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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第三章 冒険編
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第三十九話 新たなる更新者

2017/07/14 本文を細かく訂正

2017/08/18 本文を細かく訂正

 --sideロゼッタ--


 ナイトのスキルの更新が終了した。

 その結果は予想外の物となった。

 私にとっても、そしてこの場の誰にとっても。

 闇の神殿前の特設ステージとその前に広がる広場ではざわめきが止まらない。

 今、目の前で起きたことに対して理解が追い付いていないのだ。

 だが、それも仕方のない事だと思う。

 今、目の前で起きた出来事は、それ程までに強烈だったのだ。


 まず初めに見せられたナイトのこの8年間の記憶。

 それはとても衝撃的な出来事で満ち溢れていた。

 この8年間、私はずっとナイトの側にいて同じ時を過ごしてきた。

 だからあの映像が『本物』である事は理解出来ている。

 それにも関わらず私は見ていて涙が止まらなかった。

 ナイトは大した事をやっていないと考えている。

 しかし実際に映像として見せられると、やって来た事の余りの凄まじさが理解できる。


 スキル1つで魔族を倒し、

 薬局で働き出して結果を出し、

 孤児達を救い出して教育を施し、

 生き別れの弟を連れ帰り更生させ、

 商人として成功してマジックアイテムをかき集め、

 町長としてこの町を発展させる。


 これがナイトが8年を掛けて行ったことだ。

 そしてそんな事が出来るのは、世界広しと言えどもナイトだけだ。

 そのナイトこそがこの私の夫。

 この偉人の妻の1人は他ならぬ私。

 私の胸は誇りで満ち溢れていた。


 そのナイトはスキルの更新を終え、私の弟のロックと、ナイトの弟のライと3人で盛り上がっている。

 ナイトのスキルは最終的に15となった。

 スキルの数が15、これは文句無しに勇者の供としての要件を満たしている。

 勇者であるロックが求め、ナイト本人もそれを望んでいるこの状況。

 ナイトの勇者の供への復活は最早決定的だろう。


 そうなると残りの問題はただ一つ。

 残っているアナの供が誰になるかである。


 誰になるかである?

 何を言っているのやら。

 そうでは無いでしょう? ロゼッタ=A=タートル。

 アナもエルも私の親友。

 ならば彼女達の隣に並ぶのは私こそが相応しい。


 否! 私も2人と共に旅に出たいのよ!

 と言うか、ナイトは間違いなく旅に出るのだから、私だけ留守番になるのは嫌なの。

 私のスキルの数は3つ。

 これを5つ以上にする為には、スキルの更新を2回行わなくてはならない。

 ……大丈夫、行ける筈よ。

 ナイトの8年間も凄いけど、私の8年間だって負けていない。

 と言うか、殆ど一緒だもの。

 スキルの数を増やし、私も皆と一緒に旅に出る、いや出たい!

 そんな思いを込めて、私はステージ中央へと向かって行ったのよ。


------------------------------------


 --sideナイト--


 スキルの更新を終え、ステージ中央から奥の来賓席へと戻ると、ロックとライが俺に向かって突撃して来た。

 その顔は興奮で赤く紅潮している。

 ライはともかくロックがこんな顔になるのは珍しい。

 いつもはクールな我が親友は、予想外の出来事に心が燃え立っているようだ。



 「ナイト! お前って奴は、お前って奴は! ああもう、この状況をどんな言葉で表せば良いのか想像も付かないぞ!」

 「兄さん凄い! 兄さん凄過ぎ! 知ってたけど! 知ってた以上に凄いよ! 凄さに果てが無いよ! 果て無き凄さだよ兄さん!」

 「落ち着けライ、気持ちは分かるがもう少しボキャブラリーを増やせ。感動した、驚愕した、驚嘆した、驚天動地だ、予想外だ、埒外だ……駄目だ、どんな言葉で飾っても陳腐な表現になってしまう」

 「つまりそれだけ物凄いって事ですよロック王子!」

 「まぁそういう事になるか。王子として勇者として、そして何より親友として気の利いた言葉を贈りたいのは山々だが、済まないなナイト。私は現状を受け入れ理解するだけで精一杯だ。だがこれだけは言える。私の親友は凄い男だ!」

 「僕の兄さんは凄い男だ!」

 「そうだ! 凄い男だ!

  そして勇者の供とはやはり凄い男でなくてはならない!

  ロックウェル家長男にしてタートルの町の現町長、そしてナイト商会代表であるナイト=ロックウェルにお願いする。

  どうか私の供として共に世界を巡ってくれ。

  ……いや違うな、

  私の供はお前しか居ない! 私の供として着いて来い!ナイト!」


 ロックの奴が、あのロックの奴が、強い口調で命令し、俺に向かって手を差し出している。

 ロックは王族で王子様だが、性格は温和で優しく、誰かに命令したり好き勝手振る舞っている所を見たことがない。

 そのロックが俺に対して『着いて来い!』と言って手を差し出している。

 拒めるか?

 拒めないだろうこんな物。

 いや、元々拒むつもりも無い。


 俺はずっとこんな日が来ることを夢見ていたのだ。

 かつて破ってしまった約束を守れることをずっと夢見てきたのだ。

 それでも一度は諦めた。

 諦めたけどそれでも役に立ちたいと、この数年頑張って来た。

 その努力が報われる。

 目の前の手を取ることで報われるのだ。

 俺はロックの手に向かって自らの手を差し出した。

 しかしその手を取る直前に、視界の隅にロゼの姿が写った。

 俺はロゼの姿を見て正気に還った。


 このままロックの手を取れば、俺は勇者の供となる。

 勇者の供となれば店も町も学校も孤児院も放り出して、国のために世界のために旅立たなくてはならない。


 それは同時にロゼをこの町に置いていく事にも繋がる。

 俺とロゼは恋人だ。

 今回の旅立ちの儀式が終われば結婚する予定でもある。

 新妻を1人置いて旅に出てしまって良いのか?

 俺の動きはそこで完全に停止してしまったのであった。


------------------------------------


 --sideロック--


 ナイトが目の前で固まっている。

 私は手を差し出したまま、何故ナイトが手を取ってくれないのだろうかと考えていた。


 先程まで私とライは興奮の坩堝の中にあった。

 目の前で進行するあり得ない事態。

 ナイトに授けられた15ものスキル。

 そして当初とは較べるべくもない程に跳ね上がったステータス。


 これでナイトは私の供として旅立つ資格を得たのだ。

 これを見て文句を言う連中など居る訳がない。

 だから私はナイトを私の供とするために手を差し出した。

 正直ノリに押されて恥ずかしい事をしてしまった様な気もするが些細な事だ。

 私もナイトも18歳。

 ノリと勢いで行動できるのは若者の特権なのだから。


 だがこちらへと近づいてくる姉上を見て瞬時に事情を把握した。

 姉上とナイトは恋人同士だ。

 正確に言えば婚約者なのだ。

 それは周知の事実だし、先程のナイトの過去の映像を見ても、高確率で姉上が共に映っていた。

 そして2人は今回の『勇者の旅立ちの儀式』を終えた後、結婚する予定だった筈だ。


 ああ、私は何を勘違いしていたのだろう。

 私もナイトも確かに18歳だ。

 しかしナイトは既に商人として店を起こし、教師として生徒を教え、副園長として孤児達に慕われ、町長として町を導き、そして姉上の恋人として1人の女性の人生を背負っているのだ。


 勇者の供が背負う宿命は過酷だ。

 だからと言ってそれが、ナイトの背負っている責任と比べて劣るという訳では決してない。

 こういう物は比較できる物では無いからだ。

 ましてや姉上は結婚という人生の一大イベントを控えている状況だったのだ。

 それを蔑ろにして、親友と旅立てることにただ浮かれていた自分に猛烈に腹が立つ。

 何が王子だ、何が勇者だ。

 身内1人の幸せを放ったらかしにして、世界を救える訳がないのだ。

 私は姉上に謝ろうとした。

 しかしその前に、姉上からお祝いの言葉を贈られてしまったのであった。


 「おめでとうナイト、良かったわねロック。これで土の勇者のパーティーメンバーは揃ったわね」

 「えっええ、お陰様で」

 「あっあのなロゼ、確かに俺はロックのパーティーメンバーになる資格を得た訳だけど、だからと言ってロゼを置いて旅に出るのは……」

 「ああ大丈夫よ、私は私でアナ達と共に旅立つから」

 「姉上?」

 「ロゼ?」

 「何をへんてこな顔をしているの? ナイトのスキルの更新は上手く行ったのだから、次は私がスキルの更新をすれば良いだけじゃないの。モンスターの討伐数はナイトに比べて少し少ないけれど、最初からスキルが3つあるのだから、経験値的にも余裕がある筈よ」

 「そうか! 確かにそうですね!」

 「でも俺が上手く行ったからと行って、ロゼも上手く行くとは限らないだろう?」

 「まぁ確かにそうね。でもスキルの更新なんて今まで誰もやっていなかったのだから分からない事の方が多いのだし、取り敢えずやって見て失敗したら考えれば良いのよ」

 「それもそうか」

 「そういう事! 心配なら祈っていてよ。多分、いえ絶対に大丈夫な筈だから」



 そう行って姉上はステージ中央へと歩んで行く。

 傍らには当たり前のようにナイトが付き添っている。

 勿論ナイトは私が差し出した手を取ってくれる事はなかった。

 でもそれで良かったのかもしれない。

 先程何も考えずにナイトが私の手を掴んでいたのなら、一時の激情に身を任せたことを私もナイトも後悔しただろうから。


 18歳とは言え、決断には責任が伴う。

 今回の件はその事を私に知らしめたのであった。



 そしてステージ中央、姉上が目を閉じたと思ったら、またしても巨大な映像が広場の上に現れた。

 姉上のスキルの更新は無事に開始されたのであった。


------------------------------------


 --sideロゼッタ--


 私は先程ナイトが行ったように『スキルの更新を希望する』と念じた。

 すると脳裏のこのようなメッセージが流れてきた。


 〈スキル『王族』は最大値となっています。

  スキル『植物使い』は最大値となっています。

  スキル『成長停止』は最大値となっています。

  その他のスキルは存在しません。

  スキルの更新が可能です。

  更新しますか?〉


 正直ホッとした。

 どうやら私もスキルの更新が可能であると分かったからだ。


 私は『はい』と念じた。

 そこからはナイトの時と同じ様に私の人生の上映が始まった。


 12年前に大外れスキルである『成長停止』を手に入れて絶望したこと。

 あれだけ群がっていた婚約者候補達が軒並み居なくなったこと。

 その為に人間不信に陥ったこと。

 父様やロック、エリック先生に神殿長のおばあちゃん、そしてアナにエルにナイトにライといった幼馴染達が心配してくれているのに拒絶してしまったこと。

 それでも諦めなかった彼らに感謝していること。


 そこまではナイトがスキルを得るまでの話。

 そこからはナイトがスキルを得て、8年もの間一緒に過ごした時の話。


 皆でレベル上げに出向いて、魔族に殺されかけたこと。

 『薬局のロックウェル』で同棲を始めたこと。

 私の仕事の失敗で子供が苦しんだこと。

 ナイトと一緒にモンスター退治を始めたこと。

 孤児院の園長先生に抜擢されたこと。

 子供達に慕われたこと。

 キングに卒業式の日に告白されたこと。

 氷の勇者であるサムが孤児院で暮らし始めたこと。

 ナイトがお店を始めたので、それに着いて行ったこと。

 たまに神殿や城に顔を出してアナやエルとお茶会をしていたこと。

 町長になったナイトを支えたこと。

 20歳になって急に不安になり、ナインやエルに相談して、ナイトを誘惑したこと。

 今日明日の会場の設営に四苦八苦したこと。

 そしてラストはナイトと同じ、一緒に手を繋いで会場へと向かっている途中の映像だった。



 それが私の12年間の人生。

 スキルに人生を狂わされ、

 私を本当に大切にしてくれる人達が誰なのか理解し、

 好きな人の背中を追い掛けて、

 共に過ごして来た1人の女の人生の物語。


 そんな私の人生の上映会が終了した。

 私は私の人生を12年間精一杯生きてきた。

 どん底まで落ちてから、後はひたすらに登り続けるだけの人生だった。

 後はナイトと結婚をすれば人生の山場は終了するのではないかと考えていたけれど、どうやら先があるみたい。

 私のポンコツステータスがどんな変化を遂げるのか。

 私は私のスキルの更新を、興味深く眺めるのだった。

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