第五十二話 盗賊団 ビッグ・オーガズ2
2017/08/18 本文を細かく訂正
--sideニコ--
気が付いたら俺は捕まり、町の広場で子分どもと共に並べられていた。
俺の名はニコ、この町の町長の息子で次男坊で、いずれビッグになる男だ。
しかし俺の顔はお袋に似て線が細く、美形でもある。
有り体に言えば女顔だ。
俺は俺の顔が嫌いだった。
何が悲しくて高確率で男から言い寄られなければならんのだ。
ある時、町中を1人で歩いていると、流れの旅人が俺に襲い掛かって来やがった。
そいつは俺を女と勘違いし、人気のない場所で襲い掛かって来やがったのだ。
頭にきた俺はそいつをボコボコにして返り討ちにしてやった。
しばらくすると、その旅人は町から姿を消していた。
そしていつの間にやら町の中では『旅人が町の中でオーガに襲われた』なんていう根も葉もない噂が流れていたんだ。
間違いない、噂を流したのはあの旅人だ。
奴は最後まで俺のことを女だと思っていた。
だから襲った女に撃退されたと言いふらす訳にもいかず、自分の怪我をオーガのせいにしたんだろう。
この町にオーガが紛れ込むなんてありえない事態だ。
街の連中は笑い話にしていたが、俺はその話を聞いて面白いと思った。
オーガ、俺がオーガか。
オーガと言えば、ゴブリンとかとは比べ物にならないくらいに強く危険で、モンスターの中でも上位の実力を持つと言われているモンスターだ。
いずれビッグになる俺がオーガ、言われて悪い気はしない。
俺は俺の仲間を引き連れて、『ビッグ・オーガズ』と名乗り始めた。
だが、この時はまだ盗賊もしていなかったし、そもそも悪事自体働いていなかった。
俺が初めて盗賊として狙った相手は、かつて俺を襲った旅人だった。
何と奴はあれから一年も経たない内に、この南ヤマヨコの町に舞い戻ってきやがったのだ。
神経が太いにも程がある。
俺は子分どもと一緒に町の外で奴を襲撃。
どうやら行商人だったらしいそいつの荷物を丸ごと奪い取り、ついでに身ぐるみも剥いでやったのだ。
ざまあみろである。
そして俺達は奪った盗品を町の商店に持ち込んで、結構な利益を得た。
町長の次男と言っても、俺は無職だから大して金も持っていない。
子分どもも碌に仕事もしていない連中ばかりだ。
そんな俺達にとって、盗品の売却益は相当な物で、俺達は盗賊の魅力に取りつかれてしまった。
それからだ、町の近くで定期的に盗賊家業に精を出すようになったのは。
殺しも女への手出しもご法度の、節度ある盗賊団だったが、俺達はそれなりに楽しんでいた。
勿論、町の外でそんな事をしていては、モンスターに襲われることもある。
だが、俺達はそれなりに戦えたので、気がつけば俺はレベルがカンストしていたし、子分どももそれぞれが高レベルになっていた。
そんな時だ、この国の勇者様の供を決める儀式において、スキルの更新なんていう現象が発見されたという。
レベルをマックスまで上げていれば、誰でもスキルの更新が出来るというので、俺も当然スキルの更新を行った。
そしてそこで俺は捕らえられた。
スキルの更新の際に、俺の人生が広場にデカデカと映し出され、俺が盗賊として活動していた事が町の連中にバレてしまったのだ。
その際、子分どもの顔もバレてしまったので、俺達は揃って牢屋にぶち込まれることになってしまった。
俺はすぐに出して貰えるものと思っていた。
しかし町長である俺の父親は、俺達を長い間牢屋に閉じ込め、中々外には出そうとしなかった。
「これはひょっとして俺達はこのまま殺されてしまうんじゃないだろうか」
俺はそんな風に考え始めてしまったのだった。
その後、運良く映像に映らずに捕まらなかった子分が俺達を脱獄させ、俺達は町の外へと逃亡を果たした。
俺は俺の父親への復讐心で頭が一杯だった。
仮にも息子である俺を、たかが盗賊行為を行ったくらいで、あれほど長い期間牢屋に閉じ込め、殺そうとするなんて!
俺は時期を見て町長である父親を殺そうと心に決め、その為の準備を始める事にした。
準備には金が必要だ。
俺は子分どもに盗賊行為の再開を宣言し、獲物が狩場にやって来たら、身ぐるみを剥げと伝えておいた。
俺達の狩場は町の周囲に幾つも在り、今居る場所は、スキル更新の映像にも映っていなかった場所だ。
バレる訳がないので、安心して子分どもを送り出した。
俺は俺でアジトにしている小屋の中でイメージトレーニングに余念がなかった。
何しろ初めての殺しなのだ。
綿密なシミュレーションが必要とされるだろう。
俺は子分どもを遠ざけて、1人小屋の中で殺意を磨き続けていた。
それなのに俺は今、町の広場で子分どもと共にとっ捕まっている。
俺が最後に覚えている場面は、突然扉が開いたと思ったら、知らない男が突然殴り掛かって来たという光景だ。
そいつは目の前で俺達を見下ろしている。
そして俺の目の前ではこの町の町長である父さんが、必死に俺達の助命嘆願をそいつに願い出ていたのであった。
「お願いでございます。どうか! どうか息子の命ばかりはお助け下さい!」
「そうは言ってもな町長。貴方の息子は盗賊団を結成し、実際に街の周辺で暴れまわり、オマケに私も実際に襲われたのだぞ」
「『盗賊はすぐに縛り首だ』って言葉も在る位だしな」
「縛り首? そんな言葉ありましたっけ兄さん?」
「……スマン、忘れてくれ。勘違いだったようだ」
「どれだけ年月が経っても、盗賊ってのは無くならないんだな。ちなみに昔のご主人達は揃って出会った瞬間に殺していたぜ」
「盗賊は即殺。世界の基本ですからね」
知らない男たちが、俺を処刑しようとしている。
……処刑しようとしている?
えっ? 処刑?
俺は処刑されるのか?
盗賊行為をしただけなのに?
急激に目が覚めた。
そしてすぐさま理解した。
どうやら俺達はとっ捕まって、これから殺されようとしているらしい。
そしてどうやら父さんが必死にそれを止めようとしているようだ。
周りを見れば子分どもは揃って震えていて役に立ちそうにない。
と言うか、冗談じゃない。
何で俺が殺されなきゃならんのだ。
俺は俺を殺そうとしている若い男に向かって声を張り上げた。
「オイ、テメェ! 俺を処刑するだと! 巫山戯たこと言ってんじゃねぇぞ!」
「何だ、起きたのか? 目が覚めるなりうるさい奴だな」
「俺達が処刑される程の事をしたっていうのか?
たまに気の向いた時に馬鹿な旅人の身ぐるみを剥いでいただけだぞ!」
「アホかお前は、それは十分に処刑される程の行為だ。
この国の法律では盗賊行為は原則死刑だからな」
「法律がなんだ! 俺はこの町の町長の息子だぞ! 俺を殺してただで済むと思っているのかテメェは!」
「安心しろ、私はこの国の王子で、ついでに勇者もしている者だ。
悪事を働いていた町長の息子を成敗した所で問題になる事はない」
「は? 何言ってんだお前?」
目の前の男は突然自分のことをこの国の王子で勇者だなどと宣言した。
この国の王子様で勇者様。
それはつまり、土の勇者様であるロック王子だと宣言したという事だ。
何が王子だ、とんでもない詐欺師である。
土の勇者であるロック王子は勇者として魔王軍と戦っている筈なのだ。
こんな田舎町に勇者が来る筈がないではないか。
「アホはお前だ! 土の勇者であるロック王子が、何が悲しくてこんな田舎町に来なくちゃならんのだ! 勇者様は今も魔王軍相手に戦っているに決まっているだろう! 騙すならもう少しリアリティのある内容を語れ!」
俺は勇者様を騙る馬鹿を怒鳴りつけた。
これで父さんも、町の皆もこの偽物の正体に気付いて俺を助けてくれる筈だ。
しかし町の連中は誰一人動こうとせず、目の前の連中は呆れたように溜息を付いた。
……おい、ちょっと待てよ、一体何だその反応は。
まるで……まるで目の前のこいつが本物のロック王子みたいな反応じゃないか!
「はぁ……何だこれは。私はこんな風に思われているのか?」
「いや、普通の人達はちゃんと現状を理解している筈だ。盗賊なんてやっていて、まともに情報も仕入れていないから、こんな事言ってるんじゃないのか?」
「それにしたって酷いですよ。仮にも町長の息子さんなんでしょう? 一体どんな教育を受けてきたのやら」
「なぁ、もう面倒だからさっさと始末して旅を続けようぜ。盗賊なんて即殺で良いんだからさぁ」
「いや、まぁ。最初はそのつもりだったんだけどなぁ……」
「身ぐるみは剥いでいたようだが、殺しも犯しもしていなかったと言うことだしな。一応情状酌量の余地はあるだろう」
「じゃどうすんの? 流石に盗賊行為を見逃すなんて真似はしないんだろ?」
「それなんだよなぁ」
うーん……と、目の前の男たちは揃って考え込んでいる。
それを街の連中は固唾を呑んで見守っている。
この反応、どうやら目の前の男は本物のロック王子のようだ。
この国の王子が俺を殺そうとしている。
土の勇者が俺を処刑しようとしている。
俺は王族の敵、勇者の敵にされてしまった。
俺はそのことをようやく理解して、急激に体が震え始めた。
「あれ? この馬鹿急にガクガクし始めたぜ?」
「ロックが本物だってようやく理解したんだろ? 遅いけどな」
「それを言うなら、盗賊行為が悪いことだと実感するのが遅かったのだ」
「どうだかねぇ。死ぬかもしれないとは思っていても、反省しているかどうかは別問題じゃねぇの?」
「反省……反省か。そうだな、ではまずは反省して貰おうか。命懸けでな」
「命懸けで反省? どうやって?」
「町長、貴方の息子とその仲間をこの場で処刑することについては中止することにします」
「おおっ! ありがとうございます!」
「その代わりに、全員揃って軍の懲罰部隊で働いてもらいます」
「ちっ、懲罰部隊ですか!?」
「それが駄目ならこの場で処刑を執行します。どうされますか?」
「……ご温情に感謝致します。息子とその一味を全員懲罰部隊に入隊させて下さい」
「よし、決まりだな」
俺の運命は俺の意思とは無関係に決定されてしまった。
俺達盗賊団『ビッグ・オーガズ』は、土の勇者であるロック王子の決定で、軍の懲罰部隊に送られることになったのだった。
ちなみに俺達のアジトに関しては、父さんが既に把握済みだったという。
俺は町長である父さんの力を舐めていたのだ。
最早逆らう気も起きなかった。
懲罰部隊とは、いわゆる犯罪者や反逆者等を寄せ集めて作られた、軍の使い捨て部隊のことである。
その任務は過酷で知られており、死亡率は通常の部隊の2倍とも3倍とも言われている過酷な場所だ。
最近では行われていないが、国同士で争っていた時代は、相手国への最初の突撃はどちらも懲罰部隊の仕事だったという話も残っている。
それでも普通の犯罪者は皆率先して懲罰部隊に入隊したという。
何しろ運が良ければ生き残れるのだ。
問答無用で処刑されるよりかは余程マシなのである。
とは言え、ここ100年程は国通しの争いは起こっていないし、大規模な戦闘もない。
精々モンスター退治や魔族退治で先陣を切らされる程度で済むことになるだろう。
要するに『この場では殺さないけど、死ぬような目にはあってもらう』という罰則なのだ。
今回の盗賊行為の様に、基本的には処刑だけど、情状酌量の余地のある相手に対して行われる救済措置が懲罰部隊への所属なのである。
町長である父さんも、問答無用で処刑されるよりも、懲罰部隊に送られる方が生き残る確率があると判断したのだろう。
俺は懲罰部隊に入隊後、その事を理解したのであった。
実際俺達の様に、懲罰部隊に数年間所属してから罪が許され、釈放されたという話は多い。
勇者の敵として認識された以上、俺はもう南ヤマヨコの町には戻れない。
俺はここでしばらく大人しく過ごし、罪を償って一から出直そうと考えていた。
しかしその思惑は外れることになってしまう。
俺達が懲罰部隊に入隊してしばらく経った頃、玄武の国の懲罰部隊は予想外の大規模戦闘に投入される事となるからである。
そしてその戦場には、俺達を捕まえた土の勇者一行も存在したのであった。




