第五十一話 盗賊団 ビッグ・オーガズ
2017/08/18 本文を細かく訂正
南ヤマヨコの町から伸びる道は3つに分類される。
1つ目は俺達が通ってきたカメヨコ村へと通じる北への道。
2つ目は俺達がこれから向かって行く予定だった南へと続く道。
そして玄武の国の内側へと続く、東への道だ。
玄武の国にある全ての町は整備された街道で繋がっている。
その街道は軍の兵士が定期的に巡回しており、モンスターも定期的に駆除されている。
そのお陰で旅人は比較的安全に町や村の間を旅することが出来る。
もっとも、広大な国の中を完璧に見て回ることなど不可能だし、そもそも倒した所ですぐに何処かで魔石が生成され、モンスターは発生してしまう。
だから普通の旅人は護衛を雇うのが基本だし、護衛達は人数を揃え、しかも鍛えてあるので強く頼りになる。
だから殆どの旅人は安全に旅をすることが出来るのだ。
では、いわゆる盗賊とか山賊とか呼ばれている人種は、どんな相手を狙うのか。
彼らはごく稀に訪れる、人数の少ない旅人だとか、集団から離れた旅人を狙って襲いかかるのだ。
他国に居るとされる大盗賊団とかだと、数に任せて、護衛付きの旅人の集団相手であっても襲い掛かる事があるらしいが、彼らは基本的に自分達よりも数が少なく弱い相手しか狙わない。
勿論少人数であっても強い人物は存在するし、そもそも少人数で旅をする者なんてのは腕に覚えのある者が多い。
しかしそんな強者であっても、数の暴力には勝てないことがある。
モンスターであれば、一定以上の力を持っていれば、相手の行動パターンを覚えておけば対処は可能だ。
しかし盗賊や山賊は人間である。
人間である以上、その襲撃の方法は千差万別であり、よっぽどの強者でなければ手玉に取られて倒されてしまうのだ。
だから世の中から盗賊や山賊は何時まで経っても無くならないし、その盗賊達もいつもの様に獲物を狩るつもりだったのだ。
しかし彼らは知らなかった。
何しろ彼らは牢屋に入れられ、外界の情報を遮断されていたのだ。
数少ない捕まらなかった仲間達も、捕まっていた仲間の救出に精一杯で基本的な情報収集を怠っていた。
彼らは知らなかった。
つい先日まで彼らが捕まっていた町に勇者が訪れていたことを。
そしてその勇者が、よりにもよって自分達を捕獲するために行動しているという事を。
盗賊団の捕縛を依頼された俺達は、街道を南へと進み、そこから街道を外れて西へと向かい、玄武山脈の麓へとやって来ていた。
俺達は巨大なカゴを背負い、所々で立ち止まりながら、せっせと山菜をカゴの中に放り込んでいる。
この季節、玄武山脈の麓の森には豊かな山菜が群生し、それは南ヤマヨコの町の人達の食卓を大いに潤しているのだ。
俺達はその山の恵をかき集めてカゴの中へと放り込んでいる。
俺達は揃って白髪のカツラを被り、腰を折り曲げて杖を突き、老人のように振る舞っている。
本来の目的である盗賊団に襲われるために、町長に教えて貰った、彼らの本拠地があるとされるこの山の麓の森の中を、変装して歩き回っているのだ。
「ロック爺さんや、収穫はどんなもんかね?」
「ナイト爺さんや、収穫は中々のもんだよ。ほれ、このきのこを見てみなさい、こんな変わったきのこは城でも見たことが無い物だよ」
「当たり前じゃないかね、それは毒キノコだよ」
「え?」
「見たことの無い物に手を出すんじゃないよ。今すぐ捨てな、いや寄越しなさい」
「どうするんだい? お兄さんや」
「毒薬の材料にするに決まってるじゃないか。毒には毒の使い道ってのがあるんだよ」
「な~るほど、流石はお兄さんだねぇ」
「ホッホッホッ、それ程でも有るよ」
「ホッホッホッ」
「ホッホッホッ」
「なぁ、旦那。オイラ正直着いて行けないんだけど?」
「しっ!」
俺はゲンを引き寄せて、小声で注意する。
折角子供の頃から仲の良い爺さん3人と孫の設定なのに、全くゲンは分かっちゃいない。
俺はゲンにもう一度この作戦の説明をしてあげたのだった。
「いいか、ゲン。俺達は盗賊団の捕縛を依頼されたんだ」
「知ってるよ。そこの町の町長の次男坊が盗賊団の首領だったんだろう?」
「ああ、単独行動をしているモンスターハンターを襲ったり、商隊から逸れた旅人を襲っているクソ野郎らしい。そんな奴はきっちり捕まえてお縄にしなくちゃならんのだ」
「だからって何でこんな変装してんだよ」
「奴らは自分達の正体が既にバレていることが分かっているんだ。オマケに脱獄したばかりだから、追手にも気を付けている。だから追跡は困難を極める。よって追跡はしないで、向こうから来てくれるように仕向けているんだよ」
「それで老人と孫に化けてんのか」
「勇者一行を盗賊が襲って来る訳がないだろう。老人と孫なら襲いやすいだろうが」
「仮にも今まで捕まっていなかった盗賊団なんだろう? 流石に無理があるんじゃないのか?」
「そうでもないさ。むしろ今まで捕まっていなかったからこそ……」
「おっとそこまでだ! 爺さん達動くんじゃねぇぞ!」
「俺たちゃ泣く子も黙る盗賊団『ビッグ・オーガズ』だ! 黙って身ぐるみ置いて行けば命だけは助けてやるぜ?」
俺の説明は待ちに待っていた盗賊の襲撃に中断されることとなった。
気がつけば俺達の回りは十数人の盗賊に取り囲まれている。
それにしても『ビッグ・オーガズ』って。
こいつらはオーガって感じではないな。
精々ゴブリンが良い所だろう。
「ヒェェェエエエ!! いっ命ばかりはお助けを~」
「俺等は老い先短い老人ですじゃ! 殺しても何にもならないですじゃ!」
「孫は! せめて孫だけは!」
「わーこわーい」
「ゲン! もっとビビりなさい! 盗賊団じゃぞ! 怖いんじゃぞ!」
「えー……でもなぁ……」
ノリノリで演技を続ける俺達とは違い、ゲンのテンションは全く上がらない。
仕方ないとは思う。
俺達は昔から勇者とその供となるべく育てられ、寝物語に英雄譚を聞かされて育ってきた。
そしてどんな英雄でも大抵一度は敵を欺くために変装をして演技をし、油断した所で首を狩るといった、暗殺者も真っ青な所業を繰り広げていたのだ。
勇者とその供になるに当たって、変装技能や演技技能は必須項目だったのである。
だから俺達は戦闘訓練に加えて、子供の頃からこういった変装や演技の訓練もしており、下手な劇団よりも演技が上手かったりするのである。
対してゲンは天使だ。
ステータスの面でも、スキルの面でも、周囲を取り囲む山賊ごときでは勝負にもならないのだから、わざわざこんな真似をしている俺達が理解出来ないのかもしれない。
しかしゲンは甘い。
ゲンよりもステータスで優れているロックが文句も言わず、むしろ率先して老人に化けている時点で、この作戦の有効性を理解して貰いたかった。
「おいおい、ガキは盗賊の恐ろしさって奴を知らないらしいぜ!」
「ははは、仕方ねぇな。おいガキ! 爺さん達を見習ってちゃんとビビれや!」
「そうすれば無事にお家に帰れるぜ! 今のボスに見つかったらガキでも殺されちまうからな!」
「ボス! その御方はここには居られないのですかな?」
「そうだぜ爺さん。ボスは最近まで捕まっていて機嫌が悪くてよぉ。俺達部下も全員遠ざけて1人でアジトに引き篭ってやがるのさ!」
「王女様と同じ状況って訳だな! ちっとも可愛くないけどよ!」
「全くだぜ。血走った目をしやがって、挙句に自分の父親を殺そうとまでしてやがるんだ」
「俺達も悪さはするけど、殺しはちょっとなぁ。今までだって身ぐるみ剥ぐ位で済ましてた訳だし」
「そんな訳で命はちゃんと助けてやるから、安心して持ち物全部置いて行きな」
「そんでもうこの辺には来るなよ。盗賊ってのは怖い連中なんだからよ!」
何だろう? 想像していたイメージと大分違う。
こいつら盗賊の分際で随分と親切で優しいぞ。
いや、でもないのか。
身ぐるみは剥いでいる訳だしな。
と言うか、何でこいつら盗賊なんてやってるんだ?
「お前さん方、随分と親切じゃのう? 何で盗賊なんてやっとるんじゃ?」
俺の疑問と同じことを考えたのだろう、ロックが質問していた。
その質問に盗賊達はこう答えた。
「ん~、いや好きでやっている訳じゃねぇんだよ」
「ニコの奴がグレちまってよ。俺らダチだから付き合わなきゃじゃん?」
「俺達ニコに着いて行くって決めてっからよ。アイツが盗賊やるなら俺らも盗賊にならなきゃな!」
「ほれあれだ、この国のロック王子にはナイト町長とか言う凄い親友が居るって話知ってるだろ? 俺たちゃ南ヤマヨコの町のナイト様なのよ」
「勇者に着いて行くのも、盗賊に着いて行くのも、同じ事だからな」
「同じな訳あるか! このバカ共が!」
バキッ! ドカッ! ズガン!
それは一瞬の出来事でしたじゃ。
腰の曲がったライ爺さんが急にシャンとしたかと思いきや、手に持っていた棒をまるで槍の如く振り回し、あっという間に盗賊達の半分を倒してしまったのですじゃ。
いや、これはもういいか。
彼らはうめき声を上げ、立ち上がることは出来ない。
どうやらライの奴、手加減はキチンとしてくれたようだ。
「お前らの何処が兄さんだ! ふざけるのも大概にしろ! 兄さんだったらロック王子が道を間違えたなら、息子を握り潰してでも正気に戻そうとするぞ! 友達が道を間違えたなら、全力で目を覚まさせろ! それが本当の友達ってもんだろうが!」
盗賊達は突然の事態に驚いて声も出ないし、動くことも出来ない。
対して俺達はやれやれといった感じで、かついでいたカゴを地面に置き、残っていた盗賊達に襲いかかる。
彼らもモンスターが闊歩する地域で伊達に盗賊をやっている訳じゃ無い。
彼らはそれなりには強い。
だけどあくまでそれなりでしかない。
俺達はあっという間に盗賊達を叩きのめし、全員をふん縛ってしまった。
その間、ロックが微妙に内股だったのが軽くショックだった。
まだあの時のことを覚えているのかお前は……
「つーか、ライ。適当に演技をして、アジトの居場所まで案内して貰う手筈だっただろうが」
「うっ、すいません兄さん。兄さんを侮辱されたので我慢出来なくて」
「まぁ良いけどな。ロック、ゲン、怪我は?」
「問題ない」
「ある訳ないだろ。ってか、やっぱり普通に退治した方が早かったじゃん!」
「まぁそう言うな。こんな簡単に行く方が珍しいんだからさ」
盗賊や山賊を退治するに当たっては、取りこぼしに注意しなければならないと言われている。
一人でも取りこぼすと、その取りこぼしが再び仲間を集めて盗賊家業を再開してしまう事があるからだ。
だから俺達は、盗賊団の人数や本拠地の正確な場所、他の隠れ家の有無等を調べ、一網打尽にするためにわざわざ変装をしていたのである。
だがこいつらは聞いていないことまでべらべらと喋りまくり、ライも暴走してしまった為、結果として変装の意味が無かった。
いや、そうでもないか。
老人と孫に変装していなければそもそも襲われなかっただろうしな。
その後、全員揃ってお縄にした盗賊団から話を聞き、盗賊団のボスをしている町長の次男坊であるニコの居所を確認。
山の中に建てられていた掘っ建て小屋をアジトとして使用していたニコは、1人で小屋の中に居たので、正面から乗り込み、問答無用でぶん殴って気絶させ、盗賊団全員を南ヤマヨコの町へと連行したのであった。
結局俺達は盗賊団ビッグ・オーガズを半日も経たない内に壊滅させてしまった。
そして南ヤマヨコの町の町長の次男であるニコを首領とした盗賊団全員は、揃って広場に引っ立てられたのであった。




