第四十五話 勇者の旅立ちの儀式
2017/08/18 本文を細かく訂正
翌朝、
『勇者の旅立ちの儀式』の日の当日、
ライを除いた俺達は全員、
揃って二日酔いに襲われていた。
何が悪かったのか、勿論原因は分かっている。
酒だ。
俺達は昨日、城の中のロックの部屋に泊まった。
そしてライを除いて全員成人になったのだからと、
城の酒蔵から酒を調達したのだ。
ロックは今日が誕生日なんじゃないのかって?
勿論分かっている。
だから俺達はちゃんと日付が変わってから酒を飲み始めたのだ。
前世ではたしなむ程度だった酒だが、友と飲む酒は想像以上に旨かった。
俺達は全員揃って酒の初心者だ。
だからどれが高いか安いか、旨いか不味いかなんて分からないので、アナの『無限収納』を使い、城の酒蔵の酒を全種類かっぱらって来て一通り飲んでみたのだ。
流石は玄武の国の王城の酒蔵、
そのラインナップは想像以上であった。
ウイスキーに良く似た琥珀色の酒精の強い酒、
喉越しと炭酸が喉と胃を刺激するエール、
ぶどうの香りが鼻を突き抜けるワイン、
梅酒やみかん酒などといった、各種果物系のお酒、
そして何と米から作られたであろう日本酒もどきまで
玄武の国の酒蔵は文字通りの酒の蔵であったのだ。
俺達は酒蔵から調達した酒を片っ端から試し続けた。
メンバーに俺がいたのも悪かったのだろう。
前世の知識をフル活用し、酒の飲み方を全員に教えた結果、想像以上に酒が進んでしまったのだ。
強い酒でも水で割ったり氷を浮かべるだけで飲み口は変わる。
だが、強い酒であることには変わりはないため、想像以上に酔っ払ってしまったのだ。
一通りの酒を試し、各々自分の好みに合う酒を見つけてからは更に飲酒の量は増えていった。
酒を飲み、ツマミを食い、酒を飲み、バカ話をし、酒を飲み、ゲラゲラ笑って、そしてまたしても酒を飲む。
この繰り返しだ。
そして気がつけば朝だった。
日々の習慣というのは恐ろしいものだ。
どれだけ酔っ払っていても朝になれば勝手に目が覚める。
そして起きた瞬間から地獄が開始されたのだ。
この場の全員が酒の初心者。
俺は前世の知識があるだけで、実際この体で酒を飲むのは今回が初めてだ。
だから俺達は自分の限界点を知らなかった。
限界点を超えて酒を飲むとどうなるのか?
下手をすれば急性アルコール中毒になり死に至る。
俺はそれを思い出して体が震えた。
頭はガンガンと痛くなり、手足は震えて立つこともままならない。
だがこれは恐怖ではない、二日酔いだ。
ライを除いた俺達全員は揃って二日酔いになっていたのだ。
「ぐおおおぉぉぉ……頭イテェ……」
「ハァハァ、何これ? 滅茶苦茶キツイ」
「水……誰か水を……」
部屋の中は死屍累々の有様だ。
世界を背負って旅立つ筈の勇者一行が、揃いも揃って酒瓶の海の中で全滅寸前である。
いや、そうじゃない。
俺達の中でライだけは酒を飲んでいなかった。
この世界では未成年者の飲酒は厳格に禁止されており、バレると下手すれば牢屋行きになる程に厳しい。
だから俺達はライには決して飲ませていないし、ライも飲んでいない筈だ。
俺はライに水を持って来て貰おうと部屋の中を見渡した。
ライは普段ロックが眠っているベッドの上で簀巻になっていた。
「……ライ? おい、ライ! 一体どうした!? 何でそんな所で簀巻になってんだお前は!」
「おはようございます兄さん、皆さん。昨夜はお楽しみでしたね」
「ライ……お前……一体何があった? 何がどうなったら私のベッドで簀巻になるのだ?」
「ははは……覚えていないのでしたら明言は避けましょう。
僕が言えることはただ1つだけです。
『酒は飲んでも呑まれるな』
いい言葉ですね」
「おっおう、そうだな」
何だろうライが怖い。
これはあれだ、怒った時の母さんに似た怖さがある。
ライの怒り具合を見るに、恐らくライをあんな風にしてしまったのは俺達なのだろう。
……弟を簀巻にするって、一体俺達は何をしているのか。
ヤバイな、冒険がどうのこうの言っている場合ではない。
これから俺達は自分に適した酒量を早急に発見しなければならない。
ここが城の中ではなく、知らない町の酒場とかだったら普通に致命的だ。
その後、何時まで経っても部屋から出てこない俺達の様子を見に来た陛下に俺達は発見され、全員揃って城の風呂へとぶち込まれた。
そして国賓だの他国の勇者だのが城を訪れた際に振る舞う筈だった高級酒が根こそぎ飲まれていた事を知った陛下は久々に大激怒。
風呂から上がって水分をたっぷり取った俺達を床に正座させ、2時間に渡り壮絶なお説教を繰り広げた。
そして俺達の行った若さ故の過ちを伝え聞いた父さんとばっちゃんもお説教に参加。
結局旅立ちの日の午前中は丸々お説教で費やされてしまったのだった。
いや、ホント、『勇者の旅立ちの儀式』を昼過ぎ開始にしておいて良かったよ。
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そして昼過ぎ、
遂に俺達の旅立ちの時が来た。
午前中丸々一杯を使った壮絶なお説教地獄を味わった俺達は、軽く摘めるだけの軽食を食べた後、急いで着替えて亀岩城の謁見の間へと集合した。
そこには先程まで怒髪天を付いていた三人が、ポーカーフェイスを貫いて俺達を待ち構えている。
流石は国のトップと組織の重鎮たちである。
この切り替えの速さは見習わなくてはならない。
『勇者の旅立ちの儀式』の大まかな流れはこうだ。
・謁見の間で陛下から直々に勇者として指名され、それを受諾
・そのまま城を出て、徒歩で大通りを歩いて町と外との境である大扉までパレード
・そこで町の皆に別れを告げて俺達は勇者としての世直しの旅に出発する
以上である。
俺達は揃って陛下の前でひざまずく。
この光景だけ見ればまさに英雄譚の一場面と言っても良いのかもしれない。
しかしその内実は酷いものだ。
ロックとロゼの姉弟は酒に強い体質なのか、既に復活している。
しかし俺とエルとアナは未だに二日酔いに悩まされており、陛下の言葉が頭に入ってこない。
陛下は流石は国王陛下といった感じで、先程までの怒り様を微塵も見せること無くロックとアナに「勇者として世界を救い給え」的な事を告げている様だ。
ロックはそれに勇者として答え、アナは頷いて同意を示している。
まぁアナの場合は二日酔いが酷くてまともにしゃべれないのであるが。
まさか普段の無口キャラがこんな形で役に立つとは思っていなかった。
お陰でこの儀式のためにわざわざ城まで来た来賓達には俺達の惨状はバレてはいないようだ。
勇者一行が二日酔いだなんて、笑い話にもならないからな。
それから俺達は歩いて大通りを練り歩き、町の外へと向かって行った。
大通りには多くの人々が詰めかけ、俺達に熱い声援を送ってくれている。
それは俺達二日酔いに苦しむ若者にとっては、拷問以外の何物でもなかった。
歓声が上がるたびに頭がガンガンする。
しかし、言い訳できない程の自業自得なので逃げ出す訳にもいかず、俺達はゆっくりと大通りを歩いて行くのだった。
もったいぶっている訳でも、堂々としている訳でもない。
足元がふらついていて、いつもよりもスピードが出ないだけなのだ。
見ればロゼはアナとエルと手を繋いで中央を堂々と歩いている。
だがあれは、二日酔いに苦しむアナとエルの体を支えながら歩いているに過ぎない。
ゲンとヨミは更に二人の逆サイドの手を握っており、二人の支えは完璧だ。
「ロゼッタ王女『を』お二人が支えているわ!」
「なんて仲睦まじい友情なのかしら!」
「見て、天使のお二人よ! ダイアナ様とエリザベータ様が手を引いて差し上げているわ」
「天使と言っても子供の様な見た目なのね」
周囲は一番年下に見えるロゼを二人が支えているのだと勘違いして黄色い声援を送っている。
アナは長い黒髪で顔が隠れているし、エルはつばの広い魔道士の帽子を被っているので、二日酔いで青ざめている顔が見えないのだ。
かく言う俺も、エルと同じく、城で普段被らないようなつばの広い帽子を借りてきており、そのお陰で顔色の悪さはバレていない。
勇者一行が旅立ちの際に真っ青な顔をしている訳にはいかないからな。
俺達は注意しながらできるだけ早く、しかし無理をしない速度で大通りを歩き続けた。
そして俺達は遂に大扉へと辿り着いた。
そこに組まれているのは俺が制作の総指揮を取った、勇者が決意表明を行う演説台だ。
アナが当日喋るかどうかが不明だったので、計画ではロックだけが町の皆に挨拶をすることになっている。
既にロックは酒が抜け調子を取り戻しており、アナは未だに酒が抜けずにグロッキー状態。
まさにグッジョブ、俺の采配は大当たりだ。
まぁ結果論ではあるがな。
ロックは演説台の上に立ち、「諸君! 集まってくれて感謝する!」から始まる勇者としての活動を開始する決意表明をぶちかましている。
俺達は後ろで青い顔を隠しながら、それを黙って聞いている。
相当練習して来たのであろうその演説は、集まった人達の胸を打ち、英雄譚に新たなる歴史が刻まれたらしい。
だが俺は碌に話も聞かず、立っているだけで精一杯であった。
ますます頭痛は酷くなり、顔に手を当てて俯き、今にも倒れそうになってしまった。
一度ならずふらついて、ライに支えて貰ったくらいだ。
しかし俺のその醜態を見た人々は
『8年間の苦労の果てに勇者の供となった町長が、感動のあまり涙が止まらなくなり、弟に支えて貰っている感動の場面に立ち会った』
と、大感激していたらしい。
後日、この『勇者の演説と、それに感動して泣き崩れ弟に支えられる町長の感動の瞬間』が吟遊詩人の手により語られている場面を目撃して、俺は発狂寸前に悶絶するのであった。
それから俺達は遂に大扉を潜り、タートルの町の外へと冒険の旅に出発した。
俺達は大扉から続く街道を真っすぐに進み、初日の目的地である村を目指す。
ちなみに最初の目的地は歩いて数時間で着く『カメヨコ村』だ。
初代勇者が最初に訪れた村であり、歴代勇者達もまずはその村を目指すのだ。
俺達の後ろにある町を囲む壁には多くの町の人達がいつまでもいつまでも手を振っている。
それは俺達が見えなくなるまで続けられ、見えなくなってもしばらくは興奮が収まらず、彼らは手を振り続けていた。
『勇者の旅立ちの儀式』とは英雄譚の始まりだ。
彼らは名も無き一般人の1人としてであっても、英雄譚に参加できたことに例えようのない喜びを見出していたのである。
……一方、俺とエルとアナはどうやってもタートルの町からは見えない角度まで歩いて来たことを確認してから、街道を外れて近くの茂みに突撃。
吐いて吐いて吐きまくり、持ってきた水で口をゆすいでまた吐いて、ようやくスッキリとした気分になった。
「兄さん達、大丈夫ですか?」
「ありがとうライ。……くっそまだ気分が悪い」
「お酒があんなに恐ろしいなんて、知らなかったからね~」
「飲んでいる時は天国、飲み終わったら地獄」
「いや、これは単に飲み過ぎが原因だから。適量を飲む分には問題ないから」
「ナイト、お前は酒の飲み方を知っていたのに、自分の適量を知らなかったのか?」
「飲み方は知識として知っていただけで、飲んだのは今回が初めてなんだよ」
「ロックもロゼも復活早かったよね~。うらやましいよ」
「朝はちゃんと頭が痛かったぞ。父上が言うにはタートル王家は代々酒に強いらしい」
「まぁ何となく分かるな。王様ともなれば酒を飲みながら重要な話し合いとかをする場面も多いだろうし」
「しっかりしろよ旦那!」
「お酒に呑まれるなんて三流もいいとこですわ! 一流はお酒から飲まれに来るものですのよ!」
「ごめん、正直意味が分からない」
俺達はひとしきり笑い合い、それからようやくまともに旅を始めた。
目の前には見渡す限りの草原が広がっており、そのど真ん中を街道が突っ切っている。
玄武の国の街道はしっかりと整備がなされ、軍の兵士も定期的に巡回しているためモンスターも殆ど出ない安全な道だ。
だが8年前の魔族の襲撃の事もあるため、俺達は一応気をつけて歩き続けた。
しかし結局この日は魔族どころか、モンスターにすら一度も出会うこと無くカメヨコ村に辿り着き、村長に挨拶し、村に宿泊。
俺達はその晩、村を上げた歓迎を受けた。
だが流石に酒は断り、軽く食べた後、早めに就寝したのであった。
そして翌日、俺はロゼと天使の二人を引き連れて、タートルの町へと戻ったのであった。




