第五十話 南ヤマヨコの町
2017/08/18 本文を細かく訂正
アナ達と別れて既に10日余り、俺達は特に問題もなく旅を続けていた。
途中に村があれば、一泊して村人の話を聞き、村での生活の様子や作っている作物などを見せてもらう。
旅の最中に他の旅人とすれ違えば、情報交換をし、モンスターの群れの情報を得たりすると、ルートを変更して、率先して潰して回る。
野宿の際はアイテムボックスに入れてあるテントセットを設営し、保存食を使って調理し、それなりの味になった食事を囲む。
俺達は村での過ごし方も、旅の仕方も、野宿の仕方も、幼い頃から仕込まれてきたので、何の違和感もなく過ごすことが出来ていた。
特に俺は前世でもキャンプが好きだったので、むしろ率先して野宿の準備をしていた。
ワザワザ炭を用意して、炭火でバーベキューをしたり、焚き火を囲んで、ロックの演奏で歌ったり、草原に寝転んで星を眺めたりと、まさにいい旅・夢気分である。
ちなみにこちらの世界にも月があり、星がある。
町中では、夜でも所々明かりが灯っていたが、周囲に何もない草原や街道には無粋な光は見当たらない。
お陰で満天の星空を見上げることが出来、俺達は毎晩、飽きること無く星を眺めながら楽しい夜を過ごしていた。
そして気づいた。
いや、前から気づいてはいたのだが、改めて見るとこちらの世界の星の配置は、地球の星の配置とは明らかに異なっている。
やはりここは異世界であり、地球の過去でも未来でもないようだ。
月は地球と同じく一つだけで満ち欠けもあるのに、見知った星座が一つもない事には違和感があるが、しばらくすると慣れてしまった。
そもそもこちらの世界には星を繋げて星座として観察するという習慣はないのだ。
こちらの星はこちらの星として楽しめば良い。
俺は草原に寝転びながらそんな簡単なことに気づいたのであった。
そして俺達にはゲンが付いて来ていたのだが、ゲンが一人いるだけで、旅の快適度が格段に変わったのだ。
まず、戦闘力だが、ステータスがロゼの半分もあるため、実質俺やライよりも強く、このパーティーのナンバー2であり、頼りになる。
そして念話能力のお陰で、別れて旅をしているアナ達闇の勇者一行とも情報交換が出来るので、向こうについても心配をする必要がない。
しかも天使であるゲンは、通常の食事を必要とせず、魔石を主食としていたため、モンスターを狩りまくりながら旅を続ける勇者パーティーには打って付けの人材だったのだ。
そしてゲンには隠されたもう一つの能力が存在した。
ゲンとヨミ、二人の天使の主食は魔石である。
ゲンは、いやゲンとヨミの二人の天使は、『魔石を食べると、魔石の元となったモンスターの持つスキルを獲得することが出来る』という能力があったのだ。
「おりゃー!!」
目の前でゲンが高速移動を繰り返している。
これはライも持っている『高速移動』のスキルだ。
スキルレベルを最大にしないと発動しないため、ライはまだ使いこなせていないが、発動さえできれば強力なスキルであることは間違いない。
そしてモンスタードッグの進化系である、モンスターウルフや他のスピード重視のモンスターや魔族が使ってくることでも有名なスキルだ。
それをゲンが俺達の目の前でこともなげに使いこなしていた。
「ワッハハハ! どうよ旦那! オイラ凄いだろ!」
「確かに凄いな。何時の間にこんなにレベルアップしたんだ?」
「そりゃあ、あれだけボリボリ魔石食べてりゃ、これくらい出来るようになるさ!」
「へぇ、天使は魔石を食べると経験値が上がるのか」
「いや違うぜ、オイラ達に経験値は無いんだ」
「は? じゃあどうやってレベルアップしたんだよ」
「オイラ達は同じ魔石を食べれば食べるほど、スキルレベルが上がるのさ!」
詳しく聞いてみた所、
天使の成長の仕方は俺達人間とは全く異なっているようだ。
まず天使にはレベルも経験値も存在しない。
ゲンやヨミがモンスターを倒し、経験値を得た場合、それは全てロゼの経験値になるのだそうだ。
ちなみに現在のように遠く離れている場合、経験値は天使の体内にストックされ、再会した際に一気にロゼの体へと入って行くらしい。
天使のステータスはご主人、つまりロゼの半分であるが、スキル自体は独立している。
そのスキルを得る方法が、モンスターや魔族の持つ魔石を食べる事であり、同じ種類のモンスターの魔石を食べれば食べるほど、そのモンスターの持つスキルレベルを上げることが出来るらしい。
俺達はこの一週間で、既に60匹以上のモンスタードッグを倒しており、手に入れた魔石の殆どはゲンが平らげている。
これだけの数の魔石を食べれば、流石にスキルもカンストする様だ。
同じモンスターであるならば、同一スキルを所持しているため、同じモンスターを集中して倒せば、そのモンスターの持っているスキルを極めることも容易なのだそうだ。
モンスターや魔族は、生まれながらにスキルを持ち、かつそれを駆使して襲い掛かってくる。
だがゲンはこのモンスターのスキルを、魔石を食すことで吸収することが出来るのだ。
これは素晴らしい能力である。
何しろ際限なくスキルの数が増えていく訳であるから、気がつけばスキル無双とか出来そうだ。
俺達はこの話を聞き、ゲンが実際にスキルを使う場面を目撃してからと言うもの、更にモンスター退治に熱が入るようになり、移動途中に遭遇したモンスターはほぼ殲滅に近い形で倒し続けていた。
そんな感じで旅を続け、俺達は道中初めての町である『南ヤマヨコの町』に到着したのであった。
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南ヤマヨコの町。
南にある山の横にある町だから、南ヤマヨコの町である。
北に向かったアナ達は今頃、同じ様に北ヤマヨコの町に到着している頃だろう。
カメヨコ村から街道を徒歩で一週間。
南北に貫く玄武山脈に沿って作られた街道沿いに、それぞれのヤマヨコの町は存在しているのであった。
俺達は10日以上掛かって到着したが、これは途中でモンスター退治の為に寄り道をしまくったのが原因である。
俺達は町の入口で旅人の列に並び、入場検査を受ける。
旅人や門番の中にはロックや俺の正体に気づき、順番を譲ろうとする者もいたが、丁重にお断りする。
そもそも勇者であり王子でもあるロックが居るので、国内の全ての町は基本フリーパスで入れるのだが、旅を満喫するために敢えて並んでいるのだ。
そして順番通りに俺達の番が来て、何も問題が無いため、あっさりと町の中に入り、住民総出の歓迎を受けることになったのだった。
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「土の勇者であらせられるロック王子殿下に於かれましては、我が町にお越し下さり、光栄の至りでございます」
南ヤマヨコの町の町長が深々と頭を下げる。
俺達は町に入ってすぐに町の役所に招かれ、歓待を受けていた。
町長も、町長の周りの町の役人達も、皆嬉しさを隠そうともしていない。
『勇者が我が町を訪れてくれた』ということは、彼らにとってとても誇らしい事態なのだろう。
俺達からすれば『ただ通り道にあったから立ち寄っただけ』なのだとしても。
「ナイト町長もお久しぶりですな。まさか勇者の供として復活するとは想像もしておりませんでしたぞ」
「私もですよ町長。町長会議の時はお世話になりました」
「お互い様ですよ町長。いや元町長でしたな。ハッハッハ!」
俺はこの町長とは知り合いだ。
正確に言うと、この玄武の国にある全ての町の町長と俺は知り合いなのだ。
2年に1度、玄武の国にある全ての町の責任者が一同に集い、町長会議が行われている。
俺はタートルの町で3年間、町長として働いていた。
当然町長会議にも出席している。
ちなみ開催場所は毎回タートルの町であったので、俺は移動の必要は無かったのだが、他の町長達は、毎回町長会議のためにタートルの町まで移動して来ていたのだ。
この南ヤマヨコの町ならば徒歩で一週間程度で移動できるが、他の町、それこそ国の端にあるような町の町長は毎回大変な目に会いながら旅をして来ていたらしい。
多分彼らは驚いているだろう。
同じ町長であった俺がいつの間にやら勇者の供の1人になっているのだから。
「いやいや、とんでもない。私などはむしろ納得してしまいましたな」
「納得した? それはまたどうしてですか?」
「ナイト殿が町長として働いていた3年の間に町長会議は2回ありましたでしょう? 1度目と2度目では明らかに町の様子が変わっていましたからなぁ。これだけの事が出来る男なら勇者の供に選ばれても不思議はないと思ったのですよ」
「そうですか、それはありがとうございます」
俺自身は未だに勇者の供として選ばれたことが不思議でならないのだが、周囲は意外と不思議には思っていないようだ。
まぁあからさまに反対されるよりは良いのだが。
どうにも俺自身が考えている俺と、周りが評価している俺に差異を感じてしまう。
俺がそんな事を考えている間に、町長はライにも挨拶を済ませ、最後にゲンにも挨拶をしていた。
「では最後に……おお、あなた様がロゼッタ王女が授かったという天使とやらですな? 初めまして、この町の町長を務めているものです」
「おう、宜しくなおっちゃん! ところでどうしてオイラが天使って知ってんだい?」
「無論タートルの町から知らせがあったからです。皆さんがこの町を訪れるまでに、勇者の供の選別の日から2週間以上が経過しています。恐らく既に玄武の国中の町にあなた様の事は広まっていることでしょう」
「へへっ! そうか! オイラも有名になったもんだな!」
ゲンは嬉しそうに喜んでいる。
でもそうか、俺が町で引き継ぎをして1週間、ここまで来るのに十日余りだからトータルで2週間以上も経過しているのか。
それなら俺やゲンについて知っていても不思議じゃないよな。
正直、町長以下町の重鎮達が、俺がロック達と一緒に居ることを疑問に思っていないからおかしいなと思っていたんだよな。
「じゃあスキルの更新についても伝え聞いているのですね」
ライがそう発言した所、何故かその場が凍りついた。
勿論攻撃を受けた訳じゃあるまいし、物理的に凍らされた訳では無い。
しかし空気が明らかに停止したのだ。
何気ない気持ちで発言したのであろう、ライは困惑しきっている。
そして南ヤマヨコの町の職員達は挙動不審だ。
これは恐らく何かあったな。
「……ええ、まぁ。スキルの更新につきましても詳細は伝わっておりますし、今でも事ある毎に早馬が到着しております」
「? 事ある毎にですか?」
「ええ、勇者の供の選別の日に行われたスキルの更新はナイト殿とロゼッタ王女のお二人だけでしたが、その日以降もレベルを最大まで上げた者達が続々と神殿前の広場にてスキルの更新を行っているのです」
「ああ、まぁ、それはそうでしょうね」
「すると、今まで知らなかった様々な事実が出てきましてね。新事実が発見されるたびにタートルの町から早馬が来るのですよ」
「具体的にはどのような話が来ているのですか?」
「メインはやはり更新スキルの判定基準ですな。強力なスキルがあってもそれを手に入れるための基準を満たしていなければ手に入れられない訳です。国としても強力なスキルを持つ者が増えることは喜ばしいことですから、判定基準が分かり次第、次々と各町へと早馬を放っているのですよ」
「成程、そんな事になっていたのですね」
確かに、俺の手に入れた中級罠師とか中級商人とかの能力は強力だからな。
年数や実績が必要な判定基準であれば、更新前に知っておけば後々取得が楽になる訳だ。
「そしてスキルの更新の発見のお陰で、犯罪者の逮捕にも繋がっております」
「犯罪者の逮捕ですか? それはまたどうして?」
「お忘れですか? ライフルーレットを行う前に、スキル更新者の人生をダイジェストで見せられるでしょう。あれに明るみになっていない犯罪の証拠が映し出されたりすることがあるのですよ」
「成程、言われてみれば納得ですね。知らずに更新をしてしまえば、そのまま証拠が白日の下に晒されて、お縄になってしまうという訳ですか」
「そうです。そして私の息子も、スキルの更新の際に悪事が発覚し、今は牢屋の中にいるのです」
「えっ?」
「この町に滞在するのでしたらいずれ何処かでお耳に入るでしょうから先に告白しておきます。私の息子の1人は隠れて盗賊の真似事を……いえ、盗賊行為そのものをしていた事がスキルの更新の際に明るみに出ました。現在息子は盗賊の仲間達と共に牢屋の中に入っております」
「そっ、そうだったのですか……」
「他の町でも知らずにスキルの更新を行った犯罪者が次々と捕まっているという話です。今では24時間体制で神殿前広場の監視をし、犯罪者のスキルの更新を見逃さないようにしておりますよ」
そう言って町長は少し疲れた笑顔を見せた。
確か町長には男ばかり3人もの息子が居た筈だ。
その内の1人が盗賊行為を行っていたとは、親としても町長としてもショックは大きかっただろう。
しかしこの町の町長は現在もまだ町長をしている。
この世界では親や子供が犯罪者であっても、その家族まで犯罪者としてのレッテルが貼られる訳ではない。
個人が行った悪事はあくまで個人の犯罪として処理され、家族には被害は及ばないのだ。
勿論口さがない者達は町長に対して陰口を言うこともあるだろうが、町長としての実力が高ければ、この程度のことで職を追われたりはしないのである。
その後、俺達はそのまま役所で開かれた夕食会に出席し、しばらくはこの町に滞在し、周囲のモンスター被害を減らすために活躍することを宣言した。
そして宣言通り、町の周囲に存在する危険モンスターの駆逐や、異常発生していたモンスターの殲滅を行い、町の周囲の治安の向上に務めていった。
そしてそろそろ町を発って旅を再開しようかという頃に、町長から緊急の呼び出しを受けたのであった。
曰く、
盗賊行為を行っていた町長の次男が仲間と共に集団脱獄をした。
中でも町長の次男はスキルの更新を行っており、並の兵士よりも強くなっていて、町の兵士では捕まえることは難しい。
ついては土の勇者一行に、盗賊団の捕縛をお願いしたい。
俺達は町長から身内の不始末の片付けを要請されたのであった。




