第四十七話 引き継ぎ
2017/08/18 本文を細かく訂正
勇者の旅立ちの儀式が終わった翌日。
俺はロゼと一緒に馬に乗り、街道をひた走っていた。
ロゼに付き従っているゲンとヨミも勿論同行している。
向かう先はタートルの町だ。
俺の顔は焦りに歪んでいる。
勿論ロゼも同じ顔だ。
ゲンとヨミは笑っている。
二人は馬での早駆けを楽しんでいるようだ。
ロゼは俺の前に座り、ゲンとヨミはそれぞれロゼにしがみついている。
結構飛ばしているのだが、流石は天使だ。
全く落ちる気配が無い。
俺達が旅立ったばかりのタートルの町へと逆戻りしている理由。
それはタートルの町での仕事を全て放ったらかしにして旅に出てしまったが為である。
昨日、二日酔いに襲われた俺達は、何とか無事に勇者の旅立ちの儀式を終え、カメヨコ村に到着することが出来た。
到着後、村の住民から熱烈な歓迎を受けた俺達ではあったが、前日の馬鹿騒ぎのダメージが残っていたため、暴飲暴食は避け、軽く飲み食いをするだけに留めておいた。
その際、俺達はこれからどんな冒険をしようかという話題で盛り上がっていた。
一緒に旅をするのはこの村までで、ここからはロックとアナは別ルートを取らなければならない。
だからお互いルートが被らない様に相談していたのだ。
ここカメヨコ村は、タートルの町から東へ進んだ先にある最初の村である。
この村からのルートは大きく4つに分けられる。
まず西に向かい、出発したばかりのタートルの町を経由し、玄武の国の西部へと向かうルート。
東に向かい、サムと出会った4ヶ国の国境が交わる地点まで進むルート。
北へと向かい、朱雀の国との国境に横たわる大河を横目に見ながら国境の町へと向かうルート。
そして南に向かい、白虎の国との国境に広がる大森林沿いを同じく国境の町へと向かうルートだ。
玄武の国は国内が山脈で分断されている国だ。
広大な東部と、狭いが海に面している西部が、長大な玄武山脈に隔てられている。
国の中に山で真っ直ぐな線が引かれていて、その山脈の丁度ど真ん中にポッカリと開いた平地にタートルの町が存在しているのだ。
更にその山々はとても広くて山深く、幾多のモンスターが生息する箇所を突破する山越えは、正直現実的ではない。
だから玄武の国の東部と西部の間を移動する際には基本的にタートルの町を経由して移動する事になる。
勿論町に寄らずに素通りすることも出来るが、カメヨコ村から西部の村までは距離が離れているし、折角大きな町があるのに寄らない理由は無いため、皆必ずタートルの町を経由して移動するのだ。
勇者の活動内容はまずは国内を巡って問題を解決しながら見聞を広めることだ。
だから出来るだけ国内を広く隈なく回った方が良い。
俺達は話し合いの結果北と南に別れることに決定した。
「では私達が南回りで、アナ達が北回りという事で良いな?」
「了解~、そんでもって国境の町で合流して情報交換しようよ!」
「いいですね、それが終わったら今度は逆ルートですか?」
「東部の中央を行くという手もあるぞ。北と南に別れるとどうしても真ん中が空いてしまうからな」
「……あそこはサムを迎えに行った時も素通りだった」
「アナの言う通りね。高速馬車に乗っていた思い出しか無いから、歩いて横断しても良いかも知れないわ」
「そして東部を回った後、一度タートルの町に戻り、次は西部に行くと」
「歴代の勇者様方も巡った黄金ルートだな。だが悪くない」
「けって~い! ねぇねぇ北の大河から朱雀の国の活火山は見えたっけ?」
「あれはもっと内陸に在る筈だろう?」
俺達はこれからの旅のルート作りに余念がない。
子供の頃から待ちに待っていた幼馴染だけの冒険の日々が始まるのだ。
これでテンションが上がらない訳がないじゃないか!
俺達は酒も飲まずに盛り上がっていた。
そんな所に昼間に出迎えてくれた村長が挨拶に来たのであった。
「失礼致しますロック王子、……いえ勇者様方。楽しんで戴けていますかな?」
「ああ、村長。心のこもったおもてなし、誠に感謝致します」
「……ご飯美味しいです。ありがとうございます」
「そうですか、それは良かった。思った程、食が進んでいないように見えましたので心配しておりました」
「申し訳ありません。実を言うと、昨夜浮かれて大分飲み食いをしてしまいましたので控えているのです」
「ああ、ひょっとしてそれでお酒を飲まれていないのですか?」
「はい。出発直前まで父上に大目玉を喰らっておりましたので、流石に今日は控えようかと」
「ははは、お若いですなぁ。ですが皆様はこれから向かう先向かう先でお酒を勧められる事になるでしょう。機会があれば少しずつでも飲んでみて、自分に適した飲み方を見付けておくべきかと具申致します」
「肝に銘じておきます」
そう言って俺達は揃って苦笑した。
今朝の醜態を誰一人として忘れていないため、中々酒を飲もうという考えが思い浮かばないのだ。
「ところでナイト町長とロゼッタ王女殿下、お二人供おめでとうございます」
「はぁ、ありがとうございます。ちなみに何に対しての祝辞ですか?」
「勿論お二人が勇者の供に選ばれたことに対する祝辞ですとも。
正直お二人が勇者の供に選ばれた経緯を耳にした時は驚きましたぞ」
「昨日の今日でもう情報が届いているのですか?」
「この村はタートルの町から一番近い村ですからな。
それに勇者様達と共に訪れるお方がどのような者なのかは最大の関心事でしたから、昨日の勇者の供の選別が終わってすぐに、村の若い者が早馬で知らせに戻って来たのですよ」
「成程、流石に仕事がお早い」
「いえいえナイト町長程ではありませんよ。っと失礼、『元』町長でしたな。まさか昨日勇者の供に選ばれたばかりで、半日も経たずに全ての引き継ぎを終えて冒険の旅に出発するとは。正直信じられない気持ちで一杯ですよ」
「……はい?」
「ロゼッタ王女殿下も流石ですな。孤児院の園長先生という責任ある立場を上手く後任に譲って来た訳ですからな。私も村長として長いですが、やはり責任者となると後任人事は最大の関心事でしてなぁ」
「……あ」
「ハッハッハ、では皆様ごゆっくりとお過ごし下さい。何でしたら長期滞在して下さっても構いませんよ。かつては一月もの間この村で過ごし、力を蓄えてから出発した勇者様も居たという話ですからな」
そう言って村長はご機嫌な調子で村の人達の輪の中に戻って行った。
そこにはやけに着飾った結構な美人さんが、ロックのことをガン見している。
見た感じだと恐らくは村長の娘さんだろうか?
村長とは似ても似つかない程の美人さんだ。
恐らく村の中ではモテモテだろうな。
……いや、いい加減現実を見よう。
ロゼの方を振り返ると、顔面蒼白になってしまっている。
まるで今朝に時間が巻き戻ってしまったかのようだ。
恐らく俺も同じ様な顔をしているだろう。
……ヤバイな、また頭痛がして来た。
しかしこれは酒のせいじゃない。
誰がどう考えても俺達がアホなせいで起きた頭痛だ。
「ねぇナイト……私達……」
「待てロゼ、分かってる、みなまで言うな」
「どっ、どうしよう」
「どうもこうもないだろ。これは一度戻るしかないな」
「どこに戻るの? 二人共」
「タートルの町にだよ! 俺達引き継ぎも何もしないで旅に出ちまったんだ!」
そう、俺は町長で、商会の店主で、学校の教師で、薬師で、孤児院の副園長で。
とにかく責任のある立場なのだ。
ロゼだってそうだ。
孤児院の園長先生というのは、そんな簡単に居なくなってしまって良い立場ではないのだ。
と言うか俺達、本来の予定では今頃役所の皆とお疲れ様会を開いている手筈だったのだ。
当然明日からも仕事は山積みだったし、そもそも俺もロゼも昨日と同じ服を着てここまで来た訳で、旅の準備なんて何もして居ない!
昨日行われた勇者の供の選別からの怒涛の流れに身を任せ、気がついたらここカメヨコ村まで来てしまっていた。
しかし俺達には立場がある。
立場がある者がそう簡単に旅に出られる訳がないだろうが!
しかもこの旅はいつ戻ってくるかも分からない長旅だ。
それなのに俺達は!
ウオオオォォォ!
一体何をやっているんだ俺達は!
「すまん、ロック! かくかくしかじかで俺とロゼは一旦町に戻らないと!」
「ごめんなさいアナ! 私、子供達にちゃんとお別れを言ってないの!」
俺とロゼは揃って勇者に頭を下げる。
話を聞いたロック達は納得し、俺達は明日の朝一番でタートルの町へと戻ることになった。
ちなみに俺達が戻るまでの間、ロック達はカメヨコ村に留まるつもりだという。
俺達はいきなり旅の出鼻をくじいてしまい、申し訳ない気持ちで再び頭を下げた。
しかしロックは、
「そもそも始めから予想外だらけだ。だがそれでこそ旅だろう?」
と、笑っていた。
俺達はなるべく早く引き継ぎを終えて帰ってくると誓い、タートルの町へと馬を走らせるのであった。
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そうして俺達はタートルの町へと帰って来た。
早朝であるせいか、これから町に入ろうとする人は誰も居ない。
俺達はそのまま門まで馬を走らせる。
俺達の姿を見た門番は驚いた顔をしている。
それはそうだろう、昨日盛大に見送った筈の勇者御一行の内の2人が必死の形相で町に戻って来たのだから。
「ナイト町長!? ロゼッタ王女!? 一体どうしたというのです!
まさかまた魔族に襲われたのですか!?」
「いや、違う。全く違う」
「アナもロックもみんな無事。そもそも昨日から一度も戦闘は発生していない」
「そうですか、それではどうしてお戻りに?」
「あ~そのな、俺って町長だろ?」
「はい」
「ついでに商会の店主で、学校の教師で、孤児院の副園長だろ?」
「はい」
「で、元々昨日は勇者の供に選ばれるつもりは無かった訳だ」
「はい」
「……だから引き継ぎも何もしていないんだよ」
「はい?」
「俺とロゼは仕事の引き継ぎの為に、一時パーティーを離脱して町に戻って来たんだよ」
門番の男はポカンとした顔をしている。
「何言ってんの?」ってな顔だ。
うん、気持ちは分かる。
門番はポカンとした顔をしていても仕事はキチンとこなし、俺達はタートルの町へと帰って来た。
町の中は正に『宴の後』といった感じに荒れ果てていた。
紙吹雪に酒瓶、そして大勢の酔っ払い。
町のあちこちで祭りを存分に楽しんだ町の住民がひっくり返っている。
俺達は馬を門番に預け、ひっくり返っている人達を踏まないように注意しながら役所の扉を開ける。
役所の中もまた惨憺たる有様であった。
タートルの町の役所で働く多くの人々がロビーや食堂でひっくり返っている。
役所に掲げられた横断幕には『土の勇者ロック王子と闇の勇者ダイアナ様の活躍を祝して』と書かれており、どうやらそれを囲んでお祝いをしていたようだ。
そしてよく見ると隣に手書きのボードが追加されており『勇者の供、ナイト町長とロゼッタ王女の活躍も祝して!』と書かれてあった。
素直に嬉しいが、端っこに『でも明日からこの町どうなるの?』とか書いてあるのを見かけると、戻ってきたのはどうやら正解だったようである。
取り敢えず職員を起こそうとしたが、誰も彼もが夢の中へと旅立ってしまっていて一向に起きる気配がない。
俺は役所の食堂に入り込み、中からお鍋とお玉を取り出した。
そしてそれを力一杯叩き続け、職員達を叩き起こした。
ガンガンガンガン!!!! ガンガンガンガン!!!!
「ギャアアアァァァーーー!!!」
「止めろ止めろ! 頭に響く!」
「誰だ止めろ! ぶっ飛ばすぞ!」
「ホォ、誰をぶっ飛ばすって?」
「お前だよこのやろ……町長!? ロゼッタ様!?」
「え? 町長?」
「本当だ、町長だ」
「なっ何で町長が!? 勇者様と共に旅立った筈じゃあ……」
どうやら全員無事に目が覚めたようだ。
俺は緊急の全体集会を開くと告げ、役所で倒れていた全ての職員をロビーに集めた。
「お前らぁ! 仮にもこの国の首都の職員が揃って酔い潰れているとはどういう事だ!」
「「申し訳ありません町長!!」」
「見ればかなりの数が二日酔いみたいだな! そんな事ではこの町を任せることは出来ないぞ!」
「「申し訳ありません町長!!」」
「取り敢えず、全員顔を洗え! 水も飲め! 話はそれからだ!」
俺は昨日、自分も二日酔いだった事については完全に棚に上げて部下たちを叱りつける。
そして全員が顔を洗って水を飲んでから再び集まったのを見計らい、話を続けた。
「さて、先程は叱りつけてしまったが、今度は俺が詫びよう。
黙って旅に出てしまい申し訳なかった」
俺は職員達に向かって頭を下げる。
それを見た職員達は焦って俺を止めに来た。
「町長!」
「そんな、町長!」
「町長が謝る必要はありません!」
彼らは必死に俺を止める。
しかしこれに関して全面的に俺が悪いので素直に頭を下げ続ける。
「いや、謝らせてくれ。一昨日の展開は俺もロゼも全くの予想外でな。
その後も流れに乗ってしまい、気がつけばカメヨコ村に到着していたんだ。
でもカメヨコ村の村長との話の中で、皆を放り出していた事を思い出してな。
つい先程急いで戻って来たという次第だ」
「それは……仕方ないのでは?」
「そうですよ、何と言っても勇者の供ですよ」
「町長は勿論重要な仕事ですが、勇者の供の活動を優先するべきでしょう」
勇者の地位が極めて高いこの世界の住民らしく、彼らは俺を擁護してくれている。
しかし仕事を放ったらかして旅に出てしまったのは事実なので、俺はこれから先の方針を示した。
「確かにそうかもしれないが、俺はそうは思わない。
町長は重要な仕事だし、その引き継ぎも重要だ。
俺達はロックとアナから一時離脱の許可を貰い、業務の引き継ぎをするために町に戻って来た。
祭りの後で忙しいとは思うが、これから俺は町長を正式に辞任し、後任への引き継ぎを行いたいと思う。
なおそれと同時に、俺の商会と俺の学校、そして孤児院の運営の引き継ぎも同時に行う予定だ」
こうして並べてみると本当にやることは多い。
カメヨコ村の村長には感謝しないとな。
思い返してみれば、彼は俺達が仕事の引き継ぎもせずに旅に出てしまった事を見抜いていて、それをやんわりと指摘してくれたのだろう。
村に戻る際に、酒の一本でも土産に持って行かねばなるまい。
「俺達はこれからいつ終わるとも分からない旅に出ることになる。
だからお前達には俺達が帰って来る場所を守っていて貰いたい。
祭りの後で気を抜きたいのは山々だろうが、どうか宜しくお願いする」
俺は彼らに頭を下げた。
それを見た役所の職員達は、勇者の供に選ばれた人に頼られたことに奮起し、全員揃ってテンションが上がって行った。
「分かりました町長!」
「おまかせ下さい町長!」
「この町は私達が必ず守ります! だから安心して旅立って下さい!」
俺は何故かハイテンションになった職員達を訝しんだが、『やる気が出たのは良いことだろう』と考えたので、そのまま放置し彼らに全てを任せることにした。
そして商会も学校も孤児院も、同じ様な感じでどうにか一週間で全ての引き継ぎを終了し、幼馴染の勇者達が待つカメヨコ村へと帰って行ったのであった。




