葉を信じるならば、こいつらはここで山賊を開始してまだ日が浅い筈だ。
下手をすると山賊としての初めての獲物が俺達という可能性もある。
前回の盗賊といい、今回の山賊といい、イベントが多くて飽きないよなホント。
「なぁなぁ、弟。どうするんだ? 今回も殺さずに捕まえるのか?」
ゲンが緊張感のない声でロックに質問している。
ロックは、少し陰鬱な声でゲンの質問に答えた。
「いや、今回は返り討ちにして皆殺しだ。この間のビッグ・オーガズと違い、こいつらは確実に私達を殺しに来ているからな」
「前科も有り余っていそうですしね。問題ありません」
「いや待て、皆殺しはマズイ。話を聞くためにも何人かは残して置かなきゃ駄目だろう」
「それもそうか。では数人を残して、残りは仕留めるか」
「分かりました」「了解だ」
「そっか良かった。今回も見逃すとか甘い事言ったら、オイラが弟達を見限っていたかもしんねぇからな」
ロックもライもゲンも殺る気のようだ。
それぞれ戦闘体勢に移行し、戦いの準備に入っている。
前回は町長から直々に捕縛の依頼があったが、今回は違うからな。
俺も剣を構えて、目の前の山賊に相対する。
そんな俺達の様子を見た山賊達はポカンとした顔をしていた。
そしてしばらくすると、山の中に山賊達の大爆笑が響き渡った。
「ギャハハハ! オイ、見てみい! こいつらやる気やで!」
「返り討ちで皆殺しって! 恐怖で頭おかしなったんちゃうか?」
「お前らはガキが4人だけ! ワイらは総勢200人やで! どうやって勝つつもりやねん!」
山賊達の大爆笑は止まらないようだ。
それも仕方がないと思う。
何しろ山賊達は俺達4人を数えるのも面倒臭い程の大集団で取り囲んでいるのだ。
戦う前に勝ち誇って笑うのも当然だろう。
しかし4人相手に、200人って。
初めはてっきり勇者であるロックを狙って決死の覚悟で襲い掛かってきた何処かの武装集団なのかと思っていたが、どうやら本当にただの大所帯の山賊団の様だ。
ここは山道の中でも比較的広くなっている場所だ。
その中央に俺達がおり、その周りをグルっと山賊達が取り囲んでいる。
街道は勿論、両側の道ではない場所にまで、ご丁寧に包囲しているのだ。
道の両側には木もなく、見晴らしは良いので、逃げることは不可能だと良く分かる布陣だ。
その山賊の包囲網の奥には何台もの馬車が並んでおり、そこには一際デカイ筋骨隆々とした男達が横一列で整列していた。
どうやらあれがこの山賊団のお宝であり、奴らは恐らく山賊団のボスの側近と言った所なのであろう。
そう思った丁度その時、一際デカイ馬車の中から白衣を着た血塗れの男が顔を出した。
何だ? この山賊団には医者でも同行しているのか?
「君達、一体いつまで遊んでいるつもりやねん?」
「ボス!」
「ボス!」
「すみませんボス!」
「ワイは静かに楽しみたいねん。んなガキ共とっととバラして、もっと美味しい獲物が居る場所を見つけようや」
「「了解!」」
それだけ言うと、血塗れの男は馬車の中に引っ込んでしまった。
……え? 今のがこの山賊団のボスなのか?
金髪碧眼でひょろ長の印象、見た目はまんま医者に見えた。
正直他の山賊達の方が、よっぽど山賊っぽい格好をしている。
しかしどうやら本当に奴がボスだったようだ。
何しろ奴の命令一つで、周囲の山賊の目の色が変わった。
笑い声もピタリと止み、全員が一斉に襲いかかるために、呼吸を合わせようとしている。
恐らく、数秒も経たない内に奴らは俺達を殺しにかかるのだろう。
俺達は、事前に打ち合わせをしておいた作戦通りに、行動を開始したのであった。
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--side???--
吾輩は馬車の中へと戻って来る、悪魔を射殺さんばかりに睨みつけていた。
この悪魔は、我輩の同胞を殺害し、我輩を捕獲し、吾輩の息子達を奪い去った、とんでもない悪魔の化身だ。
悪魔の全身は血で濡れている。
奴の血ではない、吾輩の血だ。
奴は馬車の中に監禁した我輩を傷つけ、その血を浴びて興奮する異常者なのである。
最初奴にまみえた際、吾輩は魔族が襲い掛かってきたのだと思ったものだ。
しかし奴は人間である。
信じられないが人間なのである。
奴はその凶悪な性格と、圧倒的な武力で部下たちをまとめ上げ、我輩を倒し、白虎の国の兵士達の追撃を逃れ、隣国へと逃れて来たのだという。
そして現在、たまたま移動中に出会っただけの哀れな旅人を部下達が襲っている最中とのことだ。
つい先程から馬車の外からは狩りの興奮が伝わってきている。
狩り、そうこれは狩りだ。
これは戦いでも決闘でも無い。
一方的に相手を追い詰め、一方的に搾取する狩りなのだ。
吾輩が奴と戦った時、奴の配下は500人を超える規模であった。
戦闘に優れた者、魔法に優れた者、絡め手に優れた者など、その人材は多岐に渡っていた。
そして奴は数多くの部下たちをその悪魔的な頭脳を用いて使いこなし、吾輩を生け捕ることに成功したのだ。
もっとも現在、奴の手駒は数を減らしているという。
少し前に盗賊団の中でトラブルがあったらしく、奴はその手駒を大きく減らしていたのだ。
だがそれでも奴の配下の総数は200人を超えるという。
旅人相手には十分過ぎる数だ。
奴は優れた部下には褒美を与え、無能な部下は残虐に始末するという方法で、三桁に及ぶ配下を統率し、支配している。
その手練手管は恐るべきものであり、認めたくはないが大変優れたものだ。
正直、今ここで吾輩を縛り付ける鎖を断ち切ったところで、奴と奴の部下に阻まれて息子達の所までは辿り着けまい。
ああ、何故このようなことになったのだろう?
吾輩は吾輩の息子達が幸せになることだけを願って生きて来たというのに。
それなのに吾輩と息子達の噂話を聞きつけた奴が我輩を捕獲し、息子達も奴に捕らえられ、気が付けば取り返しのつかない場所まで連れて来られてしまった。
奴はニタニタと笑いながら我輩に話し掛けてくる。
吾輩はこいつが大嫌いだ。
話などしたくない。むしろ全力で殺害したい。
しかし、息子達の命を掴まれている以上無視も出来ない。
吾輩は奴との会話を行わざるを得ないのだ。
「や~折角エエ所やったのに、途中で中断して済まんかったなぁ」
「問題ない。むしろ永遠に中断してくれて一向に構わない」
「なんでやねん。見てみい、見てみい、これアンさんの頬の肉やで。この薄さ! この透明度! まさに芸術やないか!」
「何が芸術だこの異常者め。貴様の存在は息子達の成長に悪影響しか及ぼさないから、今すぐ死んでくれないか」
「酷いわ~、酷いわ~。ワイ傷ついてまうわ~」
「そうか、傷つくか。出血多量で、八つ裂きになって死んでくれるととても嬉しいのだがな」
「逆やろ逆、八つ裂きになってから出血多量やろ」
「いや、合っている。まずは出血多量になって身動きが取れなくなってからでないと、吾輩では貴様を八つ裂きにすることは出来んからな」
「恥ずかしいわ~、ワイ褒められ慣れてないねん」
「褒めるところなど微塵もないからな貴様は」
こいつと話していると、段々と心が削れて行く事がよく分かる。
しかし、話さない訳にはいかないのだ。
こいつの興味が我輩から離れ、息子達に向かったらと思うと話さずにはいられない。
息子達はまだ幼い。
こいつの影響を受けたりしたら、確実に悪へと堕ちてしまうだろう。
ああ誰か! 誰でも良い!
この悪魔を倒し、息子達を救ってくれ!
吾輩では息子達を守りきれない。
吾輩はもう2度も息子達を守りきれなかったのだ!
この世界は残酷過ぎる。
一度目は無理やり息子達を奪われ、二度目は我輩を餌に息子達をかどわかされた。
吾輩の命などいらないのだ、息子達さえ無事ならば。
愛する息子達の幸せを願うことは、それ程罪な事なのか!
吾輩は、これまで何度も祈ってきた願いを今日もまた祈る。
祈りなど無意味だ、実力だけが全てだ。
吾輩は昔からそう考えていたし、実際それは真実でもあった。
だが、現実に自らの実力だけでは崩せない壁に当たってしまっては、最早残った方法は祈りしかないのだ。
吾輩は祈り続ける。
目の前の悪魔を倒し、息子達を救ってくれる存在が現れることを。
祈っている我輩に、奴は近づいて来る。
いつの間にやら周囲の喧騒は消えており、奴の足音がはっきりと聞こえる。
それは恐怖だが、恐怖にだけは屈する訳にはいかんのだ。
吾輩が屈してしまっては、息子達にも被害が及んでしまうからだ。
吾輩は決して負けないという気迫を込めて奴を睨みつける。
しかし吾輩は何時の間にやら恐怖に屈してしまっていたらしい。
目の前が薄くボヤケているのだ。
吾輩は必死に頭を振って目に溜まっているであろう涙を弾き飛ばそうとする。
しかし飛ばない。
当然だ、そもそも目に涙は溜まっていなかった。
では何故目の前が薄くボヤケているのだ?
これはひょっとして涙ではなく……
「なっ、煙やと!?」
奴が驚いて周囲の空気を風で吹き飛ばす。
途端に目の前がクリアになった。
どうやら馬車の中に煙が入り込んだせいで、視界がボヤケてしまっていたらしい。
しかし煙とはどういうことだ。
外で火でも使ったのだろうか?
「オイ、どないなっとんねん! なんやねんこの煙は!」
奴は外で待機している親衛隊に向かって疑問をぶつける。
しかし親衛隊は答えない。
これは異常だ、何か異常が起こっている。
奴の質問に親衛隊が誰一人答えないなどという状況は、今まで一度も無かったのだ。
「ちっ、何やねん全く……」
奴は再び外へと出向こうとする。
奴は吾輩が万が一にも脱出しないようにと頑丈に作った扉を開け放った。
すると突然外から物凄い量の煙が、馬車の中へと流れ込んで来る。
それはまるで白い壁が迫って来るかのような光景だ。
「ふざっけんな! バーストォォォ!!」
奴が得意とする風魔法で煙を吹き飛ばす。
上に向かった煙はそのまま上へと昇っていった。
しかし横に吹き飛ばした筈の煙は拡散せず、いつまで経っても残ったままだ。
流石におかしいと感じたのだろう、奴は扉を全開にし、風の魔法を使って煙が馬車に近づかないようにした。
そして気づいたのだ。
吾輩と奴の居る馬車が、土の壁に囲まれているという事実に。
「なっ何やねんこの壁は!? オイ、お前ら! 何があった! 誰かおらんのか!」
余りと言えば余りの状況に異常者である奴も、錯乱状態になってしまっている。
しかし幾ら声を掛けても返答がないため、奴は親衛隊が居る筈の方向の壁を魔法を使って壊し始めた。
その壁は中々の厚さを誇っているようで、さしもの奴も壊すのに多大なる苦労をしているようだ。
だが奴はどうにか壁を破壊し、馬車のすぐ側で待機していた親衛隊を発見した。
親衛隊はその半分は、ただ眠っているように見えた。
しかし眠っている彼らは何故か縛り上げられ、おまけに石で出来た牢の中に閉じ込められていた。
そして残りの半分は揃って物言わぬ骸と化して、地面の上に転がっている。
殺されている連中は、なんとご丁寧に、首を刎ねられて、脳と心臓を貫かれている様だ。
「はぁぁぁぁぁぁ? 何死んどんねん! 何やこの牢は! 何があったんや! 一体何事や!」
奴はパニック状態だ。
そして私もパニック状態に近いと自覚している。
突然謎の壁が出現し、周囲の状況が一切分からなくなった。
そして隣の壁の中では親衛隊の半分が捕まり、残りの半分は殺害されている。
おまけに周囲の状況は一切感知することが出来ない。
つまり他の場所でも同じ事が起こっている可能性があるのだ。
ここは無事だが、吾輩の息子達は無事なのか。
吾輩も奴と同じく、パニックになり、声を上げそうになった。
「あれ? まだ動いてる奴が居るぜ?」
「あれはさっきボスと言われていた男ですね。馬車の中には……え? 何で?」
「ああ、そうか。馬車の中に居たからガスの効きが悪かったんだな」
「問題無い。すぐに仕留めるぞ」
声を上げそうになった瞬間、目の前の壁に突然穴が空き、まだ子供と言っても良い若者が4人、吾輩と奴の前に現れた。
これが吾輩と彼らの出会い。
吾輩の愛すべき息子達を預けるに値する、最高の若者達との出会いの場面だったのである。




